Via Vino No. 20 "Greece"<ギリシャ>

 

<日時・場所>
2008年9月27日(土)18:00〜21:00 東京「スピローズ」 
参加者:19名
<今日のワイン>
ギリシャ・白「クルタキス・レッチーナ・オブ・アッティカ」
ギリシャ・白「ドメーヌ・ゲロヴァシリウ・マラグジア 2003年」
ギリシャ・赤「カトギ・アヴェロフ・アギオルギティコ 2007年」
ギリシャ・赤「パパイアナコス 2005年」
<今日のディナー>
ディップ・セット
パナコピタ(ホウレンソウとチーズのパイ)
ギリシャサラダ
バカディアロ(タラのフライ)
グリルチキン
ムサカ
デザート
   

  


1.はじめに
 ローマの詩人ヴァージル(ウェルギリウス)は、「ギリシャの葡萄品種を数えるより、海岸の砂を数えるほうが容易である」と言いました。現在ギリシャには約300種の固有品種があるとされていますが、「300」といえば、昨年公開された映画「300」では、百万のペルシャ軍にたった300人のスパルタ戦士が立ち向かったテルモピレーの戦いが描かれていました。民主主義と高度な文明を誇る古代ギリシャが、東方の専制君主国に屈しなかったという、非常に意味深い戦争として教科書にも載せられている話ですが、実際当時のスパルタの戦闘能力は凄まじいもので、彼らの民主主義もあくまで奴隷制度の上に成り立つものでした。スパルタの青年達は、反乱防止と殺傷能力向上を名目に、葡萄畑で働いている奴隷(ヘイロータイ)をいつでも好きな時に殺して構わないとされていたと言われています。
 ギリシャの酒神ディオニソスは、元々ゼウスが娘ペルセポネに生ませた女神ザグレウスが、嫉妬に狂ったヘラの怒りに触れ、雄牛として切り刻まれ、後に男神として復活したのだとされています。女が男に変わり、悪が善に変わる、古くて新しい、複雑な性格を備えた神……古代の大ディオニソス祭では、皆がワインに酔い痴れながら、ディオニソスの死と再生の苦しみを再現するために山羊や雄牛などの生け贄を引き裂いてその血をすすったとされています。そのモチーフはやがて古代ローマのバッカス神やキリスト教に受け継がれていくことになります。
 葡萄栽培とワイン生産の起源は古代オリエントとされていますが、それが紀元前二千年頃にギリシャに伝えられて、はじめて宗教や芸術と深く結び付き、独特の文化を育んでいきました。ホメロスの叙事詩「イリアッド」「オディッセイ」では、后を奪われたスパルタ王メネラオスも、戦利品の女奴隷を奪われた英雄アキレスも、苦しみから逃れるためにワインをがぶ飲みしています。西洋史のまさに最初期の段階で、既にワインは人々の生と死の駆け引きの中にしっかりと根を下ろしていたのです。

2.白ワインのテイスティング
●古代ギリシャのワイン世界を垣間見せてくれる独特な風味の「レッチーナ」 
  
 白ワインでは、「クルタキス・レッチーナ・オブ・アッティカ」「ドメーヌ・ゲロヴァシリウ・マラグジア」 の2品を用意して頂きました。  
 ギリシャを代表する松やにワイン「レッチーナ」の主要白葡萄品種は「サヴァティアーノ」で、中央ギリシャのアッティカ、ヴイオティア、エヴィアなどで栽培されています。レッチーナは、古代ギリシャでアンフォラの蓋を封じるために使われた松やにがワインの中に溶け込んだものが元になっており、現在では発酵前の葡萄果 汁に人為的に松やにを加えていますが、これはろ過作業時に取り除かれるそうです。レッチーナはかつてギリシャワインの6割近くを占めていたと言われていますが、現在でも総生産量 の35%を占めています。クルタキス社は、1895年にギリシャワインの生産地として有名なアッティカのマルコプロに創設された、ギリシャ最大のワイン製造業者です。レッチーナはクセが強くかなり飲みにくいものが多いのですが、クルタキス社の製品は個性的ながらも比較的飲みやすいスタイルに仕上げられています。風味の強いギリシャ料理とは相性が良いとされていますが、実際飲んでみるとやや強めのハーブ香が感じられ、若干スパイス風味のあるディップやパイと意外と馴染んでいました。
 あまり知られていない白品種の「マラグジア」は、香りも酸味もほどほどですが、高いアルコール度数のワインを造ることで知られています。ギリシャ古来の品種ですが、現在ではマケドニア、ハルキディキ半島、中央ギリシャと幅広く栽培されています。今回ご用意して頂いた銘柄「ドメーヌ・ゲロヴァシリウ」は、マケドニアの古都テッサロニキから約25km南西にあるエパミノに畑を持つ、1986年設立の比較的新しいワイナリーです。シャトー・カラスの葡萄畑で働いていたヴァンゲリス・ゲロヴァシリウは、ギリシャ古来の品種ながら最近までかえりみられることのなかったマラグジア種でのワイン生産を試み、初めてこの品種でボディと香りのある上質ワインを造り出すことに成功しました。 緑がかった金色で、オレンジやジャスミンを思わせる豊かな香りがあり、味わいにはレモンの風味が感じられました。  
 

