Via Vino No. 62 "Red Obsession"
世界一美しいボルドーの秘密


<日時・場所>
2015年6月27日(土)12:00〜15:00 丸の内「エスカール・アビタ」 
参加者:10名
<今日のワイン>
白・辛口「グレース・ヴィンヤード・ターシャ・リザーヴ・シャルドネ 2009年」
白・辛口「ルイ・ラトゥール・シャサーニュ・モンラッシェ・モルジョ 2011年」
赤・辛口「グレース・ヴィンヤード・ディープ・ブルー 2010年」
赤・辛口「シャトー・キルヴァン2011年 」
<今日のディナー>
温野菜 酸味と辛みのピーナッツソース
ヤングコーン、ホワイトアスパラ、ズッキーニなど 海老と帆立貝柱のフリット タマネギのピュレと共に
仔羊のコンフィ 八角風味の赤ワインソース パクチーと花巻を添えて
杏仁豆腐 マンゴーのゼリーをのせて

   


1.映画「世界一美しいボルドーの秘密」について

「実は中国ワインのドキュメンタリー」
原題は「Red Obsession」、すなわち「赤に取り憑かれる」の意。
図らずも中国のボルドー・バブルを描くこととなった映像作品。
グローバル経済と結びついたボルドーワインの悲喜劇。。

 昨年公開された映画「世界一美しいボルドーの秘密」。題名だけ聞くと、何だか美しいワイナリー風景がクラシック音楽と共に淡々と映し出されるような作品を思い浮かべてしまいそうですが、実際はさにあらず、もちろんボルドーのワイナリーも一部紹介されてはいるものの、内容は中国バブルに翻弄されるボルドー市場の浮き沈みが中心のテーマになっています。原題の「Red Obsession」は、「赤に取り憑かれる」ことを意味しており、この場合の「赤」は、ボルドーの赤ワインを示していると共に、共産主義国をも表しているのです。  

 実際のところ、今一級クラスのボルドーワインはとても高くて手が出ません。優良な作柄の2005年が高騰し、2009年、2010年とグレート・ヴィンテージが続くと共に、2008年にワインの関税を撤廃した香港市場を中心として、一気に中国がボルドーワイン市場の牽引者となったのです。今や中国は、ボルドーワインの金額にして15%以上を輸入する最大の消費国となったのです。  

 もっとも中国は消費国としてだけではなく、生産国としても注目されつつあります。先日発表されたOIVの速報によると、2014年の中国の葡萄栽培面積は、イタリア、フランスを上回り、スペインに次いで世界第2位となりました。原産地統制呼称といえるものはまだ存在せず、ワイン産業の位置づけはまだ先が読めない状態ではありますが、山東半島や山西省、雲南地区や寧夏地区では、質の高いワインが次々と生まれつつあるようです。

2.中国ワインについて

【急成長する消費国にして生産国】
 2010年11月に「香港国際ワイン&スピリッツフェア」に参加したことがあります。当時SWEJ(米国ワインエデュケーター協会日本支部)のメンバーとして赴いたのですが、当時世界最優秀ソムリエに選ばれたジェラール・バッセ氏をはじめとして、錚々たるワイン会の重鎮が呼ばれていることに圧倒されました。そして何より驚いたのが、そういった綺羅星のようなメンバーならともかく、私のような人間まで宿泊費が向こう持ちだったことです。日本ではまずそこまで面倒を見ることはないでしょう。生産者とも少し話をしたのですが、皆口を揃えて「日本が買ってくれないから中国まで来たのだ」と言っていたことが印象的でした。国際ソムリエ協会理事長を務めた故・小飼一至氏が国際ソムリエ協会(ASI)の概要についてご挨拶されたのですが、「能ある鷹は爪を隠す」などといった話をされていたのがいかにも日本人だなと思ったものです。その一方で中国の方々の積極的な姿勢か対照的でした。  中国は今やボルドーの金額にして15%以上を輸入する消費国で、ワイン消費量は2014年で1,580万hlと世界第5位になっていますが、生産国としても、2014年データで葡萄栽培面積は約80万haと世界第2位、ワイン生産量は1,120万hlと世界第8位になりました。その背景にあるのが、おそらくは見習うべき強い積極性ではないかと思うのです。

【生産国としての中国】  
 中国の本格的なワイン生産はまだ始まったばかりで、原産地統制呼称といえるものもまだありませんが、幾つかの地域は大量生産の原料供給地として、また幾つかの地域は潜在力のあるテロワールを持つ産地として、それぞれ注目されつつあります。

@山東地域
 地中海性気候に属し、ワイン造りの歴史が古く、ワイナリー数も最も多い。1892年創業の張裕ワインは今も中国最大のワインメーカーです。

A山西地域
 グレース・ヴィンヤードの成功により近年脚光を浴びています。新興産地で生産者数はまだ少ないものの、本格的な上質ワインの生産地として期待されています。

B新疆ウィグル自治区
 国家プロジェクトとしてワイン原材料の供給地となるために巨大なワイナリーが次々と建設されている地域です。一方で、2009年のウィグル騒乱などに見られるように、資源問題と民族問題が大きな課題となっています。

