/_/_/_/_/_/_//_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン 月 刊 ノ ベ ル _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 特別企画「アンソロジー・月」 歴代の月刊ノベル掲載作家による掌編集「月」がいよいよスタートです。 今月はまず第1回配信としてつぎの2作品をお届けします。 海月(くらげ) by 青野岬 月 by ドルフィン いずれも2000字程度の読み切り掌編です。どうぞお楽しみください。 --------------------------------------------------------------------------- 月刊ノベルは等幅フォントでお読みください。 --------------------------------------------------------------------------- ●海月(くらげ)/青野 岬 「そんなとこに立ってると、外から丸見えだぞ」 男はそう言うと、指輪のはずされた左手で私の肩をそっと抱き寄せた。 「今日はまだ帰らなくていいの?」 「今夜は取引先と飲み会だって言ってあるから、まだ大丈夫」 その言葉を全部聞き終わらないうちに、私は再びベットの上に押し倒された。熱 く柔らかな唇が、伸びかけの髭を擦り付けられる痛みと共に首筋から胸元へと降り てゆく。私の快楽のツボを知り尽くす指先の複雑な動きに、体が再び反応する。で もそれとは裏腹に、頭の中はしんと冷たく静まり返っていた。 安原と初めて会ったのは二年前の初夏のことだった。 私はスキューバダイビングの免許を取るために、職場の近くのダイビングショッ プの講習会にひとりで参加していた。海に潜るにはまず『オープンウォーター』と 言われる一番初心者向けの免許を取得しなければならない。そのためにはインスト ラクターの下、学科講習と実際に海で潜る海洋実習の受講が義務付けられている。 そこに仕事帰りのスーツ姿のまま、ひとりで参加していたのが安原だった。 若いOLや学生達の中で、私達はあきらかに浮いていた。そんなふたりが引き寄 せられるようにお互いの存在を必要としたのは、むしろ自然な成りゆきだったと思 う。 あの頃、私は海月のように生きていた。 これといった趣味も目標も何も無いまま押し寄せて来る日常の波に、ただ流され 漂うだけの日々。そんな時、誰かが言った「海の中の世界を知ると、人生観が変わ るよ」の無責任な言葉を信じて、自分を変えてみたかった。 そして学科講習が終わり、私達はスクールのメンバー達と共に伊豆の海での海洋 実習に挑んだ。五月の水温はまだ冷たい。けれどもこれから梅雨にかけて水温の上 昇と共にプランクトンが大量に発生し、透明度は一気に悪くなる。最初からいきな り、濁った水に潜るのは怖い。私は意を決して重い機材を装着すると、インストラ クターに導かれて恐る恐るまだ冷たい海に身を沈めた。 海は穏やかで透明度も良く、私は水中に潜るなり視界に飛び込んで来た色鮮やか な海藻や魚の群れに思わず息を飲んだ。レギュレーターから吐き出される細かい泡 が、煌めきながら水面へと上がってゆく。 ダイビングでは潜水中、『バディ』と言われるペアを組んで行動を共にする。私 は安原とバディを組み、エアが切れた時の対処法やマスククリアなどの技術を学ん だ。水の中では極端に思考回路が鈍るから、私は安原とつないだ手が今の私のすべ てだと感じた。 そのとき天上の青よりもさらに色濃い青の中に、ぽっかりと浮かぶ月を見た。 それは水面近くをゆらゆらと漂う、一匹の海月の姿だった。私はその美しさを安 原に伝えたくて、握られていない方の手で海に浮かぶ月を指差した。私達は音の無 い世界でお互いの手をしっかりと握り合ったまま、その幻想的な光景に酔った。海 月がこんなにも美しく高貴な生き物であることを、私はこのとき初めて知った。 やがて安原が体勢を変えて、ゆっくりと私の中に入って来た。暖房の効き過ぎで 乾燥した部屋に、荒い吐息とベッドが軋む音だけが規則的なリズムを伴って響いて いる。 「……ねぇ、別れようか」 私がそうつぶやくと、安原は紡いでいた糸を突然断ち切るように顔を上げた。白 熱灯のほのかな灯りの下で見るその顔は、いつもよりも疲れているように見えた。 「えっ、急にどうしたの」 安原はそう言うと私の真上で静かに笑った。 「いつまでもこんな関係、続けて行く訳にもいかないでしょ」 私は出来るだけ冷静に言い放った。別に安原のことを嫌いになった訳ではない。 先の見えない関係に疲れただけだ。自分勝手な言い分なのは充分承知している。で もどこかで踏ん切りをつけないと、また自分を見失ってしまいそうで怖かった。 動きが止まり、規則正しいリズムが止んだ。私達は繋がったまま、しばらくの間 身じろぎもしなかった。 私の中で急速に安原が萎えていくのを感じて、体をずらす。私は小刻みに震える 男の背中を手のひらでさすりながら、窓の外を見た。夜空には輪郭のぼやけた丸い 月が、ネオン看板越しに私達を見下ろしている。それはあの日、海の底から見上げ た海月の姿を思い起こさせた。 「海月……」 「えっ」 「ほら窓の外を見て」 安原は放心したように夜空を見上げながら、私の右手を遠慮がちに引き寄せた。 「朧月だ。明日は雨だな……」 「そうね」 私は安原の手をそっと振りほどいて再び窓辺に立った。空に浮かんだ朧月が窓ガ ラスに映った自分の姿と重なって、波間に漂う海月のようにぼんやりと揺れた。 --------------------------------------------------------------------------- ●月/ドルフィン 私は会社では上司に失敗を咎められ、女子社員には白い目で見られ、家に帰ると 女房に稼ぎが悪いと愚痴られ、子供たちには疎んじられるというどこにでもいる男 だった。 