Via Vino
No. 24 "Alsace"<アルザス>
<日時・場所>
2009年3月28日(土)12:00〜15:00 恵比寿「イレール」
参加者:14名
<今日のワイン>
白・辛口「シャトー・ドルシュヴィル・リースリング・ボーレンベルグ 2006年」
白・辛口「ヒューゲル・ゲヴルツトラミネール 2006年」
白・辛口「トリンバック・ピノ・グリ 2005年」
赤・辛口「マルク・テンペ・アルテンブール・ピノ・ノワール2004年」
<今日のランチ>
10種類の有機野菜と地鶏ササミのプレッセ シークワーサーソース
ユリ根のフラン フォワグラ添え
ゴボウのスープ
越後産 ハーブ鶏のロースト ホウレン草とポルチーニ茸のア・ラ・クレーム添え
イチゴのジュレ ピスタチオのアイスクリーム添え
1.はじめに〜アルザスワインについて
● フランスのテロワール主義とドイツの品種主義を合わせ持つ名産地
● 複雑な地質と、複雑な歴史ならではの高品質なワイン作り
● 冷涼な気候と単一品種が生みだすアロマティックなワインの数々
王家のお膝元のブルゴーニュと、英国植民地だったボルドーが、フランスの二大ワイン産地であるとすれば、第三の産地は……ドイツとの国境に位
置するアルザスではないでしょうか。白ワインで知られるロワールも、濃厚な赤ワインで有名なローヌも素晴らしいのですが、何よりもフランス独自のテロワールの思想と、ドイツ独自の品種へのこだわりを合わせ持っているという点で、非常に奥行きの深いものとなっていると思うのです。
テロワールが重視されるフランスワインの中でも、アルザスは取り分け複雑な気候と地質に恵まれています。地理的にかなり北に位
置しながら、西にそびえるヴォージュ山脈の影響で、東向きの斜面は比較的日当たりが良くなっています。年間降雨量
もフランスの他の地域に比べて少なく、過去の地殻変動の影響で古生代から第三紀まで様々な年代の地質がモザイクのように複雑に並んでいます。
過去において何度もドイツ占領下に置かれたアルザスは、ドイツ的なワインをフランス風に作ることで知られています。ドイツではフランス以上に品種に対するこだわりがあり、冷涼な気候に耐えられる品種の選別
や改良が続けられましたが、アルザスワインもフランスの中では珍しく品種が表示され、他の地域よりも強く自己主張しているのです。その品種はそれぞれ畑の土壌の性質に見合ったものが選ばれているのですが、冷涼な気候のもとで育った葡萄は、他の土地で育った物以上に、品種独自のアロマを充分に備えたワインを生み出しています。
2.白ワインのテイスティング
●アルザスの白ワイン品種
アルザスでは白葡萄品種が主体となり、フランスの白ワインの約20%を産するとされます。リースリングはドイツで、ピノ・グリはイタリアで、ピノ・ノワールはブルゴーニュで、それぞれ同じものが栽培されていますが、アルザスでは他の地域では見られない独特の風味を持つようになります。
<リースリング>
ドイツ原産の品種で、15世紀にライン地方からアルザスへもたらされたとされます。一般
に火成岩か変成岩の土壌に植えられますが、前者の代表格がアルザスに多い古生代に由来する花崗岩で、後者の代表格がドイツに多い粘板岩です。これらの土壌は軽く、適度な水分を含み、リースリングの栽培に適しています。また同じくアルザスに多い石灰岩土壌は、保水性が高く温度が低いため、リースリングの場合はやや酸が固くなる傾向があるとされます。耐寒性があり、多収量
で比較的晩生のため、温暖な気候では真価を発揮しません。特徴的な白い花、蜂蜜の香りは、香水にも使われるモノテルペンに由来します。心地よい果
実味と活き活きとした酸を持つ繊細な辛口ワインとなりますが、熟成するとTDNという化合物に由来する灯油香が感じられるようになります。シャルドネに対抗しうる唯一の高貴白品種ですが、シャルドネとは対照的に樽発酵・樽熟成は好ましくないとされ、一般
的にマロラクティック発酵も行いません。
<ゲヴルツトラミネール>
北イタリア原産のトラミナーの変種と言われていますが、アルザスにおいてのみその特徴を最大限に表現しうる品種とされています。アルザス以外の栽培地はドイツ、オーストリア、イタリアの一部に限られ、新世界の温暖な気候のもとでは品種特性をなかなか発揮できません。サヴァニャン・ローズ種と同系統の香りの強い品種で、アルザスの中では、軽い花崗岩土壌よりも粘土石灰質土壌を好むとされます。発芽が早いため霜害を受けやすく、ウドンコ病にもかかりやすい反面
