湯煙の向こうに自分が見える
  (北陸・中部・四国・中国・九州編)



(富山県)宇奈月温泉 宇奈月温泉会館




(富山県)黒薙温泉

 春先5月初め、雪解けの黒部渓谷へ向かうトロッコ電車から、一筋の黒いパイプが
斜面に添って見えた。車内の案内アナウンスから、

「麓の宇奈月温泉の湯は、このパイプを通って黒薙温泉から引いているんですよ」

と説明が聞こえてきた。

「黒薙温泉、そんなに湯の沸き出す量が多いの?」

トロッコ電車を降りて、山をくりぬいたトンネルを突っ切り、深い渓谷沿いの道を
歩くと、その突き当たりに「黒薙温泉」と書かれた看板。そこが一軒家の宿。

「よくまあ、こんな険しいところに宿を建てたもんだなあ」

と、感心しきり。


雪解けの水のような透明で湯量も豊富。開け放った浴室の窓から、ごんごんと音を
立てて流れる雪解けの水音が勢い良く飛び込んでくる。

「どこからですか?」

と、山登りで立ち寄った若者に声をかけられ、

「そうですか。温泉を回っていらっしゃるのですね。それなら燕温泉に一度ぜひ入
  って見てください。良い湯ですから・・・。」

深い山懐に沸き出した湯、冬の間のっそりと積もった厚い雪の層が岩のよう。手を
のばして届くところまで迫ってくる。滝つぼに流れ落ちる轟きとともに、露天の湯に
体も心も手放しで浸かった。

「ただただ、自然とともにあるんだなあ・・・」




(富山県)小川元湯温泉 露天風呂

(石川県)山代温泉 共同浴場「山代温泉湯殿」
(石川県)山中温泉 共同浴場「菊の湯」
(石川県)珠洲温泉 見付荘




(石川県)和倉温泉 共同浴場

 能登半島の真ん中、そこに和倉温泉はある。

「いっらしゃいませ」

と、きっちり髪を結い、着物を着こなした女将さん。大きな旅館が立ち並んでいる。

駐車している車をみて、中部・関西のナンバーが多い。

「なるほど、東京からの交通の便と比べると、そうなるかなあ」

とっても立派過ぎる温泉宿の構えに、立ち寄りの湯をいただくという雰囲気でない
ことを察知してしまった。どこか、庶民の・・・と探し回るうちに、海に近い生活の
場所に共同浴場を見付け入った。
ここは、漁師さんの湯といった雰囲気の生活感いっぱいのところ。なみなみと熱い
湯が湯舟にあふれ、その湯量の多さに感激。ちょっと、出口から流れる湯を口にいれ
ると、それは海水そのものが熱く沸き出したような感じの湯。

「しょっぱいなあ。人生のしょっぱさを味わった顔が、いっそうつやつやと元気な
  頼もしい顔つきを作ったのかなあ」



(岐阜県)下呂温泉 クアガーデン露天風呂
(岐阜県)新穂高温泉 かるかや温泉(露天風呂)
(岐阜県)新穂高温泉 村営新穂高温泉アルペン浴場
(岐阜県)福地温泉 民族資料館の露天風呂

(兵庫県)湯村温泉 共同風呂




(愛媛県) 道後温泉 本館

 夏目漱石の小説「ぼっちゃん」の中にでてくる温泉。
時代を感じる木造の建物、そして部屋。その雰囲気に囲まれながら、心の中が“ぼ
っちゃん”になってしまった。

湯上がりで、タオルで体を拭いているうちに、

 「お茶どうぞ」

と、声を掛けるものがいる。

見ると、大きなやかんにたっぷりと湯が沸いている。そして、若い方(学生さん?
)が湯上がりの人に、丁寧に言葉をかけていただき、入れ立ての緑茶を注いだ茶わん
を差し出してくれたのだった。湯上がりのお茶をいただいたことに、また一層心が暖
かくなった。

