Via Vino No.12 “New Zealand”<ニュージーランドワイン>

<日時・場所>
2007年10月27日(土)12:00〜15:00 銀座「アロッサ」 
参加者:14名
<今日のワイン>
白・辛口「カウリ・ベイ・ソーヴィニヨン・ブラン 2006年」
白・辛口「トーフ・シャルドネ 2004年」
赤・辛口「シューベルト・ピノ・ノワール 2004年」
赤・辛口「ミルズリーフ・リザーヴ・シラー 2005年」
<今日のランチ>
【前菜】ホタテとズッキーニのソテー
【パスタ】サンマとゴボウと揚げ茄子のショートパスタ
【メイン】ニュージーランド・ビーフステーキ
【デザート】ホワイトチョコのムースとアプリコットのシャーベット
     


1.はじめに
● 新世界としては類い稀な冷涼気候。「南半球のドイツ」と呼ばれる。
● ブドウ栽培の南限。世界に先駆け、革新的な栽培技術が試される。
● 1970年代以降急速に頭角を現わした、新しいワイン生産国。

 「私がニュージーランドのワインに強く興味を覚えるのは、ここがワインの歴史をたった半世紀に凝縮して、『ワインの在りよう』を考察するまたとないフィールドになっていると気付いたからである。」(麻井宇介「ワインづくりの思想」中公新書) ニュージーランドは、「南半球のドイツ」と呼ばれます。オーストラリアや南アフリカより南極に近く、ドイツを思わせる冷涼な気候であることがその第一の理由ですが、それだけではありません。ドイツで発展した栽培・醸造技術が、そのままこの新天地へ導入され、規格に縛られた旧世界では不可能な、さまざまな新しい試みがなされたことこそが重要なのです。
  前述の麻井氏によれば、1960年代のドイツの白ワインにおけるフレッシュ&フルーティの醸造法の開発、1970年代のアメリカに代表される品種第一主義、1980年代のブルゴーニュに代表されるテロワール再評価の波、そして1990年代の何よりも生産者の個性を重視する流れが、全てニュージーランドのワインの発展の背景にあるのです。
  日本とほぼ変わらない年間生産量でありながら、その限られた栽培地区に、マールボロに代表される海洋性気候と、セントラル・オタゴに代表される大陸性気候の両方を合わせ持ち、70%以上がスクリューキャップというマーケットの最先端を行くニュージーランドは、伝統からも規制からも自由であるがゆえに、これからも様々な挑戦を続けていくことでしょう。

2.白ワインのテイスティング
● 白ブドウ生産量は1位ソーヴィニヨン・ブラン、2位 シャルドネ、3位リースリング。
● ソーヴィニヨン・ブランは南島のマールボロ、シャルドネは北島のギズボーンが主要生産地。

 まずは白ワインのテイスティングです。
  
 「カウリ・ベイ・ソーヴィニヨン・ブラン 2006年」(上図左)と、「トーフ・シャルドネ 2004年」(上図右)の2種類の白ワインを用意しました。
 ニュージーランド、マールボロのソーヴィニヨン・ブランは、「クラウディ・ベイ」の登場以来、この品種の個性を最大限に発揮するものとして世界的な評価を得ています。当初はやや青っぽさが強調されたスタイルが中心的でしたが、近年ではむしろバランスの取れたアロマを持つ物が多くなっているように思います。この「カウリ・ベイ」のワインは、優秀なワインメーカー、スティーヴ・バード氏によるもの。ワイワラ川の石の多い岸の近くにある「メイヴン」という単一畑から収穫されたブドウのみを使用し、区画ごとに必要以上の葉を取り除くことによって、日差しをコントロールし、深味のある味わいを造り出しています。トロピカル・フルーツや柑橘系の香りがあり、豊かな果 実味と程よい酸とのバランスが心地よい白ワインです。フィニッシュのキレも良く、マールボロならではの活き活きとしたソーヴィニヨン・ブランと言えます。「トーフ・ワイン」はニュージーランドの先住民族、マオリ族の手によるワイナリー。マールボロとギズボーンに畑を持ち、国内・海外に広く販売網を持つニュージーランド随一のワインメーカーです。このシャルドネは、70%のフレンチオークと30%のアメリカンオークで、7ヶ月の熟成を経た本格的な白ワインです。アンズとレモンの香りを持ち、バターやバニラ、ほのかな樽の香りを持つミディアムタイプのシャルドネで、本家フランスをかなり意識した作りとなっています 。

