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         ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン

       月 刊 ノ ベ ル ・ 8 月 号

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        http://plaza5.mbn.or.jp/~joshjosh/


  インターネット上にきら星のごとく散らばる創作サイトの中か
 ら、私(編集人)みやざき、が独断と偏見(?)に基づき選抜し
 た小説を、作者の了解を得てから順次掲載してゆくメールマガジ
 ンが「月刊ノベル」です。

  コミカル、ミステリ、叙情、ラブロマンス、ファンタジーSF、
 などなどジャンルは多彩ですが、アダルトはありません。

  なお、本編終了後に簡単なアンケートがあります。今後の編集
 に役立てたいと思いますので、なにとぞご協力ください。

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      月刊ノベルは当幅フォントでお読みください。
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  今月の推薦作:ハードル      作者:みぃしゃ

  ジャンル:現代(叙情)      長さ:文庫本9ページ  

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  インターネットで「小説」と検索すると、実に10000を越える
 サイトがヒットします。プロ、アマチュア問わず、手軽に開けるウェ
 ブサイトならではのことでしょう。この手軽なインターネットですが、
 もうひとつ特徴的なことは、それぞれのサイトが、書き手側のデザイ
 ンになっていること。つまり、書き手が編集者、装丁者、あるいは場
 合によっては宣伝担当にもなり、自らのサイトを演出しているという
 ことです。
  今回ご紹介するみぃしゃ(MEXIA)さんですが、サイトを訪問する
 とすぐにわかるのですが、そういうインターネットの自由さをふんだ
 んに感じさせてくれます。自身の創作小説はもちろん、ホームページ
 素材やグリーティングカードのデザインといった、彼女の可能性がサ
 イトいっぱいに展開されています。
  小説でもミステリーから叙情まで幅広い作風ですが、今月の推薦作
「ハードル」は読んでいてとても心を動かされた作品でした。
  どうぞ、お楽しみください。

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  ■ハードル      みぃしゃ

 案内されたのは、必要最小限のものだけを配置した殺風景な部屋だっ
た。須田奈津子は幼い娘の手を引き、無造作に置かれたパイプ椅子に腰
をかけた。
 書類から顔を上げたふくよかな女性の胸には、名前と肩書きの書かれ
たプレートが下げられている。児童福祉施設の相談員は、小児精神科の
医師でもあるらしい。
 かなり緊張気味の奈津子をよそに、亜梨沙は見なれない部屋を興味深
くきょろきょろと見まわしていた。
「時々人の話しが聞こえないようなんです」
 娘が言葉を少しづつ理解するようになった頃から、普通とちょっと違
う事に不安を感じていた。すぐ側から話しているのに、聞こえない素振
りを見せることがしばしばあった。最初は耳に異常があるのかと考えた
が、遠くからの呼びかけに答えたり、ぼそっと呟いた独り言に反応した
りもする。
「耳鼻科の検診は受けられましたか?」
「はい。ABR(脳波聴力検査)も、念の為に受けたレントゲンやCT
でも正常でした。ただ、検査では確認できなくても機能性難聴の場合が
あると。それに……」
 そうあって欲しくないという気持ちから、次ぎの言葉が出てこない。
「自閉症の心配ですか?」
 聞きたく無い言葉を言われ、今にも泣き出しそうに、ぼそりと呟いた。
「耳の異常ではなく脳障害、自閉症の疑いがあるんではと言われました」
 奈津子の言葉を最後まで待たず、突然亜梨沙へ視線を落とす医師に、
動揺していた。障害があるのなら、早期に発見しなくてはと思う反面、
障害児と診断されたらどうしようという気持が複雑に入り混じる。
「亜梨沙ちゃん。たいくつじゃなぁい?」
「平気。窓見てるから」
「窓から何が見えるのかなぁ?」
「ポッポ。ポッポね、亜梨沙見てるの。顔がね、こんなだよ。面白〜い」
 鳩の首を振りながら歩く様子を真似しながら、楽しそうに話す様子は
どこから見ても健康な女の子だった。
 しばらく亜梨沙とたわいもない会話をしたあとで、医師は聞こえてい
ないときの状況について尋ねた。奈津子は今までの事を思い出しながら、
色々な状況での亜梨沙の様子を細かく話した。
「特に、主人との会話がうまくできないんです。普段会話する時間がな
いので、休日になると主人にじゃれついて。適当に相手をしてるんです
が、同じ事を何度も聞いたり、無視されたと怒ったりするんです」
「亜梨沙ちゃんが心のどこかでお父さんを嫌ってたり、怖がってたりす
ることはありえませんか?」
「いえ、反対に構ってもらいたいばかりで」
「会話の他に気なることはありますか?たとえば、物や順番への固執、
あとはだっこを嫌がるとか」
「いえ、特に他には。」
 亜梨沙は何時の間にか窓にへばりつき、鳩を眺めて一人はしゃいでい
る。
「心配されている自閉症ですが、特徴ともいえる言葉の遅れ、パニック、
こだわりも見られませんね。対人拒否や接触拒否の心配もないようです
し……。もうしばらく様子をみてはいかがでしょうか?」
「自閉症ではないんですね?」
「自閉症は先天的な脳障害ですから、2〜3歳ころから症状が見られま
す。亜梨沙ちゃんは4歳ですし、心配いりませんよ」
 ひとまずはほっとする奈津子だったが、聞こえていないことがあるの
は事実。機能性難聴には、心因性の場合もあると聞いている。どちらに
せよ手放しに喜べる状態ではなかった。
「お母さんが元気出さないと。会話が通じなくて哀しいのは亜梨沙ちゃ
ん本人ですからね」


