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         ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン

       月 刊 ノ ベ ル ・ 3 月 号

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http://plaza5.mbn.or.jp/~joshjosh/ 


  インターネット上にきら星のごとく散らばる創作サイトの中か
 ら、私(編集人)ジョッシュこと宮崎靖好が独断と偏見(?)に
 基づき選抜した小説を、作者の了解を得てから順次掲載してゆく
 メールマガジンが「月刊ノベル」です。

  コミカル、ミステリ、叙情、ラブロマンス、ファンタジーSF、
 などなどジャンルは多彩ですが、アダルトはありません。

  なお、本編終了後に簡単なアンケートがあります。今後の編集
 に役立てたいと思いますので、なにとぞご協力ください。

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      月刊ノベルは当幅フォントでお読みください。
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  今月の推薦作:男の考え 女の思い  作者:のぼりん

  ジャンル:現代小説        長さ:文庫本6ページ  

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  活字離れや本を読まない若者たちという嘆きがよくメディアで喧
 伝されますが、インターネットの文芸投稿サイトは今、元気一杯の
 様子。中でも新興のNOVEL STREET(通称NS)では、
 第1回のショートストーリーコンテストが開催されていることも
 あって、大変にぎわっています。

  今月ご紹介するのぼりん(松 拳太郎)さんも、このNSの投稿
 作家のひとり。ミステリー、ホラー、史実もの、そして、がっくり
 と力が抜けるショートショートなど、多彩な作品を発表されており
 ます。中でもつい最近発表された本作「男の考え 女の思い」は、
 現代小説というジャンルにしましたが、なかなか良いできばえの掌
 編で、読んだ私も「やられた!」と唸ってしまいました。

  どうぞ、お楽しみください。

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 男の考え 女の思い       のぼりん(松 拳太郎)


 則子は味噌汁に入れるねぎを刻みながら、男とは何て単純な動物な
んだろうと、ふと考えた。例えば、この味噌汁の中に今、毒を入れる
事も、雑きんの絞り汁を入れる事も彼女の意のままである。
 わがまま勝手で、傲慢で…そういう夫の振る舞いがこの家の中で許
されているのが誰のおかげなのか、いつまでもわからないらしい。自
分が妻に人生の行く末までも握られているのだと言う事に、少しも気
がついていない。
 そう思うと、夫がなぜ朝はトーストとコーヒーだけで済ませてくれ
ないのか、という不満も少しは薄れた。トーストに毎朝、味噌汁をつ
けるなんて奇妙すぎる。味噌汁を作る手間よりも、則子は、夫、菅野
のそういうライフスタイルが嫌なのかもしれない。
「刑事って仕事はどうしても外食が多いからな」
 菅野の口癖はいつもこうである。その外食をとる事すらままならな
い妻の立場を考える事はきっといつまでもないのだろう。子供でもい
れば、少しは違うのかもしれないが、こればかりは自分の思いだけで
はどうしようもないことだ。
 籠に閉じ込められた鳥のようだと、則子は自分の事をそう思ってい
る。なぜ、女を家に縛り付けようとするのか、それが男の甲斐性だと
思い込んでいる馬鹿さかげんにうんざりしている。
 則子は、テーブルですでにトーストを頬張りながら、新聞を広げて
いる夫の目の前に、味噌汁の椀を音をたてて置いた。
「あ、ありがとう」
 菅野は新聞からちらりとも目を離さずに、その椀を持ち上げて口に
運んだ。男が単純な動物であると言う理由はこういうところにもある。
ひとつのことに集中すると、わき目を振る事が出来ないのだ。
 則子の朝は、ブラックコーヒーだけである。テーブルの向かいで、
そのカップを手にしながら、新聞紙の向こうにある菅野の顔をそっと
窺ってみた。今日は、どうしても聞いておきたい事がある。
「ねえ、今晩も帰りが遅いの?」
「ああ、今日は張り込み番だからね」
 気の無い返事である。まるで、新聞と話をしているようだ、と則子
は思った。
 男がウソをつくときは、たいがい仕事にかこつけてする。表情が読
めないのでは、その言葉がウソである可能性だって否定できない。
「張り込みって、どこであるの?」
 菅野は答えない。
 その態度に別に悪意があるのではない事は判っている。ただ真剣に
人の言う事を聞いていないのだ。
 男の脳梁は、女のそれに比べてずっと細く、未発達だそうである。
女は逆だ。だから、常に右脳と左脳をフル回転で使用する事が出来る。
一つの事に捕らわれず、同時にいくつもの物事を考え処理する。
 そうすると、人間としての発達度は男よりも女の方が上なのかもし
れない。男はどこまでも動物に近い。一つの事に集中していると、
まったく周りが見えなくなる。つまり、単純なのである。
 ややあって、ふと我に返ったように、菅野は新聞を目の前から下げ
た。
「○○街の駅前だ。君も知っているだろうが、連続婦女暴行殺人事件
の犯人を張り込んでいる」
「新聞で読んだわ」
 どうやらウソではないらしい。菅野の顔を見れば、則子にはすぐに
わかった。「まさか、浮気でもしているのかと疑ってるんじゃないん
だろうな」
 馬鹿な冗談である。笑う気にもならない。
 菅野は、まんざらでもないような顔つきで則子をじっと見ていたが、
すぐに真顔になった。ずるずると音をたてて味噌汁をすすってしまう
と、新聞を横にたたんで身を乗り出した。

