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【タイトル  】: 仮置き勝手口
【初  出  】: 2005年5月15日
【ファイル名】: ginb280.jpg & ginb280.htm
【使用ハード】: DOS/V(Celeron2.4GHz+1.5GB-RAM) + LiDE30 + UD608R
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〜〜〜おはなし〜〜〜

 久しぶりに散歩のコースを変えた。この界隈に足を踏み入れるのは何年ぶりだろう………などと、つらつらと思考を遊ばせながらとある路地に入ったところ、懐かしくも心をかき乱される光景に出くわしてしまった。

 この建物は幼少の時分より知っている。表側はこの街で知らぬ者のない高級料亭だ。知らぬ者はないが、ここで食事ができる者がこの街にはほとんどいないことも知らぬ者はない。
 もちろん、路地側のこの面もその料亭であることに変わりはない。もっともこちら側にあるのは赤青金に彩られた豪華絢爛な門構えではなく、打ちっ放しのコンクリートの壁と鉄の扉にふさがれた要塞のような勝手口だけなのだが。

 ちょうどその勝手口から出てきた店の主人と目が合ってしまった。

「あいやぁ〜〜〜、×××さん! おひさしぶりねぇ。ひさしぶりついでにちょいと食事でもどうかね。開店まであと一時間、新開発メニューの『ぱぶりっくこめんと』が欲しいのだがね。モニター価格は勉強するよ」
「新開発メニューってのはこれかい?」

 私は勝手口の脇にぶら下げられている2体の「これ」を顎で示した。

「まさかまさか。これは我が國六千年の歴史ある伝統料理よ。新開発でもなんでもない。時々しか注文こない、そもそもとても×××さんの手の届く値段じゃないね」
「じゃあなんだい。今日は『これ』の予約が入ってるのかね」
「そうよ。うちらのとこの市長さんと遠路はるばるやてきた郡知事さんが………おとととと、これ以上は秘密ね」
「いいよ。そんな連中のこと、ヘタに知るとこっちの命があぶない。しかし………本当に何食わされるかわかったもんじゃないな、あんたんとこの店は………だいたい、どうしてこんな痛そうな吊し方をせにゃならんのだ? 屠殺の時に余計な苦痛を与えるのはどこの国でも禁じられてるだろうに。最近は」
「白人が勝手に押しつけるそんなルールにはなんの取り柄もないね。我が國の伝統はずっと意味あるね。これ、絶対に必要。こうやて腕を後ろにねじりあげて吊すと、そう。×××さんのおしゃるとおりとてもとてもとても痛い。だから必死で抵抗する。で、がんばてがんばてがんばて、壊れる直前まで疲れ切るとあら不思議。まさにその瞬間こそ、骨格筋が一番美味しくなっているのだね」

 そう言って、主人は2体の「それ」の内のひとつの脚をつかんでグイッ! と下に引いた。うなだれたままこわばっていた異国の少女の顔がさらに引きつり、ギャっという鋭い悲鳴があがった。

「こち、声出すゆとりある。まだまだね」

 さらにもう一方で同じことをする。こんどはくぐもったうめきが口の端から漏れるだけだ。

「こちはもうすぐ。この脂汗と痙攣のぐあいだとたぶんあと1分くらいで下ごしらえ終わるよ」

 主人の言うとおりだった。初めは肩の筋肉だけだったプルプルという細かい震えが徐々に大きくなってやがて全身に広がり、ちょうど1分でグゴッという鈍い音とともに少女の肩の関節がはずれた。腕が妙にねじれた格好で体がだらりとぶらさがる。頬はこわばり白目を剥き、太いよだれが地面に垂れた。失禁もしたらしく、かすかに尿のにおいが立ち昇った。
 主人が携帯電話を取り出してなにか叫ぶと、勝手口から恰幅のよい白衣の料理人が2〜3人現れてその少女を鎖からはずし、10秒もかからずに中に運び込んで行った。頼みもしないのに主人が解説してくれる。