 小児精神科へは定期的に通院するものの、「たぶん機能性難聴でしょ
う」という曖昧な病名に不満を持ちながら、自然回復を祈るしかない日
々が続いていた。
 亜梨沙も小学3年生になり、一人前に大人顔負けの会話をするころに
なると、改めて気づくことがあった。
「お母さん。Mデパートにねぇ、かわいいスカートがあるんだよ。友達
が今日来てたの。ねぇ買ってぇ」
「そのうちね……」
「ねぇ。買って買って」
「だから……そのうちね」
「どうして無視するの。もういいよ。お年玉貯金で買うもん」
 無視という言葉にはっとした奈津子は、怒って自分の部屋へ行こうと
する亜梨沙を呼びとめた。
「亜梨沙。今度の誕生日プレゼントでいいなら買ってあげるよ」
 亜梨沙は蔓延の笑みを浮かべて小躍りしている。その様子を見ながら、
奈津子はばかげたことを考えていた。
(あの子、曖昧な返事や、適当に取り繕って言ったことだけが聞こえな
いんじゃ……。まさかね。そんなの医学的に有り得ないわよね)
 たぶん、いい加減に答えていることが表情に出てしまって、それを心
で悟っているのかもしれない。心因性という言葉が頭を過る。そうだと
したら、原因は自分たち親だと自らを責めるしかなかった。

