Via Vino No. 31 "Austria"<オーストリア>

<日時・場所>
2010年4月17日(土)12:00〜15:00 虎ノ門「K.u.K.」 
参加者:10名
<今日のワイン>
白・辛口・発泡「シュタイニンガー・グリューナー・フェルトリナー・ゼクト2007年 」
白・辛口「F・X・ピヒラー・リースリング・フォン・デン・テラッセン・フェーダーシュピール 2004年」
白・辛口「セップ・モーザー・グリューナー・フェルトリナー・ゲブリング 2008年」
赤・辛口「シュティフト・クロスターノイブルグ・ザンクト・ラウレント・アウスシュティッヒ 2005年」
白・甘口「クラッハー・アウスレーゼ・キュヴェ 2008年」
<今日のランチ>
オーストリアの前菜の盛り合わせ
「フリタッテンズッペ」 ウィーン風コンソメスープ クロイターフリタッテンを浮かべて
「シュバインツプラーテン」 佐助豚肩ロース肉のプラーテン サビエッテンクヌーデルと共に
「プライゼルベーレンパラチンケン」 ツルコケモモを包み込んだパラチンケン バニラアイスを添えて

    


1.はじめに〜「逆境を乗り越えてきた歴史あるワイン新興国」

● 古代ローマから、ハプスブルク帝国へと続いた歴史ある生産地。
● 分かりやすさと奥深さを兼ね備えた、明確でかつ複雑な味わいのワイン。
● 世界一厳しいワイン法のもとで、革新を続ける古くて新しい造り手たち。

 「キリスト教がヨーロッパの心なら、ハプスブルク家は背骨である」と言われます。現在のオーストリアは、日本の1/5の面積しかない小国ですが、19世紀のオーストリア・ハプスブルク帝国は、ハンガリー、チェコ、スロヴァキアを包み込み、ポーランド、ウクライナ、ルーマニア、イタリアの一部を含んでいました。さらに最盛期にはブルゴーニュ、オランダ、ベルギー、スペインまでもその領土に加えていたのです。
 現在のヨーロッパのワイン産地は、その殆どが何らかの形でハプスブルク帝国と関わりを持っていたと言えます。リースリングやピノ・ノワールといった品種も、帝国内での修道士達によって育てられました。マリア・テレジアやヨーゼフ2世により奨励されたワイン文化の華やかさは、そのままハプスブルク家の繁栄、そしてヨーロッパの繁栄と結びついていたのです。
 ウィーンで活躍したモーツァルトの音楽は、誰の耳にも優しく響きますが、耳を傾けるにつれて難しくなります。オーストリアワインにも同じ事が言えるでしょう。上品で果実味のある明確な味わいは、まさに分かりやすくとっつきやすいものですが、じっくりと味わってみると、決して一筋縄ではいかない、深みや繊細さを持ち合わせているのです。

 さて、今回はオーストリア料理の店「K.u.K(カー・ウント・カー)」での開催。なかなか予約が取れず、かつ基本的にワイン会はお断りというお店で、今回もメドの立たないままキャンセル待ち状態、ほぼ諦めかけていたところ何とか幸運にもこちらで会を開くことができました。10名という参加者数も逆にスペース的に丁度良かったかも知れません。そのお店のワインを極力そのワインの生産国のお料理と合わせて楽しむ、というのがこの会の方針なのですが、ワインの品揃えも料理も両方とも納得できるお店がそうどこにでもあるわけでもなく、その意味で以前からオーストリアをテーマにするならここのお店しかないと思っていただけに、無事開催できたのはありがたい限りでした。