「良い湯と、良い人。」

建物を出てみると、屋根のてっぺんに据えられた真っ白な白鷺の像が、夜空に向か
って晴れやかに飛び立とうとしているように思えた。



(鳥取県)皆生温泉 温泉センター
(鳥取県)岩井温泉 共同風呂




(鳥取県)★三朝温泉 河川敷の露天風呂

 よく走ったもんだ。山陰の海辺の国道をどんどん北上しながら、動きながら出会っ
たいろんな湯に、一日に何個所も入りながら車で走った。

「まず、朝の寝起きに湯に入る。車で走って昼ごろ疲れ取りに一風呂浴び、そして
また走り出す。目に飛び込んでくる全てが物珍しく、きょろきょろしながら夕方ころ
に出会った風呂で立ち寄り、そして夕飯食べる。まだ寝るには早いので、走れるだけ
走って今晩寝るところを決め、それなら寝る前に一日の緊張をほぐすようにゆっくり
と湯に浸かってと・・・。」

こんなふうに湯に入りながら、体じゅうの体液をぐるぐる回す。そうすると、ひと
りでに疲れが体から外へ、流れ出ていくような感じで、以外に運転し続けてもそんな
に疲れないのが不思議。

ここ、三朝(みささ)温泉に到着したのは、もう寝る前の時間ごろ。大きな橋が掛
かっている近くの河川敷に露天風呂があった。幸いに雨が降っていたので、誰も入る
ものもいない。

「ねね、一緒に入ってこない?」

いっしょに車に乗っている家族に声を掛けるけど、もう眠たい様子で、誰一人いっ
しょに入ろうとするものはいない。それではということで、ひとり雨降りしきる中傘
をさしながら橋の欄干ぞいに歩き、めざす河川敷の露天風呂へ降りていった。

「雨に打たれるもよし、風に吹かれるもよし、ただただ湯に浸れることかたじけな
いことこの上ない」

古い木造の旅館から漏れる明かりが、雨で濡れた橋の欄干や、河原を流れる水や石
に反射してゆらゆら。ゆらゆらり、ゆらりゆら。



(鳥取県)鹿野温泉




(島根県)★温泉津温泉 共同風呂

 “温泉津”って、何と呼ぶの? これは、“ゆのつ”。

日本海に面した昔からの漁村、そこにある古くからの温泉。延々、山陰の海辺リを
北上。国道の標識「至京都」がどこまでもつづく。

「日本海の文化って、かつては船が主な交通手段だったころ、人や物の行き来が、
京都を中心に盛んに行われていた証拠かなあ」

山陰から北陸、そして東北へと、都「京都」との交流の足跡が見えてくる。

さて、温泉津温泉、辿り着いたのは、もうすっかり夜になったころ。共同風呂の入
り口でおばさんが腰をかがめて、外回りを箒で掃いていた。きっと、地元の漁師さん
が毎日湯に入りに来ているのだろう。顔なじみの体格の良い男たちが、褐色に染まっ
た湯舟で気持ち良さそうに、一日の疲れを癒している。

生活にすっかり入り込んだ湯、温泉津温泉。

先ほど入り口の掃き掃除をしていた番台のおばさんに頼んで、そこに有った、湯の
色と同じ褐色の素焼きの人形(?)を手にとった。

なんと、ひょうきんな表情の素焼きの「河童の飲泉カップ」だったのにはおどろい
た。飲泉カップは、まだまだ日本の湯の入り方では馴染みが薄いものだから・・・。

フランスのエビアンの飲泉カップを思い出していた。



(島根県)玉造温泉 共同風呂
(島根県)玉造温泉
(島根県)湯の川温泉 湯の川温泉旅館

(広島県)音戸温泉




(山口県)長門湯本温泉 共同浴場

 やっぱり、温泉場の雰囲気は夕暮れからがいい。ここ湯本温泉にたどりついたのが
、すっかり日が沈んだころ。「湯本温泉」の赤いネオン文字が夜空に浮かんでいる。

共同浴場で、その土地の人同志が会話していると、互いに土地訛りがもっとも強く
出る。子供といっしょに湯舟につかって、しばらく聞いていたけど全く聞き取れない
。二人で目を丸くして顔を見合わせてしまった。
そのうちある瞬間から、話が聞こえてくるようになった。話し方のイントネーショ
ンに慣れてくるとそのまま内容が理解出来てしまうのがおもしろい。そして、いった
んその会話の輪に入ってしまうと、自然にこちらも生まれ持ったことば、つまり東北
山形訛りでそのまま体で伝えようとしている自分がいた。

