Via Vino No. 39 "Switzerland"<スイス>

<日時・場所>
2011年9月17日(土)12:00〜15:00 広尾「スイス・シャレー」 
参加者:11名
<今日のワイン>
白・辛口「ファンダン・デュ・ヴァレー プロヴァン・プレミアム 2009年」
ロゼ・辛口「ジャン・ポール・リュダン・ウイユ・ド・ペルドリ・ヴァランタン・ロゼ2009年」
赤・辛口「ドメーヌ・コルニュルス・ピノ・ノワール・グラン・レゼルヴ 2009年」
<今日のランチ>
自家製スモークサーモン 又は スイス産ドライビーフ、パルマ産生ハム、サラミ
フォンデュ・ヌシャテロワーズ
ヌストルテ(スイスの代表的な胡桃と蜂蜜のケーキ)

     


1.はじめに〜「スイスのワイン」

● フランス、イタリア、オーストリア、ドイツに囲まれた永世中立国。
● ヨーロッパでも有数のワイン輸入国。
● 独自性と依存性の両方を兼ね備えたワイン生産国・ワイン消費国。。
 
 スイスは世界でも最も熱心なワイン輸入国ですが、国外で飲まれているスイスワインは生産量のおよそ2%程度。決して品質が劣るからではなく、スイスでのワイン生産は気候的にも厳しく、どのようなタイプを生産するにしても必然的にコストがかかってしまうためです。
 スイスにおける2009年の葡萄栽培面積は約15,000haで、自国の生産量の約4倍の量のワインが隣国イタリアやフランスから輸入されていますが、近年農業改革や法律の整備も進み、国際的な市場でさらなる発展が期待されています。
 スイスはよく知られているようにドイツ語、フランス語、イタリア語が全て公用語となっており、そのためワインのラベルにもこれらの言葉が自由に使われています。フランス系やドイツ系の国際品種が多く栽培されている一方で、スイス独自の珍しい品種、コンプレーターやユマーニュなどから非常に高品質なワインが作られています。強国に囲まれつつも独自の道を歩むスイスの姿勢は、他国から多くの物を取り入れつつ独自性を保っているワイン造りにおいてもしっかり貫かれているようです。


2.スイスのワイン産地について 

【スイス・ロマンド(フランス語圏)】  
 国内生産量の約8割を産出する、スイス最大の生産地。南西部に位置し、ヴァレー、ヴォー、ジュネーヴ、ヌーシャテルなどの有名な産地が含まれます。  ローヌ河流域に位置する、スイスワインの約半分を産する最大の生産地がヴァレーです。シャスラから作られる白ワインが中心で、特にこの地域ではシャスラから造られる辛口白ワインをファンダンと呼んでいます。ドールはピノ・ノワールとガメイから造られる赤ワインで、ピノ・ノワールの比率は51%以上とされています。  レマン湖の北側に広がる生産地ヴォーは、ヴァレーに次ぐ生産量を誇り、品質的にはスイスを代表する優良銘柄を多く産出しています。一千年以上前にブルゴーニュのシトー派修道院から葡萄栽培を導入したとされています。ローザンヌからモントルーのレマン湖沿いに広がるラヴォー地区は世界遺産にも登録されており、スイスの200フラン札には、この歴史の発祥の地デザレーが描かれています。フィスパーターミネンのブドウ畑はヨーロッパ一の標高にあり、地ブドウのハイダが植えられています。  北側に位置するヌーシャテルは、白葡萄のシャスラと黒葡萄のピノ・ノワールが中心となります。特にウイユ・ド・ペルドリは、ピノ・ノワール100%のロゼで、ヌーシャテルで最初に造られたワインとして知られています。

