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【タイトル  】: 瓶詰工場の少女
【初  出  】: 2002年8月18日
【ファイル名】: ginn176.jpg & ginn176.htm
【使用ハード】: DOS/V(celeron1GHz+512M-RAM) + UD608R
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 「はだかエプロンを描きたい!、けど暇がない!」という状況がしばらく続い
た後、鬱積したものが妙な方向に噴出してしまいました。その結果、期せずして
プロレタリア文学(爆)に初挑戦ということに。

 絵とおはなしのイメージ湧出のきっかけは実家の両親がドイツ旅行土産に買っ
てきてくれたソーセージの瓶詰めでした。細長い瓶にきわめて美味なる長いソー
セージがみっしりと5本。ああ………もっと食べたい。
 空き瓶はこんなふうに活用しています。

            
〜〜おはなし〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 自動車会社のような目に見える「ライン」はありませんが、私たちの勤めている工場の仕事もいちおう流れ作業で動いています。
 まず材料がとなりの部屋から小窓を通して送られてきます。浅い箱に盛り上げられたそれは、湯気をあげているひと繋がりの腸詰めだったり、白いアスパラガスだったり、冷たいピクルスだったり、まれに見たこともないような妙な動物が来ることもあります。「こんなにいろいろな種類のものをひとつの工場で作ってたなんて」と就職したその日にこのラインを見学させられた時には驚きました。でも食品会社なのですから食べ物しかありません。あたりまえですね。

 それらの材料は、最初にライン長が優しく声をかけます。すると急に生き生きと輝いて………腸詰めはモニョモニョとうごめいて自分で一個一個切り離れて暴れだし、アスパラガスはピクピク痙攣して次第に箱からあふれ、ピクルスは胴震いして酢の滴をあたりにまき散らし………とても美味しくなります。いちど、ビチビチ暴れて床に落ちたので出荷できなくなってしまったピクルスをみんなで分けてつまみ食いさせてもらったことがありますが、ライン長の言葉がふりかけられる前と後では味の深みと輝きが驚くほど違いました。

「ここのところが我が社の秘密のノウハウでね。完全な社外秘なんだが、君たちにもいつかやり方を覚えてもらうよ」

 これが、最初の見学の時に御自ら私たちを引き回してくれた社長の説明でした。

 逃げ回る材料をつかまえて、決まった分量ずつ瓶に詰めるのが私たちの仕事です。ただ詰めるだけではありません。詰めたあと塩水を満たして素早く蓋をしなければなりませんし、詰める量も決まっています。腸詰なら五本。ただし中身の量も決まっているので大きめの腸詰があったら小さいのを組み合わせるなどして調整しなければなりません。いちいち秤を使う暇はないので目分量と「手分量」だけでなんとかします。中身があまりに多すぎたり少なすぎたりするとその瓶を作った班の5人全員が真空パックの罰を受けることになるので重さの見積もりだけはまったく気を抜けません。

 できあがった瓶詰を、今度は瓶用の浅いトレイにきれいに詰めて、部屋の反対側の小窓から次の工程に送り出します。瓶の中では腸詰やアスパラガスがまだ不満そうにバタバタと暴れています。

「このあとどうなるんですか」

 手の空いた時にライン長に訊ねたことがあります。

「ああ、トレイごと熱湯に浸けて殺菌するの。そのあと機械でラベルを貼ってできあがりってわけ」
「あの動いてるのをそのまま?」
「そうよ。だから美味しいんじゃない」

 私たちの勤務時間は朝6時から夜10時までということになっています。高い天井の小さな天窓から差し込む空の明るさが時刻の手がかりにはなりますが、あまり正確ではありません。工場のどこかで動いているらしい大きな機械の唸りが始まったときから終わるまでが勤務時間、と言った方が正しいかもしれません。
 ライン長の言葉に優しく促されて班の5人が一斉に目を覚ますとすぐに仕事が始まります。休憩時間は特に決まっていませんが、材料の流れが途絶えた時にちょっとだけおしゃべりするくらいの暇はいくらでもあります。衛生にやかましい職場なので普段からエプロン以外はなにも服を着ることが許されていません。初めてこのラインに配属された時にはちょっと恥ずかしかったけれども、割烹着姿のライン長を除いてみな同じ姿なのですからすぐに慣れました。

 終業時刻になって工場の機械が止まると、私たちは班ごとに寮に帰って眠ります。寮は作業場の片隅に点々と置かれた大きなガラス瓶です。班の5人全員がその中にはいると、ライン長が縁まで塩と塩水を満たしてぴっちりと蓋を閉めてくれます。はじめての時はいきなり息ができなくなってとても苦しくてみんな大暴れしながら結局はすぐに気を失ってしまったのですが………ライン長の言葉で翌朝目覚めてからは、もうなんともありません。とは言っても瓶に入った直後のちょっとの間だけは少し苦しいといえば苦しいのですが、すぐに眠ってしまうのでたいしたことではありません。

「自分たちが作ってるものの気持ちを知るのは大切なことなんだよ」

 これも社長の言葉ですが、いまではみな、心の底からそれに納得しています。

 最近は不景気のせいで会社の仕事の量がずいぶんと減ってきているらしいのですが、私たちの生活には変わりありません。仕事が少なければ瓶の中で休息する日数が増えるだけなのですから。いつか会社が倒産したりしたらどうなるんだろう、その時は私たちはライン長の「言葉」をもらえずにいつまでも瓶の中でゆらゆらと漂い続けるんだろうか、と不安を感じないこともありません。でもそうなったとしても、私たちがそれを知ることもないわけですから心配したって仕方がないんですけどね。

 ある日、班の女の子のひとりが言いました。

「会社がつぶれそうになったら、寝てる間に私たちも茹でて売られちゃうかもよ」

 誰も笑えませんでしたが、それを耳にしたらしいライン長がパタパタと走り寄ってきました。

「あらあんたたち、みんなが寝てる間にあたしら中間管理職が毎晩どんなに苦労してるか全然知らないのね。女の子の瓶全部を一個一個クレーンで吊って熱湯消毒するのは大変なんだから。ここは清潔第一なんですからね」

〜〜〜〜〜〜〜おはなしおわり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

         Agnus(和訳形「銀茄子」)
         http://www2c.biglobe.ne.jp/~agnus/
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