<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<< ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン 月 刊 ノ ベ ル 11 月 号 <<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<< http://plaza5.mbn.or.jp/~joshjosh/ インターネット上にきら星のごとく散らばる創作サイトの 中から、私(編集人)ジョッシュこと宮崎靖好が独断と偏 見(?)に基づき選抜した小説を、作者の了解を得てから 順次掲載してゆくメールマガジンが「月刊ノベル」です。 コミカル、ミステリ、叙情、ラブロマンス、ファンタジー SF、などなどジャンルは多彩ですが、アダルトはありま せん。 なお、本編終了後に簡単なアンケートがあります。今後の 編集に役立てたいと思いますので、なにとぞご協力くださ い。 ---------------------------------------------------------------- 月刊ノベルは当幅フォントでお読みください。 ---------------------------------------------------------------- 今月の小説:水の花 作者:秋野しあ ジャンル:叙情 長さ:文庫本4ページ ---------------------------------------------------------------- 今月の小説の作者、秋野しあさんは、ネットノベルの新作 情報メルマガなどにコンスタントに新作小説を掲示してお られ、その執筆パワーにはかねてから注目しておりました。 今回掲載させていただくのは、最新作「水の花」で、その 幻想的な描写の繊細さをぜひお楽しみください。 ---------------------------------------------------------------- 水の花 秋野しあ どこだろう、ここは。 見上げた空は、淡い淡い水の色。 なにかの、畑だろうか。 等間隔に植えられた木々は、目線より少し低いくらいの高さしかない。 日を受けて金色に透ける薄い黄緑色の葉と、微妙に銀色がかった幹。 ああ、花が。 それは、完全に純粋な透明。輪郭すらなくて。 わずかな光の反射だけで、存在する、花。 目を凝らすと、幾重にも重なるやわらかにまろい花びらの形が、陽炎 のように揺らいで見えた。ちょうど両手に乗るくらいの大きさの透明な 花が、いくつもいくつも花ひらいている。 そして、見渡す限りの同じ木々。 かすかな甘い香り。 触れたら壊れるのではないかと思いながら、幻よりも透明なその花に、 そっと手を伸ばした。 「触れないで下さい」 唐突に背後から声を掛けられて、私は驚いて振り向いた。 足元で、ぱしゃりと小さな水音がした。花びらを掠めた指の先に水の 感触が残る。 ああ、この人は。 とても懐かしい気がした。ずっと遠い昔に、守られていた腕。日を受 けて金色に透ける、薄い黄緑色の長い髪と、微妙に銀色がかった瞳の色。 既視感はすぐに消えた。もう、思い出すことは出来なかった。 「……迷われたのですか?」 小さくため息をついてから、その人は言った。さらりとした水のよう な声で、気を抜くとするすると逃げていってしまう。 言葉の意味を捕まえるのに、少し時間がかかった。 「ああ、違いますね。貴方は探し物を見つけにいらした」 私がなにも言わないうちに、その人はそう言って微笑んだ。 そうなのだろうか。探し物を、しに来た? なぜだか記憶が曖昧で、いろいろなことがよく分からない。そもそも 私は、どうやってここに来たのだろう。 「どうぞ、こちらへ。花には御手を触れないよう……」 促されるままに、木々のあいだを縫ってついていく。風が吹くたびに 甘い匂いが立ち上り、花がさざめいて光を散らした。 木々の間に溶け込むような乳白色の、柱と屋根だけの小さな建物に私 を誘ない、華奢な細工の椅子に座るように仕草で勧める。 石造りの建物には作られた匂いが少しもない。木と同じように生えて きたのだと言われても、信じられるような気がした。 「しばらくこちらでお待ち下さい」 丁寧にそう言って、その人は木々の間に姿を消した。私は眠いような 心地になり、少し、まどろんだのかもしれない。 「どうぞこちらを。貴方の探していらしたものです」 涼しい声がして、私はぼんやりと目を開けた。差し出された手には、 中心に虹色の光を宿す透明な丸い石が乗っている。 あの花の、実。 「時々こうして、熟しきる前に落ちてしまう実もあるのです」 なにも考えずにその実を受け取ると、私の触れたところから、石がと ろとろと溶けだしていった。