Via Vino No. 29 "Rhone"<ローヌ>

<日時・場所>
2009年12月5日(土)12:00〜15:00 広尾「アニュ」 
参加者:22名
<今日のワイン>
白・辛口「レ・ヴァン・ド・ヴィエンヌ・コート・デュ・ローヌ・ブラン 2006年 」
白・辛口「イヴ・キュイロン・サン・ジョセフ・リスラ 2000年」
赤・辛口「ドメーヌ・ムーラン・タキュセル・シャトーヌフ・デュ・パプ2000年」
赤・辛口「ドメーヌ・ド・ラ・コンブ・デュー・コート・デュ・ローヌ・キュヴェ・ド・ラストー 1987年」
<今日のランチ>
その日に届いた北海道産魚介のマリネ・生ハムのジュレと共に
その日に届いた山口県萩産のお魚料理・白菜のクレメとミモレットと共に
1ヶ月熟成させた蝦夷鹿内腿肉のロースト・トリュフの香るポワヴラードソース
ファーブルトン・塩キャラメルのアイスと共に

   


1.はじめに〜「フランスワインの歴史を支えた銘醸地」

● ボルドーを上回る総生産量を誇るコクのある赤ワイン中心の産地。
● 大陸性気候の北部地区と、地中海性気候の南部地区。
● ブルゴーニュ、ボルドーに匹敵する高品質な白と赤を産出。

 スイスのサン=ゴタール山塊ローヌ氷河に源を発し、レマン湖を経由して、フランス国内に入るローヌ川は、サヴォアの山間を抜けてからリヨンの町を通過し、向きを南に変えると、地中海までの約300kmを一気に流れ降りていきます。鉄道や飛行機が登場する前は、ローヌ川は物資の大動脈としてフランスの南北を結んでいました。ワインがギリシャ人によって最初にマルセイユに持ち込まれると、カエサル率いるローマ軍の進軍とカトリック修道院の繁栄ともに、北や西に運ばれ、ブルゴーニュやボルドーといった名産地に伝播していったのです。そのためこの流域には、プロヴァンス、コート・ド・ローヌ、ブルゴーニュとワインの産地が連なっているのです。
 コート・ド・ローヌのワイン産地は、ローマの遺跡で有名なヴィエンヌから、アヴィニヨンまでの約200kmに広がります。北半分が大陸性気候に属し花崗岩質の土壌が多く、斜面に沿った畑が多いのに対し、南半分は地中海性気候で土壌も砂質や石灰質で、比較的平坦な畑が多くなります。北部と南部ではブドウ品種も若干異なっており、生産量は南部が9割を占めています。
 南に位置しているため、アルコールが高めのコクのある赤ワインが約90%を占めますが、北から南まで大きく広がっている生産地のため、白・ロゼ・赤・スパークリング・辛口・甘口の全てが揃い、その味わいも非常に多岐にわたります。酸味も渋みも柔らかいワインが多く、なおかつ生産量の限られる銘柄が多い割には価格的にも手頃なため、料理に合わせるワインが探しやすいとされています。。


2.ローヌワインの概要

【気候】  
 気候的にも土壌の面でも、北部地区と南部地区では大きく異なります。  大陸性気候で、土壌も花崗岩質の斜面が多い北部では、赤ワインはシラー種による濃い紫を帯びた赤の、いかにも甘い果実を凝縮したようなワインが作られています。白ワインは、ヴィオニエという品種で作られた、かなり強い香りのコクのある辛口が作られています。比較的に単品種で造られた、しっかりとした味わいのワインで知られています。  一方、南部地区では、やや海洋性気候に近くなり、土壌は水はけのよい砂利の混じった土壌で、赤にはグルナッシュ、カリニャン、シラー、ムルヴェードル、サンソーなど、白ではグルナッシュ・ブラン、ルーサンヌ、マルサンヌ、クレレットなどが作られていて、非常にバラエティ豊かなワインが造られています。