 不思議に、しっかり伝わったのはなぜ。

体で話す、心の中心で話す、持って生まれた言葉で話す。それが、その土地の人と
今向き合って“分かってもらおうとした”だけ・・・。



(山口県)湯免温泉 共同浴場




(大分県)別府温泉(鉄輪温泉) 共同浴場

 “別府八湯”の一つ、鉄輪(かんなわ)温泉。

なんだか、“もののけ”の世界に迷い込んだような温泉。看板も時代物の看板がそ
のままあって、街角の雰囲気が、そうそう「つげよしはる」の世界のよう。町中の町
で出会った駄菓子屋さんのような店先から、おばあさんの声で、

「これ、うちで作った手づくりの羊羮だよ。一本どう」

と声をかけてくる。一本頂くと、シワの手で新聞紙に包んで「おいしいよ」と、差し
出してくれることが、なんとも昔のままのやり取りでなつかしい。

 夜、町中を歩く人もほとんどいない温泉の町中から、何本もの真っ白い湯気が「ぼ
ーっ」と、真っ暗な空に向かって吹き上げている。各旅館ごとの湯溜めのタンクから
、圧力が高くなると安全弁が働いて、湯気が吹き上げる。白い湯気が勢いよく暗やみ
に立ち上っていく光景は、白と黒のうねりが生き物のようでもあるし、またこの世の
ものとは思えない気配で圧倒されてしまった。

翌朝、早く共同風呂にでかけると、まだ入る時間でもないのに、もうお年よりが何
人か朝風呂であいさつ。

 「おはよう、今日も元気で何よりだねえ」

お風呂で一日が始まる。

 そして、お風呂で良い一日が終わる。そしてまた、寝静まったころには、何本もの
湯気たちが、真っ暗な闇の中でうねっている。

 毎日、変わらない良いところ。



(大分県)塚原温泉




(熊本県)★黒川温泉

(熊本県)★黒川温泉 里の湯「和らく」
(熊本県)★黒川温泉 山みず木
(熊本県)★黒川温泉 山の宿「新明館」


(熊本県)★小田温泉 民宿「夢の湯」
(熊本県)★小田温泉 おた里の湯「彩の庄」
(熊本県)★小田温泉 四季の里「はなむら」




(沖縄県)銭湯「壺川湯」

 琉球王国の城であった首里城近くに出会った銭湯。
沖縄に初めて行った記念に、まず銭湯をと、タクシーの運転手に頼んだ。

「近くの銭湯ありませんか?。お風呂やさんです、地元の人が入りに来る所ですよ
  」

 そうして、ここに連れてきていただいた。さっそく、番台のおばさんに挨拶。

「お風呂が好きで、日本各地の温泉や銭湯に入っているんですが、沖縄は初めてで
  すから・・・・ 。」

「そうですか、今なら誰もまだ入っていないから、どうぞ。」

と、ご好意で男性と女性の浴室を両方見せていただいた。そうして、服を脱いで、洗
い場に入って、あたりを見渡しながら気がついたことがあった。まず、湯舟がど真ん
中にあって、湯舟というより湯溜めというようなものであったこと。おそらく、湯に
浸かってというより、湯をそこから汲んで汗を流すものと思えた。

「そうか、寒さを感じる土地では、湯は湯舟にとっぷりと肩まで浸かって“暖まる
  もの”であるけど、沖縄のように暑いことが多い土地では、“汗を流す”ことが
  湯を使う目的なんだなあ」

