Via Vino No. 30 "Italy vs France"<イタリアvsフランス>

<日時・場所>
2010年2月20日(土)18:30〜21:00 目黒「サント・スピリト」 
参加者:31名
<今日のワイン>
白・辛口・発泡「エンリコ・セラフィーノ・メトード・クラシコ2001年」
白・辛口「ジョセフ・マイヤー・シャルドネ 2007年」
白・辛口「ダニエル・バロー・マコン・ヴェルジッソン・ラ・ロシュ 2007年」
赤・辛口「ファレスコ・モンティアーノ・ロッソ 2006年」
赤・辛口「ヴィルジニー・ド・ヴァランドロー 2006年」
<今日のディナー>
千葉県産 お野菜のボッリート レモン風味 ラルドを絡めて
ハマグリと菜の花 香草を練りこんだトレネッテ
子羊モモ肉とジャガイモのロースト タプナードソース
ピエモンテ風 ボネ(チョコレートプティング)

    


1.はじめに〜「イタリアvsフランス!」

● 地場品種から国際品種まで幅広い包容力のあるイタリアワインの懐。
● 歴史・伝統・格付けに裏打ちされたフランスワインの実力。
● 共通点がありながら、見事に両極端を行く二大ワイン産地。

● 古代ローマの時代から、ワイン産地として名声を確立していたイタリアですが、バローロやキャンティなどの著名なワインを除くと、その実態は近年に至るまであまり知られていませんでした。早くからイギリスなどを通じて輸出に乗り出していたフランスと異なり、国として統一されることのなかったイタリアのワインはあくまで自家消費、技術や流通の面で遅れていた点は否めません。しかし紀元前からさかのぼることのできる地場品種や、恵まれた気候と土壌によって、コストパフォーマンスが高く質の良いワインが続々と登場しています。
● ブルゴーニュのロマネ・コンティや、ボルドーのシャトー・マルゴーなど、ワインを飲まない人もその銘柄だけは知っている…フランスのワインの強さは、やはりその歴史や伝統、厳しい格付けによって、数百年にわたる名声を保持していることにあると思われます。実力あっての名声には違いないものの、ことフランスワインに関しては耳年増になってしまって、本当の意味でそのバリエーションを楽しめていない一面もあるのではないでしょうか。先入観なしに、あらためて個々のワインと向き合う必要があるように思われます。
● 百年以上も長い間格付けを変えようとしないフランスワインと、志のある生産者ほど格付けを無視するイタリアワイン。前者がグローバル・マーケティングに邁進する一方で、後者は魅力的なデザインを展開する…品種や味わいに多くの共通点がありながら、全く逆の道を行く二つのワイン産地。この二つのワイン産地の飲み比べを、単にどっちが優れているか勝敗を決するというよりは、本当の意味で自分の志向するワインを見つけ出すプロセスの一つとして楽しみたいと思います。


2.「イタリアvsフランス」巷での対決は…?

【コミック「神の雫」(講談社)での「対決」は…】  
 千円台 (伊)コントラーダ・ディ・コンチェニゴ・コッリ・ディ・コネリアーノ・ロッソ2000年 VS (仏)シャトー・ド・サン・コム・コート・デュ・ローヌ・レ・ドゥ・アルビオン2001年 
 二千円台(伊)カーサ・ヴィニコラ・ダンジェロ・カンネート2000年 VS (仏)ドメーヌ・レシュノー・マルサネ2001年
 三千円台(伊)ロッジョ・デル・フィラーレ VS (仏)シャトー・ボイド・カントナック2001年
 ワインを飲み始めたばかりの主人公が、イタリアワインにこだわる同僚に対して、同じ価格帯のフランスワインで勝負に挑む…この作品の魅力は、何と言っても理屈抜きのワインの楽しみ方を披露してくれた点にあるように思います。第4巻で展開されるこの勝負、結果は僅かな差でフランスワインの勝利。「イタリアワインはどれも同じ方向を見ているように思えた」「フランスワインは、まるでワインのフルコースのよう…」というのが本作でのオチではありましたが、実際に飲んでみたら、果たしてどうでしょうか。実は仲間うちでこのラインナップで試飲をしたことがあるのですが、厳密にブラインドで投票したわけではないものの、どちらかというとイタリアワインの方が好評だったような記憶が…。 