 だが、中学生になった亜梨沙からそれとは別に不思議な事を聞く事に
なった。それは、ある俳優の声がいいと話していた時だった。
「お母さん、この人に会ったことあるの?」
「まさか。どうしてそんなこと聞くの?」
「声がステキって、まるで本人に会った事があるみたいな言い方なんだ
もん」
「亜梨沙もTVで聞いてるじゃない」
「それはTVの音でしょ。この人の声は聞いたことないよ」
 奈津子には何の事やさっぱりだった。亜梨沙がどういう意味で言って
いるのか。TVでは演じている声で、本人本来の声ではないという意味
なのだろうか。そんなことを考えているところへ、亜梨沙が話しを続け
た。
「声って言えばさぁ。この間友達とライブに行ったでしょ。やっぱり本
物は違うよぉ。CDはみんな音一緒じゃない。ライブに行かなきゃ、そ
の良さはわからないよね」
「? CD聞いても、みんな同じ声に聞こえるの?」
「CDなんて多少違いはあっても結局『音』でしかないじゃない」
 ライブの様子を思い出し、興奮気味に話しをする亜梨沙の横で、奈津
子はいつかの馬鹿げた考えを思い出していた。
(この子は、感情を持った声、意志を持った声しか聞こえないっていう
事? それ以外はあくまでも音でしかないの? そんなことが本当に有
り得る?)
「ちょっと聞くけど、亜梨沙って電話が苦手だよね? どうして?」
「みんな同じに聞こえるし、音だから感情が掴めないっていうか、うま
く言えないけど苦手」
 信じられない気持ちと、やはりそうだったんだという気持ちで、奈津
子の頭の中は混乱していた。
「もうひとつね、お父さんとうまく会話できないでしょ?その時って、
どんなふうに聞こえてるの?」
 つい今しがたまで顔を高潮させていたのが嘘のように、暗く沈み、と
ても辛そうな表情になった。
「お父さん、私の事嫌いなんだよ」
「どうしてそんなふうに思うの?」
「『もういい!』って怒鳴ったり『どうせ聞いてないか』ってそっぽ向
いたり・・私と話したくないのよ。」
 瞳いっぱいに涙を浮かべ、それでも涙を零さないようにと我慢してい
た。
「そんなことないわよ。仕事が忙しいから、ぼーっとしていたい時があ
るだけよ。本当は亜梨沙と話したいのに、うまく言葉にできないから、
自分自身にイライラしちゃうのよ」
 奈津子の考えが正しければ、仕事に疲れ、ついつい曖昧に返事をして
しまう父の声は、彼女に届かないのだろう。
「これからいっぱい話したらいいじゃない」
 亜梨沙は、ぽろぽろと零す涙を拭いながら、しゃくりあげそうな息を
こらえ、静かにこくりと頷いた。
 医学的な説明はどうでもいい。心を持って話しさえすれば、亜梨沙と
何の問題もなく会話ができるのだ。何の手の施し様もなかった今までに
比べれば、いくら非現実的でもこの状況を受け入れられる。
 心の靄が晴れていくのを感じた奈津子の耳に、着信を知らせる電話の
ベルが鳴り響いた。


「須田さん。須田秀樹さん」
 この日、何度目かの検査結果を聞かされる事になっていた。ICUで
横たわる、呼びかけにも反応しない秀樹を見て以来、気の休まる時はな
かった。
「左脳の言語中枢部分からの出血が原因ですね。今現在、出血は収まっ
ています。1週間後に脳に溜まった血液を抜く手術を予定しています」
 MRI写真を見ながら淡々と説明する医師がとてつもなく冷酷な人間
に見えてしまう。
「今は脳圧が上がっていますので意識状態が良くありませんが、術後は
安定しますから」
 ほっと胸をなでおろす暇もなく医師は続けた。
「ですが、かなりの障害は残ります。うまく回復できて左半身が使える
レベルです。右半身麻痺、言語障害、物の形の認識障害など、様々な障
害が残ることを認識しておいてください」
 何ということだろう。数日前には、父娘の会話を思い浮かべ、心から
喜んでいたというのに。こんな皮肉があるだろうか。奈津子は神を恨み
たい気持ちにかられていた。
 後に続く医師の言葉は、今後病状が急変する可能性があることや、そ
の後の手術の成功率など、耳を塞ぎたくなるような話ばかりだった。

 秀樹が倒れてからの一週間、検査に次ぐ検査、心配でいても立っても
いられないというのに、ICUの面会はせいぜい4〜5分。挙句の果て
に医師から「今はまだ、はっきり言えない」と病状すらわからない状態
だ。次ぎの手術が成功して安定するまで、また同じような一週間を送る
のかと奈津子も亜梨沙も胸が締めつけられる思いだった。

 手術はわずか1時間あまりで終了した。「成功です。」という医師か
ら見せられたのは僅か15ccの血液だった。以外に短かった時間と、
抜き取られた血液の少なさに、たいしたことはなかったのでは?障害も
残らないのでは? と希望を胸に抱いた。
「もう命の心配はいらないでしょう。ですが以前お話したように障害は
かなり残ります」
 ほんの小さな希望さえ、わずか1秒で打ち消されてしまった。