「本当は、肩がはずれたらすぐにここで血抜きまでしたいよ。でも近所の連中が文句言うね。路地に血のにおいが染みつくのが嫌だとか。十年前にはそなこと誰も気にしなかたのに、困た困た」
「血抜きどころか、吊すのだって中でやればいいじゃないか。こんなふうに人目に晒す必要はないんだろ?」
「×××さん、あんたも伝統甘く見るか。六千年の科学的追求で『どうしたら最も美味しいか』を極め尽くしたレシピなのよ。変えないで済むところは極力変えない。これ、あたりまえね」

 この理屈になっているようなどこか騙されたようなよくわからない理屈に幻惑されてもたついている間に、先ほどの料理人の一人が勝手口から飛び出してきて主人になにか耳打ちした。片手に脚立を抱えている。主人は真顔になって頷くと「ちょと失礼ある」と私に断って携帯電話をかけはじめた。私の知らない方言が激しくやりとりされる。その間に料理人が、残ったもうひとりの少女の尻の下に脚立を立ててそこに座らせた。少女はあいかわらず後ろ手錠で壁に繋がれたままだが、もうぶらさがってはいない。放心の表情を浮かべながらほとんど気を失ってなすがままになり、上体をグラグラとゆっくり揺らしている。
 主人はさらに数カ所に電話をかけた。料理人は懐から大きな裁ちばさみをとりだし、少女の服を器用に切り開いて取り除き始めた。どうやら素っ裸にするつもりらしい。

「ちょと困たことになたよ」

 電話の用事がひととおり済んだらしい主人が再び話しかけてきた。

「今日のお客さん、人数が半分になたね。本日の売り上げ、計画の三分の二。この特別な食材、『修学旅行』のシーズンにしか入荷しないしそれも必ず予定通り入るわけじゃないのに、もうかんべんしてほしいある」
「客が大物過ぎてキャンセル料も請求できないってか? それでこっちの娘は命拾いかい」
「いまの季節、たいてい1ヶ月以内には次にこれ注文してくれるお客さんくるよ。でもそれまでここに繋いでおくだけでも維持費かかるね。鮮度も落ちるね」
「なんでここに出しっぱなしにしとくかな。どうせ中に檻でもあるんだろ。そこで栄養つけさせりゃいいじゃないか」
「ここに引き出されるとどんなメに遭うかこの娘もう知てまたある。次に引き出した時に暴れられると面倒。普通の娘でも本気になると料理人蹴り倒されることある。次に入荷するストックにこのこと伝えられるとその危険何倍にもなる」
「なるほどね」

 それからしばらく、脚立の上で鎖に繋がれた素っ裸の少女(脚はあの日からずっとベルトで束ねられたままだ。まあ仕方ないだろう)はこの路地の風景のひとつになった。一度決めた散歩コースはしばらくは変えたくない。私はその風景を見続けざるをえなかった。

 初めの数日間、少女はしきりと叫んだり泣いたりしていたが、その言葉は私にも理解できないどこかの外国のものだった。
 きっと彼らにとってはかつての私以上に見慣れたものなのだろう。路地の住人たちは特に気にするでもなく意識するでもなく、少女が空気かなにかでもあるようにそのやかましくさえずる存在を受け入れていた。大勢いる子供たちが棒でつついたり石をぶつけたりすることはあったようだが、店の料理人に見つかるとタダではすまない(親の地位が弱いと自分も同じメに遭う可能性すらあるのだから)のであまり目立つようにはやらないようだった。その料理人だが、時々路地に出てきてはホースで水をかけながらデッキブラシで少女を洗ったり、妙なポンプのような道具で大量の残飯を少女の口に押し込んだりしている姿を見かけた。

 ある夕方、脚立が消えていた。遠目には白い肉体がただ静かにぶら下がっているだけにしか見えないのだが、間近では苦痛のあえぎと脂汗ですごく暑苦しい場になっていたはずだ。
 当然だろうが、翌朝には少女の姿はなかった。一ヶ月の間そこにあったものが消えたわけだが、路地の住人たちの意識には特になにも残らなかったようだ。
〜〜〜おはなしおわり〜〜〜  さらに「修学旅行」ネタです。  大きな群れを作って広い世界を回遊する内には、こんなふうにどこかに引っ かかってしまう個体もいるわけですね。  背景の写真はとある岬の異形のモニュメントの一部。本州最北端とのこと。          銀茄子(欧字形:Agnus)          http://www2c.biglobe.ne.jp/~agnus/ =====================================================================

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