2.オーストリアワインの概要

【地域】
 オーストリアのブドウ畑総面積は約51,000haで、殆どが国土の東に位置しており、かつ白ワインが70%を占めています。生産量の7割は国内で消費されますが、近年では輸出量も多くなってきました。  
 生産地は大きく四つに分けられます。東北部のドナウ河沿いの生産地ニーダーエスタライヒで全体の6割が生産されています。他にハンガリーとの国境地帯にある貴腐ワインで有名なブルゲンラント、南に位置するシュタイヤーマルク、独自の栽培地方として認定されているウィーンがあります。
【気候】  
 オーストリアのワイン生産地は、フランスのブルゴーニュ地方と同じ、緯度47〜48度の温暖な気候帯に位置していますが、東方ハンガリーに向けて開かれた地形のため、ブルゴーニュと比較して夏はより暑く、冬はより寒くなる傾向があります。それぞれの地域の気候に影響を与えるのは、太陽光を反射し寒暖差を和らげるドナウ川と、秋に湖沿いに貴腐ブドウが熟すノイジードラーゼーです。
【醸造】  
 オーストリアの白ワインで特徴的なのが、残糖なしの完全発酵。発酵が途中で停止しがちなリースリングでも辛口に仕上げられるのが一般的です。ステンレスタンクで発酵、マロラクティック発酵なしのものが、オーストリアワインらしい清涼感がよく表現されると言われています。ワインの発売が非常に早いのも特徴的で、新酒が喜ばれ、収穫された翌年の初夏には店頭に並ぶ事が多いようです。
【葡萄品種 】
「グリューナー・フェルトリナー」Gruner Veltliner  
 全ブドウ品種の1/3を占めるオーストリアで最もメジャーな品種。ローマ時代からオーストリアに存在するブドウでしたが、第2次大戦以後一挙に広まりました。DNA鑑定により、トラミナー種の子孫であることが判明しています。多産性と栽培の容易さが特徴ですが、収量を抑えれば、土壌の個性を繁栄する複雑で長命なワインが得られます。
「リースリング」Riesling  
 非常に晩熟で土壌を選ぶため量的には少ないものの、質的にはグリューナー・フェルトリナーと並ぶ重要な品種。オーストリアのヴァッハウにあるリツリング(Rizling)畑がその起源という説もあります。14世紀以来ヴァッハウで栽培されているものの、評価が高まったのは第2次大戦以後のこと。高い酸と豊かな果実味、フルボディで辛口、多少スパイス風味のあるワインを作ります。
「ヴェルシュ・リースリング」Welschriesling  
 グリューナー・フェルトリナーに次いで栽培面積の多い品種。「外国のリースリング」の意だが、実際にはリースリングとは無関係のルーマニア原産の品種とされています。
「ブラウフレンキッシュ」Blaufrankisch  
 赤ワイン用地場品種の中では最高の品種。晩熟で果皮が薄く、収穫前の雨を嫌います。フランク王国では優れたブドウの品種に「フレンキッシュ」の名を与えたことから、8世紀頃には既に栽培されていたとされています。
「ザンクト・ラウレント」St.Laurent  
 8月10日の聖ラウレントの日に熟し始めることからその名が付いた品種で、オーストリアの代表的な地場品種ですが、片親はピノ・ノワールであることが判明しており、シトー派修道士がブルゴーニュから持ち込んだと考えられています。早熟で、石灰質土壌を好み、味わいの方向性もピノ・ノワールに似ています。
「ツヴァイゲルト」Zweigelt  
 オーストリアで最も多く栽培される赤ワイン用品種で、1922年にツヴァイゲルト教授によりブラウフレンキュッシュとザンクト・ラウレントを交配して造られました。収量は多く、開花が遅く、かつ早い時期に収穫されます。タンニンが穏やかで果実味があり、酸はなめらか。シンプルな肉料理に合うとされます。

3.発泡性ワイン+白ワイン

    