【川頭義之「イタリアワイン最強ガイド」(文藝春秋)での対決は…】
(仏)ヴェルジェ・シャブリ・モント・ド・トネル2003年(6,300円)VS(伊)グルフィ・ヴァンカンツィリア2003年(1,840円)
(仏)ヴェルジェ・シャブリ・モント・ド・トネル2003年(6,300円)VS(伊)ヴィエ・ディ・ロマンス・チャンパニス・ヴィエリス2002年(3,780円)
(仏)ヴェルジェ・ブルゴーニュ・ブラン2003年(2,400円)VS(伊)ヴィエ・ディ・ロマンス・シャルドネ2002年(4,680円)
(仏)シモン・ビーズ・ブルゴーニュ・ルージュ2002年(2,510円)VS(伊)グルフィ・ロッソイブレオ2003年(1,753円)
(仏)ジャック・カシュー・ヴォーヌ・ロマネ・レ・スショ2002年(7,140円)VS(伊)テヌータ・サン・アントニオ・ヴァルポリチェッラ・ラ・バンディーナ1999年(3,490円)
(仏)シャトー・ラグランジュ2002年(4,000円)VS(伊)テヌータ・ディ・ヴァルジャーノ・ロッソ・ディ・パリストルティ2002年(2,990円)
(仏)レ・フォール・ド・ラトゥール2001年(7,400円)VS(伊)カルチナイア・チェルビオーロ・ロッソ2001年(4,990円)
(仏)レオヴィル・ラス・カーズ2001年(12,800円)VS(伊)レ・マッキオレ・パレオ・ロッソ2001年(9,280円)
 イタリアがフランス劣ると思ったことは一度もない、と言い切る著者が企画したブラインド・テイスティング。価格的にはイタリアワインの方が安い場合が多かったにも関わらず、こちらの結果は8勝0敗でイタリアワインの完全勝利でした。イタリアワインはフランス以上の実力を兼ね備えているが、日本人のブランド信仰がその目を曇らせているのだ、というのが著者の主張。ある意味それは正しいのかも知れませんが、フランスワインはブルゴーニュとボルドーのみ、北の地方のシャブリに南の果てのシチリアのシャルドネを組み合わせ、イタリアのピノ・ネロではフランスのピノ・ノワールに勝てないとして、ブルゴーニュのヴォーヌ・ロマネにイタリアのヴァルポリチェッラをぶつけるというのは、少々乱暴な気が…。品種やビンテージをある程度は合わせないと公平と言えないのでは、という印象も否めません。  

 というわけで、今回は品種をシャルドネとメルローに絞り、ビンテージも価格帯も合わせた上で組み合わせを考えました。まず「サント・スピリト」のソムリエさんに、イタリアワインと料理を決めて頂き、それに対抗するフランスワインを私が用意しました。シャルドネもメルローもフランス品種では…と言われるかも知れませんが、どちらの品種も環境に対する適応力があり、この日本でも良質なワインを造ることのできる葡萄です。イタリアのメルローはボルドー右岸の物よりも歴史が古いという話もあり、二つの産地を比較するには最も適した品種だと判断したわけですが、果たして結果は如何に…?

3.スパークリングワイン

 

 まずはスパークリングワインで乾杯です。シャンパングラスに注がれた細かい泡立ちの発泡性ワイン…フルーティで酸味もしっかり、余韻もやや長め。果たしてこれは…フランス産かイタリア産か…? 会場では、殆どの方がイタリア産だと思うと答えました。
  正解は…「エンリコ・セラフィーノ・メトード・クラッシコ2001年」(品種:シャルドネ、ピノ・ネロ 産地:イタリア、ピエモンテ)  
 ピエモンテの老舗、バローロやバルバレスコで知られた生産者、エンリコ・セラフィーノの作るスパークリングワインです。シャンパーニュ方式による瓶内2次発酵で、熟成期間は24-36ヶ月。ピエモンテの2001年がスーパー・ヴィンテージで、当たり年であることを実感できます。ブドウの完熟感、凝縮感が感じられ、 酸も穏やかで、比較的ふくよかな仕上がりとなっています。程よい熟成感でフレッシュな印象があり、泡はキメ細やかです。

4.白ワインのテイスティング

   

