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         ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン

        月 刊 ノ ベ ル ・ 3 月 号

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  インターネット上にきら星のごとく散らばる創作サイトの中か
 ら、私(編集人)ミヤザキ、が独断と偏見(?)に基づき選抜し
 た小説を、作者の了解を得てから順次掲載してゆくメールマガジ
 ンが「月刊ノベル」です。

  コミカル、ミステリ、叙情、ラブロマンス、ファンタジーSF、
 などなどジャンルは多彩ですが、アダルトはありません。

  なお、本編終了後に簡単なアンケートがあります。今後の編集
 に役立てたいと思いますので、なにとぞご協力ください。


    
http://www2c.biglobe.ne.jp/~joshjosh/novel/ 

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      月刊ノベルは等幅フォントでお読みください。
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  今月の小説:誤解(連載第1回)   作者:つきかげ

  ジャンル:ファンタジー       長さ:文庫本12ページ  

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 今月号は3回連続でつきかげ氏の「誤解」をお送りします。つきかげ
氏には昨年4月に長編「1対1」で登場していただきましたが、今回は
1月に決定したAWC大賞に於ける堂々の大賞受賞作です。掲載申し込
みを快諾いただき、ありがとうございました。「誤解」は氏の得意分野
であるファンタジー系の香りがぷんぷんとして、(私の苦手の)カタカ
ナ名がたくさん登場します。しかし、タイトルが示唆するように、それ
だけの冒険活劇ではありません。
 3回に分けて、連載の形でお届けしますので、どうぞお楽しみくださ
い。また、月刊ノベルのホームページでは、今月はつきかげ氏の自作イ
ラストを表紙に使用させていただいております。こちらもぜひご覧くだ
さい。

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■誤解    つきかげ

 天使の羽毛が世界を覆い尽くし、静寂が降臨した。あたりは野に晒さ
れた骨のような真白き雪に、満たされている。
 どこかでリン、と鈴の音に似た響きが聞こえた。それは、水晶の鳴く
音である。
 白き静寂の野には鋼鉄でできた異形の兵士たちが、立ち尽くしていた。
そして、僕の傍らには、沈みゆく太陽の紅で雪を染めてゆく魔法使いが
倒れている。
 天使は雪の中でほほ笑みながら、全てを見ていた。
 リン、ともう一度水晶が鳴く。
 そして影が空に舞った。
 夜を身に纏った水晶の人形が、真白き雪煙をたて静かに大地へ降りる。
 僕は僕を支配してゆく狂気にあらがうため、もう一度叫ぶ。
 そして、静かに宴が始まった。

