Via Vino No. 83 "The Memory of Sherlock Holmes"
メモリー・オブ・シャーロック・ホームズ


<日時・場所>
2019年2月23日(土)18:30〜21:30 広尾「マノワ」
参加者:14名
<今日のワイン>
辛口・白・発泡性「アンリ・ド・ヴォージャンシー・キュベ・デ・ザムルール・マグナム」
辛口・白「ロジェ・パビオ・プイィ・フュメ 2016年 」
辛口・白「ルイ・ラトゥール・シュヴァリエ・モンラッシェ・レ・ドゥモワゼル 2011年」
辛口・赤「シャルル・ノエラ・エリタージュ ラドワ2002年」
辛口・赤「ドーヴェルニュ・ランヴィエ・シャトーヌフ・デュ・パプ2011年」
辛口・赤「シャトー・サン・コム・ジゴンダス2008年」
甘口・白「シャトー・インペリアル・トカイ・アスー・5・プットニュス2006年」
<今日のディナー>
マノワの3種のアミューズ (ウドのムースとヒグマの赤ワイン煮、ヒドリガモのクロケット、和歌山のふきのとうとイノシシのリエット)
ホワイトアスパラガスとホタルイカ、キジのコンソメジュレ
栃木県・オスの日本キジのロースト、雉のジュと山梨県・芦安の菊芋のソース
スコットランド・山ウズラのロースト、山鶉のジュと赤ワインカシスのソースで
岐阜県・日本鹿ロース肉のロースト、鹿のジュとビーツのソースで
ヴァローナチョコレートと苺とピスタチオ

     


1.メモリー・オブ・シャーロック・ホームズ

 前回はミステリー短編とヴァイオリンをテーマに、ジビエとワインを楽しみましたが、実はかの有名な名探偵シャーロック・ホームズも、ヴァイオリンを弾くことが趣味で、ジビエが好物だったことが知られています。シャーロック・ホームズというと、まるで機械のように冷静で、食事などはエネルギーを摂取する行為に過ぎないなどと割り切っていそうなイメージがありますが、数々の短編を読むと、意外に芸術や美食をたしなむ一面があったことに気付かされます。  
 「事件簿」の中の「覆面の下宿人」には、ホームズがワトスンに「『ヤマシギ』と『モンラッシェ』で英気を養ってから出かけよう」と気軽に言うシーンがあります。いずれも今ではとても入手できないジビエとワインになってしまいましたが……。  
 ホームズの活躍したヴィクトリア朝の英国では、大都市の貧しい人々が自宅に調理設備を持つことができず、数ペニーでパンを買うのが精一杯だった一方で、富める人々のためには、名シェフのエスコフィエがロンドンを舞台に活躍していた時代でもありました。

2.シャーロック・ホームズとワイン

【コナン・ドイルとシャーロック・ホームズ】
 サー・アーサー・コナン・ドイル(1859〜1930年)はスコットランドのエディンパラ生まれの作家で、名探偵シャーロック・ホームズのシリーズで有名ですが、「失われた世界」などのSF小説や、「勇将ジェラールの回想」などの歴史小説も残しています。1884年発表のシャーロック・ホームズの第一作「緋色の研究」は殆ど話題にならなかったものの、1891年から「ストランド・マガジン」で読み切りのホームズ短編小説の連載を始め、爆発的な人気を獲得しました。ホームズシリーズは「緋色の研究」「四つの署名」「バスカヴィル家の犬」「恐怖の谷」の四つの長編と、「冒険」「回想」「帰還」「最後の挨拶」「事件簿」の五つの短編集にまとめられています。

【ロンドンのエスコフィエ】
 ジョルジュ・ギュスト・エスコフィエ(1846〜1935年)はフランスのシェフで、フランス料理にコースメニューを導入したことで知られていますが、セザール・リッツと共に1890年、ロンドンのサヴォイ・ホテルに移籍し、「牛ヒレ肉のロッシーニ風」(トルネード・ロッシーニ)などの著名な料理を創作しています。その後もロンドンにカールトン・ホテルを開業、リッツの死後も1919年まで、リッツ・ロンドンやカールトン・ホテルの運営に携わりました。エスコフィエのロンドンでの活動時期は、コナン・ドイルの執筆時期とほぼ重なっているのです。

