3月

【小説】倉阪鬼一郎「田舎の事件」
 
ホラー・アンソロジー「異形コレクション」「茜村より」等救いのない恐怖短編を書いている倉阪氏の異色ミステリー。もっとも、内容的にはブラックコメディで、あまり謎解きの要素はありません。文字通り「事件」が起きて幕、というパターンが殆どです。
 ユーモアがあるとは言え、どちらかというと訳も分からず暴走し破滅する人間の物語、というくくりなら、従来のホラー短編とも通じるところがあるかも。もっとも少々「田舎」の描き方が類型的過ぎる気がしました。



【映画】金田龍「ブギーポップは笑わない」
 
上遠野浩平氏の小説の映画化。3/11に始まって3/31には終わってしまうので、実質三週間しか上映されていないという……。
 SF同人誌「ノベル・エアー」の関係の人達と観にいったのですが、誘われなかったら観なかったろうなあ。なにしろ小説が人気があって深夜にアニメが放映されていたこと以外は全然内容を知らなかったので。その分先入観なしに鑑賞できましたが。
 四部構成で、一連の事件を視点を変えて描写していくスタイルはなかなか面白いのですが、しょっぱなから「地球の危機!」と言い出すのは内容からすると少々大袈裟なような気が……。吉野紗香扮する「ブギーポップ」も、一緒に行った人に言わせると「コミケのコスプレみたい」という感想でした。学園だけを舞台にして、学生以外の登場人物が一人位しかいないというのも、少々世界を狭くしているような気がします。高校生の学園祭映画みたいで。

【小説】井上雅彦編「世紀末サーカス」
 
まだまだ続くホラー・アンソロジー「異形コレクション」の第14弾です。
 正直言って前回の「俳優」あたりは、このシリーズもそろそろマンネリかしらと思わないこともなかったのですが、今回の「サーカス」で盛り返した感じ。倉阪鬼一郎「夢の中の宴」の綱渡り、菊池秀行「オータム・ラン」のバイク乗り、草上仁「頭ひとつ」の脱出芸人、平山夢名「オメガの聖餐」の大喰い男、我孫子武丸「理想のペット」の猛獣使い、竹河聖「サダコ」のアクロバット……皆ちゃんと「サーカス」というモチーフを使いながら、戦慄すべき新しい異形のイメージを提示することに成功しています。
 中でも一番印象に残ったのが、田中啓文「にこやかな男」。誇り高きシジゴマ族の微笑みをたやさない外交官が、外相会議でのストレス発散のために持ち込んだ物とは……。非常にシンプルなのに、ここまでどきりとさせる短編にお目にかかったのは久しぶりであります。お勧めと言うべきかどうか……。しかしこの人間の残虐さを思い知らされる強烈なイメージは、いつも私が描きたいと思っている範疇のもの。森岡浩之さんのあれとか、牧野修さんのあれとか……いかんいかん、内容に触れずにこの作品を説明するのは至難の業ですが、やはり「強烈」ではあります。

【映画】カン・ジェギュ「シュリ」
 
北朝鮮特殊部隊の潜入とテロを描いた話題の韓国映画です。小さい劇場でしかやっていないせいか、公開されてからしばらく経つのに未だに満員状態。銀座の劇場も、160名くらいしか入れないので一時間前に行ったのに、渡された整理番号が90番代でした。
 ストーリーはいたってシンプル。結構ハリウッド映画をパクっているところも多い。主人公とその相棒は同じ東洋人から見ても似すぎていて最初区別がつかないし、主人公だけは敵に取り囲まれてもすぐには殺されないし、温度が上がると赤色に変わる液体爆弾CTXという設定にしてもそれほど目新しくはないし。でも全編に流れる緊迫感は独特のもの。今の時代に北朝鮮の工作員を悪役に仕立て上げた娯楽映画を作って大丈夫なのかなと心配しちゃうくらいだけど、そこはそれ、単純に北朝鮮倒せ、なんて方向には持っていかない。うまく書かれた脚本です。しかしこういったシチュエーションが決して非現実ではない国であることを思うと、オーバーアクション気味に見える演出にも見過ごすことが出来ない凄さが感じられます。侵略も分断も経験したことのない日本では作られそうもないタイプの映画かも知れませんね。
 キーポイントとなるヒロインの描き方がとてもうまい。追いつめられ事態が悲劇的になっていくほど、表情が豊かに、存在感が大きくなっていく。死に向かうほど、生き生きとしていく。どんなに隠そうとしても、人には抑えられない感情がある……ラスト近くの無言の表情がそれを物語っていて、観る物に忘れられない印象を残してくれるに違いありません。アクア・ショップの魚、冷たいアサルトライフル、白い手編みのセーター……全ての小道具に二重・三重の意味付けがなされ、登場人物達の間に流れる哀しみの旋律を増幅してくれます。
 冒頭、北朝鮮工作員候補達の実践さながらの訓練が描写されるんだけど、これがまさしく「バトル・ロワイアル」を思わせる文字通りの「殺し合い」。生き残った者だけが凄腕の工作員として送り込まれる。本当にそんな訓練が行われているかどうかは分からないけれど(パンフによれば、実際に北朝鮮特殊部隊出身者の亡命者から取材したとか……)、戦争というものは本来そういう姿をしているもの。「バトル・ロワイアル」は大東亜帝國というパラレルワールドでのお話だったけど、こちらはまさに今そこにあるかも知れない現実。そのすさまじい現実を背負ったまま、登場人物は悲劇へとなだれ込んでいく。ここまで血しぶきが飛び交いながら、なおかつ涙してしまう作品というのは、実はそんなにお目にかかれるものではありません。もしかしたら、誰が悪い訳ではないのかも知れない……敵方の特殊部隊の隊長にだって言い分もある……しかし終幕の悲劇がどう転ぼうとも、癒されない傷だけが残る。失われる命というその一点にテーマを絞っているからこそ、このアクション映画は、余計なお説教もナレーションもなしに成功しているのだと思います。