3.赤ワインのテイスティング
●「ヘラクレスの血」とも呼ばれるギリシャ随一の赤ワイン品種「アギオルギティコ」
  
 赤ワインでは、「カトギ・アヴェロフ・アギオルギティコ」「パパイアナコス」 の2品を用意して頂きました。  
 ギリシャの黒葡萄品種の中で筆頭に上げられる「アギオルギティコ」は、ペロポネソス半島のネメア地域で栽培される黒葡萄品種です。色は濃く果 実風味に富み、古い品種ながらカベルネやメルローに通じる濃厚さと高貴さを備えています。海抜450〜650mの高地で栽培された物が特に良質であるとされています。この品種から作られる深紅色のワインは、俗に「ヘラクレスの血」と呼ばれます。それより標高の低い場所で栽培されたものは甘口ワインに、高い場所で栽培されたものは辛口ロゼワインに使用されます。
 「カトギ・アヴェロフ」の製造元であるカトギ&ストロフィリャ社は、40年の歴史を持つイピロス地方のカトギ社と、20年の歴史を持つアッティカ地方のストロフィリャ社が、2001年に合併して誕生しました。「カトギ・アヴェロフ」は、葡萄のアロマと樫の香りがバランスよく結び付いているのが特徴で、まろやかで豊かな味わいに仕上がっていました。ちなみに今回用意して頂いたボトルは、こちらのお店「Spyro’s」さんのオリジナルボトルで、「カトギ・アヴェロフ」の表記の代わりに大きく「S」のマークが描かれています。  
 「パパイアナコス」の製造元パパイアナコス社は20世紀初頭に設立され、1960年代から近代的な醸造法を行い発展したワイナリーです。毎年12万本ものワインを生産し、その約40%はヨーロッパや合衆国など海外に輸出されています。アギオルギティコにカベルネをブレンドし、より濃厚で洗練されたスタイルとなっていました。
 
4.ギリシャのワイン用品種
 ギリシャでは、上に述べたような代表的な品種の他にも、古代から伝わる多くの品種が今も栽培され、他の地には見られないユニークなワインが多く作られています。
●リムニオ Limnio
 アリストテレスが「レムニア」と呼んだ、古代から伝わる黒葡萄品種です。東エーゲ海のレムノス島、そして北エーゲ海に面 したハルキディキ半島で多く生産されています。セージや月桂冠の香りを持ち、高品質なワインが造られています。アルコール度は高めで、酸とタンニンは中程度とされています。
●マヴロダフネ Mavrodaphne
 主としてペロポネソス半島のパトラス、そしてイオニア諸島に属するケファロニアで栽培されている黒葡萄品種です。甘口、辛口、酒精強化ワインなど様々なワインが作られていますが、特に甘口ワインが有名です。この名前は1860年頃、ギリシャがオスマン・トルコから解放された頃に、ババリア人企業家クラウス氏が黒い瞳の愛人ダフネにちなんで名付けたと言われています。
●クシノマヴロ Xinomavro
 ギリシャ北部の大陸性気候で育つ優良な黒葡萄品種です。ナウサ、グーメニサではフルボディの赤ワインが、アミンデオではロゼとスパークリング・ワインが造られています。渋味は少なめで酸味がやや強く、チェリーのような赤い果 実の風味を持ち、ピノ・ノワールやネビオロに通じる味わいを持っています。その名は「酸」と「黒」を意味し、ペロポネソス半島のアギオルギティコと共に、ギリシャ赤ワインの女王とされています。