流れ落ちる果肉の香りで、辺りはむせかえ るほどの甘さに満ちる。 私は強いめまいを覚えた。 手のひらを濡らす水は不思議な暖かさで私を包む。それは何故か、ひ どく懐かしい暖かさだった。懐かしくて懐かしくて、苦しいほどに愛お しい。 胸が、痛い。 そして私の手には、透明な硬い殻に包まれた虹色の種が残された。 「行くべき場所に着けば、その殻は自然に割れますから。なくさないよ うに、大切に持っていってください」 遠くから声がした。 ゆらゆらと揺れる景色の向こうで、その人は静かに笑っていた。 「花は実をつけるために咲き、実は花をつけるために育つ」 歪んでいく景色。遠ざかっていく声。 「すべては巡って、つながっていきますから。だから貴方は貴方の生命 を」 ああ、これは……。 ――精一杯に、生きなさい。 ああこれは、ずっと遠い昔に、生まれる前に、聞いた言葉だ。 祝福と愛を。すべての生命に。 あいしているから。 ここからずっと、みているから。 だから、一生懸命に、生きて――。 私が目を覚まして一番初めに見たのは、母の笑顔だった。 「加奈子、加奈ちゃん。よかった。よくがんばったねぇ」 私の手を握って目に涙を浮かべ、よかったよかったと繰り返す母に、 私はかすれた声を掛けた。身体に力が入らず、弱々しい声しか出てこな い。 「赤ちゃん……。私の赤ちゃんは?」 まだ生まれるには早すぎた、私の赤ちゃん。泣き声を聞いた覚えはな い。なにも分からないまま、私は眠りについてしまった。 「大丈夫」 母の後ろで、夫が晴れやかに笑って言った。 「駄目かと思ったけど、もう大丈夫だってさっき先生が言いに来た。女 の子だって」 ――ああ。 ああ、ありがとうございます。 誰にともなく感謝を捧げる。目を閉じて、こみあげてくる涙を抑えた。 なくさないように、大切に。 握りこんだ手に持っていた虹色の生命は、あの子の中で芽吹くだろう。 (水の花−終わり) ---------------------------------------------------------------- 読了アンケート:あなたの率直な感想をお聞かせください。 ↓末尾に投票用のボタンがあります。 ---------------------------------------------------------------- 秋野しあ氏のホームページ「王国の鍵〜ShiaCity〜」 http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/9237/index.html ---------------------------------------------------------------- お気に入りのネット作家・作品を推薦ください=> mbooks@dream.com ---------------------------------------------------------------- 最近登場していただいた作家と作品リスト 青木無常 「停電」 ドルフィン 「5号室の秘密」 叙朱 「花火」 バックナンバーはこちらで読めます。 => http://plaza5.mbn.or.jp/~joshjosh/ ---------------------------------------------------------------- ---------------------------------------------------------------- メルマガタイトル:テキスト版月刊ノベル 発行日:平成12年11月02日 総発行部数:1,100部 編集・発行:MiyazakiBookspace mbooks@dream.com お申込みと解除:http://plaza5.mbn.or.jp/~joshjosh/ ---------------------------------------------------------------- ---------------------------------------------------------------- このメールマガジンは以下の配信システムを利用させていただいてます。 インターネットの本屋さん まぐまぐ id=74 無料メールマガジンスタンド PUBZINE id=2337 広告付き配送システム melma! id=m00001786 COCODEメール id=prn81060@ba.mbn.or.jp 作品の著作権は作者にあります。無断転載引用はご遠慮ください。 ----------------------------------------------------------------
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