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         ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン

        月 刊 ノ ベ ル 12 月 号

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        http://plaza5.mbn.or.jp/~joshjosh/


   インターネット上にきら星のごとく散らばる創作サイトの
   中から、私(編集人)ジョッシュこと宮崎靖好が独断と偏
   見(?)に基づき選抜した小説を、作者の了解を得てから
   順次掲載してゆくメールマガジンが「月刊ノベル」です。

   コミカル、ミステリ、叙情、ラブロマンス、ファンタジー
   SF、などなどジャンルは多彩ですが、アダルトはありま
   せん。

   なお、本編終了後に簡単なアンケートがあります。今後の
   編集に役立てたいと思いますので、なにとぞご協力くださ
   い。

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      月刊ノベルは当幅フォントでお読みください。
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    今月の小説:噂のカツ丼      作者:飯田橋

     ジャンル:ユーモアミステリー  長さ:文庫本7ページ  

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   今月の小説の作者、飯田橋さんは、ネットノベルの新作登
   録サイト NOVEL STREET で発見した、情熱あふれるネッ
   ト作家です。作風も、SFあり、サスペンスあり、と多彩
   なのですが、今回は NOVEL STREET で厳選作品に選ばれ
   ていたユーモアミステリーを掲載させていただきます。

   なんとなく学生時代の赤貧な自分を思い出しながら、それ
   でもなるほどにんまりと笑えるお話です。どうぞ、お楽し
   みください。


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   噂のカツ丼         飯田橋

 もう1枚食パンを食べようと思ったけど、必死に手を止めた。都会の
うまくもない水を沸かして、熱いままの白湯を腹に流し込んだ。これだ
けでも、少しは気休めになる。
 今月はどうも出費が多い。大学の後輩に捕まれば、さすがに金がない
とも言えない。いくら後輩にナメられてる僕だって、そのくらいの自尊
心はあるんだ。それを利用されている気がしないでもないけど、つきあ
いを断ったあとの惨めさに比べればまだマシだ。
 残りの食材は食パン3枚。6枚切りの3枚ならまだしも、近所で安売
りしていた8枚切りのパンだから、半分も残っていないことになる。
 財布の中身も何度か覗いた。福沢諭吉どころか夏目漱石も不在で、小
銭が227円居座っているだけだった。何度見てもその結果は変わらな
い。銀行の残高だって1円だけだ。この間、残っていた500円あまり
の預金を使うため、ATMで小銭を預け入れて残高を1001円にし、
1000円を引き出した。そんな苦肉の策も、もう使えない。
 あと5日だ。あと5日耐えれば、仕送りが入る。実家だってこの不況
で苦しいんだから、贅沢は言えない。授業をサボったって構うもんか。
じっとしていれば腹だって減りはしない。それに、誰か心配して食料を
持ってきてくれるかもしれない。計画性のない僕がこんな状態に陥るの
は、何も今回に限ったことじゃないんだから。
 もうひとつ便利な食料調達方法がある。今は午後4時。そろそろスー
パーが賑やかになる頃だ。昼過ぎにも行ってみたが、残念ながらほとん
ど試食コーナーはなかった。このスーパーでは、夕方が売り時なのだ。
そっと僕は立ち上がって、スーパーを目指した。
 この街には、小さいながらも賑やかな商店街がある。その商店街を抜
けたすぐ先にスーパーがあるのだ。スーパーが作られる計画が持ち上
がった頃、この商店街でも反対運動が行われたと聞く。ただ、意外にも
このスーパーができてからのほうが訪れる人間も増え、商店街が潤った
というのだ。正直なところ、スーパーさまさまなのだが、表面上は認め
ていないようだ。
 商店街に埋もれるように立っている小さな定食屋から、顔を赤くした
作業員風のふたりが出てきた。
「うまいな、ここのカツ丼」
「ああ、酒のつまみにもいいが、昼飯にも最高だろうなあ」
 ぴくりと耳が動いた。今の僕には、カツ丼というキーワードだけでも
胃に重たく突き刺さる。まして、彼らの声は大きいのだ。誰かに聞かせ
ようという意図があるんじゃないかと思うほどに。僕の精神状態がそう
思わせただけかもしれないけど。
 その店の前を通りかかると、ふらりとよろけるような香りが鼻腔を刺
激した。見るな見るなと思いながら店のドアに目を向けると「圧倒的ボ
リュームの新カツ丼800円! お試しください!」と大きくポスター
が貼ってあった。
 僕の記憶はそこで途切れている。気がついたら、僕は空になった丼の
前で、出がらしのお茶をすすっていた。
 まずいことになった。金を使ってはならないと、僕は財布すら持たな
いでここに来た。もちろん、そのなかにも800円なんて金は入ってい
ない。消費税を取るとすれば840円だ。仕送りが入るまでここに座っ
ているか? バカぬかせ、ここは吉野屋じゃないんだ、いつか店だって