【小説】高見広春「バトル・ロワイアル」
 
ホラー大賞落選、内容の過激さ故佳作にもならず、という話題の作品。
 しかしながら、少なくとも回りでこれを読んだ人で誉めない人はいないというほどの人気。映画化までされるそうで、内容がなにしろ中学生のクラスメイトが互いに殺し合うという話だから、本当に忠実に映画化してくれるのか、年齢上げて高校生とか大学生にしてしまうのではと少々心配だけど。
 読んでみて、思わずこれは「傑作!」と納得してしまった。厚手のノベルズながら、ページをめくるのももどかしくなるほどのスピード感、42名の生徒それぞれの個性の書き分けも巧みで、シンプルなのに印象の強い作品。これだけ盛り沢山の場面展開を行いながら、それぞれのエピソードが妙に心に残る。
 中学生の殺し合いなど社会的影響を考慮して活字化は見合わせるべきという判断が下されたといっても、実際に中学生が友人の首を切り、母親が保険金目当てに息子を殺すこの時代に、そんな優等生的自主規制はむしろ奇異に感じる。
 大東亜帝國が支配するこの作品世界では、政府高官の博打のために学校を無作為に選んで殺し合いをさせる。そしてその中で、数々の希望、夢、手の届くはずだったささやかな幸福が次々と砕かれていく。その不条理さは、しかしほんの数十年前の日本では当たり前だったはず。いや、過去の、現在の、戦争の行われている全ての場所で、互いに直接的には知らない者同志が殺し合い、関係ない者が巻き込まれ、何の理由もなく銃弾を撃ち込まれナイフで切り裂かれているのだ。「バトル・ロワイヤル」は、決して私達が一生巡り会わずに済む世界ではない。
 後一歩で分かり合えたかも知れない。後一歩で一矢報いることが出来たかも知れない。後一歩で逆転できたかも知れない……数々の場面で、踏みつぶされていく可能性。人は殺されれば死ぬ。そして死が避けられないものである以上、この世はそんな数知れない悲しみで満ちあふれている。
 人間社会の持っている最も残酷な部分を、ここまで凝縮して一つの「ゲーム」として具現化した例は他にあまりないような気がする。敢えて比較するなら、ゴールディングの「蝿の王」だろうか。「十五少年漂流記」の設定を借りながら、闇への恐怖から次第に野生化し、悲惨な殺戮へと駆り立てられていく少年達の物語だ。絶海の孤島に10代の少年達が投げ出されたら、仲間同士協力して生き残るか、それとも理性を失い自滅していくかという問いに対して、私はやはり「蝿の王」の方にリアリティを感じたものだ。(「蝿の王」は映画化されているから、そういう意味でも「バトル・ロワイアル」の映像化にさほど問題はないような気がするけど。)
 もし自分がこの殺戮ゲームに投げ出されたらどうだろう。友人もなく、体力もなく、機敏さもなかった中学生の頃を思い返すと、早々と自滅していたような気がする。少なくとも自分が戦場で役に立つような代物には思えないのである。それでいいのか悪いのか、実はまだよく分からない。命を大事と思うなら、生き残るのをあきらめなくてはならないという矛盾。それが他者の殺戮を強制されかねない人間社会の暗黒面の本質なのだろう。やはりそういう意味では、この作品は一級の「ホラー」なのだと認めない訳にはいかない。



【DVD】今敏「パーフェクト・ブルー」
 
江口寿史や大友克洋が協力に加わっていたというアニメーション。(江口