【東部地方(ドイツ語圏)】  
 国内生産量の約13%を産出。赤ワイン比率が約70%と高く、ピノ・ノワールが多く栽培されています。主要なワイン産地は、生産量の多い順にチューリッヒ州、シャフハウゼン州、グラウビュンデン州、アールガウ州、トゥルガウ州となっています。白では交配品種であるミュラー・トゥルガウが多く栽培されていますが、元々この品種は東部・中央地区のトゥルガウ出身のミュラー教授が開発したものです。

【ティチーノ地区(イタリア語圏)】
 イタリア国境に接し、スイスで最も南に位置する生産地です。国内生産量の約5%を産出するにとどまりますが、フィロキセラ禍以後にボルドーから導入されたメルローが栽培面積の約8割を占める主要品種となっています。赤ワインの他に、ロゼワインのメルロ・ロザート、白ワインのメルロ・ビアンコが造られています。特に南部のソットチネリの土壌は、フランスのボルドー地区のポムロールと近いことから、ポムロールワインに似たワインが生産されています。ボンドーラという地ブドウもあり、それからふくよかなワインが造られますが、地元で消費されてしまい、スイス国内でさえ流通しません。



3.白ワイン
 

「ファンダン・デュ・ヴァレー プロヴァン・プレミアム 2009年」(タイプ:辛口の白ワイン 品種:シャスラ100%  産地:スイス/ヴァレー州)  
 色調は淡い黄色で、若干の微発泡が見られ、注いでからしばらく経つと甘い香りが立ち上り、口に含むと、奥深く果実のようなブーケと生き生きとした若々しいアロマ が広がります。コクがあり、しっかりとした構造のワインです。アペリティフに、そして溶かしたチーズの料理や魚料理と良く合います。チーズフォンデュには、やはりこのファンダンを、ということで、後半チーズフォンデュに合わせて再び追加注文させて頂きました。

4.ロゼワイン

 

「ジャン・ポール・リュダン・ウイユ・ド・ペルドリ・ヴァランタン・ロゼ2009年」(タイプ:辛口のロゼワイン  品種:ピノ・ノワール100%  産地:スイス/ヌーシャテル州)。
 ジャン・ポール・リュダンは、フランスのジュラ地区と国境を接するスイス北西部ヌーシャテル州の町クレシエで17世紀の初めよりワイン造りを営む家族経営ワイナリーです。2つの湖の間にあるクレシエの土壌はワインの個性を引き出す石灰岩が中心となっており、ブドウの生育期には雨も少なく、10〜30%の傾斜を持つ斜面の畑上で、比較的恵まれた日照条件の下、葡萄が熟していきます。クレシエとその隣町ランデロンとの間標高430mの所に、このドメーヌは6ヘクタールのブドウ畑を所有しており、シャスラ、ピノ・ノワール、シャルドネ、ピノ・グリージョを栽培しています。「ウイユ・ド・ペルドリ・ヴァランタン・ロゼ」は、収穫した果実をプレスする前に24時間桶に浸して置くことで、独特な鮭の身のような美しい桃色の輝きを得ています。ウイユ・ド・ペルドリとは鶉(ウズラ)の目の色を意味しています。

5.赤ワイン

 
「ドメーヌ・コルニュルス・ピノ・ノワール・グラン・レゼルヴ 2009年」(タイプ:辛口の赤ワイン  品種:ピノ・ノワール100%   産地:スイス/ヴァレー州 )
 1986年にステファン・レイナールと従兄弟のダニー・ヴァローヌの2人が立ち上げたドメーヌ・コルニュルスは、ヴァレー州サヴィエス村で、1haの畑から葡萄栽培をスタートしました。今ではヴァレー地区の中でも最適とされる地において、14ha以上の畑から21種類もの葡萄を栽培しています。果実の甘さと程よい酸味のバランスがとれた、後味の余韻が長いワインで、穏やかな渋味にフランボワーズやイチゴのような赤い果実の香りがあります。果物の甘みがアルコールの強さを丸くしてくれる、飲みやすいワインです。