3.赤ワインのテイスティング
● 黒ブドウ生産量は1位ピノ・ノワール、2位メルロー。
 ニュージーランドの赤ワインの注目株は、何といっても栽培が難しいとされているピノ・ノワールでしょう。
  
 「シューベルト・ピノ・ノワール 2004年」(上図左)を用意しました。「シューベルト」は、ドイツ人のカイ・シューベルト氏とパートナーのマリオン・ダイムリングが、ニュージーランド北島の南端マーティンボロで始めたワイナリーです。アシスタント・ワインメーカーはドイツのガイゼンハイム大学で醸造学を学んだ日本人の楠田浩之さんで、近年「クスダ・ワイナリー」で独自のワイン造りを始めています。ステンレスタンクでの低温発酵の後、フレンチオーク(75%新樽+25%旧樽)で16ヶ月間熟成されます。チェリー、ストロベリーの香りにわずかにスモーキーな風味が加わり、余韻にほのかな甘さが残る味わい深い赤ワインです。
 最近注目を浴びている品種にシラーがあります。ピノ・ノワール同様決して栽培の容易ではない品種なのですが、洗練さと野性味の両方を合わせ持つこのブドウに魅せられた生産者は多いようです。しっかりとした、美味しい赤のワインを造ることで有名なホークス・ベイの中でも、ギムブレットグラベルズの土地は、砂利質で水はけが良く、そこで育つ葡萄は良質なミネラルを求め、地層深くまで根を伸ばしていきます。この地にワイナリーを持つ「ミルズリーフ」は、ニュージーランド・ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー(2004年)のタイトルを持つ優良ワイナリーです。レッドチェリー、カシスの香りを持つ、力強くバランスの取れたシラーで、ほど良いタンニンが特長です。

4.ワインの科学
ドイツにおける技術革新が、その後ニュージーランドを始めとする新世界のワイン産業を育てることになりましたが、その技術とは一体どんなものだったのでしょうか。醸造技術と品種主義の周辺にポイントを絞って概要をまとめてみました。
●亜硫酸添加
ワインの酸化と微生物による腐敗を防ぐために、亜硫酸(二酸化イオウ)が添加されます。法定基準は国によって違いますが、日本では350ppm。 昔は樽の中でイオウを燃やしていましたが、近年はピロ亜硫酸カリウムを添加する手法が一般 的です。
●補糖(シャプタリゼーション)
19世紀にフランス人科学者シャプタルによって考案された、人工的に糖分を添加してアルコール度数を上げる手法です。 新世界では禁止されていますが、フランスでは1.5〜2%分の添加が認められています。

●ズースレゼルヴ
収穫後果汁の一部を高温瞬間殺菌して保存し、瓶積め前に添加する手法です。ドイツワインにおいてアウスレーゼまではこの手法を認めています。 1960年代のドイツ技術革新の代表格ですが、合法化するためにワイン法を改正したのは1971年のことです。

