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01 退屈



「……ふぁぁ…」

 昼下がりの穏やかな風に促されたように大きな欠伸が零れ落ちた。
「…主上、あまり慎みのないことをなさるな」
 ジロリと景麒に睨まれた陽子は不機嫌さも露わにぷいっと横を向く。
「そんなこと言っても、眠いものは眠いんだから仕方ないだろう」
「何を仰るか。王たるもの、政務にそのような態度ではなりません」
 相変わらず手加減無しの小言が続く。慶国宰輔はその主に対し、とても麒麟とは思えぬほど容赦がなく、一部では【歩く太綱】とも呼ばれているのは公然の秘密だ。
 当然の如く言われた陽子はムッとした顔で嫌味を返した。
「フン、下品で悪うございました。お前はとても上品だから欠伸なんかしないんだろうよ」
「そのようなことを申しているのではありません。政務に身が入ってないから眠気などに襲われるのです。真面目に取り組んでおられぬ証拠です」
 無表情のまま淡々と続く台輔の科白は、何時もとさほど変わりないようだが、今日ばかりは陽子の勘に障ったらしい。ガタンと大きな音をさせて立ち上がると、剣呑な眼差しを景麒にぶつけた。
「だったら! お前が御璽を押せば良いだろう? さぞ仕事が捗るだろうよ」
「出来もしないことを言われますな。御璽を扱えるのは王以外には居りません」
 睨み付ける陽子の視線を平然と受け流し、正論のみを口にする台輔の嫌になるくらいの冷静な態度に、流石の彼女もプツリと切れた。
「あぁもう、今日は止めだっ! 後はお前の好きなようにしろ!」
「お待ち下さい! 主上!」
 足音高く堂室を横切り、止める間もなく廊下に飛び出した陽子は、驚く女官を尻目に宮殿の奥深くへと走り去っていった。

「…………」
 静まり返った王の執務室に、零れた溜息がやけに大きく響き渡る。
 主の居ない卓子の上には急ぎ決済を待つ書類が山積みだ。
 先程までここにあった紅の輝きは失われ、今は冷たい空気が重く澱んでいる。
「…………」
 溜息と共に大きく息を付いた景麒は、卓子の上にあった書類を片付け始めた。とはいうものの御璽が押されなければ只の紙切れと同じで、   毎夜、時間の許す限り、この世界の成り立ちを大綱に基づき教えてくれる。慶の国主として登極した時より、どんなに疲れていようとも陽子が金波宮に居る時は必ず行われる講義は、いつしか陽子の時間に組み込まれてしまった。
 派手な言い合いをしようとも、気まずい空気が流れようとも、その時間だけは