 そして白ワイン2品種の飲み比べ。それぞれ「P」と「Q」の印の付いたグラスが配られました。品種は同じくシャルドネ、同じビンテージでほぼ同じ価格帯のワインです。ハマグリのパスタと一緒に楽しんで頂いた後で、アンケートに記入して頂きました。「P」と「Q」、どちらが好きですか? そして、どちらがイタリアとフランスだと思いますか?
 30名の参加者の中で、「P」が好きと答えた方は11名、「Q」と答えた方は19名。21名の方が「P」がイタリアだと思うと答えました。
 「P」に関しては、「フルーティ」「暖かい所で造られた感じ」「濃厚」「やや甘みあり」「苦味が少し残る」「オレンジピール」といった意見が。「Q」に関しては「樽の香り」「さっぱり」「キレがある」「全体のバランスが良い」「スパイシー」など。
 正解は…「P」が「ジョセフ・マイヤー・シャルドネ 2007年」(品種:シャルドネ  産地:イタリア、アルト・アディジェ)、「Q」が「ダニエル・バロー・マコン・ヴェルジッソン・ラ・ロシュ 2007年」(品種:シャルドネ  産地:フランス、ブルゴーニュ)でした。    
 ジョセフ・マイヤーは、1629年代から続く由緒ある造り手で、イタリア国内でもめったにお目にかかれないレアな生産者です。限りなく品質を重視したワイン造りで定評があり、収量制限も厳しく、所有する6haの畑は7000本/haの密植で、1本の木から1房しか収穫しない区画もあるほどです。ほんのり緑かかった黄色で、バナナやパイナップルのニュアンスがあり、ミネラルでクリーンな印象です。ステンレスタンクでの熟成のため、調和が取れて非常に繊細な味わいに仕上がっています。 
 ダニエル・エ・マルティーヌ・バローは、プイィ・フュイッセを産するヴェルジッソン村にあり、マコン・ヴィラージュ、サン・ヴェラン、プュイ・フュイッセの3つの地区でワインを造っている、コート・シャロネーズを代表する造り手です。完熟したブドウを収穫した後、澱の上に15ヶ月間そのままにしておき、清澄も濾過もせず、豊かな味わいのワインに仕上げます。新樽は4分の1から3分の1用いますが、ワイン自体がしっかりした深みのあるタイプのため、樽の風味が極端に出すぎることもなく、奥行きのある味わいに仕上がっています。

【フランスワインの選択】
 イタリアのシャルドネ使用白ワインとして提示されたのは、「ジョセフ・マイヤー・シャルドネ2007年」でした。イタリアのシャルドネというと、たとえばシチリア産の物などはかなり濃厚な、樽香のしっかり付いたエキス分の多いスタイルもありますが、こちらの「ジョセフ・マイヤー」は、アルト・アディジェ産の、樽を使わず、果実味をしっかり残したスタイルの物。かの川頭義之「イタリアワイン最強ガイド」にも、「鉄則その1、白ワインはアルト・アディジェが本命」とあります。イタリア最良の白ワイン産地できりっとしたタイプからボリュームのあるタイプまで、様々なものが世界水準で造られています。  
 ネット価格で3,800円。イタリアの白としてはそれほど安くはありません。実際に取り寄せて飲んでみると、一見意外とさっぱりした印象ですが、味わってみるとシャルドネ独特の旨味が感じられ、じっくりと時間をかけて飲めるタイプでした。料理との相性も良さそうです。  
 イタリアの正統派シャルドネに対抗するにあたり、頭に浮かんだのはマコネ、プイィ・フュイッセでした。「シャブリ」は酸が強くドライだし、「ピュリニイ・モンラッシェ」「ムルソー」クラスは価格的に厳しそう。シチリアのシャルドネなら南フランスの物で対抗しようと考えていましたが、フィネスを重視するならやはりブルゴーニュ。その点、コート・ドールより南にあるマコネの白なら、品質の割に価格は手頃、つい先日もドメーヌ・ヴァレットの「プイィ・フュイッセ」に感銘を受けたばかり。雑誌「ワイナート」の特集号でも、ジャン・マリー・ギュファンも、「マコネはピュリニーほど悪くないぞ! ただ地価がコート・ドールと比べて安いから、ワインがそれに比例して安くなるだけだ」と息巻いています。もっとも、そのギュファン・エナンもヴァレットも、入手困難でかつ若干高価。そこで、品質に定評のあるダニエル・バローの「プイィ・フュイッセ・アリアンス2007年」3,880円と、ドメーヌ・コルディエの「マコン・ヴェルジッソン“ラ・ロッシュ”2008年」3,100円を取り寄せて比較試飲。実際に飲んでみると、最初の香りの印象は「アリアンス」が甘く、「ラ・ロッシュ」は「アリアンス」と「ジョセフ・マイヤー」の中間に位置する印象ですが、色が濃くて後味もしっかり。「ジョセフ・マイヤー」はややフレッシュなタイプなので、若干スタイルは異なりますが、シャルドネ独自の味わいを重視した造りには違いありません。  
 ビンテージも同じということもあり、バローの「アリアンス」で決まりかなと思いつつ、翌日飲み直してみるとコルディエの「ラ・ロッシュ」も捨てがたし…ということで、バローの他の銘柄も探し、コルディエと同じ「マコン・ヴェルジッソン“ラ・ロッシュ”2007年」を発見。値段も3,100円と一回り安い。同じ造り手の「サン・ヴェラン アン・クレシェ2007年」も合わせてテイスティング。「エン・クレッシェ」はやや大人しく、「ラ・ロッシュ」はより香りが強くしっかりしていて、おそらくは「アリアンス」を上回るインパクト。上品さ、フィネスという点では「アリアンス」に軍配が上がりそうですが、より対比させるという意味ではパワフルさのある「ラ・ロッシュ」ではないだろうか…ということで、ダニエル・バロー「マコン・ヴェルジッソン“ラ・ロッシュ”2007年」を最終候補としました。  ヴェルジッソンは、プイィ・フュイッセを産する村の一つですが、昔からプレステージのあったフュイッセ村とは違って無名。表土が浅く少し掘ると石灰岩が露出する急斜面の畑のため、機械が使えず葡萄畑は少なかったとされていますが、本来ならば良質なワインにはもってこいの条件。強靱なミネラルを備えた白ワインを生産することで知られています。