 朝起きると、お母さんが死んでいた。お母さんは、獣化ウィルスに体
のほとんどを犯されつくしていたようだ。その死体は、豚のそれと見分
けがつかなくなっている。
 獣化ウィルスに犯されたものは、動物に姿を変形させていく。その進
行の速さはまちまちだが、場合によっては一晩で進行を完了することも
ある。
 お母さんの場合は、昨日の夜には全く兆候が見えなかったので、おそ
らく夜の間に病はその支配を終えたのだろう。獣化ウィルスに犯されて
変形した身体は動物とはいえ、どこかいびつで歪みを持っている。
 つまりあちこちに人間だった面影を、残しているものだ。お母さんの
場合は、豚となった顔になんとなく人間だった時の面影が残っていた。
 そして、お母さんの左腕だけは人間のままである。左手の薬指にはめ
られたままの銀色の指輪は、間違いなくお母さんのものだ。
 その豚の死体から生えている、優美な女性的な優しさを残した白い左
手には包丁が握られている。お母さんは自分が獣化ウィルスに犯され獣
化病を発病したと知って、自分で命を断ったようだ。
 お母さんの寝床は豚の首から流れでた血で、深紅にそまっている。獣
化ウィルスに犯されたものは、理性を失ってゆく。
 獣となった時には、大抵は狂乱状態となり、やがて全身の穴から血を
噴き出しながら死の舞踏を踊って死ぬことになる。お母さんは豚になり
つつも、自ら命を断つ理性が残っていただけましだろう。
 多分、お母さんは僕と同じで、いつも枕の下に包丁を置いて寝ていた
のだと思う。お父さんは、そうはいかなかった。
 お父さんは朝起きた時には、ほぼ猿に変形しつくしていたのだ。獣化
ウィルスが動きだすのは、大体寝ている時である。獣化病は睡眠と密接
な関係を持っているらしい。
 起きている時ならば、死を選ぶことはたやすいだろう。寝ているとき
に訪れる病はそれを許さない。
 お父さんは、狂った毛むくじゃらの獣となっていた。その獣は血の交
ざったよだれをたらし、狂気の咆哮を上げながら、かの子に襲いかかる。
僕とお母さんは、死に物狂いでその獣を殺した。
 獣化病は、決して治ることのない病だ。病に捕らえられたものは、殺
すしか無い。お母さんがつかまえた獣と化したお父さんの身体を、僕は
包丁で突き刺しまくった。
 お父さんは刺しても、刺しても死なない。でも、なんとか殺すことが
できた。
「お兄ちゃん」
 かの子の声に、僕は振り向く。後ろ手に寝室のドアを閉めた。
「何しているの?」
 僕は首を振る。
「何でもない」
 僕はかの子の身体を振り向かせると、その背を押す。
「さあ、いこうか、かの子」
「いくって、どこへ?」
「四国のおばさんのところへさ」
「ふうん、お母さんは?」
「お母さんはいかない。僕らだけでいくんだ。お母さんには、そう言っ
ておいた。さあ、支度を始めるよ」
 かの子は少し怪訝な顔をしていたが、やがて僕の指示に従い始めた。
僕は前々から準備していたものを、バッグにつめてゆく。
 それは米軍のサバイバルマニュアルに書かれている野営の道具一式と、
最低限必要と思われる着替え類だ。当座持ち歩けるような、保存食もつ
めこむ。
 僕らは家を出た。あたりは静かだ。この数箇月必要なものを調達する
以外、ほとんど出歩かなかったが既に街が廃墟であることは知っている。
 獣化ウィルスは日本中に蔓延していた。汚染された都市は封鎖され、
次々と切り捨てられてゆくだけだ。ウィルスを防止する手だてはない。
 僕はかの子をつれて歩き始める。この街は一応東京都の中にある街だ
が、もう随分前に封鎖されていた。大半の人はそれでも脱出したらしい。
 でもどこへいっても多分同じだ。遅かれ早かれウィルスは追い付いて
くる。残った人達は皆静かに病が訪れるのを待ち、自決していったよう
だ。
