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         ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン

       月 刊 ノ ベ ル ・ 12 月 号

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http://www2c.biglobe.ne.jp/~joshjosh/novel/


  インターネット上にきら星のごとく散らばる創作サイトの中か
 ら、私(編集人)ミヤザキ、が独断と偏見(?)に基づき選抜し
 た小説を、作者の了解を得てから順次掲載してゆくメールマガジ
 ンが「月刊ノベル」です。

  コミカル、ミステリ、叙情、ラブロマンス、ファンタジーSF、
 などなどジャンルは多彩ですが、アダルトはありません。

  なお、本編終了後に簡単なアンケートがあります。今後の編集
 に役立てたいと思いますので、なにとぞご協力ください。

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      月刊ノベルは等幅フォントでお読みください。
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  今月の小説:賽の河原      作者:広東

  ジャンル:現代         長さ:文庫本6ページ  

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 つい最近手にしたのが宮部みゆき作「ドリームバスター」という単
行本でした。推理作家の書く「ファンタジー小説」というキャッチコ
ピーに惹かれたのですが、実際読んでみると(私はあんまりファンタ
ジーは読まないけれども)やっぱり謎が一杯のミステリー仕立てで、
ぐんぐん読み進めます。
 ふと思うのですが、こういうジャンルという枠を嵌めてしまうこと
はある意味、かなり危険なのではないのでしょうか。宮部みゆきとい
うベストセラー作家と、インタネットのアマチュアライターとを比較
論じるというのは、双方に失礼かもしれませんが、今回、ご紹介する
広東氏はガンガンのホラー小説をずっと書いておられる方で、そうい
う分野に嗜好のない人にはあまり読まれないという状況にあります。
 ところが、今回ご紹介する「賽の河原」では、氏がホラー度をぐっ
と抑えたせいか、ノベルストリートのコンクールで編集部賞とも言え
る「道端の花」賞を獲得しました。
 よく読むとホラーの香りはするのですが、やはりそういうバックボ
ーンがあるからこそのこういう静謐な作品が書けるのだろうと、感じ
ました。どうぞお楽しみください。
 
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■賽の河原       広東

 やっと取れた一月遅れの夏休みを利用して、私は一人温泉地に逗
留していた。熟年層向けの生活情報誌の編集部に勤務しているとい
うこともあって、同僚に教えてもらった温泉街はちょうどいい具合
にひなびていて寛ぐことができた。ついでに何らかの取材もできれ
ばと考えていた矢先、立ち寄ったバーで隣り合った人物から
「ちょうどこの時期、ここでは珍しいお祭が催されるんです」との
話を聞いた。
 祭も、それが行われる「賽川」という名も初めて耳にする名だっ
た。よくよく聞けばこの地の祭神は遠い恐山神社の分祀という話も
あるらしい。
 短く刈上げた髪に丸い顔、細く柔和な目が特徴的なその男に、な
ぜか私は好感を覚えた。
「ぜひ案内してください」
 千蔵と名乗るその役場職員に、私は祭の案内をしてもらえるよう
に頼み込んだ。

「そろそろ時間ですね」
 千蔵氏が腕時計を見て言った。祭の始まりに合わせるかのように、
辺りには靄が立ち込め始めていた。
 私たち観客は広い河原の端から土手にかけて立っていた。祭とは
言えそれにつきものの露店も喧しく鳴るラジカセの音楽もなかった。
それでも少なくとも数百人の人間が集まって来ていることは見て取
れた。昨日までの残暑の名残が嘘のように、彼岸前の午後の風は、
半袖のポロシャツには肌寒くすら感じられた。
 河原に立てられた無数の木杭の前には、いつの間にか稚児の衣装
をまとった大人たちが立っていた。
「彼らは積み子(つみこ)といって、町の人間が務めるんです」
 上流の方から鈴の音が、それに合わせて唄声が聞こえてくる。そ
れは経文とも御詠歌とも聞き取れた。
 稚児の扮装をした積み子たちはその場に跪き、