 術後10日もすると、寝たきりではあるが秀樹に元気さが戻りつつ
あった。顔つきも以前と同じに戻り、休日にベッドでゴロゴロしている
様子と何らかわらないように思える。ただ、言葉は「うん」と頷く事が
精一杯だった。
 麻痺で固まりつつある半身のマッサージ、上体を起こすなどリハビリ
も少しずつ始まったが、かなりの痛みを伴うらしく、ほんの少しだけ動
かすにも秀樹の顔は苦痛に歪んだ。
 何よりも哀しかったのは会話ができないことだった。こちらの言うこ
とは理解できていても、言葉にすることができない。奈津子が平仮名を
紙に書き、指し示したら?と伝えたが、書かれた文字を認識できないで
いた。やるせない気持ちを秀樹に悟られないようにしながら「少しづつ
良くなってますから、大丈夫ですよ」と、その紙をそっとゴミ箱に捨て
るしかなかった。

 1ヶ月以上も同じような状態が続き、上手く伝えられないことに苛立
つ秀樹を見るのが辛くて、奈津子も話し掛けることを控えるようになっ
ていた。
 だが、亜梨沙はそうではなかった。返事がないとわかっていても、そ
の日の出来事を話したり、たわいもないことこと尋ねたり、父の言葉を
待って繰り返し話しかけていた。
「お父さんまだおしゃべりできないんだから」
 その様子を見ている奈津子は、ストレスが溜まるのではないかと心配
でならない。
「大丈夫だよ。私と違ってちゃんと聞こえるんだもん。話したくなった
ら話してくれればいいんだよ。今までだってそうだったじゃない。私は
お父さんの声、あまり聞こえなかったから……。今までと一緒だよ」
 この時、忘れていたことを思い出した。ばかげた発想。それでいて確
かな結論を。
「ねぇ?伝えたいことがあったら、今のお父さんの言葉で話せばいいの
よ。たとえそれが声にならなくても」
 秀樹はその本当の意味を知らないまま、精一杯気持ちを込めてつぶや
いた。
「あ……ぅ……」
 その瞬間に亜梨沙が立ちあがり、父の手を握り締めた。
「お父さん話せたじゃない。『ありがとう』って言えたじゃない」
 亜梨沙なら聞き取ることができる。そう思った奈津子だったが、それ
でもやはり驚かずにはいられなかった。
「おぅ……あぅ……」
「どうして言うことがわかるかって?わかるよ。お父さん、一所懸命話
してるんだもん。私にはお父さんの声が良く聞こえるよ」
 信じられないという顔をした後で、秀樹の頬を涙が伝っていった。
「ぅが……おぅ……ぐぅ……」
「何あやまってるのよ。これからいっぱいいっぱい話せばいいんだよ。
今までの分もいっぱいいっぱい……」

 電話を受け、病院に駆けつけた時から、もう無理だとあきらめていて
ことが、今、叶ったのだ。
 何という大きな代償だろう。娘との会話を得るために、半身の自由を
失い、言葉を失ってしまうとは。それでも夫は前向きにこの病気と戦っ
ていける。亜梨沙が支えとなってくれる。言葉は失っても「声」は失っ
ていないのだから。
 長年抱えてきた亜梨沙の障害。そしてこれから先、いつまで続くかも
わからない夫の障害。それでも奈津子は今まで以上に、これからに希望
を持って生きていけると確信するのだった。

「なぁに、お父さん?トイレ?」
 横たわる秀樹の口元はぎこちなく、その声は相変わらず発しているの
かさえ定かではない。
「お母さん、ちがうよ。お父さんは喉が乾いたって」
 振りかえる奈津子は、娘を見つめるとにっこりと微笑んだ。
「本当に亜梨沙はお父さんのことがよくわかるのね」
 その傍らで、照れたように、そして嬉しそうに父親が笑う。
「だって、親子だもん。当たり前だよ」
 消毒臭が染みついた何もない白い部屋の中で、穏やかな時間が流れて
いた。

                 THE END.

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        発行日:平成13年8月1日
      総発行部数:1,100部 
      編集・発行:MiyazakiBookspace mbooks@dream.com
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