、条件が良ければ貴腐化します。非常に特徴的なライチの香りの他に、バラやスパイス(ドイツ語でGewurz)等のアロマを持ちます。
<ピノ・グリ>
ピノ・ノワールの突然変異で、赤茶色の果皮を持つグリ(灰色)品種。16〜17世紀にハンガリーからアルザスに導入されたと言われ、それ故にトカイ・ダルザス/トカイ・ピノ・グリと呼ばれますが、ハンガリーのトカイとは品種的には無関係で、ブルゴーニュにおけるピノ・ブーロ種に相当します。非常に早生のため、収穫量
は不安定で、軽い土壌では品種の個性が表現できず、泥灰質石灰岩または粘土泥灰質土壌を好むとされます。力強い新鮮なブーケがあり、しっかりした酸があるため長期熟成も可能とされます。新世界では北米オレゴン州がもっとも栽培に熱心で、作付面
積は既にシャルドネを上回ります。イタリアではピノ・グリージョと呼ばれ、フリウリの粘土石灰質土壌で最良のワインが造られています。
●花の香りのリースリングと、ライチの香りのゲヴルツトラミネール
アルザスの特級ワインは、四つの高貴品種「リースリング」「ゲヴルツトラミネール」「ピノ・グリ」「ミュスカ」から作られますが、今回はそのうちの三つを用意して頂きました。まず最初の一杯は「シャトー・ドルシュヴィル・リースリング・ボーレンベルグ
2006年」です。 アルザス、コルマールの南約20kmに位置する村にあるシャトー・ドルシュヴィールは、その歴史を11世紀はじめにまでさかのぼることのできるワイナリーです。16世紀にはストラスブールの司教によって購入され、その頃からワイン造りが行われていました。現在の当主ユベールは1986年からワイン造りを始め、5つのグラン・クリュを含め全部で20ヘクタールの畑を所有しています。単独所有畑であるボーレンベルグは、石灰岩質の丘であり、南向きの斜面
で、非常に良質なリースリングが熟します。
リースリングというと、比較的淡い色調と軽やかな風味が特徴ですが、このリースリングはかなり色調も濃く、輝く黄金色をしており、香りも強く味わいも強いものでした。リンゴ、白い花、蜜、スパイスなどの華やかな香りを持ち、ふくよかな果
実味と、きれいな酸が特徴です。酸味があるので、前菜のシークアーサーソースとは非常にマッチしていました。
次の一杯は「ヒューゲル・ゲヴルツトラミネール 2006年」です。ヒューゲル社は、1693年アルザスのリックヴィル村に創業以来「ワインの品質は100%葡萄そのものにある」という黄金律の下、12代350年以上にわたって高品質のワインを造り続けてきました。その黄色のラベルは、アルザスの三ツ星レストラン「オーベルジュ・ドゥ・リル」を始め世界120ケ国の最高級レストラン、ワイン専門店で扱われています。
何と言ってもゲヴルツトラミネールの最大の特徴はその独特のライチ香。この品種の個性は、特にこのアルザスにおいて頂点に達すると言われます。フルーティで心地良く、そのまま味わってもアロマティックな風味を充分に楽しむことができますが、濃厚でスパイスのきいた料理、例えば燻製の魚、東洋風の料理にも素晴らしく合います。フォアグラを添えたユリ根のフランの濃厚さにもぴったりでした。
そして「トリンバック・ピノ・グリ 2005年」。リックヴィル村のブドウ栽培農家として、1626年にその歴史の始まりを刻むトリンバック家が、現在のリボヴィレ村に移り、ワイン醸造業者としての名声を博すようになったのは19世紀末、フレデリック・エミール・トリンバックの時代になってからです。彼は1898年、ブリュッセルの国際品評会にワインを出品し、最高位
の賞を受けました。今日なお、フレデリック・エミールのイニシャルが社名に冠されています。
このピノ・グリは、ステンレスタンクで発酵され、樫樽での熟成は行われません。桃や、過熟したトロピカルフルーツを思わせる香りがあり、長い余韻にはかすかにナッツの風味も感じられます。
3.赤ワインのテイスティング
●アルザスの赤ワイン品種
<ピノ・ノワール>
4世紀には既にブルゴーニュで栽培されていたとされる、黒葡萄を代表する高貴品種ですが、アルザスにおいては中世に多く栽培されていました。果
皮が薄く、気候・土壌・栽培・醸造の全てにおいて多くの条件を必要とする気難しい品種で、多くの変異種や亜種を持ちます。ピノ・ブランやピノ・グリもピノ・ノワールの突然変異種です。比較的晩生で、石の多い石灰質土壌を好みます。サクランボの香りをまとった、非常にバランスの取れた赤ワインもしくはロゼワインとなります。