【シャーロック・ホームズの食生活】  
 日本シャーロック・ホームズ・クラブ「シャーロック・ホームズ雑学百科」によると、ホームズ譚全60編のうち、朝食について言及されている作品は26編にのぼり、イギリスにおける朝食の重みが分かります。ホームズのゆで卵は2個が決まりで、固ゆで(ハードボイルド)が好みでした。英国では紅茶が好まれたものの、ホームズはコーヒー党で、不眠不休の探偵らしいとも言えます。  
 たっぷりの朝食と軽い昼食、午後のお茶と夜の正餐、という英国式の食事はヴィクトリア朝の中産階級から広まったと言われています。ホームズは部屋にガソジン(炭酸水製造器)を常備し、依頼人にウイスキーのソーダ割りを出したりしていますが、本人がそれを飲むシーンは殆どなく、一説によると、コカインの常用者だったホームズはその効果が薄れるのを嫌ってあまりたしなまなかったとのこと。ちなみにコカインは当時麻薬として禁止されてはおらず、「宝島」のスティーヴンソンも、精神分析のフロイトも常用者でした。ビールを飲むシーンも、初期の短編二作品に限られ、それほど好みではなかった模様です。シャーロック・ホームズがたしなんだ酒はもっぱらワインで、モンラッシェやインペリアル・ワインが登場、「最後の事件」ではドイツ人スパイがホームズのことを「ワインにはうるさくてね」と評しています。

3.シャーロック・ホームズ作品でのワインとジビエの登場シーン

【「四つの署名」より】
「それなら、了解ですね?」
「そのとおり。他に何か?」
「ご一緒に食事をおつき合い願いたいですな。三十分で支度ができます。カキとうずらのひとつがい……それに、白ぶどう酒のちょっとしたのがありますよ。ワトスン、きみはぼくが家政夫としても一流なのをまだ知らなかっただろう?」

【「青い紅玉」(「シャーロック・ホームズの冒険」より)】
「それなら、僕はもうひとまわり患者の様子を見てこよう。しかし、夕方、きみが言っていた時刻には戻ってくるよ。こんなややこしい事件の解決はみとどけたいからね」
「ぜひ来たまえ。夕食は7時だ。きっとヤマシギの料理にありつけるよ。ところで、近ごろはこんな出来事がはやっているとなると、こっちもハドソン夫人にヤマシギの餌ぶくろをよく調べるようにたのんでおかなくちゃ」

【「誇り高い独身者」(「シャーロック・ホームズの冒険」より)】
…やがて、まったく驚いたことには、下宿の粗末な食卓の上に、食通の好むような、しゃれた冷肉の夜食料理が並び始めた。そこには、冷たいヤマシギが一つがい、キジ一羽、ガチョウの肝臓パイ、クモの巣だらけの古酒が数本あった。この豪華な料理を並べ終わると、二人の男はこのご馳走の代金はもう支払い済みで、ここへ届けるように注文されたことの他は何も説明しないで、アラビアン・ナイトの魔法のように姿を消してしまった。

【「最後の挨拶」(「シャーロック・ホームズの最後の挨拶」より)】
「もう一杯どうだい、ワトスン!」とシャーロック・ホームズは、インペリアル・トーケイ酒の壜を差し出して言った。  
 さきほどのずんぐりした運転手は、テーブルのそばにすわりこんで、いかにもうれしそうにグラスを突きだした。
「いい酒だね、ホームズ」
「とびきりうまい酒だよ、ワトスン。あそこのソファにのびている友人の話では、この酒は、ドイツ皇帝フランツ・ヨゼフのシェーンブルン宮殿の特別貯蔵庫の品だそうだ」

【「覆面の下宿人」(「シャーロック・ホームズの事件簿」より)】
「……だがいずれにしろ、細かい事実がはっきりしないうちは、あれこれ憶測してみても始まらないよ。ワトスン、そこのサイドボードに、ヤマウズラの冷肉と、モンラッシェの一瓶がある。それで英気を養って、元気いっぱい出かけるとしよう」

4.ワインテイスティング
 
   

「アンリ・ド・ヴォージャンシー・キュベ・デ・ザムルール・マグナム」
( タイプ:白・辛口・発泡性、品種:シャルドネ100%、産地:フランス/シャンパーニュ/コート・デ・ブラン/オジェ)

 アンリ・ド・ヴォージャンシーは、創業1732年の長い歴史を持ち、所有する8haの畑は全てグランクリュ・オジェ。まさにコート・デ・ブランを代表する名門シャンパーニュです。ワインへの拘りは、樹齢40年以上の古樹畑で、厳格なリュット・レゾネ(減農薬栽培)を施行している事からも窺い知れます。「恋人達のキュヴェ」という名を持つこのシャンパーニュのラベルには、上品な白い花に囲まれたハートマークの中央に白い鳩が描かれています。シャルドネ100%のブラン・ド・ブランですが、シャープな酸味がありながらその強いボデイに驚かされます。

「ロジェ・パビオ・プイィ・フュメ 2016年」
(タイプ:白・辛口、品種:ソーヴィニヨン・ブラン100%、産地:フランス/ロワール)

 1927年にエドゥアール&マルセル・ギルボーが設立し、以後3世代にわたりロワールにて高い品質のワインを造り続けています。「プイィ・フュメ」はロワール河流域の白亜土壌と泥灰土の地で、手摘みされたぶどうを低温発酵、タンクにて6ヶ月熟成させています。力強く複雑性のあるフローラルでフルーティなアロマがあり、長い余韻とバランスの良さが楽しめます。非常にミネラル感が強く、引き締まった味わいでした。