 一つ積んでは父のため
 二つ積んでは母のため

 繰り返しに唱えながら杭の前に石を積み始めた。鈴の音、唄にそ
の声が唱和していく。
 30センチほどの石塔を積み上げると、後ろに並んだ一般の人間
と交代していった。
 それぞれ、木杭の前に跪き、ある者は懐中から小さな位牌を出し、
手をあわせてから最初の塔の横に石を積んでいく。同じような高さ
まで積み上げると、さらに次に並んだ人間と交代していく。次第に
木杭の前にはいくつもの石塔が並んでいった。

「後ろに並んでいるのは、この町の方々ばかりではないんでしょう
ね。しかし…変わったお祭ですね」
 小声で呟くと、千蔵氏は細い目をさらに細めるようにして説明を
始めた。
「祭というよりも供養の儀式なんでしょうかね。最初に童の格好を
してたのが町の人間です。それから、5歳までに亡くなった子供を
持つ親御さんが、供養のためにあぁして石を積むんだそうです。
けっこう、全国からいらっしゃる方も多いようでね」
 幼くして亡くなった子供、その言葉に心臓の裏側がきしみ音をあ
げたような気がした。
「もっとも、最近じゃやむなく堕ろした水子の供養で来る女性も多
いらしいですが。あぁ、一人一人確認を取るわけじゃないんですけ
れども…“賽川”って名も、この場所の別名『賽の河原』から取っ
たという話もあるらしくて…」
 最近になってやっと落ち着いて向き合えるようになった記憶が、
再び心を苛んでくるような思いに囚われ、私はこの場に来たことを
今更に後悔し始めていた。
 唄と、鈴の音と

 一つ積んでは父のため
 二つ積んでは母のため

 の声、そして河原を歩く人々の足音だけが聞こえてきていた。靄
はいよいよ濃くなり、空気にねっとりとした重みすら感じられるよ
うに思えた。

 祈り、石の塔を積んでいく人々の中に、私は見覚えのある顔を見
つけた。
 私が知る背中の辺りまで伸ばした黒髪ではなく、明るい色の髪は
ショートカットになっており、横顔はほんの少しやつれた様子だっ
た。さらには靄のために朧気だったが、それでも間違いなかった。
 5年前に別れ、以来電話で時折話すだけになっていた、かつての
妻だった。
 (あいつも来ていたのか)
 彼女が祈るとするなら、私が知る限りではたった一人の少女、彼
女と、そして私の娘のためのはずだった。

 妻は石塔を積み終えると、木杭に向かってもう一度手を合わせて
から周囲の観客の輪の中に戻った。私が立つ場所からは10メートル
ほどしか離れていなかったが、私には気づいていない様子だった。
 一人の幼い少女が妻の脚に縋っている。妻は少女の髪をなでなが
ら、何か語り掛けていた。私の知らない再婚相手との間にもうけた
子供なのだろうか。その横顔は私の知る彼女に良く似ていた。

 唄と鈴の音は続いていた。
 そして積み子達の声。
 その低い声の中に幽かな高い声が混ざっているのを耳にした。
 靄の中、木杭と石塔、そして祈りを捧げる大人達の合間を縫って
走り回る、数人の幼い子供の姿が朧気に見えた。
 恐らくは妻と共にいた少女のように、この祭の意味も知らず大人
達に連れられた子供だろうか。
 行儀の悪い…と舌打ちした私の目の前で、祈りを終えて土手の方
に戻る初老の紳士に、走ってきた一人の少年がぶつかった。いや、
ぶつかりはしなかった。子供は男性の下半身辺りを、何の抵抗もな
くするりと走り抜けたのだった。男性は何も気付かずにそのまま歩
いていった。
 横に立っている千蔵氏も全く気づいていないようだった。自分が
今目にした様子を語ると、
「あぁ、津田さんは“見える”方なんですね」
 千蔵氏はこともなげに言う。
「見えるって?」
「恐らく…津田さんに見えている子供はこの世のものではないんで
すよ。幸か不幸か私には子供の姿なんて今まで一度も見えたことが
ないし、声だって、ほら、あのお経みたいな声しか聞こえないんで
すが…たまに今の津田さんみたいに、『子供が走っているのが見え
た』と言う方もいらっしゃいますよ、本当、極々たまに、ですけど
ね」
 その子供はしばらく行ってふと立ち止まると、所在なげに辺りを
見回した。そして他の子供たちの姿を見つけると、そちらの方向へ
駆け出して行った。少年の姿は白い靄に溶け込むように消えていっ
た。
 その時になって初めて、子供たちの足音が全くしないことに私は
気付いたのだった。
 この世のものではない子供…日常生活なら笑い飛ばすか、さもな
くば恐ろしくなるような話も、白い靄の中で祭の様を見ている今は、
奇妙にも素直に信じることができた。
 足音をさせないで駆け回る子供たち、あの子たちも幼くして親元
を離れ、彼岸に渡ったのだろうか。
「私もあちらでお祈りをしてきますよ、子供たちの姿を見たんです
からね」
「それがいいでしょうね」
 私は近くの木杭のところに行き、前の人物たちと同様に石塔を積
み、祈りを捧げた。私に見えた少年と、そして恐らくは彼女も祈っ
たであろう、私達の娘に。