C寧夏回族自治区
 乾燥した気候で、無農薬栽培も可能とされています。砂漠化の進行が懸念される地域ですが、個人生産者が多く、ブルゴーニュ的な生産地としてワイナリーが徐々に増えつつあります。

D雲南地域
 標高が高く、標高2,700mの畑で無農薬栽培が試みられています。多くの地場品種があるとされ、今後高品質なワイン生産が進むと考えられています。

3.ワインテイスティング
 
   

「グレース・ヴィンヤード・ターシャ・リザーヴ ・シャルドネ 2009年」(タイプ:白・辛口  品種:シャルドネ  産地:中国/山西省)
 グレース・ヴィンヤードの創業者チャン・チュン・クエング(陳進強)氏は地元山西省で資源関係のビジネスで成功した、熱烈なワイン愛好家です。 チャン氏はフランス人の親友 シルヴァン・ハビエル氏と共に、数年広範囲にわたる調査をした後、1997年フランスのワイン学者であるDenis Boubals教授と山西省物産グループの協力によって、山西省の省都である太谷(たいこく)市にグレース・ヴィンヤードを設立しました。ターシャとは創始者の孫の名前です。発酵後はオーク樽で12ヶ月以上熟成されます。かなりしっかりした味わいのシャルドネです。

「ルイ・ラトゥール・シャサーニュ・モンラッシェ ・モルジョ 2011年」(タイプ:白・辛口   品種:シャルドネ  産地:フランス/ブルゴーニュ)
 200年以上も続くブルゴーニュを代表する作り手です。ブルゴーニュ2大白ワインのひとつといわれる『コルトン・シャルルマーニュ』の生みの親としても広く知られています。今やコート・ドールでは最大のグラン・クリュを所有し、プルミエ・クリュ(村名畑)を加えると60haにもおよび『コルトンの帝王』と称されています。先代の時代にはブルゴーニュ以外のアルデッシュ地方やヴァール地方でその土壌の優秀さを見抜き、葡萄の苗木を植え、高い評価を受けている「アルデッシュ・シャルドネ」や「ドメーヌ・ド・ヴァルモワシン ピノ・ノワール」を成功させています。一級畑の「シャサーニュ・モンラッシェ・モルジョ」は、近隣のムルソーやピュリニ・モンラッシェに負けない芳醇かつトロピカルフルーツの果実味にあふれた、華やかで豊かな余韻を持つワインです。

    

「グレース・ヴィンヤード・ディープ・ブルー 2010年」(タイプ:赤・辛口   品種:カベルネ・ソーヴィニヨン74%、    メルロ21%、カベルネ・フラン5%  産地:中国/山西省)
 1997年山西省太谷市大原渓谷に設立したグレース・ヴィンヤードは、創始者の娘でありゴールドマン・サックスでの勤務経験をもつジュディ・レイサー女史が参画後一気にプレミアム・ワイナリーとして成長しました。2001年に上海、香港で初リリース以後、ますます注目度が高まりました。「深藍」ことディープ・ブルーは、同ワイナリーの「チェアマン」に次ぐプレステージ・ブランドで、2008年度デキャンター・ワールドワイン銅賞、2010年度キャセイパシフィック香港インターナショナル・ワインアンドスピリッツコンペティション銅賞、2011年度デキャンタ−・ワールドワイン銀賞と、数々の受賞歴を重ねています。新世界スタイルのボルドータイプです。

「シャトー・キルヴァン2011年」(タイプ:赤・辛口   品種:カベルネ・ソーヴィニヨン40%、メルロ―30%、カベルネ・フラン20%、プティ・ヴェルド10%  産地:フランス/ボルドー)
 1147年まで遡ることができるほどの古い歴史を持つシャトーです。1710年、アイリッシュ系のマーク・キルヴァンが所有者となり、後のアメリカ大統領、ワイン愛好家のトーマス・ジェファソンの1780年の旅行記にも登場、1855年の格付けに於いては3級のトップに記載されています。後にボルドー市に寄付され、寄付を受けたボルドー市では当時ボルドーで一番のネゴシアンであるシュレデール・エ・シラー社に販売・管理一切を任せます。1991年にはミシェル・ロランのコンサルタントを受け、1994年には保険グループであるGNAが資本参加し、ポムロールのレグリーズ・クリネの醸造技術者を招聘、品質を著しく向上させました。2011年ヴィンテージには、ロバート・パーカーも「これまで試飲した中で最上のキルヴァン」と賛辞を送っています。

4.映画「世界一美しいボルドーの秘密」

 ワイン評論家とワイナリー経営者が意気投合し、ボルドーの歴史と伝統を描こうとして撮影が始められたこの映画は、次第に中国バブルに翻弄される生々しいワイン市場の実態を描く映画へと変貌したと言われています。2011年に撮影が始められてから、類い稀なるヴィンテージとして絶賛された2009年、2010年のボルドーの価格は高騰し、そして2011年のヴィンテージ評価が前年と比べて下がると、その反動が起きるのです。映画の撮影はまさにその大きな変動をそのまま記録する形で進められたのです。