閉まる。24時間やっている店だって、注文しないで5日も座り込んで
たら追い出されるに決まってる。
 ならば、素直に話すか? ああ、今ちょっと店のオヤジと視線が合っ
た。どう見ても職人気質の料理人だ。金を持たずにうちに来るようなヤ
ツはメンチカツにしてやると怒鳴りそうだ。おそるおそる画用紙を貼り
つけただけのメニューを見ると、やっぱりあった、メンチカツ定食。
あ、またこっちを見たよ。僕の心を読んで、視線で睨みを聞かせている。
食ったんだったら、とっとと帰れよ。まさか、金持ってねえんじゃねえ
だろうな? そう聞こえる。いや、合図している。
 もう駄目だ。逃げるしかない。今、客は僕を入れて4人。ひとりがレ
ジに立ち勘定をして出ていった。店のオヤジが厨房に入ろうとしている。
今だ!
 前の客がガラス戸を中途半端に閉めていった。そこに向かって
ダッシュする。椅子に引っかかったが、倒れた音は聞こえない。ガラス
戸を引き開けると、店内にアーケードの照明が飛び込んできた。そこは
天国だ。この薄暗い地獄から抜け出して、ひたすら走れ!
 僕は後ろを見なかった。「食い逃げだ!」と野太く叫ぶ声が聞こえた
が、関係ない。アーケードのど真ん中を、ラガーマンのように人をかわ
して突き進む。スーパーの袋を抱えたおばさんがこっちを見ている。お
もちゃ屋のショーウィンドウにしがみついていた子供が振り返る。でも、
関係ない。走れ! もうひと区画だけ走れ! 横道に入れば僕の勝ちだ!
 細い路地の店裏で、壁にもたれかかかると、自然と足の力が抜けて
いった。僕のあとからは誰も来なかった。人のざわめきも聞こえな
かった。
 そっと店の横から首だけを出して、アーケードの様子を見た。そこは、
いつも通り、スーパーへと行き交う主婦たちがいるだけだった。あのオ
ヤジも、ここまでは追ってこなかった。僕は勝ったのだ。
 だが、不思議なことに、少し奥の方に人が群がっている様子が見える。
 不審者のように周囲を見まわしながら、アーケードの裏道を通ってそ
の場所へと近づいた。
「すいません・・・すいません・・・」
 男が地面に手をついて叫んでいる。30代から40代くらいの働き盛
りの男に見えた。そして、その目前には、例のオヤジが腕を組んで立ち
ふさがっている。
「なんで食い逃げなんかしたんだ?」
「すいません・・・すいません・・・」
「すいませんだけ言ってたってしょうがないだろう?」
 どういうことなんだろう。あの店で食い逃げをしたのは、間違いなく
僕だ。だけど、あの店主の前で、別の男がひれ伏している。そして、野
次馬が男を取り囲んで、視線で男を責めたてている。本来なら、そこに
は僕がいるべきだ。
 さらにまずいことに、騒ぎを聞きつけて警察官がやってきた。白い自
転車を道の端へ停め、野次馬のなかに割り込もうとしている。
 とんでもないことになった。間違いない、あの男は僕の身代わりに
なったんだ。どうして謝っているのかはわからないが、あそこで謝るべ
きなのは僕の方だ。
 足が震えた。あの野次馬に責められることを想像するだけで、心臓が
飛び出しそうになる。だけど、このまま見過ごすわけにはいかない。働
き盛りのあの男には子供もいるだろう。食い逃げで警察に連れて行かれ
たら、子供はどう思うか。まして、冤罪なのだから。
「ちょっとすいません!」
 僕が叫んでも聞こえないのか、すぐ手前にいた人間たちが振り返った
だけだった。仕方なしに、集団のなかへと僕は飛び込んでいった。あの
オヤジと目が合った。僕は責められている男の脇に膝をついた。
「違うんです。僕なんです。食い逃げをしたのは僕なんです!」
 事情を知らない警察官が不思議な顔で僕に顔を向けた。
「この人は関係ありません。間違いです!」
 だが、周囲の反応は不自然だった。あんなに鋭い視線をしていたオヤ
ジが、拍子抜けしたようにこっちを見た。隣の男もハッとした顔で振り
返った。
「何わからないことを言ってるんですか。食い逃げをしたのは私だよ」
 今度は僕が驚く番だった。この男は何を言っているんだ?
「違う。食い逃げは僕だ。かばうことないです」
「いや、君こそ、余計な同情はいらないよ」
 周囲がざわつくのだけが耳に入った。警察官が、しゃがみ込んで僕ら
の顔を交互に見た。
「なあ、何を食い逃げしたんだい?」
「カツ丼です!」「カツ丼だよ!」
 恐らく、真相を確かめるための質問だったんだろう。だが、僕と男は
ふたり揃って同じものを叫んでしまった。警察官は頭を抱えた。
「本当です。僕、店の前でカツ丼がうまいって噂しているのを聞いて、
金もないのに、ついつられて入っちゃったんです。本当においしかった。
ほら、ちゃんとカツ丼の臭いがするでしょう?」
 僕は警察官に息を吹きかけた。同じことを男もやった。それでますま
す、警察官は顔をしかめて店のオヤジに向き直った。
「ふたりとも食い逃げと違いますか?」
「・・・い、いや、こっちの男だけでさあ」
 オヤジは急に意識を取り戻したように答えて、隣の男を指差した。わ
からない。あれほど何度も視線を向けていた僕を間違えるなんて。
「本当にすいません。もう二度としませんから。お金もちゃんとお支払
いします。あんなにうまいカツ丼を二度と食べられないなんて嫌ですか
ら。今回だけは勘弁してください」
 男はアスファルトに額をすりつけるようにして叫んだ。僕は呆けたよ
うにその姿を眺めていた。
「どうしますか?」
「い、いや、いいんですよ、こっちはお代さえもらえれば・・・」
 その場が丸く収まると、店のオヤジはもちろん、警察官や野次馬も姿
を消していった。
 だけど、やったのは僕なんだ。食い逃げは僕なんだよ。どうして信じ
てくれないんだ!