【フランスのシャルドネ】  
 シャルドネは、極辛口から甘口まで、非常に幅広い味わいを持ち、様々な気候のもとで栽培することのできる白品種です。シャンパーニュのブラン・ド・ブラン、シャブリのドライでシャープな酸のワインから、ムルソーやピュリニー・モンラッシェの熟成によってバターやナッツのような香りを持つボディのあるワインまで、新世界のオーク樽の香りを付けた甘いバニラの風味を持ったワインから、オーストリアなどで造られる甘い貴腐ワインまで、そのバリエーションは非常に豊かです。遠く東ヨーロッパ、アメリカ、そして日本までその栽培地は広がり、この品種を受け入れていないのはポルトガルくらいではないかと言われるほど。逆に言えば、気候や収量、醸造法や熟成法によって様々に形を変えることのできる品種であり、元々の果実の風味は非常にニュートラルな性格のものだと言えるでしょう。ソーヴィニヨン・ブランの青っぽいハーブ香や、ゲヴルツトラミネールのライチの香りのような指標はなく、科学的な芳香成分の分析において非常に同定するのが難しい品種だと言われています。  
 原産地自体はまだ不明ですが、遺伝的にはピノ・ノワールと他品種との交配による物であると推測されています。マコネ地区には「シャルドネ」と呼ばれる村があり、その地との関係も色々仮説はあるものの、まだよく分かっていません。  フランスのシャルドネはほぼ3/4がシャンパーニュとブルゴーニュに限られていますが、次第に他の地域にも浸透しつつあります。アルザス、ロワール、そしてラングドック…。南フランスのラングドックでは、リムーなどにシャルドネをブレンドしていますが、現在ではシャルドネ単品種で醸造されたスティルワインも多く登場するようになりました。北部のワインよりも多くの場合安価で濃い味わいとなっています。  
 ブルゴーニュのコート・ドールの南、ボジョレの北に位置するマコネは、古代から続く歴史がありながらも、長い間不遇でした。ボジョレの商人たちはワインをすぐに販売して現金化したがり、生産の85%は協同組合に依存するという有様で、周辺地域に比べ葡萄は安く叩かれました。しかし実際には、ジュラ紀の石灰岩とマールの土壌を持つ非常に理想的な産地であり、その潜在能力はまだ今も十分に発揮されているとは言えません。プイィ・フュイッセはこの地の代表格ですが、その畑は多彩な古い地層がところどころ顔を出しているような複雑な地形で、同じ名前のワインでも全く味わいが異なることもあると言われています。「ギュファン・エナン」や「ヴァレット」、「ダニエル・バロー」などが、しっかりした味わいのプイィ・フュイッセを造っており、その中の物はコート・ドールの上級クラスと十分に張り合える風味を備えているように思います。ドライなスタイルかリッチなスタイルかで、比較的会う料理を選ぶシャルドネですが、プイィ・フュイッセについては若干スパイシーな料理でも十分に合わせることができるので、レストランでももっと勧められても良いワインではないかと思っています。    

