Via Vino
No. 85 "Soba & Wine V"
<そばとワイン>
<日時・場所>
2019年6月29日(土)12:00〜15:00 代々木八幡「大野屋」
参加者:16名
<今日のワイン>
辛口・ロゼ・発泡性「ランソン・ロゼラベル・ブリュット」
辛口・白「グッツラー・ジルヴァーナー・アルテレーベン ・オルツヴァイン 2016年」
辛口・白「シュヴァーブ・キーベル・ユルツィガー・ヴュルツガルテン・リースリング・アウスレーゼ 1995年」
辛口・オレンジ「パラスコス・オレンジ・ワン 2015年」
辛口・赤「シャルル・ノエラ・サントネイ 2000年」
<今日のディナー>
そばサラダ(田舎そば、カボチャ、ずんだ豆のムース)
旬菜の5点盛り合わせ(そば豆腐・鱧の卵添え、大阪泉州の水なす・肉味噌添え、卵焼き、山形の山菜、里芋といぶりがっこの和え物)
鱧(はも)と季節野菜(ズッキーニ、トウモロコシ)の天ぷら
特製 鱧(はも)すき
〆のおそば(信州の二八蕎麦・鱧すきの出汁で)
1.「そばとワイン」
香りを楽しむ蕎麦とワイン
厳しい条件でこそ育つ葡萄と蕎麦
ワインだけでなく蕎麦も広くヨーロッパで親しまれている。
蕎麦は寿司、天ぷらと共に日本を代表する和食の一つですが、様々な具材を楽しむ寿司や天ぷらとは異なり、その独特の香りを楽しみながら、シンプルにつゆと薬味で味わう蕎麦は、ワインと合わせるのが少し難しいような印象を受けます。もっとも、蕎麦屋の酒が「蕎麦前」と称され、うどん屋に比べて蕎麦屋の方が多く日本酒を出すことを考えると、酒を楽しむなら蕎麦、というのは至極当たり前の意識なのかも知れません。
ワインの原料である葡萄が、水はけの良い冷涼な土地を好むように、蕎麦の原料であるタデ科の一年草であるソバ属も、温暖な土地で育つイネ科の植物とは異なり、冷涼で雨の少ない地域で栽培されています。厳しい条件で育つ葡萄と蕎麦は、樹木と草という違いはあっても、どこか通じる物があるように思われます。
中国南部に起源を持ち、中国では6世紀頃から栽培され、奈良時代に日本に伝わった蕎麦は、十字軍の時代にトルコ経由でヨーロッパにも伝わりました。痩せた土地でも育つ蕎麦は、麦が育たないロシアやイタリアのロンバルディア、フランスのブルターニュなどに根付いています。和食の代表格とされる蕎麦ですが、日本がその8割を輸入に頼っている一方で、ロシアは生産量1位を誇り、一人当たりの消費量ではスロヴェニアは日本の10倍とも言われています。
2.日本の蕎麦
中国原産とされる蕎麦が日本へ伝来したのは奈良時代以前とされていますが、当初は農民が飢饉などに備えて僅かに栽培する雑穀であり、貴族や僧侶からは食べ物とは認識されていなかったとされています。今でこそ蕎麦粉を使わない「焼きそば」や「中華そば」にもその言葉が使われるほど、麺類の代表格となっている蕎麦ですが、古くは粥や蕎麦掻き、蕎麦焼きとして食され、麺類に加工されるようになったのはそうめんやうどんよりも新しく、16世紀末から17世紀初頭と言われています。粘性が低い蕎麦は麺に仕上げるのが難しく、小麦粉などをつなぎに使ったりしています。江戸時代は今のように茹でる蕎麦ではなく、蒸籠に乗せて蒸し、そのまま客に供する形が主流でした。
ちなみに日本での都道府県別蕎麦生産量1位は北海道(12,300t)で、全生産量の43%を占めています。ただし蕎麦の国内生産量は全体の20%に過ぎず、消費量の8割は輸入に頼っており、そのうちの8割が中国からのものです。
蕎麦に合わせるお酒となると、当然ながら穀物酒である日本酒や焼酎が主流となりますが、蕎麦の上質な香りを楽しむなら、繊細な甲州やほのかな甘味を持つリースリングなどの白ワインが合いますし、長期間酵母と接しているためアミノ酸含量の多いシャンパーニュも蕎麦や蕎麦つゆの旨味成分と接点が大きいと言えます。また蕎麦に含まれる「ルチン」は、赤ワインにも含まれるポリフェノールの一種なので、ピノ・ノワールなどの繊細な味わいの赤やロゼとも抜群の相性を見せてくれます。
