_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ま
じ め な 小 説 マ ガ ジ ン
月 刊 ノ ベ ル ・ 7 月 号
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http://plaza5.mbn.or.jp/~joshjosh/
インターネット上にきら星のごとく散らばる創作サイトの中か
ら、私(編集人)みやざき(ジョッシュ改め)が独断と偏見(?)
に基づき選抜した小説を、作者の了解を得てから順次掲載してゆ
くメールマガジンが「月刊ノベル」です。
コミカル、ミステリ、叙情、ラブロマンス、ファンタジーSF、
などなどジャンルは多彩ですが、アダルトはありません。
なお、本編終了後に簡単なアンケートがあります。今後の編集
に役立てたいと思いますので、なにとぞご協力ください。
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月刊ノベルは当幅フォントでお読みください。
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今月の推薦作:缶蹴り 作者:KOZY
ジャンル:叙情 長さ:文庫本4ページ
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インターネットには様々な文芸投稿サイトがありますが、中でも
ノベルストリートさん主催の「ショートストーリーファイトクラブ」
は、今年始まったばかりのアマチュア作家向け匿名コンクール(投
稿作品の作者名を公表しないで、人気投票を行う)ですが、多数の
書き手および読み手を集めて、にぎわっております。
今月ご紹介するKOZY氏は、この「ファイトクラブ」の第1回
で金賞、第2回で銅賞と、安定した評価を得ている方です。ホラーか
ら爆笑ショートショートまで幅広い作風の氏ですが、今回は編集人の
好みにより、第2回ファイトクラブで銅賞を受賞された「缶蹴り」を
お届けいたします。
どうぞ、お楽しみください。
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缶蹴り KOZY
「お兄ちゃん、遊ぼうよ」
仕事も人付き合いも、金銭欲も何もかもがいやになって会社を抜け出
し、公園のベンチでぼんやりしている時、その声は聞こえた。
顔を上げると、少女はニッコリと微笑んだ。邪気のない輝くような笑
顔。
「遊ぶって…君のお友達は?」
周りを見渡して聞いてみる。すると、少女はやや哀しげに首を振った。
公園には、誰もいなくなっていた。腕時計を見ると、午後5時前。ま
だ陽は高いが、他の子供たちは帰ったのか、塾へ行ったのか…。この娘
も、先ほどまでは子供たちと遊んでいたのだろう。置いてきぼりを喰
らってしまった訳だ。そう考えると、少女が可哀想になってきた。子供
が好き、というわけではない。どちらかといえば嫌いだ。無神経でギャ
アギャアうるさいだけの存在。もちろん、自分にもそんな時代はあった
のだろうけど、その辺は棚に上げておく。大人というのはそういうもん
だ。
だが、目の前の少女は、そんな子供たちとは少し違っていた。控えめ
で他人に気を使うことを知っている。それでいて天真爛漫な明るさをも
身に付けているようだった。
つぶらな瞳はキラキラと輝いて、頬は今どきの子供にしては珍しいほ
ど紅い。おかっぱに切り揃えられた黒髪も、彼女には似合っていた。
可愛い。
正直にそう思った。と言っても、僕は決してロリコンではない。なん
というか、父性を刺激されるとか、そんな感じだった。
「みんな帰っちゃったのか。君は帰らなくていいの?お父さんやお母
さんは?」
後になって、万一僕が彼女をイタズラ目的で連れまわしたとか、誘拐
したとか騒がれるのは困るので聞いてみる。
「いないの」と少女は答えた。口調はしっかりしていたが、淋しそう
な響きは隠せなかった。
憐憫の情が、ますます強くなった。何とか彼女を励ましてあげたい。
少しぐらい遊んであげてもいいだろう。どうせ会社に戻ったところで、
何をするというわけではないし…。
「いいよ、遊ぼう。でも、何して遊ぶ?」
彼女は再びニッコリとして、「これ。缶蹴りよ」と言った。
カーン!…
遠い過去の響きが、僕の頭にこだまする。夕陽で茜色に染まった世
界…。
これは…?
何かを忘れているような…そんな感覚が僕を捉える。
「どうしたの?」
少女の声で、僕は現実に引き戻される。
「いや。なんでもないよ」
僕は、はっと息を呑む。少女の中に、昔の知り合いの面影がだぶって
見えたから。
あの子は、彼女は…?