 「シュタイニンガー・グリューナー・フェルトリナー・ゼクト2007年」(タイプ:辛口のスパークリングワイン 品種:グリューナー・フェルトリナー 産地:ニーダーエスタライヒ/カンプタール)    
 カール・シュタイニンガー氏のスパークリングワインは、全て単一品種・単一ビンテージで作られており、自然とのバランスを崩さないように、人工肥料を使っていません。シャンパーニュと同様に、最低18ヶ月間瓶内2次醗酵を行っています。品種の特性をストレートに表現したクリーンなスタイルで知られており、イタリアとドイツの国際ワインコンクールでも多くの受賞歴を持っています。実際に飲んでみると、良質のビンテージ・シャンパーニュに通じる重厚さがあり、かつシャルドネ種とは異なる独特の風味が感じられます。
 「F・X・ピヒラー・リースリング・フォン・デン・テラッセン・フェーダーシュピール 2004年」(タイプ:辛口の白ワイン  品種:リースリング  産地:ヴァッハウ)    
 オーストリアのワイン通には「エフィックス」の名(当主名Franz Xaverを略したもの)で呼ばれる、非常にパワフルであることで知られるワインです。葡萄の収穫も成熟の加減を大切にし、必要な糖度に達するまで収穫しません。色調は淡いグリーンイエローで、まさにリースリングらしい石油香・ペトロール香が強く感じられ、火打石や湿った粘板岩のアロマもあります。ライム、アプリコット、かすかなブラウンスパイスの香りがあり、パリパリとした酸味、たっぷりのライムとフレッシュグリーンハーブの印象が後に残ります。ドイツの軽やかで甘味のあるリースリングと、アルザスの濃厚な辛口リースリングの中間を行くワインでした。
 「セップ・モーザー・グリューナー・フェルトリナー・ゲブリング 2008年」(タイプ:辛口の白ワイン  品種:グリューナー・フェルトリナー  産地:ニーダーエスタライヒ/クレムスタール)    
 1980年代半ばにレンツ・モーザー博士の息子セップによって設立された、モーザー家の伝統を伝えるワイナリーです。2000年にセップの息子ニコラウスが継いでからは、より固有品種と伝統的醸造法にウエイトを移しつつあります。意外に濃い黄色で、香りはカリンのハチミツ漬けのような、絶妙に酸と甘みが溶け合ったもので、リースリングのようにオイリーな力強い香りがベースにあり、そこにラムネやレモン、ライムなどの果実香の他に、白い花のような柔らかい香りが感じられます。トラミナー種の子孫とされており、その意味ではトラミナーに通じる一言では言い表しにくい独特の風味がありますが、シャープなミネラルとふくらみのある果実味はまるでブルゴーニュの上級ワインを思わせます。 

4.赤ワイン+甘口ワイン

    

 「シュティフト・クロスターノイブルグ・ザンクト・ラウレント・アウスシュティッヒ 2005年」(タイプ:辛口の赤ワイン 品種:ザンクト・ラウレント  産地:ニーダーエスタライヒ/ドナウラント)   
 クロスターノイブルグは、ウィ−ン近郊わずか数マイルのところにある、オーストリアのブドウ栽培に於いて長い伝統をもつ地域です。太陽を反射するドナウ河岸のなだらかな丘の上にある牧歌的な所で、古代ローマ帝国の皇帝プロブスの時代から、何世紀にも渡ってブドウ栽培が繁栄してきました。1114年に建てられたクロスターノイフルグ修道院は、オーストリア最古のワイナリーというだけではなく、1860年に同院が創立した世界初の醸造学校が、ワイン業界に多くの人材を輩出している点でも重要です。生産量の6割を占める赤の中でも重要なのが「ザンクト・ラウレント・アウスシュティッヒ」で、伝統的な大樽で熟成させた、程よいボディとテクスチャーを持つワインです。ザンクト・ラウレントは、その片親がピノ・ノワールとされていますが、実際色はやや濃いものの、良質のピノ・ノワールが持つ独特の動物的な香りが感じられ、ブラインドで試したらまさにピノと答えてしまいそうな味わいでした。
 ちなみに、赤ワインに合わせた料理は「シュバインツプラーテン」。佐助豚肩ロースにクミンなどのスパイスで味付けしたものです。オーストリア料理は、ハンガリーなどトルコと国境を接していた国が領土に含まれていた関係もあって、昔からスパイスを効かせた料理が多いようです。ヨーロッパ各国において発展した宮廷料理の中で、革命によって宮廷料理人が民間に向けてレストランを開き、またウィーン会議の際に宰相タレーランの尽力によりロシアをはじめとして各国へ披露されたため、結果としてフランス料理が世界に広まりました。ただその中でもオーストリア料理は、マリア・テレジアの時代にフランスとの交流もあったため、フランス料理の影響を大きく受けたようです。
 「クラッハー・アウスレーゼ・キュヴェ 2008年 」(タイプ:甘口の白ワイン  品種:シャルドネ+ウェルシュリースリング  産地:ブルゲンラント)   
 オーストリア東部、ブルゲンラント州のノイジードラーゼー湖畔に位置する醸造所。同地は湖から発生する蒸気や霧などによって湿度が高く、気候も暖かいため貴腐ワインに理想的自然環境となっています。クラッハーのワイン作りの歴史は新しく、1960年にワイナリーを開設していますが、すでに甘口ワイン造りのパイオニアの一人となっています。500〜3000Lのアカシア樽でゆっくりと醗酵させることにより、アルコール分が比較的低く、残留糖分が高いのが特徴で、さわやかでフルーティーな味わいを実現しています。ハチミツやバニラ、熟したりんごの香りが強く、濃縮感のある柔らかい果実味が感じられ、上品な甘みと酸味が絶妙なバランスのすばらしいデザートワインでした。

