Via Vino No. 52 "Any Old Port in a Storm"<刑事コロンボ・別れのワイン

<日時・場所>
2013年10月26日(土)18:30〜21:30 丸の内「エスカール・アビタ」 
参加者:16名
<今日のワイン>
白・辛口「ローゼン・リースリング・トロッケン・モーゼル 2011年」
白・辛口「ロバート・モンダヴィ・フュメ・ブラン 2011年」
赤・辛口「リッジ・リットン・スプリング・ジンファンデル 2009年」
赤・辛口「イングルヌック・カベルネ・ソーヴィニヨン・カスク2009年 」
赤・甘口「フェレイラ・レイト・ボトルド・ヴィンテージ・ポート 2008年」
赤・甘口「グラハム・ヴィンテージ・ポート 1975年 」
白・辛口「カンティーナ・ディ・モンテフィアスコーネ・エスト!エスト!!エスト!!! 」
<今日のランチ>
人参のムース、雲丹、コンソメジュレとカリフラワーのクリーム
牡蠣のポシェとアンデイーヴ ソース・ブール・ブラン
仔羊肩ロースのロティ 無花果のソース
ガトー・ショコラ、クレーム・カラメル、季節のフルーツ

   


1.「刑事コロンボ・別れのワイン」について

● コロンボ・シリーズ屈指の名作はカリフォルニアのワイナリーが舞台。
● 人徳あるワイン専門家の殺人を、ポートのテイスティングで見破る。
● あの「パリ・テイスティング」に先立つ1973年放映の作品。

「うちのカミさんがね…」のセリフで知られる名優ピーター・フォークの代表作「刑事コロンボ」。1978年から2003年まで、旧・新シリーズ計69本の作品群の中でも、最高傑作とされているのが第19話「別れのワイン」です。ワインを扱った古今東西のミステリーの中でも、小説や映画、ドラマなどを通してここまで完成度の高いものは思い当たりません。

 カリフォルニアで高品質のワインを造ることに情熱を注ぐエイドリアン・カッシーニは、ワイナリーを売却しようとする義理の弟を衝動的に殺害、ロサンゼルス市警察殺人課のコロンボは彼の殺人を暴くために、自らワインについて学び、彼をディナーに招待した上で、そのアリバイを見事にくつがえします。ワインへのこだわりと愛情が、殺害の動機であると共に犯行を見破る手かがりにもなっている点が、凡百のワイン・ミステリーとは一線を画しているところでもあるのです。

 犯人のエイドリアン・カッシーニも、それを追うコロンボも、イタリア系のアメリカ人という設定ですが、実際当時のカリフォルニアでは、マルケ州からの移民の子であるロバート・モンダヴィを筆頭に、多くのイタリア人が上質なワイン造りに挑んでいました。「別れのワイン」が放送されたのは1973年の10月ですが、これはカリフォルニアワインがフランスワインを打ち破った1976年のパリ・テイスティングよりも前に作られた作品であることに、不思議な因縁を感じずにはいられません。。

2.ポートについて

【ポートとは】
 甘口酒精強化ワインの代表格であるポートは、ポルトガルのドウロ地区で生産されたワインが酒精強化され、ドウロ川が大西洋に注ぎ込むポルト市で熟成されることからその名が付きました。ポルト市はローマ帝国時代の港町ポルトゥス・カレ(Portus Cale:カレの港、の意)に起源を持ち、その周辺のコンダドゥス・ポルトカレンシスに成立した王国が後のポルトガル王国となったのです。  

 1756年にポートに対して世界初の原産地管理法が適用されたことは、そのままこの優れたワインが当時既に世界から注目され、その名を保護する必要があったことを示しています。完全に発酵が終了してから酒精強化されるシェリーに対して、発酵途中で甘さが残る状態の時に酒精強化されるのがポートです。高い糖度(40-130g/L)とアルコール度数(19-22%)が特徴で、非常に香りが高く味わい深いデザートワインとなっています。

【ポートの製法】
○栽培・収穫:葡萄品種はトウリガ・ナショナル、トウリガ・フランカ、ティンタ・ロリスなど。ドウロ川上流の渓谷で栽培されています。
○発酵・酒精強化:除梗・破砕後2〜3日発酵、残糖度確認後77%グレープアルコールを添加して発酵を止めます。
○熟成:冬に澱引きされ、その後タイプ別に分けられます。ヴィンテージ候補は別扱いとされ、その他のワインはそれぞれブレンドされます。 瓶熟成させるルビータイプと、樽熟成させるトウニータイプに大きく分けられます。 以前はドウロ川河口の町ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアで熟成させる決まりとなっていましたが、現在は生産地での熟成が認められています。