そして、洗い場には、一人一人の鏡の前に一つづつ、日本の代表的な名所の絵が掲
げてあった。沖縄の銭湯で、日本の名所に出会えた。




(フランス)★エビアン  エビアン保養所

 1991年に記念すべき海外の温泉に入ることが出来、「ミスター エビアン」と
呼ばれるようになった話。 

「200個所目は、何としてもフランスで達成したい」

と、出かける前の週に、信州の湯を一日に4個所入り、199個所にした。

東京駅八重洲口近くにある日本温泉協会を尋ね、著書「世界の温泉」を購入した。
そのページをめくっていく中で出会ったのが、フランスのエビアンの飲泉所の写真。
  
 
「ここに行ってみたい」

強い思いが押さえられずにいた所へ、ついにその夢を現実のものとする絶好の機会
が訪れたのだった。

「ここで降ろしてください」

理解有るツアーコンダクターに「その国に来たのなら、自分の足でできる限り見て
歩くこと」と励まされ、団体での行動を一日抜け出すことで実現した。

レマン湖を対岸から船で渡り、フランスの飛び地エビアンへ。4000Mを越える
スイスのアルプスの麓にそれはあった。ほとんどが硬水のヨーロッパで、このエビア
ンでとれる軟水は、貴重な飲料水。だから、この水を守るために回りの山々には、人
の人工的な手を加えないことを決め、守り続けているとのこと。

今では、日本の各地のコンビニでエビアン水は売られている。しかし、化粧水なら
わかるけど飲料水として水を店で買うことなど、当時の日本では考えられなかった。
 だから、当時ヨーロッパに行っておどろいたことだったのである。飲料水(エビア
ン)がビールと同じ程の値段で売られていて、レストランでも水を買って飲んでいた


その飲泉所は、石畳の坂の上の公園の中央にあった。多くの人が、ペットボトルほ
どの大きさの蓋のついた容器何本かに水を汲んでいった。

しばらくして、公園の前に年代を感じる石づくりの建築物が建っていることに気づ
き入り口を尋ねた。エビアン水のポスターをカメラに納めようと、片言の英語で尋ね
、許しを得た。ここは、エビアンの本社だった。案内嬢は、親切に会社案内とそのポ
スターを差し出してくれたのだった。

さて、目的の飲泉所にはたどりついたものの、ぜひ温泉に入ってみたいとの思いが
強く、歩き出した。石畳を降り、一面芝生の広がる建物に出会った。かすかに温泉の
香りがすることと、お年寄りが歩いていることで、そこがサナトリウムであることが
分かった。建物のドアを開け、受付を尋ねたが、フランス後は話せないばかりか、

「CAN YOU SPEAK ENGLISH?」 

と問われて、

「NO」

と返事をする情けなさ。でも、とにかくフランスのエビアンで温泉に入りたいという
強い願いが表情に表れていたのだろう。受付の人を動かし、両替所(スイスからここ
フランスに入ったため貨幣を交換しなければならなかったのです)でフランに交換す
るよう教えてもらった。でも、どこが両替所かも分からないまま街へ戻り、自分の持
てる感覚を総動員して探し出し、なんとか両替することができた。こうして、受付に
戻り、今交換したばかりのフランを差し出したが、首をひねっている。しばらくして
、了解したとばかりに首を縦に振って、着いてくるように促した。

そこは、脱衣所。きっと水着が必要だろうと水泳パンツは持参していたからこれは
問題なかった。でも水泳キャップを借りることになったがもう、全部の両替の硬貨は
差し出してしまったためなにもなく、一枚の硬貨を貸していただいた。

こうして、ようやく温泉の浴室へ。しかし、ドアを開けてもどうみてもそこはプー
ル。ヨーロッパの温泉利用については、こうした施設で温泉療養が目的であるため、
温泉医といわれる人に指導を受けながら入るものだと、本で知ってはいたが、さすが
にこれでは温泉に入った気分ではない。見渡すと、丸い浴槽にボコボコ泡が出ていて
、体格のよい中年の女性が水着のまま入っているのが見える。これだとばかりに、近
づいて挨拶をしながら浴槽に入った。

「やった!ついにエビアンで温泉に入った!」

さて、湯上がりは、入り口近くのロビーの中心に大きな自然の大理石が置いてあり
、そこから温泉水が流れている。これを飲泉カップで汲み、寝そべる椅子に体を預け
ながらゆったりと、ゆっくりと湯を飲んでいる。それに習って。ゆっくりと体を十分
に休めた。

レマン湖を渡る船上から、次第に離れていく夕暮れのエビアンを見送りながら、船
内で一人、買い求めたコーラで“乾杯”。