 祈りを終えて輪に戻り、私は祈りを捧げる人々を見ていたが、妻
と共にいた少女が私の足元に立っているのにふと気付いた。
 妻が立っていた方を見やると、俯き加減で口元を押さえ、土手の
方に小走りに上っていく彼女の背中が見えた。
「君のお母さん、あっちに行ったよ」
 少女は不思議そうな表情で首を少し傾けて私の顔をじぃっと見て
いる。千蔵氏は上流の方に設けられた仮設テントに行ってくると言
い置いて歩いていった。
 辺りを覆う靄のせいか、少女の姿までが幽かにぼやけて見えた。
まさか、この少女も私にしか見えないなんてことはないだろう。先
ほど、妻もこの少女と語らっていたではないか。
「お母さんはどうしたんだい、行ってしまうよ」
 少女は無言のままだった。その顔はやはり妻と良く似ていたが、
同時に、私はこの少女を知っているという思いが浮かび、離れなく
なった。
「まさかっ…」

 何の根拠もなく突然、私はその少女が死んだ娘の成長した姿と
悟ったのだった。

 私達にとって初めての子供だった。
 臨月の3ヵ月前から、息子でも娘でも名前は決まっていた。娘な
ら「莉沙」だった。
 その日、自分は取材で海外に行っており、家を空けていた。
 予定日にはまだ2ヵ月早かったが、自分の仕事や、元々あまり折
り合いの良くなかった姑の入院などでの気苦労がたたり、急に産気
づいた妻は病院に担ぎ込まれ、女児を出産した。
 娘は手当ての甲斐もなく、2日後に短い命を閉じた。
 父からの連絡で急いで帰国した私が病院に駆け付けたとき、娘は
既に小さな冷たい陶製の容器に収められていた。
 娘の死という現実は2人それぞれに重苦しくのしかかり、半年後
に私達は離婚した。

「莉沙か…莉沙なんだね。ごめんな、パパを許してくれ。パパは莉
沙のことを忘れようとしていたよ…悪いパパだねぇ。それにあの
日…パパが家にいたらなぁ…ごめんな、本当にごめんな、莉沙…」
 涙が娘の頬に落ちた。私は娘の小さな顔を両手で包むように触れ
た。指先から掌に冷たい感触が伝わった。
 にこりと笑い、少女は身を翻し駆けて行った。やがてその姿は晴
れ始めた白い靄に溶けていった。
 歌声が、鈴の音が小さくなっていく。河原には無数の木杭と、そ
の前に立ち並ぶ多くの石塔が残されていた。
 私は膝から崩れ落ちた。涙が止めど無くこぼれ落ちていった。喉
から絞り出る声を抑えられなかった。
 最後に微笑んだ瞬間、莉沙の優しい声が耳に届いたのだった。
「もういいんだよ。ありがとうね、パパ」
 人目も省みず、私は声をあげて泣きじゃくった。

 どれくらい私は泣いていたのだろうか。不意に左の肩に誰かの手
が置かれた。
 涙をぬぐって振り向くと、妻が泣き腫らした目で立っていた。
「莉沙が…莉沙にね、会えたんだ」
 やっとの思いで口にできたのはその一言だった。彼女は私の顔を
見て、繰り返し小さく頷いた。
 肩に置かれた手を握り返した。彼女の手はほんのりと熱を帯びて
温かかった。

(了)


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