【ポートの種類】
○ルビータイプ
 ●ヴィンテージ・ポート:特に作柄の優れた年にのみ作られます。収穫から2年目に濾過せずに瓶詰めされ、長期熟成を経てから飲まれます。
  大量の澱が出来るのでデカンタージュが必要となります。収穫年が表示されています。
 ●レイト・ボトルド・ヴィンテージ・ポート:若干熟成を経た収穫4年目に瓶詰めされます。収穫年と瓶詰年の両方が表示されます。
○トウニータイプ
 ●トウニー・ポート 長い年月樽熟させたもので、樽熟年数10年、20年、30年、40年物があります。
  濾過されてから瓶詰めされるため澱はありません。
 ●コリエイタ 収穫7年目以後瓶詰めされるもので、トウニーとヴィンテージの両方の性格を兼ね備えます。
  収穫年と瓶詰年の両方が表示されます。
○ホワイトタイプ
 ●ライト・ドライ・ホワイト・ポート:白葡萄を原料とし、低温で長めに発酵させたもの。比較的辛口のタイプとなります。

3.ワインテイスティング
 
    

「ローゼン・リースリング・トロッケン・モーゼル 2011年」(タイプ:白・辛口  品種:リースリング  産地:ドイツ/モーゼル)
 1988年1月に家業を継いだ現当主エルンスト・ローゼン氏は、接木をしていない平均樹齢50年以上の古木を使い、ブドウの収穫量を半分に減らし、化学肥料の使用を一切止め、有機肥料を使った最新農法を取り入れています。モーゼル特有のシャープな酸味、レモングラスのような心地よい刺激を感じさせる繊細な香りを持ち、辛口でありながら、果汁の質の高さを想わせるふくらみとなめらかな口当たりで、バランスのとれた味わいがあります。

「ロバート・モンダヴィ・フュメ・ブラン 2011年」(タイプ:白・辛口   品種:ソーヴィニヨン・ブラン、セミヨン  産地:アメリカ/カリフォルニア)
 ロバート・モンダヴィ・ワイナリーはナパ・ヴァレーを中心に1,000haの葡萄園を保有しています。その最新技術へのこだわりとは別に、自然農法を重視しており、剪定を頻繁に行うことにより、病害虫の発生を抑えるという地道な作業を行うなど、ワイン造りに際してはナパ・ヴァレーの自然・天候の持つテロワールを反映するワイン造りを重視しています。フレッシュなパイナップルや、トロピカルフルーツ、ピーチなどの果実味に、花やミネラルの繊細なニュアンスと、クリスピーな酸味をバランスよく併せ持っています。樽発酵とシュール・リー製法による熟成、4ヶ月のフレンチオーク樽熟成により、クリーミーで凝縮した風味と複雑さが加わり、エレガントで優雅なワインに仕上がっています。

   

「リッジ・リットン・スプリング・ジンファンデル 2009年」(タイプ:赤・辛口   品種:ジンファンデル  産地:アメリカ/カリフォルニア)
 リッジは1885年、サンフランシスコのイタリア人地区の医師の手で創設され、1892年に初めてのワインが造られています。1964年に入手したブドウ園には、今でも「リッジ」の代名詞ともいえるジンファンデルが植えられ、1966年ガイザーヴィルからそのワインが誕生しました。1969年以来、リッジのチーフ・ワインメーカーを務めるドレイパー氏は、陸軍関連情報機関の民間人スタッフとしてイタリアで3年を過ごしたことのあるユニークな人物ですが、伝統的なワイン造りとサステイナブル(持続可能な)栽培を実践しており、カリフォルニアで単一畑に取り組んだ先駆者で、早飲みと見なされがちなジンファンデルの可能性を世界に認めさせました。熟したラズベリーやペッパーの香りがあり、ミネラル質の風味もある素晴らしいワインに仕上がっています。