 かの子は従順に歩いている。かの子はお父さんが狂った獣になって死
んで以来、現実を直視することを止めたようだ。
 かの子の中では今でも静かな日常が流れている。日本がウィルスに飲
み込まれる前のあの日常。毎日変わらず学校へゆき、休日には友達と遊
びに行くようなあの繰り返しの日々。
 僕はそれを否定するつもりは無い。かの子が生きていくためには、そ
れは必要なものなのだろう。
 僕は幹線道路に出た。この道をゆけば、いずれ高速道路のインター
チェンジにでるはずだ。僕は高速道路を伝って四国へ向かうつもりだっ
た。
 広々とした片側二車線のその道路は、世界が崩壊する前は車にいつも
埋めつくされていた道だが、今そこにいるのは僕たちだけだ。
 冬になったとはいえそう寒くはなく、歩くのは苦にならない。そうい
う意味ではあの家を捨て去るには、ちょうど善い時期だったのだろう。
 僕らは、道の中央近くを歩いていた。前方遠くに人影を見つける。
 僕はいやな予感を感じ、歩みを止めてあたりを見た。気付くのが遅
かったらしい。もう回りを囲まれているようだ。
 獣化ウィルスは進行が遅ければ、何箇月もかけて人を動物に変えてゆ
く。その場合理性の失われてゆく速度も、病と同様に緩慢ではある。し
かし、大体において半ば獣と化した人間たちは、凶暴で破壊的であった。
 彼らは見境なく、病に犯されていない人間を傷つけようとする。病院
は彼らを受け入れ収容していたが、都市の崩壊がこれだけ進行した今と
なっては、その半ば獣であり半ば人間であるものたちは野放し状態だろ
う。
 僕らは今、半獣人たちに取り囲まれようとしている。彼らは僕たちを
中心にして、半径十メートルほどの円を描いて取り囲む。
 彼らの姿はまちまちだ。牛のような頭を持つもの。馬の足を持ってい
るもの。身体は巨大なライオンだが顔だけは人間のものもいる。また、
上半身は鳥であるが、下半身は人間というものもいた。
 皆一様に虚ろな瞳をしている。彼らの望んでいるものは、僕らの生き
血だ。彼らは正常な人間の生き血を飲むことによって、病の進行が押さ
えることができ、苦痛を和らげることができると信じていた。事実、そ
うなのかもしれない。いずれにせよ僕は彼らに生き血をやるつもりは無
かった。
 僕はジャケットのポケットの中に手を突っ込んでいる。その中には拳
銃がはいっていた。その拳銃の元の持ち主である警官は、自分で頭をぶ
ち抜いて死んだ。その時警官の身体は、半分ほどオオサンショウウオと
なっていた。
 拳銃はリボルバーであり、弾倉には四発残っている。多分この拳銃で、
できる事といえば、僕とかの子の命を断つことだろう。相手の数が多す
ぎる。
 それでも僕は逃げるつもりでいた。拳銃を威嚇に使えば多少は半獣人
もひるむだろう。運がよければ、その隙に逃げられるかもしれない。
 正面にいる牛男が咆哮した。回りにいる半獣人たちも呼応して吠える。
半獣人たちは意味の無い舞踏のような仕草で歩き回っていた。その瞳に
は、狂った欲望しかない。
 僕の手は震えていた。無力すぎる。僕の持っている拳銃はこの狂気の
前にはほとんど意味がない。
 僕は後ずさり、夢中でかの子を抱き締める。かの子は笑っていた。そ
の視線は宙を泳いでいる。
 僕はその視線を追った。牛男の向こう。道路の中央くらいのところ。
そこにきらきらと光るなにかがあった。
「お兄ちゃん、来るわよ」
 かの子の言葉と同時に、きらきらとした光は数を増してゆく。あっと
いうまにそれは獰猛な光の洪水となった。
 天空から光の球が投げ付けられ、砕け散ったかのように、光の洪水が
あたりを満たした。その物理的な力を持つかのような光の流れは、一瞬
僕らの視界を閉ざす。
 光の洪水が流れ去り、僕らが再び世界を見ることができるようになっ
た時、まず最初に目に飛び込んできたのは、馬であった。