5.オーストリアワインの歴史

B.C.700年 ハルシュタット文化の遺跡〜ケルト人によるワイン造り。
276〜282年 プロブス皇帝の治世下でのワイン造り奨励
768〜814年 フランク王国カール大帝の治世。優良品種は「フレンキッシュ」と呼ばれる
1301年 ヴァッハウにて最初のリースリングに関する記述
1525年 ノイジードラーゼー西岸の町ルストの北方ドネアスキルヒェンにて最初のトロッケンベーレンアウスレーゼが造られる
1784年 ヨーゼフ2世による農家に対する自家製の食事とワインの販売許可令
1860年 クロスターノイブルグに最初の栽培・醸造学校が作られる
1880年 最初の近代的ワイン法
1921年 ブルゲンラントがオーストリアに併合される
1938年 オストマルク法によりオーストリアは解体され、ナチスの支配下に置かれる
1945年 オーストリアの独立
1956年 レンツ・モーザー博士によるハイ・カルチャー・システムの導入。機械化によりグリューナー・フェルトリナー広まる
1985年 ジエチレングリコール事件、オーストリアワインの失墜
1995年 EU加盟
2003年 DACシステム(原産地統制呼称)の導入

 オーストリアの地においては、古代ローマ帝国の皇帝プロブス、フランク王国のカール大帝などによりワイン生産が奨励されてきましたが、ハプスブルク家の隆盛と共にワイン生産は大きく拡大し、三十年戦争などで多くの生産地が失われたものの、18〜19世紀のワイン文化はまさにこの比類ない大帝国によって支えられていました。
 ドイツ第3帝国の支配を脱した後は、戦後の消費拡大に対応するため、機械化に対応した「ハイ・カルチャー・システム」が導入されました。トラクターが通るように畝間を広げ、枝を高く仕立てて作業効率を上げたこの手法により、高収量のグリューナー・フェルトリナーが広まりました。しかし、一方で質より量を追い求めた結果、悪名高きジエチレングリコール事件が起こります。甘口ワインの味わいをねつ造するために不正な物質を混入されたこの事件の発覚により、オーストリアワインは壊滅的なダメージを負うことになりました。
 事件は逆にオーストリアワイン業界に自浄作用をもたらします。関係者は裁かれ、量よりも質が問われるようになり、世界一厳しいとされるワイン法の下、品質はめざましく向上し、現在に至ります。2002年10月にロンドンで行われた国際テイスティングでは、オーストリアのグリューナー・フェルトリナーとシャルドネが上位4位までを占める結果となりました。

<今回の1冊>
   
田中克幸・岩城ゆかり「オーストリアワインガイドブック」美術出版社
 あの「神の雫」にも協力しているワイン雑誌「ワイナート」のライター田中克幸氏の数少ない著書の一つで、「ワイナート」ではかなりフランスワイン偏重気味であるにも関わらず、雑誌では特集として取り上げられていない「オーストリアワイン」について、かなり詳細にまとめられています。歴史・醸造スタイル・生産地説明はもちろん、生産地ごとの生産者について写真入りで一つ一つ丁寧に取り上げられている点が非常にありがたい本です。なかなかなじみがあるとはいうないオーストリアワインに関して、ここまで徹底してまとめ上げたものは少ないので、逆にこれ一冊あれば、日本でのオーストリアワイン探しには十分と言い切れるほどです。
 帯にある「音楽の国のワイン」という表現も、まさにオーストリアワインにぴったりの言葉です。著書にも記されているとおり、オーストリアワインの親しみやすさと奥深さを両方兼ね備えた性格は、まさにモーツァルトの音楽そのものです。フランスワインのバラエティの豊かさが、まさにルーブル美術館の愛らしい小品から重厚な大作に至るまでの幅広さに繋がるように、オーストリアワインの持つ一種独特の柔らかさは、モーツァルトからマーラーに至るウィーン音楽の繊細さに繋がるように思われます。


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