 ロバート・パーカーやフランシス・フォード・コッポラといった著名人が登場し、ナレーションをラッセル・クロウが担当し、ムエックスやメンツェロプーロスといったワインの生産者達の声を聞くことができるこの作品は、一方でワインに高値を付ける中国の億万長者達をやや戯画的に描いているので、ワインの愛好家には必ずしも評判の良い映画とは言えないようです。それでもボルドーと中国の両方で質の高いワインを造ろうと苦戦する人々の姿が垣間見られる点で、無視できない作品だと思ったわけです。

 ワインの流通に振り回される人々と、ワインの製造にのめりこむ人々を描いているという点では、1976年のパリ・テイスティングの顛末を描いた映画「ボトル・ドリーム」(原題は「Bottle Shock」)を思い起こさせます。ワインの商売で儲けようとする人間はしっぺ返しを食らい、真摯にワイン造りに向き合う人間は報われる…なかなか実際にはこうシンプルにはいかないものの、やはりワインは金儲けの手段ではなく一途な情熱に支えられた作品であって欲しいものです。しかし、カリフォルニアワインにしても中国ワインにしても、はたまたチリワインにしても、ターゲットとなるのはやはりボルドーワイン、というのはこの世界においてはもはや定番のようです。

5.中国ワインとボルドーワインの歴史

BC128年 前漢の外交官張騫が武帝の命を受け西域に派遣され、葡萄とワインの醸造技術を持ち帰る
1152年 アンリ2世とアキテーヌのエレノアとの結婚
1154年 アンリ2世は英国王ヘンリー2世となり、ボルドーは英国領に
1214年 失地王ジョンの譲歩により、ボルドーワインの免税特権
1338年 百年戦争始まる(〜1453年)。
1453年 ボルドーはフランス領になるが、ボルドー特権は維持される
1855年 ナポレオン3世の時代、パリ万博でのボルドー格付け
1892年 山東省に張裕ワイン創業
1949年 中華人民共和国設立 当時の中国ワインの生産量は約115トン
1969年 河北満城中山靖王古墳から出土した古物の中に二種類の漢の時代のワインが発見される
1978年 中国ワイン工場は100軒に達し、ワインの生産量は約6.4万トンに達する
1997年 雲南省の「雲南紅」発売、山西省のグレース・ヴィンヤード設立
2011年 中国ワイン「賀蘭晴雪」がデカンター・ワールド・ワイン賞受賞
2014年 葡萄栽培面積は約80万haと世界第2位に

 実は中国のワインの歴史は古く、前漢時代の外交家である張騫(ちょうけん)が紀元前128年頃、武帝の命を受け西域に使節として遣わされた際に、葡萄とワインの醸造技術を持ち帰り、その後シルクロードで葡萄とワインの醸造が行われるようになったのがはじまりであるとされています。

 漢代においては、ワインは皇帝や貴族のものでしたが、時を経て西域文化に傾斜し、ワイン造りが本格化した唐代からワインの商業化が進んだ元代にかけてワイン文化が花開きました。また、中国の有名な歴史家司馬遷の著書『史記』には中国の最初のワインに関する文章が記載されています。前漢から後漢にかけて、ワインは皇帝や貴族が独占していました。特に唐(581〜907年)の時代と元(1271〜1368年)の時代には、ワインは農産物としてトップの地位にあったとされています。  

 しかし、明代に国策で白酒や紹興酒が推奨されたことから中国のワイン文化は次第に低迷し、清(1638〜1912年)の時代の半ばごろから世界の戦争に巻き込まれ、ワインの醸造なども少なくなってしまいます。さらに、清の時代の後半は国家の弱体化のため、中国経済の荒廃が起こり、ワイン造りはすっかり衰退してしまいました。  

 近代中国におけるワイン生産の幕開けは、1892年に中国東部の山東省煙台で創業した「張裕ワイン」が、ヨーロッパからブドウの木を輸入してワイン作りを始めたことでした。張裕ワインは今も中国最大のワインメーカーで、創立100周年を記念して煙台には「張裕酒文化博物館」が建てられ、会社の歩みとワインの資料を展示しています。  

 中国のワインの産地として知られるもうひとつの場所が、雲南省の弥勒県です。標高1500メートル前後の土地にブドウ畑が広がり、ワイン工場も多くあります。1997年に発売された「雲南紅」は、北京での国賓をもてなすパーティーでも使われているそうです。このほか、中国西部の新疆ウィグル自治区でも、ブドウ栽培が盛んに行なわれ、いくつものワイン工場が存在します。また中国西部、主に甘粛省シルクロード(沙漠、干ばつ地区)における中国ワインの発祥地には大金が投資され、アジアの最大葡萄荘園、約3万ヘクタールのシルクロード葡萄園が建設されています。  

 中国ワインの量的拡大には非常に目覚ましいものがあり、香港などを中心に世界的なワインの流通そのものを取り込んでいこうという動きがある一方で、広大な国土を利用して膨大な量のワインが生産されているようです。質的な向上もおそらくはそれに伴って発展しつつあるように思われますが、中国に関しては現段階では日本で入手できるワインもまだまだ限られていて、しばらくは様子を見るしかないようです。

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