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          ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン

          月 刊 ノ ベ ル

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           特別企画「アンソロジー・月」

 歴代の月刊ノベル掲載作家による掌編集「月」を順次お届けしています。
 今月は第2回配信としてつぎの2作品をお届けします。

    月は金魚の夢を見る by まあぷる

    月の魔力      by 舞火

 いずれも2000字程度の読み切り掌編です。どうぞお楽しみください。

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       月刊ノベルは等幅フォントでお読みください。
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●月は金魚の夢を見る/まあぷる

 花火が上がった。夜空を彩る花弁は華やかで、そして儚い。一瞬の命を精一杯見
せつけるように咲いた花火を、僕は記憶の奥底に鮮明に焼き付けた。花火が消える
と丸い月の柔らかな光があたりを覆い尽くす。今日は八月十五日。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
 妹の里美が不思議そうな顔で僕を見つめる。里美は小学二年生だ。高校三年の僕
とは十も年が違う。紺地に朱色の金魚が泳ぐ浴衣はいとこのお下がりで、少し丈が
長いために、お端折りがちょっと大きめだ。買ったばかりの水風船が歩くたびにふ
るふると震える。去年は男の子みたいに短かった髪が今年はずいぶんと長くなって、
僕が買ってやった真珠色の髪留めもずり落ちることはなくなった。
「いや、何でもないよ」
 いま目の前に見えるもの、聞こえるもの、漂ってくる匂いの全てを心に刻んでお
こうと思った。妹。喧騒。盆踊りの太鼓の音。焼きそばの甘いソースの匂い。そし
てリンゴ飴の艶かしい輝きも。
「ね、見て見て。金魚掬いだよ。やってもいい?」
大きな水槽の中で泳ぐ金魚はほとんどが和金だったが、黒い出目金や、スカート
をこれ見よがしに揺らす流金も見える。
「お兄ちゃん、あれが欲しい」
里美の指の先に見えたのは淡いクリーム色の流金だった。和金の群れが作る緋色
の帯を優雅に横切るそれは和金より少し大きくて、どう考えても、里美のすくい網
には捕らえられそうになかった。
「じゃあ、やってごらん。手伝ってあげるから」
 里美は小さな水色の花模様の巾着袋から赤いお財布を出し、代金を払う。
「はい、どうぞ。掬えなくても一匹はあげるよ」
 くわえ煙草の香具師が面倒くさそうな顔をして座ったまま、紙のすくい網を差し
出した。
「あれは……」
 おずおずと里美は先ほどの流金を指差し、問い掛ける。
「あれは駄目。掬えたらやるよ」
 つっけんどんに香具師が言い返す。
 里美はひどくがっかりしたようだった。僕は耳元に顔を近づけて囁いた。
「大丈夫。お兄ちゃんにまかせて」
 僕は里美がしゃがんですくい網を水につけると、水の中に手を入れて網を下から
そっと支えた。里美は慎重に網を獲物の近くにまで持っていくとゆっくりと、物憂
げにたゆたう魚体の下へ持っていく。そしてそのまま慎重に網を持ち上げた。僕は
手を里美の動きにあわせ、網をお椀の上まで持っていき、ひっくり返した。
 ―――とぷん。
 軽い音と共に流金がお椀に納まった。
「やった! お兄ちゃん、ありがとう!」
 香具師は目を丸くしてその様子を見ていた。
 共同作業でもう一匹、緋色の流金を掬い、お椀に放すと僕は水の中でそうっと手
を離した。ひとりで和金を掬おうとした里美のすくい網はたちまち破れたが、里美
は二匹の流金を眺めながら柔らかく微笑んだ。
「これで寂しくないね。お兄ちゃん」

「お嬢ちゃん、凄いねえ」
 納得できないように首を傾げて破れた網を睨みながら、香具師がビニール袋に金
魚を移した。里美は嬉しそうにそれを受け取って持ち上げる。
「お兄ちゃん、見て。この金魚、お月様の色してる」
「本当だね。きっとこれは月の夢の中に出てきた金魚だよ」
「月の夢?」
「そう。月の夢から飛び出してここまで落ちてきたのさ」
 里美はしばらく金魚を眺めていたが、やがて僕の顔をじっと見つめて呟いた。
「お兄ちゃん、ありがとう。あたし、本当に嬉しかった」
 