 黒くて巨大な馬。その馬は普通の倍以上の、大きな身体を持っている。
その馬が馬車を曳き走ってきた。
 逃げ遅れた牛男は、巨大な馬に踏み潰される。馬は僕の目の前までき
た。馬車に乗った灰色のマントを纏った御者が、手綱を引いて馬を止め
る。馬は激しく嘶くと前足を高々と上げた。
 僕はかの子を抱えて必死にその蹄から逃れる。巨大な馬は、僕の目の
前で止まった。
 その瞳は明けの明星のごとく燃え上がり、その吐息は逆巻く炎である。
思わず後ずさる僕の前に、灰色のマントを纏った御者が飛び降りてきた。
思ったより小柄なその御者は呟きをもらす。
「なんという世界だここは」
 半獣人たちは、その馬車が出現したパニックからあっという間に立ち
直る。というより、さしてその馬車の出現を気にしていないようだ。
 彼らの視線は、灰色のマントの人に向けられている。マントの人はフ
ードを払いのけた。僕はそこに現れたその人の美しさに、思わず息をの
む。
 燃え盛る太陽のように輝く金色の髪、そして夜の闇を貼りつけた漆黒
の肌。瞳はその暗黒の宇宙に煌めく恒星であり、その姿は闇と光の婚礼
によって生み出されたもののようだ。そしてその顔を形どる柔らかなラ
インは、間違いなく少女のものであった。
 上半身が鳥の人間が羽ばたきながら、鋭い嘴を突き立てようとその人
に襲いかかる。その漆黒の肌の人は、灰色のマントを翻し、優雅な舞踏
のようなステップでその攻撃をかわす。そして、明瞭な声で詠唱を始め
た。
「遥かなる大地の果てに住まう、偉大なる火炎地獄の覇者にして、死せ
る大地を渡る神秘なる力の顕在化である炎の精霊よ、いにしえに捧げら
れた我が一族の血と肉によって為された約定を果たす時が今きた」
 その歌うような、叫ぶような詠唱は優雅な舞踏とともに続けられてゆ
く。その詠唱は廃墟と化した街に響き渡っていった。世界は金色の髪を
持つ彼女の声によって、支配されていくようだ。
 一瞬、雷鳴を光に変換したような世界の亀裂が中空に走り、生命を
持った炎が出現する。その炎は深紅の龍を思わせる姿を持ち、一瞬にし
て鳥人間を焼き尽くした。
 炎はさらに獲物を求めて、地を這いずり回る。闇色の肌を持つ少女は
女神のように静かにほほ笑む。
 僕は、はっと気が付いた。鰐のように変形した顔を持つ男が、馬車の
荷台のそばに立っている。その手に持たれた斧は、振りあげられていた。
荷台にあるものに向かって、今まさに振り下ろされようとしている。
 その時僕のとった行為は、殆ど無意識のうちになされた。僕はポケッ
トの中に入っていた拳銃を取り出すと、鰐男を撃つ。
 弾は鰐男に命中し、鰐男は尻餅をつく。拳銃弾はあまり鰐男には深手
を負わせなかったが、それで十分だった。銃声に気が付いた灰色のマン
トの人は、拳を鰐男に向かってつきだす。
 それに応えて紅蓮の炎が渦を巻きながら、鰐男を覆う。鰐男は一瞬に
して炭の固まりとなった。
 十人ほどいた半獣人たちが黒焦げになるのに、おそらく一分もかから
なかかったろう。凶悪な真紅の炎は、満足げに大地をひと嘗めすると、
再び時空の裂け目へと戻っていった。
 静寂が再びあたりを支配する。巨大な黒い馬は、彫像と化したように
動かない。金色の髪の少女は、ゆっくりと僕の前に歩いてくる。
 その金色に輝く瞳が真っすぐ僕を貫いた。
「礼をいわねばならないようだ」
 少女は凛とした声で僕にいった。その口調は大人の、それも訓練され
た兵士のような堅い調子を帯びている。まるで戦いが日常化した世界か
らきた人のようだ。
「礼といったって、僕らのほうが助けてもらったようなものだし」
 少女はふっと身を翻すと、荷台にあるものを確認する。僕は、それを
彼女の肩ごしに確認した。それは頑丈そうな漆黒の材木でつくられた棺
桶だ。