【イタリアのシャルドネ】  
 シャルドネといえばフランス・ブルゴーニュが本場だろう、というのが一般的な意見だと思うのですが、こと北イタリアに関しては、必ずしもそうとは言い切れません。ブルゴーニュの白ワインの王者の一つ、コルトン・シャルルマーニュはもともとアリゴテとピノ・ブラン、ピノ・グリで造られていて、シャルドネがルイ・ラトゥールによって導入されたのは1800年代後半、アリゴテが禁止されたのは1948年のことでした。一方、フリウリやアルト・アディジェでは、かなり早くからフランス系品種がそれと意識されずに導入されていました。フリウリのメルローには150年、アルト・アディジェのシャルドネには120年もの歴史があるのです。どちらの地も近世ヨーロッパの名門ハプスブルク家の支配下にあり、貴族たちはフランス宮廷料理と共にフランスの葡萄品種を持ち込みました。病害に弱く収穫が確保できない地場品種に代わって、フランス系品種がかなり早い時期からこの地になじんでいたのです。  
 イタリアでは、北のアオスタから南のシチリアまで、全土に渡ってシャルドネは栽培されています。その中では北に位置するアルト・アディジェのシャルドネが1984年に最初にDOCとして認可されました。ヴェネトではソアヴェのガルガーネガにブレンドされています。かなりの量がスパークリングワイン用に使われていますが、スティルワインはややオーク香の強い物が多い印象があるようです。  
 トレンティーノ・アルト・アディジェ州は、異なる歴史的背景を持つ二つの地域、イタリア語圏のトレンティーノと、ドイツ語圏のアルト・アディジェに分かれており、ワインのスタイルも異なるので、本来であれば別の産地として考えなければなりません。ドイツ語圏のアルト・アディジェは住民も真面目な人が多く、それだけに造られるワインもしっかりと管理されたものとなっています。協同組合のシステムも他州に比べてかなり整備されたものとなっていますが、19世紀オーストリア帝国の一部だったこの地では、国王が補助金を出してしっかりしたシステムを導入したという経緯があり、それ故に生産量の90%がDOCという、他州と比べても驚異的な品質の高さを誇っているのです。  
 オーストリアの硬質な気品に、イタリアの寛容な温もりが加わったアルト・アディジェは、白ワインで有名ですが、特にソーヴィニヨン・ブランとゲヴルツトラミネールが注目株で、フランスのロワール、アルザスに優るとも劣らない高品質のワインとなっています。  
 ワイナートの特集号では、風味の純粋さ、少量多品目の和食に合うのはアルト・アディジェの白ワインであり、イタリアの最先端料理、クッチーナ・ヌオーヴァでもこの風味の純粋さと少量多品目の傾向があることからアルト・アディジェの白が好まれていると紹介されています。冷涼な気候で造られた単一品種のワインで、味覚をリフレッシュさせるキレがあることが、アルト・アディジェのワインの大きな特徴となっているのです。「ヨーゼフ・マイヤー」「ケラーライ・テルラン」「ホフステッター」などの生産者が有名ですが、皆ドイツ語表記となっているところに独自性が感じられます。

5.赤ワインのテイスティング

   