 その時、人ごみを掻き分けながら母が近づいてくるのが目に入った。母はお祭り
には不釣合いな暗い顔をしていたが、里美の姿をみとめると、ほっとしたのか、た
ちまち表情が和らいだ。
「里美! ひとりで来たら駄目よ。母さん心配してたんだから」
「ごめんなさい……」
 僕はそっと里美から離れた。身体がゆっくりと浮き上がり、僕は少しずつ天へ向
かう。
「あら、金魚ね。凄いじゃない。自分で掬ったの?」
「うん。……どうしたの? お母さん」
 母は泣いていた。なかなか涙が止まりそうにない顔を両手で覆う。
「もう、こんなことしないでね。里美までいなくなったら、母さん、どうしたらい
いか分からないよ」
 そう言いながらその場にしゃがみ込んでしまった母の震える肩に里美は小さな手
を乗せた。
「お母さん。……あのね、本当はひとりで来たんじゃないの。お兄ちゃんと来たん
だよ」
 母は顔を上げ、里美の顔を怪訝そうに見つめた。
「里美、何を言ってるの? お兄ちゃんってどういうこと?」
「嘘じゃないよ、お母さん。後でお話するから、もう帰ろうよ」
 里美は上向いて、僕の方を見ると少し寂しげな笑顔をみせた。唇が動き、「また
きてね」と声にならない言葉を紡ぐ。
 花火の音や子供たちの声、そして屋台から立ち昇る熱気が次第に遠ざかる。小さ
くなっていく里美の顔がやがて小さな点になり、見えなくなった。少し疲れた。家
の見下ろせる処まで行って休もう。
 ごめんね、母さん。僕はまだ母さんには会えない。心を掻き乱してしまうような
気がするから。母さんには里美のことだけを考えて欲しい。そしてあの日、僕が出
かけるときに見せてくれた子供みたいに無邪気な笑顔が母さんに戻ってきたら、会
いに来ようと思う。でも、僕はいつでも二人を見守っているよ。明日、僕の家の前
にお別れの炎が灯ったら僕は行く。

 里美。僕は夢だ。月が見せた束の間の幻だ。僕はもうお前には会いに来ない。で
も今日のことは心の片隅にでも置いて欲しい。いつしかそれが夢の中の出来事と思
えるようになったとしても。

 月が、綺麗だ。

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●月の魔力/舞火

 夕闇がせまる頃、月が山間から昇り始めた途端に、男はその肌に煌めく薄いはず
の体毛を震わせた。
「……ううっ」 
 喉から絞り出される野太い音が風の中に微かに響き、それとともに体毛が見る間
に増えて長く太く体を覆い始めた。
 彼の身のみに起きる突然変異。
 ただそれだけの言葉で表すには、特異な現象だ。
 冷たく輝く白銀の満月に晒されて、煌めく白銀の毛が波のように風にざわめく。
 男が──いや、もう男とは呼べなくなったそれが、雄々しい獣の体躯を震わせる
と、ざわりと毛が立ち上がりそしてふわりと身を覆った。
 魔力を蓄える力を持つ白銀狼(はくぎんろう)。
 毛皮も肉も10倍の重さの銀貨と取引される白銀狼を狩りの対象とする僅かながら
の魔力を有する人間の一族の長であった筈の者。

 ぶるりと再度身を震うと身につけていた衣服が雪原に落ちた。人の身を護る魔力
を有するなめし革の鎧も狩猟用の弓も剣も何もかもが柔らかな雪に跡を残して。
 そして、記憶も。
 白銀狼特有の獣にしては高い知能を宿す銀の瞳が辺りを窺い、狩りの対象を探す。
今彼にあるのは食欲を満たすこと、ただそれだけだった。
 不意にその瞳が煌めいて、何かを映すように中空を見つめた。くるりと踵を返し
て鼻先をひくつかせる。
「…ぐるっ……」
 喉の奥で唸った獣が、不意に跳ねた。