3.ヨーロッパのソバ
ソバは十字軍の時代に、トルコ経由でヨーロッパに伝わったとされています。従ってフランスではソバのことをサラセンの麦(ble Sarrasin)と呼ぶのです。痩せた寒冷な土地でも育つことから、多くの場合麦の不足を補う物として普及しました。ロシアでのソバの生産量は、約120万t(2016年)で世界第一位となっています。
多くの場合、粥にするのが主流で、イタリアでは「ポレンタ(「貧民粥」の意)」というそばがきがあります。また、ロンバルディア州ヴァルテリーナ地区には「ピッツォッケリ」と呼ばれるソバ粉を利用したパスタがあります。この地はイタリアの最北端に位置する、スイスとの国境に当たる山岳地帯で、土地が痩せており小麦が育たないため代わりにソバが作られてきました。多くの場合、茹でたキャベツ、ジャガイモ、ピッツォッケリをチーズとバターのソースで和えます。
フランスでのソバの生産量は約12万t、特にブルターニュ地方では、蕎麦粉のクレープ「ガレット」が親しまれており、小麦の栽培ができないこの地では主食とされていました。そば粉・水・塩などを混ぜて寝かせた生地を、熱した平鍋または鉄板に注ぎ、薄く円形に伸ばした後に正方形に折りたたみ、生ハムなどの肉類、魚介類、グリュイエールやゴーダなどのチーズ、鶏卵、サラダなどで飾って提供されます。ぶどうの栽培も難しいため、合わせるお酒はリンゴで造られるシードルということになります。リンゴ特有の爽やかな香りと酸味、リンゴのポリフェノールに由来するほのかな苦みは日本の蕎麦とも好相性です。
4.ワインテイスティング
「ランソン・ロゼラベル・ブリュット」
(タイプ:ロゼ・辛口・発泡性、品種:ピノ・ノワール53%+シャルドネ32%+ムニエ15%、産地:フランス/シャンパーニュ)
ランソン社は、1760年にシャンパーニュの都市ランスで、フランソワ・ドゥラモット判事が設立した、もっとも古いシャンパンメーカーの一つです。「ランソン・ロゼラベル」は、清く美しい淡いサーモンピンクの色調で、バラやフルーツのアロマが基調にあり、ほんのりと赤い果実のニュアンスがあります。円熟味のあるフレッシュ感が広がり、心地良い余韻が持続します。サクラアワード2016年では金賞を、ジャパン・ワイン・チャレンジ2017年では銀賞を獲得しています。酸味の強いスタイルのロゼ・シャンパーニュですが、食事と合わせるとお料理の旨味をしっかりと引き立ててくれます。今回も田舎蕎麦とずんだ豆のサラダの味わいを引き上げてくれました。
「グッツラー・ジルヴァーナー・アルテレーベン・オルツヴァイン 2016年」
(タイプ:白・辛口、品種:ジルヴァーナー100%、産地:ドイツ/ラインヘッセン)
グッツラーは、1985年に現当主の祖父が立ち上げた家族経営の醸造所です。ジルヴァーナーは先々代から受け継がれている樹齢85年以上の自根のぶどうからワインが造られており、栽培はビオロジックで、EUの認証も取得しています。ドルン・デュルクハイムの村の村名ワイン(オルツヴァイン)という格付けになっていますが、クオリティとしてはもっと上のクラスです。大樽で発酵、熟成され、りんごのような柑橘系の味わいがあり、口に含むとボリュームが感じられ、まさに静の中に強さを感じることができるワインです。通常のジルヴァーナーに比べてより旨味があり、そば豆腐や出汁の利いた卵焼きと素晴らしい相性を見せてくれました。
「シュヴァーブ・キーベル・ユルツィガー・ヴュルツガルテン ・リースリング・アウスレーゼ 1995年」
(タイプ:白・辛口、品種:リースリング100%、産地:ドイツ/モーゼル・ザール・ルーヴァー)