「イングルヌック・カベルネ・ソーヴィニヨン・カスク2009年」(タイプ:赤・辛口   品種:カベルネ・ソーヴィニヨン  産地:アメリカ/カリフォルニア)
 1880年、グスタフ・ニーバムは偉大なフランスワインのライバルになり得るワインを造りたいとイングルヌックを設立、当時としては驚嘆するような設備を整えたシャトーを建設しました。1934-1964年に造られたイングルヌック「カスク」は、それまでに造られたあらゆるカベルネ・ソーヴィニヨンの中にあって、最高峰の評価を得るものでした。1975年、映画監督のフランシス・コッポラがニーバムの邸宅と周りの畑を購入し、ニーバム・コッポラ・エステートとして再スタートさせたのです。「新しい時代のカスク」を、半世紀以上前に造られたワインと同じ流儀で造っています。熟成用オークの樽材はアメリカンオークのみとして、小樽ではなく500Lの大樽(パンチョン)を採用しています。

     

「フェレイラ・レイト・ボトルド・ヴィンテージ・ポート 2008年」(タイプ:赤・甘口(酒精強化ワイン)   品種:トゥリガ・ナシオナル他  産地:ポルトガル/ポルト)
 1751年、ドウロに葡萄畑を持つジョゼ・フェレイラが創設。その孫と結婚したドナ・アントニア・フェレイラが名声を築き上げました。ドウロ地区に投資し畑を増やしただけではなく、チャリティ活動も積極的に行い、人々にフェレイリーニャという愛称で親しまれたと言われています。1987年にマテウス・ロゼで知られるソグラペ社に買収されました。良く熟した葡萄をステンレスタンクで3日間発酵し、3日以内に酒精強化します。アメリカンオーク樽で4年間熟成して瓶詰めされています。フルーティーでフルボディなスタイルで、チョコレートやブルー・チーズと完璧な相性を楽しめます。

「グラハム・ヴィンテージ・ポート 1975年」(タイプ:赤・甘口(酒精強化ワイン)   品種:トゥリガ・ナシオナル他  産地:ポルトガル/ポルト)
 スコットランド出身のウィリアムとジョンのグラハム兄弟が、1820年に設立したワイナリーです。1890年に入手したキンタ・ドス・マルヴェドスが生産の中心となっています。評論家のヒュー・ジョンソン氏は、グラハムは年号入りの中で最も芳醇で甘口の最良のものを扱うと述べ、この1975年物に最良ヴィンテージのマークを付けています。30年以上の熟成を経たヴィンテージ・ポートは、若干茶褐色を帯び、甘味はまろやかに落ち着いて、なお活力を失いません。レーズンやブランデーの味わいが印象的なポートです。

「カンティーナ・ディ・モンテフィアスコーネ・エスト!エスト!!エスト!!! 」(タイプ:白・辛口   品種:トレビアーノ  産地:イタリア/ラツィオ)
 カンティーナ・ディ・モンテフィアスコーネは1956年設立の生産者協同組合です。1000名近い会員が収穫したブドウのうち、品質の高いものを使用して、コストパフォーマンスに優れたワイン造りを行っています。「エスト!エスト!!エスト!!!」の名は、神聖ローマ帝国ハインリッヒ5世の命で、従者が美酒を探索し、発見した店に「あった!あった!!あった!!!」と表示したことに由来しています。フレッシュなフルーツのアロマといきいきした酸が特徴です。

4.「別れのワイン」〜ワイン選びあれこれ

「刑事コロンボ・別れのワイン」をテーマにワイン会を実施する以上、登場するワインを極力集めたいと思ったのは当然なのですが、これがなかなか難しいものでした。参考にしたのは手元にあるノベライズの日本語版と英語版ですが、両者の記載は微妙に異なるのです。  

 作品の中で最初に登場するのは、カッシーニ氏がデカンタージュをファルコン氏に委ねた「シャトー・ムートン・ロートシルト1969年」。4年後の1973年当時に開けるにはまだ少し若い気がしますが、いずれにしてもミロがラベルを描いたこのヴィンテージ、今買うなら1本10万円といったところでしょうか。しかし日本語版ノベライズではしっかりヴィンテージまで明記されているにも関わらず、英語版ノベライズでは銘柄の記載はなく、映像でもムートンの姿は確認出来ませんでした。  

 カッシーニ氏がニューヨークでテイスティングしてみせるワインは「シャトー・ヴェリテ1970年」。アルザスのゲヴルツトラミネールとコメントしていましたが、しかしアルザスのシャトー・ヴェリテなんて聞いたことがありません。フランス語で検索しても引っかからず。カリフォルニアには「ヴェリテVÉRITÉ」と言うワインがあるようなのですが…。