【アペラシオン】
 一般的に「コート・デュ・ローヌ」のワインは、下位から順に「リジョナル」「ヴィラージュ」「クリュ」の3段階に分かれます。リジョナルは北部と南部の両方で造られますが、ヴィラージュは南部の77の村で造られたワインのみが該当し、村名なしの物と、より上位の16の村のみで造られる村名付きの物があります。そして最上級のクリュは、「コート・ロティ」「エルミタージュ」「シャトー・ヌフ・デュ・パプ」等に代表される、13のクリュ名が明記された綺羅星のようなワインが揃います。  クリュの面積は非常に小さく、北部のシラー100%のクリュ「コルナス」の栽培面積はわずかに90haしかなく、シャトー・マルゴーとほぼ同等で、収量も最大40hl/haと最低レベルに抑えられています。上位クラスのローヌワインは、希少性と高品質を兼ね備えており、ボルドー・ブルゴーニュに匹敵する実力があると言えるのです。

【イスラエル】
 ローヌの濃厚な赤ワインの中でも代表格といえるのが「シャトーヌフ・デュ・パプ」です。他に著名なワインとしては、北部ローヌの「エルミタージュ」と「コート・ロティ」が有名ですが、量が少なくなかなか飲める物ではありませんでした。  
 「シャトーヌフ・デュ・パプ」は、畑そのものも非常に特殊です。ローヌの川底だった土地が地殻変動で地表に出たため、大きな石がごろごろと転がっており、鉄分を多く含むためどの石も赤色を帯びています。この石が陽光を果実に照らし返し、夜は保温の役割を果たします。  
 もう一つの特色が多種葡萄の混醸です。原産地統制呼称で認められている葡萄品種は13品種もあります。
 <シャトーヌフ・デュ・パプ13品種>  
 グルナッシュ(黒・白)  
 ピクプール(黒・白)  
 シラー(黒)  
 ムールヴェードル(黒)  
 サンソー(黒)  
 クノワーズ(黒)  
 ミュスカルダン(黒)  
 ヴァカレーズ(黒)  
 テレ・ノワール(黒)  
 クレレット(白)  
 ブールブーラン(白)  
 ルーサンヌ(白)  
 ビカルダン(白)  
 比較的南の地域では、多数の品種がよく育つことを利用して、それらを混ぜて複雑な味わいを造り出すことが多いとされています。もっとも現在では、これらの品種を全部使うような醸造元は殆どありません。赤はグルナッシュが主体で、サンソー、ムールヴェードル、シラーを補助に使う場合が多いようです。白はブールブーランやグルナッシュ・ブランを主体にしており、他の品種はあまり使われません。

3.白ワイン

  

 まず白ワインのテイスティングです。「コート・デュ・ローヌ・レ・ローレル」と「サン・ジョセフ・リスラ 」です。  
「レ・ヴァン・ド・ヴィエンヌ・コート・デュ・ローヌ・レ・ローレル 2006年」( 品種:ヴィオニエ50%+マルサンヌ50%、産地:ローヌ北部ヴィエンヌ村 ) 
 ヴァン・ド・ヴィエンヌは、フランソワ・ヴィラール氏、ピエール・ガイヤール氏、イヴ・キュイユロン氏の優秀な醸造家3人が、1996年に設立したドメーヌ兼ネゴシアンです。特にコート・ロティ最北部からローヌ川を挟んだ北側に位置するヴィエンヌ村の畑で採れる葡萄から造られるワインは圧巻とされています。明るい輝きのある黄色で、ヴィオニエに由来する香りは、華やかで白い花を思わせます。飲み口も、適度なコクが感じられ、コンドリューに匹敵するような高品質な味わいとなっています。飲み飽きせず、ずっとおいしく飲んでいられるワインです。

「イヴ・キュイロン・サン・ジョセフ・リスラ 2000年」( 品種:マルサンヌ50%+ルーサンヌ50%、産地:ローヌ北部シャヴァネイ)  
 上述の「ヴァン・ド・ヴィエンヌ」の立役者3人の1人、まさに「匠」と呼ぶにふさわしいイヴ・キュイロンの造る白ワインです。リスラの畑は、シャヴァネイの丘にあり、マルサンヌとルーサンヌが半分ずつ植えられています。果実味を前面に押し出した、まさにアロマを楽しむためのワインとなっています。キュイロン氏のコメントによれば、マルサンヌは控えめなアカシアの蜂蜜の香りがあり、ルーサンヌはより酸を伴った、梨や桃に似た果実味と凝縮感があるとのことです。実際に味わってみると、より濃い色合いで、まさに蜂蜜の甘い香りが印象的な、余韻の長い飲み口のワインでした。 