 亜硫酸無添加ワインの研究も、かのドイツのガイゼンハイム研究所で始まりました。亜硫酸は人体に有害な物質だからと、亜硫酸無添加のワインを強く要望する声がある一方で、350ppmという濃度は、毎日一本80年間ワインを飲み続けても害のない程度という報告もあり、意見の分かれるところです。ニュージーランドの「プロヴィダンス」は、低価格の殺菌ワインではなく、高級クラスのワインで亜硫酸無添加を実施している点で注目されています。
 テロワールを重視し、雨を防ぐビニールシートまで禁止しているにも関わらず、フランスのブルゴーニュやボルドーでは、補糖マスト濃縮が認められています。ドイツのQmPクラスでは補糖は認められていませんが、その代わりズースレゼルヴという果 汁添加法が認められていて、甘口ワインの殆どはこの手法で造られています。ドイツのフレッシュ&フルーティなワインは一世を風靡しましたが、この手法が公知のものとなった結果 、その魅力は急速に失われてしまいました。
 一般的に、欧州系のブドウはカビなどによる病気に極端に弱いとされています。このことが、日本でのワイン用ブドウ栽培を非常に難しいものとしています。欧州では垣根造りが主流であるのに対し、日本では棚造りが主流となるのも、上空からの雨、地面 からのカビを防ぐ必要があるためだとされています。東洋系の甲州種がもてはやされたのも、ある意味耐病性の強さが一番の理由とされています。
  日本では様々なワイン用品種が栽培され、シャルドネやメルローでは成功を収めていますが、一方でピノ・ノワールソーヴィニヨン・ブランだけは栽培不可能とさえ言われています。病害に弱く生育に様々な条件を必要とするためですが、同じく雨の多い島国で、同程度の栽培規模しかないニュージーランドにおいて、この2品種が成功していることは、ある意味非常にうらやましいことと言わざるを得ません。

5.ニュージーランドワインの歴史
1819年 オーストラリアより北島ケリケリにヴィニフェラ種移植。
1835年 ニュージーランドに初めてワイン用ブドウ畑作られる
1875年 マールボロでの最初のワイン醸造
1960年代 マールボロのワイナリー消滅 
1973年以降 近代的なワイン生産への転換
ドイツ、ガイセンハイム研究所のベッカー博士により、ギズボーンでのミュラー・トゥルガウの栽培奨励
1985〜86年 生産過剰の反動による大減反 全栽培面積の1/4に相当するブドウの樹を引き抜く
1985年 西オーストラリア・ケープマンテルのデビッド・ホーナン、クラウディ・ベイ・ソーヴィニヨン・ブランをマールボロで生産、評判となる
1990年代 ヴァラエタルワインブームや近代技術の導入により、画期的な躍進。 
1993年 北島マタカナにて、亜硫酸無添加ワイン「プロヴィダンス」リリースされる
1996年 原産地統制呼称法(CO:Certified Origin)制定

 ニュージーランドのワイン造りは、当初隣のオーストラリア同様、甘口ワインと酒精強化ワインから始まりました。1960年代のドイツでの醸造技術革新を受けた形で、ガイゼンハイム研究所のベッカー博士は、交配品種ミュラー・トゥルガウを北島ギズボーンの地に導入します。
  大量生産を前提としたこのワイン造りは、1980年代には行き詰まります。1986年、政府は一千万ドルの資金を投じて、全栽培面 積の1/4にあたる1,500ヘクタールの畑の樹を引き抜いてしまいました。
  しかし、時を同じくして、マールボロのクラウディ・ベイがソーヴィニヨン・ブランの生産を始め、これが大成功を収めます。生産地は南島に移り、わずか5年で、失われた面 積に相当する新しい土地が開拓されました。これにより、安価なワインの大量生産ではなく、優良な品種の本来の持ち味を引き出すことこそ、生産地を支える第一条件であることが証明されたのです。
  ピノ・ノワール、そしてメルローやシラーの導入、高級ワインへの亜硫酸無添加、スクリューキャップの定着……わずか数十年で、次々と生産地を変え、様々な試みに果 敢に挑戦するニュージーランドワインは、伝統的な旧世界のワインをしみじみと味わうこととは対極的な楽しみを教えてくれるような気がします。

<今回の1冊>

麻井宇介「ワインづくりの思想」中公新書
 同じ著者により25年前に出版された中公新書の「比較ワイン文化考」も読んではいたのですが、ワインの歴史をそのまま解説しているという感じで、正直なところそれほど印象には残っていませんでした。その点本書はかなりインパクトがあります。「銘醸地神話を超えて」という副題通 り、ニュージーランドから始まってドイツ、アルゼンチンへと、舞台を次々と変えながら、ワイン作りに対する考え方がこの数十年間にどのように変遷していったかを明確に描いてくれています。


◆「Via Vino」トップページへ