●明るい色調ながら、しっかりした香りと味わいのアルザスの赤
最後の赤ワインは「マルク・テンペ・アルテンブール・ピノ・ノワール2004年」
マルク・テンペ氏は、生産者の息子として生まれ、醸造専門学校を卒業後、大手ネゴシアンで醸造に携わりました。経験と実績を積み上げ、1993年に念願のドメーヌ・マルク・テンペを設立。1996年から本格的にビオディナミ農法での栽培を行っています。除梗、破砕はせず、空気圧搾機にて平均3〜6時間圧搾。ステンレスタンクで24〜36時間発酵。補糖、酵母の添加などは一切行いません。
注がれたワインは非常に明るい色調で、一見少々味が薄いのでは……と思ったのですが、まさしくピノ・ノワール独特のイチゴやサクランボ、そしてカシスやムスクの香りが強く、さらにプルーンや腐葉土、タバコのような複雑な香りもあり、アタックは柔らかく余韻も長く、強いミネラルが感じられながらも、どこかふんわりと口の中で解けるような柔らかい味わいがあります。
4.アルザスワインの歴史
B.C.58年 アルザス南部セルネイ近郊で、カエサルがゲルマン族アリオウィストェス王を破る
91年 ドミティアヌス帝によるワイン禁止令〜アルザスは対象外となる
2世紀頃 ヴォージュ山脈東麓全域に葡萄栽培広まる
826年 ルイ敬虔王の時代、詩人エルモル・ル・ノワールによるアルザスワイン讃歌
1648年 三十年戦争の終わり、アルザスはフランス領となる
1870年 普仏戦争勃発
1871年 フランクフルト条約により、アルザス、ロレーヌはドイツ領となる
1911年 ドイツ帝国、アルザスに自治議会を認める
1914年 第一次大戦勃発
1919年 ヴェルサイユ条約により、アルザスはフランス領となる
1925年 ロカルノ条約(独・仏・英・伊間安全保障条約)
1939年 第二次大戦勃発、ドイツ軍のアルザス占領
1945年 第二次大戦終結、アルザスはフランス領となる
1984年 品種限定貴腐ワイン制定
1992年 グラン・クリュ制定
「皆さん、私のフランス語の授業はこれが最後です。ドイツ語しか教えてはいけないという命令が、ベルリンから届きました……」 アルザスを舞台にしたドーテの短編「最後の授業」は、普仏戦争終結後に発表された作品ですが、敗戦国の悲哀を描いた名作として知られています。もっとも、アルザスにおけるフランス語がどこまで母国語として親しまれていたかは難しいところです。アルザスの住民の大部分はドイツ人の一部であるアレマン人だといわれ、現在130万人の住民がドイツ語の方言であるアルザス語を話しています。
戦争の度に、ドイツとフランスとの間で翻弄される……アルザスの歴史はまさに、戦争による荒廃と奇跡的な復活との繰り返しだったと言えます。三十年戦争、フィロキセラ禍、そしてドイツによる支配……普仏戦争後のドイツは、かつてのライバルを安ワインの生産地におとしめ、フランスは敵国のワインにそっぽを向きました。第二次大戦下では、実際にヒューゲル家のように、まさに兄弟が敵味方に分かれて戦うような悲劇に見舞われることもありました。
複雑な歴史と、複雑な土壌で培われた、単一品種という純粋性へのこだわり。外的環境に翻弄されつつ、アイデンティティを模索し続けることによって得られた高い品質。素晴らしいワインを生み出す葡萄は、決して恵まれた土地で放って置いてできるものではありません。様々な苦難の末に形作られたアルザスワインは、単にフランスワインとドイツワインの長所を合わせ持つだけでなく、痩せた土地でこそ真価を発揮し、永遠の生命の象徴ともなるワインそのものを代表する存在と言えるでしょう。
<今回の1冊>
山本博「ワインが語るフランスの歴史」白水社
フランスワインが面白いのは、何といってもその歴史の長さと多様さによるところが多いと思います。ただ単に味わうなら、アメリカやオーストラリアにも驚くような味わいの美酒が沢山ありますが、その歴史はさかのぼってもせいぜい18-19世紀といったところ。その点フランスワインは、古代ローマ崩壊の時代の前後に起源を持つものがあり、その畑は修道院や貴族、商人達によって近代に至るまで受け継がれて来たものです。
山本先生に白水社というワイン本では定番の組み合わせのこの本を読むと、クローヴィスの戴冠からカール大帝の統一、アルヴィジョワ十字軍に百年戦争、フランス革命に普仏戦争……フランス、そしてヨーロッパの歴史の数々の場面
で、ワインが登場してきたことがよく分かります。フランスワインを飲むことは、フランスの歴史を知る一番の近道かも知れません。