4.ローヌワインと料理について

 ローヌの白といえば、アルコールが高くて重い味がする、という印象を持たれがちですが、近年では香りや酸に特徴のあるすっきりした味わいのものが増えています。特に香りに特徴のあるヴィオニエなどは、ハーブやサフランなどの風味が合うとされています。サフランを効かせた魚介のスープ、ブイヤベースには、プロヴァンスの白ワイン・カシスを合わせるのが定番とされていますが、敢えてヴィオニエ主体のローヌの白を組み合わせると面白いかも知れません。  
 ローヌの赤といえば、北部のシラー主体のワインが有名ですが、南部のグルナッシュ主体のワインは、柔らかくおおらかで、なおかつ濃厚な味わいは、様々な肉料理と合わせることができます。  しっかりした味を持った肉料理には、あまりに繊細な風味のワインでは負けてしまいますし、強いタンニンが目立つワインではエグ味が出てやはり合いません。一番のお勧めは適度に熟成させたグルナッシュ主体の赤ワインでしょう。単に調和が取れているというだけでなく、そこにどこか暖かみが感じられるのではないでしょうか。  
 簡単なようで意外に難しいと言われるのがワインとチーズの組み合わせです。ワインにパンとチーズがあれば、栄養学的にもバランスが良く、まさに必要にして十分、とされる一方で、風味の強いチーズはワインの風味を押さえ込んでしまうので、注意が必要です。その意味では、ローヌワインは白・赤共に幅広くチーズと合わせられます。ヴィオニエなど個性的な北部ローヌの白には、羊乳を原料としたセミハードタイプのチーズを。グルナッシュ主体の南部ローヌの赤には、今の時期が旬とされるウォッシュチーズの最高峰、モンドールなどはいかがでしょうか。とろみのある熟成したモンドールには、やや樽熟成させた凝縮感のある赤ワインがお勧めです。

5.赤ワイン

   

 次に赤ワインのテイスティングです。「シャトーヌフ・デュ・パプ」と「コート・デュ・ローヌ・キュヴェ・ド・ラストー 」です。
「ドメーヌ・ムーラン・タキュセル・シャトーヌフ・デュ・パプ2000年」( 品種:グルナッシュ80%、シラー10%、サンソー10%、産地:ローヌ南部)  
 1976年設立の新しいワイナリーですが、ムーラン・タキュセルの家族は代々葡萄生産者でした。今でもその生産量の半分はシャプティエ社など著名なネゴシアンに販売していますが、コンクリートタンク発酵で除梗していないにも関わらず、非常にフルーティで飲みやすいワインを造っています。カシスやブルーベリーのような果実味があり、スパイシーなエゾジカのローストとは絶妙の組み合わせとなりました。

「ドメーヌ・ド・ラ・コンブ・デュー・コート・デュ・ローヌ・キュヴェ・ド・ラストー 1987年」(品種:グルナッシュ主体、産地:ローヌ南部)  
 ローヌ南部のアヴィニヨン近郊に位置するラストー村に38haもの畑を所有するドメーヌ・ド・ラ・コンブの造るワインです。主要品種のグルナッシュの樹齢は65年以上とされています。通常のワインと異なり、瓶詰めされずに密閉タンクで20年以上保存されたものを近年瓶詰めして出荷されました。若いワインでは味わうことのできない、熟成したワインならではの複雑さと深みのある味わいを楽しむことができます。アルコールが強く、タンニンは柔らかく、独特の土っぽいフレーバーと、プラムやドライフルーツのアロマが特徴的です。実際に飲んでみると、20年の熟成を経たとは思えない若々しさ。上記のシャトーヌフ・デュ・パプ以上に赤紫色の色調が強く、上質のレーズンのような風味が印象的な、余韻の長い味わいのワインでした。