 コロンボがカッシーニ氏を招待するフレンチ・レストランの名は「ベル・エポック」。本編にシャンパーニュは登場しませんが、ペリエ・ジェエの「ベル・エポック」というシャンパーニュも有名です。1本2万円くらいなので、頑張れば出せないことも…と思ったものの、あんまり関連性がないかなと。

 そのディナーの内容は、ノベライズを読んでもそれほど詳細には書かれておらず、「かきにモーゼル、肉料理にジンファンデル」と口頭で説明があるのみ。ここでジンファンデルという品種を初めて知った人も多いはず。私もご多分に漏れずその一人で、やはりここはジンファンデルを得意とする造り手のそれなりのレベルの物をと考えて、リッジ・ヴィンヤーズの物を選びました。リッジのポール・ドレイパーはアメリカ生まれですが、陸軍情報機関のスタッフとしてイタリアで3年間過ごしており、まんざらイタリアと関係ないわけでもないかなと。

 この作品で最も重要な役回りを果たす「フェレイラ・ヴィンテージ・ポート1945年」ですが、これがなかなか日本では手に入りません。私はハワイのショップでフェレイラ・ヴィンテージ・ポートの1985年をたまたま購入することができたのですが、10年以上前に飲んでしまい、それきり出会えていません。フェレイラを扱っているユニオン・リカーズにも問い合わせましたが、レイト・ボトルド・ヴィンテージやトウニーはあるもののヴィンテージはなく、仕方なくレイト・ボトルド・ヴィンテージを購入しました。

 物語のラスト、コロンボがカッシーニ氏に藁で包まれたボトルを取り出し、カッシーニ氏はそれを「モンテフィアスコーネ…すばらしいデザートワインだ!」と意って味わいますが、これもまたくせ者で、手に入る「モンテフィアスコーネ」は辛口の「エスト!エスト!!エスト!!!」のみ。アンドレ・シモン「世界のワイン」(柴田書店)には、「モンテフィアスコーネ村と同一地区でとれる、アレアチコ・ディ・グラドリという芳醇なデザートワインがある」という記載があるのでこれかなと思ったのですが、アレアティコAleaticoは黒葡萄なので映像とは違うような気が…いずれにしても入手できませんでした。

5.「刑事コロンボ」とカリフォルニアワイン

1879年 グスタフ・ニーバム、ナパのラザフォード、マヤカマス山麓の土地を購入
1906年 シェザーレ・モンダヴィ、ローマの北にあるサッソフェラット村からアメリカに移住
1920〜1933年 禁酒法時代
1943年 モンダヴィ、ナパ最古のチャールズ・クリュグ・ワイナリーを買収
1933年 アーネストとジュリオ・ガロ兄弟、ガロ・ワイナリー創業
1959年 シェザーレ死去、息子ロバートとピーターの対立
1965年 母親のローザがピーターを後継者に任命、ロバート独立する
1966年 ロバート・モンダヴィ・ワイナリーをオークヴィルに創業
1968年 刑事コロンボ第一作「殺人処方箋」放映 。ワレン・ウイニアルスキー、モンダヴィ社から独立
1969年 名門イングルヌック、ヒューブライン社に転売され、ジャグ・ワイン製造会社へ転落
1970年 ウイニアルスキー、スタッグス・リープ商標登録
1973年 刑事コロンボ3rdシーズン、第19作「別れのワイン」放映
1976年 パリ・テイスティング、カリフォルニアワインがフランスワインに勝利 。
      赤ワインの1位はスタッグス・リープ・ワイン・セラーズ1973年
1978年 刑事コロンボ旧シリーズ(米NBC放送)終了(全45話)       
      オーパス・ワン・ワイナリー設立(モンダヴィとムートンの合弁事業)
1982年 ボルドーの当たり年、ロバート・パーカーの台頭
1985年 小池朝雄死去
1989年 刑事コロンボ新シリーズ(米ABC放送)開始
1995年 フランシス・コッポラ、イングルヌックを購入、改修
2003年 刑事コロンボ新シリーズ(米ABC放送)終了(全24話)
2004年 コンステレーション社がロバート・モンダヴィ社を購入
2008年 ロバート・モンダヴィ死去
2011年 ピーター・フォーク死去。「イングルヌック」名称復活