「最近始めたという、護身術の道場通い、今日はやめておけ」
「どういうこと、私の数少ない楽しみの一つだわ。」
「あの道場は事件の現場から近すぎる。新聞にも書いているように、
今度の事件の犯人はとんでもないサイコ野郎だ。奴の犠牲者はすでに
八人にも上っている。そのどれもが暴行の後で、両手両足の指、耳、
鼻などを丁寧に切り取り、さらに局部まで抉り取るという無残さだ」
「やめてよ、朝からそんな話は…」
 則子は両手で耳を塞いだ。
「聞けよ」
 菅野は容赦無い。事実をちゃんと教えてやる事が彼女の身を守る事
だと思っている。
「八人の犠牲者の中には、オカマもいるんだぜ。精神異常者の仕業と
しか考えられない。犯行現場は今でこそ集中しているが、いつどこへ
飛び火するのかわからんのだ」
「一週間に一度の事よ」
 ただをこねる子供のようである。
「だめだ、今日は家にいろ」
「あなたはなぜ私を家に縛り付けようとするの。はっきりいって、こ
れは今日だけのことじゃないわ。私だって、日中は時間を見つけてパ
ートに出てみたいとも考えている。少しは余ったお金で、指輪やイヤ
リングを買ってみたいと思うわ。あなたは、私に一度もそんなものを
買ってくれた事はない」
「おいおい、それは今の話じゃないだろう。それに、分不相応な家を
建ててしまったんだ。これが君の望みだったはずだし、少し位の節約
で文句をいうなよ」
「だから、昼にパートに出るぐらいの事はいいじゃないといっている
のよ」