「ルイ・ラトゥール・シュヴァリエ・モンラッシェ・レ・ドゥモワゼル 2011年」
(タイプ:白・辛口、品種:シャルドネ100%、産地:フランス/ブルゴーニュ/コート・ド・ボーヌ)
 ブルゴーニュの白ワイン最高のグラン・クリュと評される「シュヴァリエ・モンラッシェ」。 その中でも特に名高い区画「ドゥモワゼル」を所有するのが「ルイ・ジャド」、そして「ルイ・ラトゥール」です。 シュヴァリエは表土が薄く、より強烈なミネラル感が特徴の、格別な畑と呼ばれています。 ルイ・ラトゥールの力量がいかんなく発揮されている白ワインであり、リッチでありながら繊細、長年の熟成にも堪え得るボディの強さを備えています。素晴らしい凝縮感が楽しめるワインですが、甘い香ばしさも同時に味わうことが出来ました。

    

「シャルル・ノエラ・エリタージュ・ラドワ2002年」
(タイプ:赤・辛口、品種:ピノ・ノワール、産地:フランス/ブルゴーニュ)
 「アンリ・ジャイエに匹敵する」と言われた伝説的なドメーヌ・シャルル・ノエラは、1988年にドメーヌ・ルロワに売却されました。その商標権は甥に残され、新たなネゴシアンブランドとして立ち上げられました。「エリタージュ・ラドワ」は、赤系果実のアロマからアールグレイへと続く香りを持ち、エレガントな熟成感が楽しめるワインです。

「ドーヴェルニュ・ランヴィエ・シャトーヌフ・デュ・パプ2011年」
(タイプ:赤・辛口、品種:グルナッシュ80%+シラー、ムールヴェードル、産地:フランス/コート・デュ・ローヌ)

 2004年の設立ながら、パーカー100点をはじめ軒並み高評価を獲得。ジャン・フランソワ・ランヴィエと、フランソワ・ドーヴェルニュの2人によって設立、ローヌの未来を切り拓いた存在としてフランス国内のプレスから賞賛を浴びています。美しく輝く濃いガーネット色で、チェリー、ストロベリーの熟した赤い果実の香りがあり、ソフトかつ凝縮した口当たりを持っています。複雑味のあるスパイス香が楽しめました。

「シャトー・サン・コム・ジゴンダス2008年」
(タイプ:赤・辛口、品種:グルナッシュ、ムールヴェードル、シラー、サンソー、産地:フランス/コート・デュ・ローヌ)
 「サン・コム」は、ジゴンダスで最も歴史あるドメーヌです。所有する畑は、モンミレイユの城壁と呼ばれる切り立った山脈の影響で涼しく空気の循環が良いため、葡萄は均等に発育し、長い熟成に適したワインを産み出しています。特に2008年産は、上級銘柄であるジゴンダス・ヴァルベルに使う葡萄が混ぜられており、ベリーの果実、ハーブ、ミネラル、スパイスの香りが際立っています。

「シャトー・インペリアル・トカイ・アスー・5・プットニュス2006年」
(タイプ:白・甘口、品種:フルミント100%、産地:ハンガリー/フェデラリスト)
 トカイはハンガリーの極東、ウクライナの国境付近、トカイ地方で産出され、ルイ16世が「ワインの王様、王様のワイン」と呼んだ貴腐ワインの銘品です。5プットニュスは120-150g/Lの残糖があり、最低3-8年樽熟成させたものです。輝きのある黄金色で、ジンジャーのニュアンスがあり、同時にマンダリンやオレンジピールの風味を感じさせます。

 さて、今回は私の誕生日が近かったこともあって、お店からホームズのシルエット付きのバースデー・プレートを頂きました。
 当日はスコットランド風インバネスと鹿撃ち帽、パイプという格好で参加したので、ある意味イメージぴったりのプレートでした。

 

5.今回の一冊

 


日本シャーロック・ホームズ・クラブ「シャーロック・ホームズ雑学百科」(東京図書)
 シャーロック・ホームズのシリーズを読んでいたのはおもに小学校高学年の頃なので、結構エピソードは記憶に残っているものの、ワインやジビエの登場シーンなどは正直なところあまり印象には残っていませんでした。今回あらためてこの「雑学百科」を読み返すと、食事をするのを忘れて捜査に没頭するところもあるものの、意外にワインや料理を楽しんでいるシーンがあることにいまさらのように気付かされました。医学や化学、生物学などだけではなく、食事や酒、文学や鉄道、地図や美術など、様々な項目ごとにシャーロック・ホームズシリーズを引用しており、あらためてホームズ譚のふところの深さを実感できます。

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