 「別れのワイン」のノベライズには、主人公エイドリアン・カッシーニはイタリア系で、カリフォルニアで最古の歴史を持つクカモンガに50haの葡萄畑を持つとされています。義理の弟リックとは仲が悪く、彼がワイナリーをマリノ・ブラザーズに売却すると言うと、烈火のごとく怒ります。「マリノ・ブラザーズだと! 奴らはワインなど造れやしない! うがい薬にもならんような代物しか造りゃしないのに!」  

 こうなるとどうしても実在のワイナリーと比べてみたくなるというもの。イタリア系で質の高いカリフォルニアワインを造ったとなると、思いつくのがロバート・モンダヴィ。弟のピーターとは仲違いしていますし、ライバルのガロ兄弟は低価格ワインで成功して世界最大のワイン会社に成長しています。  

 禁酒法撤廃以後、南欧からの移民が増え、マティーニ、モンダヴィ、ペトリスなどのイタリア系ワイナリーが頭角を現すと同時に、メンドシーノのガロ兄弟は、販売を兄アーネストが、製造を弟ジュリオが担当し、1950年代から1960年代にかけて、ナパ、ソノマ、メンドシーノでできたワインの75%を購入し、ガロの商標で販売しました。ベストセラーとなった「サンダーバード」は、レモネードとポートを混ぜた不自然に甘い酒で、とにかく安く酔っぱらえるのが売りだったそうです。  

 高品質ワインの推進者シェザーレ・モンダヴィの2人の息子、社交的な営業担当のロバートと内向的な製造担当のピーターは、父の死と共に対立を深め、追い出されたロバートは自らのワイナリーをオークヴィルに立ち上げます。そこで醸造技師に採用されたポーランド居住区出身のワレン・ウイニアルスキーは、二年後にナパ・ヴァレーの東側、スタッグス・リープ崖壁の下に広がる畑を購入、後にパリ・テイスティングの赤ワイン部門で筆頭となる「スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ」を展開することになるのです。一方、ロバート・モンダヴィは、積極的に国際的な展開に乗り出し、ボルドーのバロン・フィリップ・ド・ロートシルトと「オーパス・ワン」を、チリのチャドウィックと「セーニャ」を、イタリアのフレスコバルディと「ルーチェ」を、それぞれ立ち上げ成功を収めますが、ラングドックのアニアーヌへの進出が逆に地元の反対運動の為に挫折、モンダヴィ社の株は急落し、2004年にコンステレーション社に買収されてしまいます。

 1879年にナパ・ヴァレーにやってきたフィンランド人のグスタフ・ニーバムが、ラザフォードのマヤカマス山麓の土地を購入して立ち上げたイングルヌック・エステートは、禁酒法後その高い品質で名声を確立するも利益を出すことができず、1969年にヒューブライン社に転売され、評価を落とします。しかしその後、イタリア系の映画監督フランシス・コッポラはこれを買い取って改修し、イングルヌックの名を復活させました。カリフォルニアワインは、常に高級志向と利益志向の間で揺らぎながらも、強い意志を持つ生産者によって、ワイン愛好家達に様々なインパクトを与え続けているように思われます。 

<今回の1冊>

  
   
W・リンク&R・レビンソン「刑事コロンボ・別れのワイン」(二見書房/サラブレッド・ブックス)
 手元にあった日本語版ノベライズがこれですが、他で入手した英語版ノベライズと比べてみると、案外かなり意訳されているように思われます。前述のシャトー・ムートンの話もしかりですが、テイスティングで見事銘柄を当てた後、「ラベルをのぞき見したのだ」と軽く付け加えるエイドリアン・カッシーニに対して、「あれはその場をなごませるためにわざとそう言ったのだ」と別な人間がコメントする場面は、ドラマ本編にも英語版ノベライズにも見当たりません。
 それにしても、邦題の「別れのワイン」とはまさに余韻の残るタイトルです。原題の「Any Old Port in a Storm」は、「Any Port in a Storm(窮余の策)」と古いヴィンテージ・ポートとをかけた言葉だそうで、その意味では追い詰められた犯人と追い詰めようとする刑事との緊張感ある駆け引きをうまく表してはいるのですが、タイトル自体のイメージはかなり異なると思います。コロンボ演じるピーター・フォークが、ある意味神経にさわるしゃがれ声で、独特の図々しさが印象的であるのに対し、小池朝雄さんの声はやや低くどこか朴訥で、独特の柔らかさが持ち味です。その優しさがどこか邦題にも反映しているような気がするのです。

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