「じゃあ、お兄ちゃんが鬼ね。私、隠れるから」
うむを言わせぬ口調でそう言うなり、少女は持っていた空き缶を地面
に立て、力いっぱいという感じで蹴り上げた。
カーン!!
ああ、この音。この響き。これは…。
僕の記憶の中、眠っていた部分が雪どけのように表面ににじみ出てく
る。昔、子供だったころ、大流行りだった缶蹴りの思い出。それを、な
ぜ忘れていたのか…。
転がる空き缶を追って、僕は公園を横断する。夕陽に照らされ、地面
が茜色に染まる…いや、これは現実ではない。実際には、まだ夕陽と呼
ぶには、太陽は高い位置にあり過ぎた。光線もまた、茜色でなく…。
息切れが激しい。日ごろの運動不足がこんな時に…それだけか?この
胸の苦しさは…。
缶に追いつき、足で踏んで止める。それを手にとって少女の方を振り
向くと、そこにはすでに彼女の姿はなく、ガランとした広場が広がって
いるだけだった。なんて素早い。もう隠れてしまったのか。
本当に?
過去の僕が問い掛けてくる。本当に隠れたの?帰ってしまったのでは
ないの?
本当に?本当に…。
どうして帰ってしまったの?どうして…どうして…。
これは…。
自ら封印した過去の記憶。それが少女との出会いで甦ったのか。
僕の記憶はあの日に帰る。決して忘れてはならなかったはずの、あの
最後の日に。
ようやく、思い出せたあの日の出来事に…。
ちょっとしたイタズラだった。男の子たちに混ざって缶蹴りで遊ぶ女
の子を、少し困らせてやろう。その程度のことだった。女の子が鬼と
なったとき、僕は思い切り缶を蹴った。茜色の空に舞った空き缶は、公
園の森へと消えた。それを女の子が慌てて探しに行く間に、僕たちは隠
れるのではなく、各々の家に帰ったのだった。
本当に、ちょっとしたイタズラだったのに…。
その夜、女の子は戻らなかった。
次の日も、その次の日も…。
彼女は消えてしまったのだ。
あの日、あの森で。
僕たちの、いや、僕のせいだったんだ。
後に聞いた話では、彼女は誰かに手を引かれて公園を歩いていたらし
い。身代金等の要求がなかったことから(彼女の両親はすでに他界して
いたのだが…)、変質者の仕業ではないかという噂だった。
あんなイタズラをしなければ…。
今にして思えば、僕は女の子が好きだったのだろう。イタズラは屈折
した愛情表現だったのだ。あれが僕の初恋。そして、その初恋は完結す
ることなく、僕の中でくすぶり続け、結果として僕は…。
ふと気づくと、少女が目の前に立っていた。ひどく心配そうな顔をし
ている。周りは、いつの間にか茜色に染まっていた。少しのつもりが、
随分長い時間、僕は考え込んでいたようだ。いつまでも探しに来ないの
で、出てきてしまったのだろう。
「どうしたの?悲しいの?」
少女に問い掛けられ、初めて自分が涙を流しているのに気がついた。
涙は頬を伝い、手に握りこんだ空き缶にポタポタ落ちていた。僕の中
に、こんなに悲しみが蓄積されていたなんて…。
僕は無意識に尋ねた。
「ねぇ…君の名前は…?」
「…マキ」
ああ!
僕は思わず、抱きついた。
少女に。女の子に。マキに。
マキは最初、びっくりして身体をじたばたさせたが、僕が「ごめんよ、
ごめんよ」と繰り返すうちにおとなしくなった。
やがて、マキの手が僕の頭に触れ、恐る恐るながらも撫で始めたのを
感じ、僕はさらに泣いた。「ごめんよ」を繰り返しながら。
「…もういいよ」
マキの声がそう言った。その静かな聖なる声は、僕の全身に染み渡り、
凍土のごとく固まっていた心の底の何かを、みるみる溶かしていった。
そしてその跡に、別の何かが流れ込み、僕の心は満たされた…。
僕はマキから離れ、正面から向かい合い、そして言った。
「行こう。誰も君をいじめない、君を悲しませない、そんな世界へ…」
僕は右手を差しのべる。あの日、マキが自らの意思で僕の手を握り返
してくれたであろう事を信じて…。
<了>
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