6.ローヌワインの歴史

B.C.600年 ローヌ地方でブドウの栽培始まる。
1303年 アナーニの屈辱〜教皇ボニファティウス8世の死
1305年 ボルドー大司教ゴー、新教皇クレメンス5世となる
1307年 テンプル騎士団の逮捕
1309年〜1378年 教皇のアヴィニヨン捕囚
1314年 テンプル騎士団の処刑、教皇クレメンス5世と仏王フィリップ4世の急死
1342年 クレメンス6世新教皇に アヴィニヨンの北オランジュに別荘、周辺にブドウ園を作る
1378年 教会大分裂(Schisma)
1417年 教皇のローマ復帰
1923年 ピエール・ル・ロワ男爵、シャトーヌフ・デュ・パプの素性を明らかにする試みを提唱、品種の選択と組みあわせ、六ヵ条の宣言書にまとめる
1936年 A.O.C.(原産地統制呼称)の発足

 中世ヨーロッパの歴史は、教会権力と王権とのせめぎ合いの歴史でもありました。有名な1077年の「カノッサの屈辱」は、教皇が王を破門し、王が頭を垂れることで教会権力の優位性を世に示しましたが、1303年の「アナーニの屈辱」では、仏王フィリップ4世が、教皇ボニファティウス8世を捕縛することで、王権の優位性を認めさせたのです。フィリップが教会に課税することで教皇と対立し、教皇庁をフランス国内に移したのも、テンプル騎士団を処刑し財産を奪ったのも、全てフランドルやイングランドとの戦費をまかなうためで、この対立の背景にはやはり戦争の存在がありました。  
 仏王フィリップは、権謀術数を巡らせた末に、教皇庁をローマから南仏の小都市アヴィニヨンに移すことに成功します。以後百年間近く教皇庁はこの地にとどまり、アヴィニヨンは自由都市として空前の繁栄を手にします。治外法権の町だったため、各国の犯罪者が流れ込み、平和・享楽・悪徳の町として知られようになりました。当然ながらワインとの関係も深く、ワイン好きのクレメンス5世は、ボルドー市郊外に葡萄園付きの別荘を作りましたが、それが今日のグラーヴの著名なワイン「シャトー・パプ・クレマン」です。その後を継いだクレメンス6世は、アヴィニヨンの北オランジュのそばに葡萄園を作り、そのワインは「教皇の新城」(シャトーヌフ・デュ・パプ)と呼ばれるようになりました。  
 シャトーヌフ・デュ・パプは、原産地統制呼称のさきがけを果たしたことでも知られています。この地でもフランスの他の生産地と同様に、中小零細農家がひしめき、多くがネゴシアン(樽買い出荷業者)にワインを売っていました。結果として有名な名前を利用した粗悪品が出回り、市場の低迷と、質の悪いワインが出回っていることを憂えたシャトー・フォルティアのピエール・ル・ロワ男爵が、ワインの出生や素性を明らかにする試みを提唱しました。それがやがて全フランスの公式なAOC(原産地統制呼称)制度へと発展するのです。 

<今回の1冊>
   
佐藤賢一「カペー朝」講談社現代新書
 別にフランスワインを飲むために、フランスの歴史を知らなくてはいけないという訳ではないのですが、やはりフランスワインを飲んでいると、その背景にある歴史を知りたくなってしまうものです。実際、フランスは早くから王朝が確立していただけに、その歴史は分かりやすくかつ変化に富んでいて面白いです。
 始祖ユーグ・カペーから始まるフランス中世カペー王朝の歴代の王を順に解説する本書の終章を飾るのは、「肥満王」「禿頭王」「喧嘩王」などあんまりなあだ名が多い仏王の中で、容姿端麗のあまり「端麗王」の名を持ちながら、アナーニの屈辱、教皇のアヴィニヨン捕囚、テンプル騎士団の処刑と、フランスの歴史において王権確立のために宗教的権威とことごとく対立したフィリップ4世。結果として南仏に「教皇の新城」、すなわちシャトーヌフ・デュ・パプという銘酒をもたらすことに貢献したわけで、やはりフランスワインはフランスの歴史を念頭に置くと味わいも違ってくる気がするのです。
 同じ著者による「英仏百年戦争」(集英社新書)も、人物関係を分かりやすく解説した本でしたが、この「カペー朝」もこの後「ヴァロア朝」「ブルボン朝」と続くらしく、今後が楽しみです。


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