6.スイスの葡萄品種

 スイス西部のフランス語圏においてはフランスのブルゴーニュ、ジュラ地方と同様な品種が見受けられます。ピノ・ノワール、ガメイ、シャルドネ、アリゴテなどです。もともとスイスのフランス語圏はブルグンド族系でフランスのブルゴーニュ地方とつながりがあるとされています。 スイス東部はフランスのアルザス地区やドイツのバーデン地区と同様の性格を持っています。ドイツの交配品種の代表格であるミュラー・トゥルガウなどはスイス東部でも主流となっています。またアルザスの主要品種であるゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリなども一部作られています。ミュラー・トゥルガウからは中甘口、ゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリからは中辛から辛口まで作られています。しかし、面白いことにリースリングはほとんど栽培されていません。 黒葡萄の代表格であるピノ・ノワールは主にフルーティに仕上げられています。これらはライン川流域のフランス、ドイツ、スイスの3国にまたがるライン・ワイン圏に共通する特徴です。ガメイ、メルローがこれに続きます。

【シャスラ Chasslas(グートエーデル Gutedel)】
 シャスラを使ってフルーティな白ワインを大量に産出しているのはスイス西部だけで、実に世界生産の8割はスイスで栽培され、スイス国内の白葡萄栽培面積の65%を占めています。シャスラはスイスと、隣接する一部のフランス・サヴォワ地区でしかその良さが発揮出来ないと言われていますが、ロワールのサンセール地方でも栽培されています。またシャスラは特に刺身などの日本食と抜群の相性を持ちます。ワインジャーナリストのジャンシス・ロビンソンは、シャスラに似た品種として日本の甲州を挙げており、「山梨もスイスも労働コストが高い。甲州もシャスラも地元の人が誇りとする看板品種で、なおかつ食用ブドウでもある。どちらも比較的ニュートラルなブドウで、ワインの風味にさまざまなニュアンスが味わえる」と語っています。

【ピノ・ノワール Pinot Noir】
 フランス・ブルゴーニュを代表する黒葡萄ですが、スイス全域でも栽培されており、スイスの黒葡萄栽培面積の約52%を占めており、スイスワイン全生産量の実に28%にも達しています。チューリッヒ周辺ではクレヴナーとして知られていますが、スイスドイツ語圏ではピノ・ノワールをブラウブルグンダーと呼んでおり、シャフハウゼン州では自州を「ブラウブルグンダーランド」と銘打っています。

7.スイスワインの歴史

BC58年 シーザー率いるローマ軍がスイスに遠征。先住民族であるヘルヴェティアの人々に葡萄栽培技術を伝える
1291年 ウリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルデンの3州が、誓約同盟結成。スイス建国の年
1315年 モルガルテンの戦い 農民兵で構成される同盟軍が、ハプスブルク家の精鋭部隊に大勝
1470年代 ブルゴーニュ戦争 シャルル突進公の軍勢を破り、国際的な地位が向上
1648年 ヴェストファーレン条約によって正式に神聖ローマ帝国からの独立を達成
1798年 フランス総裁政府からの圧力を受け、傀儡国家のヘルヴェティア共和国が成立
1802年 ヘルヴェティア共和国、スイスの国情に合わず瓦解
1803年 ナポレオンの仲裁により従来の盟約者団が復活
1815年 ウィーン会議で、国家としての「永世中立国」が認められる
1848年 連邦憲法を制定 1874年 改正連邦憲法以降、連邦国家体制が確立
1882年 トゥルガウ出身のヘルマン・ミュラー博士がミュラー・トゥルガウを開発
1907年 ボルドーから、ティチーノ地方へメルローが導入される。
1920年 国際連盟の本部がジュネーヴに設置される
1954年 ヴォー州のワインの生産技術向上とその啓蒙のためにワイン騎士団を設立
2002年 国民投票の結果を受けて190番目の国際連合加盟国となる