 5日後の昼すぎ、仕送りが振り込まれてから、僕はその定食屋に向
かった。昼時はそうとう繁盛したらしく、空の丼がテーブルに散乱して
いた。店のオヤジがひと目僕を見て、苦笑いした。
 僕はカツ丼を頼んだ。以前のようにがっついてはいなかったが、やは
りうまかった。客が誰もいなくなったのを見計らって、オヤジに声をか
けた。
「あの、やっぱり、どう考えても僕が先日の食い逃げなんです。もしか
したら、同時に食い逃げしたのかもしれませんけど。ですから、先日の
お代を・・・」
 オヤジは目尻にしわを寄せて微笑みかけた。
「いいんだ、気にするな」
 やはりと思った。オヤジは僕が食い逃げだって知っていたんだ。
「やっぱり、気づいてたんですね。どうしてですか? どうして、僕を
見逃したんですか?」
「若い頃は、みんな金がねえもんだ。俺だって昔は食い逃げのひとつや
ふたつしたことがあるさ。歳とってからの食い逃げは見逃せねえが、若
いもんならしょうがねえ。・・・まあ、これが建前だ」
 僕のお茶を入れ替えてから、オヤジは話を続けた。
「内緒だが、こいつは全部計画されてたことなんだよ。新しいカツ丼を
作ったんだが、こんなアーケード街の真ん中じゃ客足が伸びなくてな。
だから、わざと食い逃げしてもらって、野次馬の前で宣伝してもらうっ
て寸法だったのさ。まさか、目で合図したとたん、坊主まで一緒に食い
逃げするとは思わなかったぜ」
 理解できるまで時間がかかった。だが、それが本当なら辻褄が合う。
オヤジがこっちをチラチラ見ていたのは、僕じゃなくて、食い逃げ役の
男に向けられたものだったわけだ。
「その人はよく協力してくれましたね。世間の目もあるはずなのに」
「ああ、その点は心配いらねえ。あいつらはプロだからな。プロの食い
逃げ屋だ。はやらない店を宣伝するために、全国を歩いている。世の中
にはいろんな商売があるってことだな」
「あいつら?」
「そうさ。坊主が言ってただろう。店の前で、カツ丼がうまいって噂し
てたヤツがいるってな。連中も全部グルで、本当はあの台詞だって食い
逃げ役の男のものだったんだ。坊主も食い逃げ屋に向いてるかもしれな
いな」
 つまり、僕は彼らの罠にハメられたということか。自然に苦笑いがこ
ぼれてきた。
「まあ、坊主たちのおかげで、最近はこの繁盛ぶりだ。昼もそうだが、
夜にはもっと来る。カツ丼の代わりに、ちょっくらテーブル片づけてく
れないか?」
「はい!」
 薄暗い店内を片づけているうちに、だんだんこの場所が気に入ってき
た。一見、怖そうなこのオヤジも、なかなか人情深いし、まして、食い
逃げ屋を使うところなど、なかなかウィットなジョークに富んでいると
思わないか?
 その日から、僕はこの店でアルバイトを始めた。その後も、カツ丼だ
けは順調に注文されている。オヤジも、次の食い逃げメニューを考え始
めたようだ。

(了)

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    飯田橋氏のホームページ「飯田橋研究会」

       
http://www.iidabashi.nu/

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        発行日:平成12年12月03日
      総発行部数:1,100部 
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