 続いて赤ワイン2品種の飲み比べ。それぞれ「R」と「S」の印の付いたグラスが配られました。品種は同じくメルロー、同じビンテージでほぼ同じ価格帯のワインです。白と同様に「R」と「S」についてアンケートを取りました。
 合わせる料理はラムのロースト・タプナードソース。まさにボルドースタイルのワインにはぴったりの選択。タプナードソースとはフランスのプロヴァンス地方で作られるソースで、アンチョビ、ブラックオリーブ、ケイパーなどをベースにしたペースト状のもの。メルローの持つハーブ香や土の香りとも非常に相性が良かったです。
 30名の参加者の中で、「R」が好きと答えた方は12名、「S」と答えた方は18名。16名の方が「R」がイタリアだと思うと答えました。
 「R」に関しては、「アルコール感強い」「タンニン強い」「色が濃い」「果実の凝縮した感じ」「ハーブ」「ボルドーっぽい」「バランス良い」「太陽の恵み」「品がよい」 「S」については、「マイルド」「タンニンが溶け込んでいる」「カラメルっぽい」「エレガントな香り」「繊細」「土くさい」「果実味」「樽香」「干しイチジク」「オーソドックス」「あっさり」
 正解は…「R」が「ファレスコ・モンティアーノ・ロッソ 2006年」(品種:メルロー  産地:イタリア、ラツィオ)、「S」が「ヴィルジニー・ド・ヴァランドロー 2006年 」(品種:メルロー主体  産地:フランス、ボルドー)でした。
 ファレスコは1985年の創立で、中部イタリアで、最も注目を集める醸造家の一人、リカルド・コタレッタ氏が郷土で経営するワイナリー。イタリアで「ミスター・メルロー」と呼ばれている彼のワイン造りのスタイルは、熟した果実味と舞い上がるアロマ、自然な舌触りを強調させる造り。そして、ろ過処理せずに瓶詰めされ、しかもほとんどの場合清澄処理も行いません。「Montiano Rosso」はイタリアを代表するメルロー100%ワインのひとつ。畑からわずかに収穫された葡萄を使用し、12ヶ月のフレンチ・オーク熟成。清澄、ろ過ともに行わずに瓶詰めされます。深みのあるルビー色で、ベリー系果実のジャムとほのかにチョコレートのような甘みのある香りで、凝縮感があり、まろやかさで綺麗な酸が印象的。非常にエレガントな味わいの赤ワインです。
 「ヴィルジニー・ド・ヴァランドロー 」は、シンデレラワインとして知られる「シャトー・ド・ヴァランドロー」のセカンド・ワインでしたが、今では別区画からのブドウで造られている独立したキュヴェとなっています。オーナーであるジャン・リュク・テュヌヴァンご夫妻の娘の名前に由来しています。ジャン・リュック・テュニュヴァンの妻ミュリエル・アンドローの監督の下、栽培・醸造とも「シャトー・ド・ヴァランドロー」と同じチーム、同じ手法で行われています。100%新樽に入れ、最初の澱引きの後、別の新樽(100%)に入れられ熟成されています。年間わずか350ケース(4200本)しか生産されず、また非常に人気があるために、「幻のセカンド・ワイン」とも呼ばれています。濃厚な赤紫色で、ブルーベリーやブラックペッパー、そしてコーヒーのような香りが複雑に混じり合い、味わいも濃密でどこか甘みのある余韻が長く続きます。