1959年、22歳の若さでワイナリーを受け継いだ、当主のホルスト・シュヴァーブは、わずか2ヘクタールの貴重な畑で、 リースリングを主体にした素晴しいドイツワインを生み出しています。収穫は手摘みにこだわり、天然酵母のみでワインに仕上げていきます。「ユルツィガー・ヴュルツガルテン」の畑は「薬草の園」を意味しています。美しい酸味と骨格のあるミネラルに支えられた、伝統的なモーゼルワインです。1995年物ということで、色合いは琥珀色、梅酒やプラムなどの甘やかな風味があり、塩で頂く鱧や季節野菜の天ぷらの味わいを深めてくれました。
「パラスコス・オレンジ・ワン 2015年」
(タイプ:オレンジ・辛口、品種:リボッラ・ジャッラ50%、マルヴァジア+フリウラーノ50%、産地:イタリア/フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア)
パラスコスはスロヴェニアの国境近くのサン・フロリアーノ村に位置する生産者で、オーナーのエヴァンジェロスはギリシャ生まれ、1997年より本格的なワインの生産を開始します。2003年より新しいワイナリーを建設し、自然醸造へ切り替え、自然酵母のみでの発酵とSO2の不使用、または必要最小限の使用(15mg/l程度)での醸造を行います。ブロンズがかった琥珀色。杏や梨、枇杷など落ち着きのある果実香に加え、蜂蜜の甘い香りやミネラルのニュアンス。ほのかなタンニンが感じられ、梨などのしっとりとした果実味が優しく口中に広がります。余韻にはまろやかな酸味や柔らかい果実の旨味が優しく舌に残ります。出汁のような味わいは、まさに愛媛の天然鱧を使った鱧すきと素晴らしい相性で、オレンジワインの色合いと鱧すきの出汁の色合いもまさにそっくりで、鱧すきに粒選りの完熟コショウを加えると、さらにスパイシーな風味が重なり独特の風味を楽しむことができました。
「シャルル・ノエラ・サントネイ 2000年 」
(タイプ:赤・辛口、品種:ピノ・ノワール、産地:フランス/ブルゴーニュ )
シャルル・ノエラはかつてあのアンリ・ジャイエとも比較される程有名なドメーヌでしたが、1988年にドメーヌは売却され、「シャルル・ノエラ」という商標は、ネゴシアンのセリエ・デ・ウルシュリーヌに引き継がれました。「サントネイ」は、レンガがかったルビー色の外観で、プラムやレーズンなどのドライフルーツや乾いたハーブ、紅茶、鉄などの香りがあり、タンニンは細かく、厚みのあるベリー系の果実味とみずみずしい酸味、硬質なミネラル感がバランスよく広がります。約20年の熟成を経たピノ・ノワールは、旨味と若干の鉄分が感じられ、非常にまろやかでありながら、長い余韻を楽しめるワインでした。
5.今回の一冊
杉浦日向子とソ連「もっとソバ屋で憩う」(新潮文庫)
漫画家の杉浦日向子さんの作品を知ったのは大学生の頃で、江戸風俗をまさに江戸時代の浮世絵のような絵のタッチで描く独特な作家として知られていて、その印象的な作風に興味がありつつも、あまり作品をしっかりと読み通したことはなく、むしろその後にNHK「お江戸でござる」の「杉浦日向子のおもしろ江戸ばなし」のコーナーのコメンテイターとしての存在感が強く、その後2005年に46歳で亡くなられたときは非常に驚いたものです。この「もっとソバ屋で憩う」を読むと、ソ連(ソバ好き連)編著とあるものの、そのコラムの殆どは杉浦さんによるもので、中でも印象的だったのが「ソバの音」というタイトルのコラム。「ソバをズズッと、あからさまな音を立てて食べるようになったのは、どうやら、ラジオ普及以降のことらしい」とあるのを読んで、まさに目からウロコが落ちたように感じた物です。海外の人は食事の際に音を立てるのを嫌いましたが、それは日本人でも同じこと。一方でしっかりと含み香を味わうには、ソバもワインもズズッとすする方が望ましい。厳密な官能評価の場と公式の食事時のマナーとはなかなか相容れないものなのでした。