●スイスはドイツ語圏・神聖ローマ帝国の流れをくみ、民族的には南ドイツやオーストリアと共通のゲルマン系アレマン族が多くを占めています。フランス語圏は19世紀にフランスから参入しました。外国人の定住者ないし短期労働者は全人口の2割に及び、2007年には145万人に達しました。ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つを公用語と定めていて、北部と中部では主にドイツ語が使われており、全人口の64%を占めています。西部ではフランス語が(19%)、南部ではイタリア語が(8%)使われており、ロマンシュ語は、南東部にあるグラウビュンデン州のごく一部の人々の間だけで使われています。スイス連邦の正式名称も4種の公用語で定められていますが、硬貨や切手などに単独で使用することが許されているのは、ラテン語の国名「ヘルヴェティアHelvetia」である、というところに、この独自路線を貫く連邦国家の性格が垣間見られるような気がします。

●スイスの面積は九州とほぼ同じで、風土の2/3は山と森と牧草地。古代ローマ人がアルプスを越えた二千年前から街が発展しました。スイス出身の著名人としては、画家のパウル・クレー、作曲家のオネゲル、彫刻家のジャコメッティ、幻想画家のH.R.ギーガーなどの芸術家が多く挙げられますが、一番有名なのは「アルプスの少女ハイジ」のヨハンナ・スピリでしょうか。あるいはイタリアの作曲家ロッシーニによる歌劇「ウィリアム・テル」序曲を思い浮かべる方も多いかも知れません。ウィリアム・テルは14世紀初頭にハプスブルク家・神聖ローマ帝国の派遣してきた代官に反抗した人物として知られ、その実在は証明されていないものの、スイス人の実に6割は彼を実在の人物と考えているそうです。

● 豊かな水資源に恵まれたスイスでは、葡萄は比較的標高の高い山の急斜面を利用して栽培されています。これらの葡萄は、低地栽培の葡萄より深く地面に根をはり、地下の栄養分を吸収しようとするため、よりしっかりした味わいに仕上がるとされています。ちなみに、ヨーロッパで一番標高の高いぶどう畑(標高1200m)はスイスにあります。また、1954年にはヴォー州のワインの生産技術向上とその啓蒙のためにワイン騎士団「Confrerie du Guillon」が設立されました。メンバーは中世の伝統的衣服を身に纏い、レマン湖畔のシオン城で功労者の表彰などを行っています。現在はワイン生産者だけでなく、各界の著名人を含め4000人ものメンバーで構成されているそうです。

●スイスはヨーロッパの中心にありながら、国民投票の結果、EUには加盟していません。通貨のスイスフラン (CHF) は、金よりも堅いと言われるほど、世界で最も安定した通貨であり、国内の物価および賃金水準や国民の貯蓄高が高い一方、輸入関税率は低く、高級外車などが比較的安く購入できます。スイス国民にとって、EU加盟は何らメリットが見出せないというわけなのですが、何らかの主義をもった団体に属すること自体が、スイスの永世中立国という信念に反しているのだとも言える訳で、ヨーロッパの小国の持つ独自性をうかがい知ることができるのです。

<今回の1冊>
   
森田安一「物語スイスの歴史」中公新書
 中公新書の「物語・歴史シリーズ」は、ヨーロッパ各国の歴史を物語的に解説するという意味で、非常に親しみやすい新書なのですが、この「スイスの歴史」に限っては、ウィリアム・テルもハイジも登場せず、少々寂しい限りですが、案外知っているようで知らないスイスの歴史の概要を学ぶという点では実用的な本かも知れません。永世中立国としてドイツ、フランス、イタリアに囲まれながらも独自の道を歩んできたスイスですが、ハプスブルク家とブルボン家の戦いにそれぞれ数万の傭兵を送り込み、同国の者同士が戦場で殺し合わなくてはならなかったという点では、ヨーロッパの悲劇性そのものを背負ってきた歴史があるのです。

 

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