【フランスワインの選択】

 ←香りと味に集中するために、ブラックグラスを使っての事前試飲。
 イタリアのメルロー使用赤ワインとして提示されたのは、「ファレスコ・モンティアーノ・ロッソ 2006年」。ネット価格で5,710円。これは非常に悩ましい価格帯です。最初想定していたメルロー主体のフランスワインは、バリュー・ボルドーのたとえば「プピーユ」などの4,000円クラスの物。その上となると、8,000円から9,000円クラスの物となる場合が多く、実は5,000円から6,000円クラスの物は意外と少ないのです。この価格帯はどちらかというと新世界ワインのプレステージクラスで、2006年という比較的新しいビンテージの中から今飲める物をと思うと、なおさら選択肢は限られてしまうのでした。  
 上級クラスのセカンドワインあたりが狙い目かと思い、まず頭に浮かんだのが「ヴィルジニー・ド・ヴァランドロー」。以前お店で飲んで非常に印象深かった、どちらかというと私の好きなスタイルのワイン。しかし価格的には若干オーバーする可能性も…実際に渋谷で買った2004年物は7,100円とやや高め。新宿伊勢丹で、6,000円位のメルロー主体のワインは何かないかと尋ねたところ、紹介されたのが「アン・ナムール・ド・モンド2004年」。こちらもシャトー・トロロン・モンドのセカンドワインでした。この二つに、以前から気になっていた「ルシア2006年」を購入。サンテミリオンの三つの異なる土壌の特質を生かしたとさせるワインで、こちらも7,500円とやや高めではありますが、これを機会に飲み比べてみることにしました。  
 上記3品に「ファレスコ」を加えて、ブラインドで試すと、やはりパワフルでインパクトの強いのは「ヴィルジニー・ド・ヴァランドロー」。これになめらかで余韻があり、内に秘めた強さを感じさせる「ルシア」が続き、一方で「アン・ナムール・ド・モンド」はやや線が細く、「ファレスコ」には負けそうな感じ。「ファレスコ」はある意味非常に正統派のワインで、むしろこちらの方にボルドーらしさが感じられるほど。若いビンテージなので、やや青っぽさが残りますが、バランスの良さと安定感はかなりのものです。「アン・ナムール・ド・モンド」はそれなりに熟成香もあり、大きなグラスで飲むとよりその複雑さが際立ちますが、「ヴィルジニー・ド・ヴァランドロー」のボリュームにはやはり叶わないのでは…。しかし「ルシア」も捨てがたし。非常に綺麗なボルドーワインで、上品さという点ではこちらに軍配が上がります。「軽やかで緻密なワイン」とは「ワイナート」の評ですが、まさに当を得た表現でしょう。さて、翌日に渡って再度試飲した結果、悩んだ末選んだのが「ヴィルジニー・ド・ヴァランドロー」…やはりここは、個性の異なるワインを対比させたいと思ったわけで。ただし、この段階で試飲したのは2004年物で、2006年物が6,000円前後で入手できなければ断念せざるを得ません。色々探した結果、2006年物がネットにて6,143円で売っているのを発見。あらためて「ファレスコ2006年」と比較試飲してみました。2006年物の「ヴィルジニー」も、コーヒーやチョコレートのような甘く香ばしい香りがあってなかなかのものでした。  
 ポムロールの「ル・パン」の成功に刺激されて、ジャン・リュック・テュヌヴァンがサンテミリオンの畑を入手したのが1989年、1994年からはミッシェル・ロランの助言を受けるようになったものの、そのコンセプトはそれより以前にできあがっていたと言われています。濃厚でなめらかなボディはミッシェル・ロランのスタイルには違いありませんが、他のものに比べてより香ばしく長い余韻を持っているように思えるのです。

【フランスのメルロー 】 
 メルローは1784年頃には、ボルドーのサンテミリオンとポムロールの地域における良質な葡萄として記録されています。ボルドーの赤ワインというとカベルネ・ソーヴィニヨンが有名ですが、ボルドー全域では、メルローの方が総栽培面積で遙かに上回っています。メドックの特級ワインは、カベルネ・ソーヴィニヨン主体にメルローを若干ブレンドして造られることが多いのですが、カベルネ・ソーヴィニヨンに比べて実が早く成熟し、タンニンが柔らかいため、ビンテージの出来次第でそのブレンド比率が変わります。  
 湿った温度の低い土壌によくなじむメルローは、カベルネ以上に栽培が容易なので、その名前の覚えやすさも相まって、世界各国に広まっています。ルーマニアやブルガリアでは非常に多く栽培されていますし、北米や南米でも1990年代に急速に広まりました。日本の長野、桔梗ヶ原のメルローもその高品質さで知られています。  
 それまで格付けすらなく、殆ど注目を浴びることのなかったポムロールが、国際的に知らせるようになったのは1960年代、ニューヨークのレストラン「パヴィヨン」で、シャトー・ペトリュスが大評判となったのが最初であるとされています。メルロー100%で造られ、一気にボルドーで最も高額なワインとなったペトリュスに続く形で登場した「ル・パン」の最初のビンテージは1981年。こちらも少量生産のため、さらに高い価格が付けられるようになりました。「ル・パン」の成功は、発酵前の低温浸漬や樽内MLFによってもたらされる濃密でなめらかな味わいにあるとされていますが、これらは実はブルゴーニュでは当たり前に行われていたもので、少量仕込みを行う新しい造り手だからこそ挑戦できたことなのです。  
 若くして「ル・パン」の醸造コンサルタントを務めたミッシェル・ロランは、1982年ボルドーを絶賛し注目を集めた評論家ロバート・パーカーに激賞されたことで頭角を現します。「ラ・フルール・ドゥ・ゲ」「クリネ」「トロロンモンド」「ランジェリュス」…ポムロールやサンテミリオンでのシンデレラ・ワインの輩出に様々な形で関わり、そうした成功の積み重ねが、一つの頂点に達したのが1991年に登場した「ヴァランドロー」です。  
 ミッシェル・ロラン系の濃厚な右岸のメルローは、正直評価の分かれるところではあります。ワインの世界を画一化させたということで、映画「モンドヴィーノ」でもどちらかというと悪役、今や賞賛よりも批判を浴びることの多くなった感のあるミッシェル・ロランですが、ボルドーのパワフルな葡萄を用い、ブルゴーニュで工夫された少量生産の技術を応用してワインを造り出したという点で、非常に功績のあったことは確かでしょう。  
 さて、1990年代後半にブームとなったボルドー右岸は、今や落ち着きを取り戻し、かつて手の届かなかった「ヴァランドロー」も新しいビンテージの物は2〜3万円程度となっています。同様に高品質でよりリーズナブルなコート・ド・カスティヨンやフロンサックも注目されるようになり、そのメルローもひたすら濃厚なスタイルから、上質で複雑さのある物へと変化しつつあります。醸造家やコンサルタントも、新しい世代が登場。「パヴィ・マッカン」「ラ・モンドット」「プリュレ・リシーヌ」などを成功させた、1963年生まれのステファン・デュノンクールは、よりテロワールに忠実なワイン造りを目指し、「ルシア」などの再生も手掛けています。景気の影響を非常に受けやすいワイン市場ですが、ボルドー右岸のワインはその中でも着実に品質向上を続けており、今後も楽しみな銘醸地となっているのです。  