「死体が入っているの、それ?」
 僕の言葉に彼女は少し笑みを見せ、僕を手招いた。
「ここにあるのは世界を救うものだ。見るか?」
 僕は頷くと、彼女が蓋を持ちあげた棺桶を覗き込む。棺桶の内側は血
で満たされているように、紅いビロードが内貼されている。
 その棺桶に寝かされているのは、漆黒の闇だ。正確にいえば闇のよう
な漆黒のマントを身に纏った死体であった。頭部の上には鐔広の帽子が
置かれているのでどんな顔かは判らない。マントから少しだけ露出して
いる手には包帯が巻かれていて肌の色も不明だ。
 大人というには少し小振りな身体であり、子供というには少し大きい。
おそらく僕と同い年くらいで死んだのだろう。
「死体が世界を救ったりするわけ?」
 僕の言葉に彼女は少し苦笑のようなものを浮かべる。
「それは死体じゃない。人形だよ」
 人形だとしても、世界を救えないのは同じようなもんだろうと思った
が、僕は口にださなかかった。彼女はその思いを読んだように言葉を続
ける。
「その人形は大昔の偉大な王、凶悪な王、崇高にして残忍な王、エリウ
ス・ザ・ブラックを模して造られたものだ。今は眠っているが目覚めが
くればその身体を巡る水銀が人形を駆動し、いにしえの王と同じ能力を
発揮する」
 僕は少し肩を竦めた。さっきの炎の魔法を見ていなければ、ただの妄
想で片付けただろうが、それにしても信じがたい話だ。少女は僕のそぶ
りを気にとめたふうもなく、棺桶の蓋を閉めると馬車に飛び乗る。
「おまえたちも乗るがいい、さっきの礼だ。おまえたちの行きたいとこ
ろまで送ろう」
 僕は荷物を拾いあげると、かの子を連れて歩きだす。
「礼はいらないよ。助けてもらったのはお互い様だ」
「ここは危険なところだ。おまえたちだけで、目的地に着くことは適わ
ぬだろう」
 僕は肩を竦める。
「そりゃそうだが、名乗りもせず、どこから来たのか判らない得体のし
れない人を信用するのも、危険なことには変わらないんじゃないの?」
 少女は思ったよりずっと朗らかな笑みを浮かべる。そして、僕に名
乗った。
「私の名はスーザン。さっきおまえが見たように魔導師のはしくれだ。
アルケミアから王国へ向かうところだった。なぜこの世界に来てしまっ
たのかはよく判らない」
「僕は啓一、こっちは妹のかの子。僕らは四国へ向かうところだ」
 僕はスーザンと名乗った少女の馬に目を向ける。
「ああ、その馬はスプレイニル。魔道で動く鋼鉄の馬だ。おまえたちが
荷物に加わったところで、スプレイニルにとってはどうとういうことも
ない」
「そうみたいだね」
 僕とかの子はそうして、スーザンの馬車に乗ることになった。