 仕方ない事かもしれないな、と菅野は考えていた。
 男とはかくあるべし、女とはかくあるべし、という古風な家柄に育
った彼は、最初から妻に外で働かせる事など考えもしなかった。だが、
もうそういう時代ではないようだ。二人の間に子供でもいればまた違
ったのかもしれなかった。だが、今のままでは、もはや彼女を家に縛
り付けている理由はまったくないだろう。
 則子がずっと前から言い続けていた日中のパートの件は、すでに許
してやる気分になっている。ここ数年は、家のローンに追われて、彼
女に何一つ贅沢な思いをさせていないのは充分わかっていたからであ
る。
 だが、今日の外出ばかりはどうしても許せなかった。
 もちろん、彼女の身の危険も考えている。同じ曜日に犯行が繰り返
されところを見ると、最も危ない日だからである。しかし、菅野の強
引さには、さらに別の理由があった。
 実は今日のおとり捜査で、菅野は女装しなければならないのである。
女装による巡回が、この手の事件でもっとも有効な手段だという事は、
過去の事例がいくつも証明していた。
 仕事だからそれは仕方ないと割り切ってはいるが、捜査手順にいつ
どんな変更があるかもしれない。隣町の道場に通う則子に、女装のま
ま出会ってしまう可能性だってあるのだ。結婚以来、厳格な夫を演じ
つづけていた菅野がそんな姿を妻に見せられるはずはないではないか。
「とにかく」と、菅野は意固地になっていった。
「今日は家にいろ。体を鍛えたいのなら、最近君が通販で買ったベン
チプレスやサンドバッグが家にあるじゃないか。だいたい、そんな健
康器具ばかり買って、贅沢していないとは言わせないぞ」
 一気に捲し立てた後で、言い過ぎた、とすぐに菅野は思った。彼女
がこのごろ妙に体を鍛えまくっているのは、外の世界に出て行きたい
苛立ちが原因である事はわかっていたからである。
「殺人鬼なんか少しも恐くないわ。なんのために護身術をならってい
るのよ」
「馬鹿!君が9人目の犠牲者になるかもしれないんだぞ」
 則子のあまりにも常識知らずの言葉に、菅野はさらに語気を強めて
大声を出さざるをえなかった。
 いくら護身術を身につけているとはいえ、しょせん女性の力なので
ある。凶器を手にして全力を挙げて向かってくるサイコ野郎にかなう
はずがない。
 例えば、護身術では「金的蹴り」を、必ずもっとも有効な業のよう
に教える。ところが、互いに興奮し、気が動転している現場で、的確
に狙い蹴りができるはずはないのである。逆にへたな事をすると、か
えって相手を激昂させ、助かる命も助からなくなる事だってあるのだ。
だが、それをたとえ一から説明したとしても、女が理解できる頭を持
っているとは思えない。
 菅野には次の言葉が見つからない。
 思わず、鉄槌を力いっぱい振り下ろしていた。空気が張り裂けるよ
うな音がして、テーブルに置いた調味料の小瓶が生き物のように跳ね
た。それを合図にするかのように、則子はテーブルに突っ伏して声を
上げて泣き出した。
 最後はいつもこうだ。
 菅野は、いつまでも泣き止まない妻の背中をにがにがしくにらんで
いた。
 結局、女という奴は良い悪いじゃない、感情がすべてを支配してい
るんだ。どうしようもないほど…。

 家を出ていく菅野の気配を、テーブルにうつぶせたまま確認すると、
則子は何事も無かったような顔をしてすぐに立ち上がった。あの場で
は泣くより仕方なかった、だからそうしただけのことである。
 女は、悲しみや悔しさなどなくても、泣くことを自在に操れる能力
があるのを男は知らない。
 顔を洗って服を着替え、ガレージに吊るしたサンドバックの前に立
った。
 二三度、回し蹴りを入れてみる。いい音である。調子のいい時でな
ければこんな音はでない。
 則子は、夫のつまらない説教などに従うつもりはまったくなかった。
今日は何があっても外出するつもりでいる。もちろん、菅野のいる街
とは反対の方向だ。
 それにしても男の脳みその単純さにはあきれる。猟奇殺人の犯人と
いえば、サイコ野郎だという思い込みがある限り、いつまでたっても
見つけることなどできはしないだろう。
 鏡台の小物入れの中に、則子には不似合いに高価な八個の指輪と、
八組のピアスが入っている事。そして、外出用のショルダーバックの
中には、今、味噌汁のねぎを刻んだばかりの包丁が入っている事も…。

(完)

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