6.おわりに

 今回は、とにかくシンプルに飲み比べを、という企画でしたが、準備にあたっては色々工夫をしたつもりです。レストラン側から提示されたのが、果実味たっぷりのいかにもイタリア、という物ではなく、素直に品種の良さを引き出すようなスタイルのワインだったので、対抗するフランスワインは、どちらかというと新世界ワインを思わせるような、ボディがあって少し人の手が加わった感じのあるタイプのものを敢えて選んでみました。フランスがすっきり味、イタリアがフルーティという思い込みをくつがえしてみようと思ったわけですが、実際にブラインドでテイスティングして頂くと、意外と皆さんイタリアワインをしっかり見分けていらっしゃるようで、さすがに30回目ともなると、かなりの飲み手が集まっていると言えるのではないでしょうか。そういう点では、企画する側もなかなかヒヤヒヤものです。
 グラスワインでの試飲ということもあって、その意味では比較的新しいビンテージでインパクト重視の選択となりましたが、特に赤ワインについては、本来であれば少し寝かせてじっくり味わいたいタイプだったような気がします。イタリアとフランスといいつつも、これはまさに、それぞれのワインの造り手が、いかにワインを仕上げているかという点がポイント。ジョセフ・マイヤーは、取材を受けるときは青い前掛けを付けるという職人肌の造り手。ダニエル・バローは機械の使えない急斜面で葡萄を育てており、リカルド・コッタレラはミッシェル・ロランと並び称される醸造家。イタリアとフランスのどちらが良いかという問いは、実はナンセンスで、個々のワインは人が作る物であり、それ故にこそ個性豊かなワインを楽しむことができるのです。 

  ←最後は「サント・スピリト」自家製のマンダリンと日向夏を使ったレモンチェッロで乾杯!

<今回の1冊>
   
川頭義之「イタリアワイン最強ガイド」文藝春秋
 俳優・川津祐介を叔父に持つ、イタリアワイン輸出斡旋業に従事する著者によるイタリアワインガイド。冒頭からいきなり「イタリアワイン対フランスワイン」企画でイタリアワイン全勝をアピールするあたり、文字通りイタリアワインに相当こだわっています。フランスワインより断然安くて美味い! それが分からない人間はマスコミにだまされているのだ! と、最初からかなりケンカ腰。その意味では少々やり過ぎの感じもあるのですが、1000円台から1万円以上の物まで、かなり丁寧に紹介しているのはありがたいです。実際に醸造家を取材した記録も掲載されていて、その中にはあの「レ・マッキオレ」のオーナーで若くして亡くなったエウジェニオ・カンポルミのインタビューも。まさに人がワインを作るのだ、という主張は、イタリアかフランスかという枠組みを超えて、非常に説得力のあるものとなっています。


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