ある日、そんな何の夢も楽しみもない暮らしに嫌気がさして、通勤途中の電車で 会社のある駅に降りず、どこまでも電車に乗っていった。かばんの中には前日にホ ームセンターで買ったロープが一本入っている。こんな生きているか死んでいるか わからない生活なら、このさきいつまでつづけても仕方がないって感じでなんとな く買ったものだ。 どこまでも電車に乗っていった。窓から見える風景は、殺風景な灰色の高層ビル が見える都会から、家々の見えるベッドタウン、そして緑の絨毯が見える田園地帯 にはいっていった。人はこの電車から見える世界で何を考えどんなふうに生活して いるのだろうかと考えた。電車を乗り換えながら、さらに人のいない方へと入って いく。電車はがたんがたんと単調な物音を立てて進んでいく。電車の中でうとうと して眠っていた。もしもしと誰かに声を掛けられたような気がしたが、気がつくと 誰もいなかった。電車が止まっている。終点のようだった。 電車から降り、ホームに下りる。見知らぬ駅のホームに立っていた。年老いた駅 員に乗り越し料金を払い、どこか飯の食えるところはないかと聞いた。考えると朝 パンを食べたきり何も食べていなかったのだ。こんな時でも腹はすくものだ。駅員 は愛想よくするでもなく、かといって不親切というわけでもなく、食い物屋の名前 とを場所をいって駅長室へと帰って行った。そこでうどんを食べ――べつだんこれ といって美味しいものでもないし、不味くもない。平凡なものだった――最後の晩 餐とかいうテレビ番組があったが、それがこんなうどんか思うと薬味が効きすぎた のか鼻がつんとした。あたりはまだ薄明るい、家々の窓から煮物の匂いがする。こ んな辺鄙なところでも楽しく団らんする家族があるのだろう。うどんを食べた後、 煮物の匂いをかぎながらふらふらと村を抜けて山に入っていった。 どれぐらいたっただろうか。食い物屋を出たのが午後六時だからかれこれ三時間 ほど歩いたことになる。後継者不足で整備されていない山林の中を歩くのは骨が折 れたが、夜空を見ると大きな月があたりを照らし、懐中電灯がなくてもなんとか歩 くことができた。茂みをかきわけるようにして登っていくと前方になにやらたくさ んの人間が集まっている気配がする。こんな夜更けに山中でといぶかりながら恐る 恐る覗いてみると、真っ赤に燃えたかがり火を中心にして薄い半透明の衣装をまと った男女が奇妙な振りつけで踊っている。好奇心と恐れを半々に感じながら、どう せ木にぶらさがるつもりで来たのだからと半ばひらきなおって男女の間にはいって いき、いったい何をやっているのか訊ねた。 彼らは言葉が話せないのか、それとも話してはいけないきまりでもあるのか、身 振り手振りで赤茶色の壷を持ってきてしきりに飲めと勧める。何か入っているのか 不安だったが、どうにでもなれと半分やけくそで中の液体を飲むと急に身体が熱く なり、ふらふらになる。今まで気がつかなかったが、何か香でもたいているのか、 官能的な匂いが辺り一面に漂っていた。踊りの輪に入る。どれぐらい踊っただろう か。人々の踊りが最高潮に達したときに、一人の男が女に抱きついた。それがきっ かけだったのか、気がつくとどの男女も抱き合い地面に倒れこみはじめる。自分も いつの間にか見知らぬ女を抱いていた。性の饗宴がはじまりだった。男も女も声を 張り上げ、腰を動かしている。みんな叫び声をあげて次から次へと抱きあっていた。 何度でもやれた。不思議だった。何十回やっただろうか疲れ果てて眠っているとそ こにいた男女が雲を呼び、月の光を浴びて天に登っていくのを見たような気がした。 朝目覚めると何もないところにひとり裸で寝ていた。昨夜の体験は実際にあった ことなのか、それとも夢だったのかどうかわからない。毒気を抜かれて、ロープを 山に捨てて街に帰っていった。 --------------------------------------------------------------------------- --------------------------------------------------------------------------- 月刊ノベル・アンソロジー号のご案内 1997年2月創刊のメルマガ「月刊ノベル」もおかげさまで6周年となりまし た。当初はひとりのアマチュア作家の読み切り小説掲載というだけのものでしたが、 2000年8月から編集人ミヤザキがインターネット上で見つけた佳作を毎月紹介 するというコンセプトに変更し、以来、24名のネット作家に登場していただきま した。そこで今回、歴代の月刊ノベル掲載ネット作家に呼び掛けて、アンソロジー 号を編集することとしました。幸いにも10名を超える差作家の賛同をいただき、 現在、執筆をお願いしているところです。今後も原稿が届き次第、メルマガにてお 届けしますので、どうぞご期待ください。 アンソロジー号登場(予定)作家は次の方々(敬称略)です。 青野岬、伊勢湊、神楽坂玉菊、佐野祭、ドルフィン、のぼりん、まあぷる、 舞火、mojo、PAPA、やみさき --------------------------------------------------------------------------- メルマガタイトル:テキスト版月刊ノベル 発行日:平成15年4月6日 総発行部数:1,100部 編集・発行:MiyazakiBookspace mbooks@dream.com お申込みと解除:http://www2c.biglobe.ne.jp/~joshjosh/novel/ 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