月刊ノベル6月号の続き


■スローフード        PAPA

 彼は部屋の中を見渡し、誰もいないのを確認してから窓を開けた。テ
ラスの奥で月が雲間から細い首筋を見せている。広大な庭先に佇む樹木
が揺れ、一陣の風が部屋の中に舞いこむ。彼は漆黒の髪を後ろになで上
げ、握りしめた白手をポケットに押し込んだ。微笑みを浮かべながら、
テラスへと続く空間に足を踏み入れようとしたとき、
「おや、お出かけかえ。時は深夜。天は闇。一人でかい?」
 広い洋間の中央に老婆がいる。老婆の動きにつれ車椅子が重苦しい金
属音を奏でる。
「さすが曾おばあさま。身体が不自由になられたといっても、気配の消
し方、常人にはできぬ技、言うなれば神技」
「けなすのは許せないことではない。……が食習慣の乱れには目をつぶ
るわけにはいかないねえ」
「なんのことやら」
「ぼうずも二十歳なれば、ある程度の好き勝手は許される。しかし、ひ
とりでしか食べない「孤食」これはいかんねえ。それが好きなものだけ
食べる「偏食」になり、栄養も偏る。しきたりはしきたり、ということ」
「はて」
「家族で食事を共にすること、それが団らんというもの。それが代々の
しきたりであり、伝統というわけだ」
「結局、私にも食べさせなさい。と、言いたいだけなのでは?」
「莫迦なことをいいなさんな。難しいことを私はいわないよ。食事は家
族全員でとりなさい。好きなものだけ食べるのは身体に悪いからやめな
さい。だからお前も一人で食べず私たちと一緒に食べなさい。当たり前
の事だろう? 誰が聞いても」
「……わかりました。曾おばあさまには勝てませぬ」
 老婆がケープを漂わせると、月明かりを隠した陰から無数のコウモリ
が現れた。それぞれが紅い目を輝かせ、鋭い爪を天にかざしている。
「世の中は物騒だからね。警護につけておく」
「ていのよい見張りですか?」
「聞かなかったことにしておくよ」
 老婆は視線を彼からそらし、去っていく。
 ドアが閉じると同時に、彼は深いため息をつき、首を小さく振った
「やれやれ、楽しみも半分というところか。とはいえ、愚痴を言っても
始まらない。そろそろ行くとするか」
 彼は半眼で月を睨み、ひとしきり何かを口ごもりはじめた。
 小さき声は呪詛に近い響きを醸し出し、観察する者がいたならば真言
ととらえたことだろう。やがてマントをくゆらせ異形の者へと変容をは
じめる。真白き肌は死人よりも深みを増し、青き眼光は紅蓮の炎に変わ
る。背は割れ、薄い漆黒の羽根が閃く。異様に屈した脚がテラスを蹴り
空へ向かうと、コウモリの群も周りを取り囲むように飛行を始めた。
 今、彼は夜の街を彷徨い、若い美しい娘の首筋を求めている。一人で
食べてはいけないんだよなあ、とボヤキながら。

(終わり)

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