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   今月の小説:花火&花火2    作者:叙朱
   ジャンル:叙情         長さ:文庫本3+2ページ  
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 10月。戦場ヶ原の草紅葉が始まったとか。今日の夕刊に「秋色づく」
というカラー写真が出ていました。秋です。お変わりありませんか。

 ネット上に毎日のように発表される小説の中から、編集者ジョッシュ
が独断と偏見で、面白そうな作品を選抜し、作者の了解を得て掲載して
ゆくメルマガが「月刊ノベル」です。

 今月は、従来の月刊ノベルでたくさん掲載してきました叙朱作品から、
近作の短い2編を掲載いたします。ちょっと季節はずれの「花火」2題、
どうぞお楽しみください。

 なお、本編終了後に簡単なアンケートがあります。今後の作品選択の
参考にしたいと思いますので、なにとぞご協力ください。

           平成12年10月4日 編集人 ジョッシュ

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    花 火     叙 朱

  

 ぼくたちを乗せたバスは古びた温泉街にはいった。
 夏の行楽シーズンだというのに、閑散としている。まるで海辺の喧噪
からは取り残されたような川沿いの小さな集落だった。運転手が聞き覚
えのない地名をアナウンスした。
 「ここで降りよう」
 ぼくは章子にささやいた。
 ぼくたち以外には誰も降りる気配はなかった。バス停のすぐ前に小さ
な案内所があり、日焼けした中年女がひとりでテレビを見ていた。色落
ちした看板の文字はなんとか「観光案内所」と読める。
 「ごめんください」
 店先に並んだ土産物の箱は、夏の陽射しに変色していた。
 「旅館を紹介してもらえませんか」
 「はいはい」中年女はちらりとぼくたちの身なりを一瞥した。
 「ご予算は、いくらぐらいですか?」
 「安いところをお願いします」
 章子が間髪入れずに答える。
 「はいはい」中年女は電話を取り上げた。「1泊ですよね」
 「はあ」

 「あ、花火だよ」
 ぼくの肩を章子がつついた。
 章子のいうとおり、店先に花火が置いてあった。商売ものらしい。ビ
ニール袋に入れられた色とりどりの花火の束。しかしパッケージはまる
で雨に当たったかのように歪んでしわになっている。中の花火も色があ
せていた。
 「ね、ね、花火しよう」
 章子がせがんだ。今にも花火を手にとりそうだ。
 「だめだよ。これじゃ、しっけちゃって火がつかないよ」
 ぼくは花火からも章子からも視線を避けて、頭を振った。
 「なんだか、この花火、わたしたちみたいじゃない? しおれて、疲
れて、絶望的で」
 低い章子の呟きを聞き流す。
 「お客さん、宿が取れましたよ」

 中年女が地図をくれた。歩いていける距離だ。章子はまだ花火に未練
がありそうだった。
 「お客さん。欲しかったらその花火を持っていっていいよ。どうせ売
り物にはならないし、もっとも使いものになるかどうか、わからんけど
ね」
 「え、あ、ありがとう」
 章子は飛び上がって喜んだ。

 それほどのものでもあるまいに・・・、ぼくは地図を片手にさっさと
歩き出した。
 「ねえ、この花火ってわたしたちみたいだよね。ほんとうに」
 章子はいとおしそうにくしゃくしゃの花火のパックを胸に抱いている。
 ああ、そうだ。つかの間の美しい花を咲かせて、あっさりと死に絶え
る。

 でも、とぼくは気づく。
 さっきまでは、ぼんやりと空気とに溶けてしまいそうな章子だった。
それが、坂道をくだる彼女の後ろ姿が、夕闇にはっきりと弾んでいる。
 たったひとつかみの花火のせいで。
 つかの間の、花火の時間への期待で。

「夕飯前に、花火もいいか」
「うん、楽しみ」

 ぼくはあっけなく、ほっとしていた。
 ほんの少しだけ、幕引きを先送りできる口実ができたような気がして。
 でも、そうやってもう何回、日めくりをしてきたろう。
 ため息。

(了)
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     花火・2       叙朱

   

 月末。
 だからといって特別の期待はしない。
 無味乾燥な毎日は、それが当たり前になるまでに少し時間がかかった
けれども、今ではもう慣れっこだ。
 そういえば、この町に来た頃は、気持ちがうきうきしていた。アパー
トを決めて、駅前のスナックでオールドパーをシングルで飲んで、駅留
めにしていた荷物を取りに行って、帰り道はもうすっかり夜だった。遠
くの空に花火がはじけていた。それがまるで自分を歓迎してくれている
ような気がして、妙に嬉しくなったものだった。
 あれから1ヶ月。満員バスに揺られて通う新しい会社は期待はずれだ
った。新入りにはとても冷たい同僚たち。そして色眼鏡の上司。それら
はまだいい。
 一番驚いたのは、あれほど魅力的に見えた仕事が実は孤独で味気ない
ものだと知らされたことだった。
 1週間のオリエンテーションのあとで回された仕事は小さな町工場の
清算だった。うまくこなしたと思うが、激高した工場主に裏切り者呼ば
わりされて、気が滅入った。
 次はやはり大きな焦げ付きを抱えた中堅の建築設計事務所だった。感
情を殺して事務的に処理した。鬼と言われた。こっちだって叫び返した
かった。貸した金を返せないなんて、そっちこそ犬畜生だろ・・・。

 月末。
 もう気持ちが揺れている。こんな毎日では自分がだめになってしまう
のじゃないか。不安が突き上げる。
 今度まわってきたのは小さな出版社だった。ついさっきまで、負債リ
ストをながめていた。丹念に。すべて期限切れ、おまけに担保割れして
いた。未収金も焦げ付き、返本在庫が倉庫にあふれている。とても助け
られそうにもない。溜息が出た。
 ふと見上げると、窓の向こうはもう夜だった。
「あ、花火」
 すぐとなりから、誰かが声をあげる。遠くの空に赤い花火があがった
のだ。
 手を休め、事務所中の同僚がその花火に目をやった気配がした。
「あの花火が散る前に、火の粉のひとつくらいこの手ですくいとめたい
よな」
 誰かのつぶやきが聞こえた。
 すぐに誰かが揶揄するかと思った。ところが。
 書類のこすれ音もしない。異様なほどに、事務所は静まりかえったま
まだった。

 遠くで花火がもうひとつ。

(了)
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     タイトル:テキスト版月刊ノベル
      発行日:平成12年10月04日
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    編集・発行:MiyazakiBookspace 
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