5.ギリシャワインの歴史
B.C.20世紀頃 フェニキア人がエーゲ海の島々にワイン造りをもたらす
B.C.17〜14世紀頃 クレタ文明最盛期 クノッソス宮殿跡から当時のワイン壺発掘される
B.C.16世紀頃 クレタ島ヴァシペドロの最古の足踏み葡萄破砕器 
B.C.15世紀頃 ミケーネ王アガメムノンの物とされる黄金ワイン杯 
B.C.13〜12世紀頃 ミケーネ時代 トロイ戦争の頃 ワイン文化誕生 
B.C.8世紀頃 ギリシャ人、シチリアやマルセイユまで葡萄畑を広める
    ホメロス叙事詩に乾粒葡萄による甘口ワインと混酒器の記載あり
B.C.6世紀頃 アナクレオンの叙事詩、シンポジウムでのワインは水と1:2の割合で混ぜるとの記載あり 
B.C.534年 ペイシストラトス、大ディオニソス祭の発令
B.C.5世紀頃 ワイン用アンフォラに「タソス・ワイン」の刻印、最古のブランドの記録
    タソス島の大理石にワイン最古の法律の記録あり 
    画家トリプトレムスによる、杯に描かれたシンポジウムの絵
B.C.400年頃 医聖ヒポクラテス、ワインを薬として賛美
B.C.320年頃 アリストテレス、葡萄栽培技術の研究
    アレキサンダー大王のワインによる洗屍の礼
B.C.228年 ナフクラティティス「ソフィスト達の宴」
B.C.146年 ギリシャ、ローマ帝国支配下へ
331〜1453年 ビザンティン帝国時代 
1453年 コンスタンティノープル陥落
      オスマン・トルコは税収となるギリシャのワイン生産を禁止せず
1821〜29年 ギリシャ独立戦争、多くの葡萄園が破壊される


 葡萄栽培とワイン醸造の歴史は、コーカサス地方のグルジア古代シュメール古代エジプト、そしてフェニキア人達の活動にその起源があるとされていますが、ワインを一つの文化にまで高め、文学や絵画、哲学や科学の場に取り入れたのは、何よりも古代ギリシャであったと言えるでしょう。ギリシャ神話やホメロスの叙事詩、プラトンやアリストテレスの著作に至るまで、ワインの登場しないものはありません。まさにギリシャにおいて、ワインは宗教と芸術に強く結び付き、それ故にその後もヨーロッパ文明において単なるアルコール飲料とは割り切れない独特の地位 を占めるようになったのです。
 もちろん当時のワインは、今飲まれているものとはかなりかけ離れたものでした。品質向上のために相当量 の海水を混ぜていたと言われ、オリーブオイルや松やにまで混ぜて飲んだそうです。その名残として、今でも「レッチーナ」と呼ばれる松やに入りの独特のワインが大量 に作られています。また、ワインは必ず水で割って飲まれており、そのために豪華な混酒器が多く作られました。おそらくは貴重なワインをより長い時間をかけて楽しむためだったと思われますが、当時の酒宴は食事が終わった後に開かれるもので、現在のような料理との相性という考え方もなかったようです。
 一方で、古代ギリシャには、現在のワイン文化を先取りしているような側面もあったと思われます。古代ギリシャ、ローマの頃は、ワインはアンフォラと呼ばれる陶器の壷に収められ、松やにを塗ったコルクを蓋に使ったとされていますが、それ故に古代の人々は長期熟成したワインの味を知っていたとされています。この熟成ワインへの嗜好は、ワインの保存が樽に変わると共に失われ、後にガラス瓶が発明されるまで復活することはありませんでした。そしてそのアンフォラには、ワインの生産地・生産者の刻印が残されていて、現在の原産地統制呼称を先取りしたワイン法が制定されていたことを示しています。また、ワインが身体に良いという概念は、近年フレンチ・パラドックスが有名になって世界的に広まりましたが、紀元前400年頃の医聖ヒポクラテスは、「ワインは飲み物としては最も価値があり、薬としては最も美味しいもので、食品中最も楽しいもの」という言葉を残しています。  

6.おわりに
 ギリシャがワイン文化の発祥の地であることは良く知られていると思うものの、ギリシャワインはなかなか酒屋で見ることがありませんし、ギリシャレストランは東京にも数件しか見つけることができません。4年前のアテネオリンピックの時にはそれなりに需要があったのに、今では取り扱いをやめてしまったところも……。その歴史的な背景を考えると少々寂しい状況ではありますが、フランスワインのどこかかしこまった雰囲気とは異なるカジュアルな楽しみ方が可能なギリシャワインは、もっと普通 に飲まれても良いのではないかという気がします。

<今回の1冊>
 
フォティオス・ジョリス「ギリシャワイン」飛鳥出版
 著者のジョリス氏は、ギリシャ生まれで1991年にギリシャのワインと食品を扱う「日本ヘレニカ」を立ち上げ、1997年にはギリシャワインのサイト「SYMPOSIO」(http://www.symposio.com/)を立ち上げ、1998年に本書を出版したという人物。自ら日本語を駆使して執筆したとのことで、その意味では少々日本語として不自然な箇所もありますが、何よりもギリシャワインに対する思い入れが感じられる貴重な一冊としてあえてお薦めします。
 


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