 その朝目覚めると私のお母さんは、包丁で喉を突いて死んでいた。自
殺の理由はよく判らない。もしかしたら、啓一兄さんが殺したのかもし
れない。どうでもいいことだ。私達家族は、随分前から壊れてしまって
いた。
 兄さんは、お父さんがお母さんを殴ったあの日からおかしくなってい
た。いわゆる引きこもりというやつだ。あの日を境にお兄さんにとって
世界は、敵意に満ちた破滅的なものになったらしい。
 兄さんは、部屋にこもって同じテープばかりを繰り返し聞いていたよ
うだ。それは聖書の黙示録を朗読したテープだった。
 あの日のことは兄さんが高校二年生、私が高校一年生だった年のこと
だ。あれから一年がたった。崩壊がおこるのは、遅すぎたような気もす
る。
 お母さんとお父さんが離婚しなかったのは、多分兄さんのせいだ。お
父さんは出張と称して月に数回家に帰ってくる以外は総て外泊だった。
実際エリート商社マンで仕事中心主義のお父さんに出張が多かったのは
確かだろう。
 でも、私のお父さんはあの女の家に泊まっていたんだ。名前も知らな
いアジアの遠い国からきた、キャバクラでお父さんと出会った女。
 決して治ることのない性病を、お父さんとお母さんに染した女。
 良家のお嬢さんとして育った私のお母さんはね殆ど分裂症寸前のノイ
ローゼに陥った。それでも崩壊寸前の兄さんの精神を現実に繋ぎとめる
ため、覚醒剤漬けになりながらでもお母さんは家庭を立て直そうとして
いたんだ。
 ある日お母さんの心の中で何かが崩壊した。だからお母さんは包丁で
喉をついたんだ。どうせならお父さんの胸を刺してやればいいのに、と
私は思った。
 兄さんはお母さんの死体の前で立ち竦んでいる。私は兄さんに声をか
けた。
「お兄ちゃん」
 私の声に、兄さんは振り向く。兄さんは後ろ手に寝室のドアを閉めた。
「何しているの?」
 兄さんは首を振る。
「何でもない」
 兄さんは、私がお母さんの死体を見たことに気が付いていないようだ。
私も兄さんに、合わせることにした。
 兄さんは私と一緒に旅に出るという。兄さんは一年間引きこもり続け
た部屋からでて、兄さんにとって凶悪そのものである世界に向かって足
を踏み出そうというのだ。
 私は兄さんが好きだった。兄さんと一緒にどこまでもいこうと思う。
それが世界の果てであろうと。
 その日、スーザンと私達が会ったのは、街の繁華街の片すみでだ。私
達はいかにも家出した兄弟のように見えたのだろう。私達は街の不良に
絡まれた。
 その時、私は何かを感じて兄さんに囁きかける。
「お兄ちゃん、来るわよ」
 私の言葉と同時に、獰猛な光りの洪水が私達に浴びせられた。それは
大きな漆黒のワンボックスカーのヘッドライトだ。
 その車から現れたのがスーザンだった。スーザンは、兄さんと同い年
らしかったが、ひどく大人びて見える。きっと放浪生活を続けていたか
らなのだろう。
 そこからスーザンと私達の放浪生活が始まった。スーザンは自分のワ
ンボックスカーにスプレイニルという奇妙な名をつけ、鋼鉄の馬と呼ぶ。
その後部は窓がなく、座席も取り外されていて、漆黒の頑丈そうな棺桶
が置かれていた。
 その棺桶の中には死体が置かれている。スーザンはそれを人形と呼ん
だ。私には人形には見えなかったが、漆黒のロングコートと包帯で覆わ
れた身体を、見ただけで死体かどうか判別するのは不可能だった。
 とりあえず私は、スーザンのいうことを信じることにする。スーザン
は炎を使う大道芸人だ。彼女は自分のことを魔導師と呼ぶ。そういって
も不思議はないほど、彼女の芸は見事なものだ。
 スーザンは、自分の人形を「世界を救うもの」と言っていた。なぜ人
形が世界を救うのかよく判らないが、そういうものらしい。彼女らは救
う世界を求めてあちこち放浪してきたのだ。
 スーザンとその人形が世界を救うかどうかは判らないが、兄さんを
救ってくれたのは間違いない。兄さんとスーザンの語りあっていること
は私には全く意味不明だったが、二人には通じ合っているようだ。
 兄さんはあの日以来、そう、お父さんが「病気」のことを告白し口論
の末にお母さんを殴ったあの日以来、初めて理解しあえる相手に出会っ
たようだ。
 二人はどうやら同じ世界の住人らしい。私の知らない世界の住人。

(以下、次号に続きます)

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     つきかげ氏の作品は次のサイトで読めます。

       「 戎 克 庭 園 junk garden」
 
   
http://www5a.biglobe.ne.jp/~tukikage/index.html 

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   これまで登場していただいた作家(敬称略)と作品リスト

      佐野祭      「排水管にあこがれて」
      広東       「賽の河原」
      神楽坂玉菊    「ますから」
      伊勢湊      「夜行列車」
      みぃしゃ     「ハードル」
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      つきかげ     「1対1」
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      のぼりん     「男の考え 女の思い」
      河本勝昭      世相百断「告知」
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      飯田橋      「噂のカツ丼」
      秋野しあ     「水の花」
      青木無常     「停電」
      ドルフィン    「5号室の秘密」
      叙朱       「花火」「音」

      バックナンバーはこちらで読めます。
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   メルマガタイトル:テキスト版月刊ノベル
        発行日:平成14年3月3日
      総発行部数:1,100部 
      編集・発行:MiyazakiBookspace 
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