 人である時は己が変化することもそれが狩ってきた白銀狼の昔年の恨みであるこ
とも理解しているというのに、いざ白銀狼になるとその意味を考えることはない。
 己は己であり、他の何物でもないのだ。
 欲するがままに狩りをし、欲を満たして暮らすことだけを考える。
 中空を駆けるように走る白銀狼がその足をぴたりと止めたのは、その獲物から10m
と離れていない所だった。
「い、や……」
 白銀狼の姿を視認してぶるぶると身を震わせるのは、人の子供であった。年にし
て10歳くらいか。村の中央にある井戸に夕餉用の水を汲みに来たのだろうか、その
手から甲高い音を立てて桶が転がった。
「ぐっ……」
 獣の喉が鳴り、白い牙が覗く口からだらだらと粘つく唾液がこぼれ落ちる。
 欲しい……。
 腹が減った……。
 ただ欲にだけ操られ、白銀狼の足が地を蹴る。
「きゃああっ!」
「がっ!!」
 子供の甲高い悲鳴と、白銀狼の痛みを発する声が同時だった。
 ぽたっ──
 かろうじて四つ足で着地したその足下に赤い滴が滴り落ちる。
「ぐ……がっ……」
 激しい痛みに僅かに視界がぶれ、その中で悲鳴を上げて怯えていたはずの子供の
唇が弧を描いた。
「情けないね」
 どこかで聞いた音を紡ぐ赤い唇を見つめて、この日初めて白銀狼としての頭に疑
問が浮かんだ。
 何故だ?
 子供に過ぎない体躯がやけに大きく感じる。それが圧倒的な力を有するが故の威
圧感だと気が付いた途端、肌が総毛立った。
「僕が判らない?」
 無邪気な笑みを浮かべて嗤う。
「ぐるっ……」
 知っている、知っている、知っている……。
「僕だよ。ムーンストーン……覚えていない?」
 ムーン……ストーン……。
 霞のかかっていた脳が不意に晴れ、人としての知識が浮かび上がった。
「ぐ……あ……トーン……」
 人ならざる喉が言葉を拒絶する。だが相手には何が言いたいのか判ったのだろう。
喉でくつくつと嗤う。
「思い出した?ならばいつまでそんな格好でいるつもり?白銀狼を狩るべき一族の
長のあなたが」
 そうだ。
 俺は何をしているのだ?この姿に身をやつし、あまつさえ人の子供を狩りの対象
としようとした。こんな愚かな己を……。
「殺してあげる。あなたの子であるこの僕が。でないと……あなたは満月から7日
間その呪われた姿のままになるんだろ。何故、人の時に死を選ばないのかが不思議
だね。それとも人の時にはその姿の事は忘れてしまうの?──そんな筈はないよね、
ならば村に帰ってくるはずだもの。そして、今頃は僕の手で殺されているはずだっ
たよね」
 煌めくのは白銀狼の骨と銀で作った剣。白銀狼を狩るための呪縛の力を宿す剣。
「ぐっ……」
 殺して欲しい……だけど……死ねない。
 逃げなければと動かない体を必死で操ろうとする。その苦痛に顰められた形相に
ムーンストーンが息を飲んだ。
「父さん……」
 僅かに覗いた情を糧に、白銀狼は力を振り絞った。


 滴り落ちた血が雪原に僅かばかりに残っている。だがそれも荒れ狂い始めた雪に
消されてしまうだろう。狼の足に人の身でしかも子供の足では追いつけない。
 傷つけてはないけれど、途中まで追いかけてきたあの子は無事だろうか?
 雲に隠れた月の下で、白銀の狼は傷を癒していた。
 ムーンストーンが持つ魔力に煽られたのか、白銀狼は人の記憶を保ち続けている。
 それがいつまでも持つとは限らない。
『何故死なないの?』
 我が子の言葉が胸に突き刺さる。
 だが死ねない。
 死ねば、呪いは自らの血をひいた己以上の魔力を持って生まれた我が子に引き継
がれる事を知っていた。
 だから……死なない。

 僅かに衰えた風の中、白銀の毛が泳ぐ。
 呪いを子に渡さないために白銀狼となった男は生きるしかなかった。
 月が永遠に頭上にあって魔力を持つ光を放つのであれば、呪いも永遠に己の血族
に降りかかるであろう。
 月を破壊する以外に呪いを打破できる方法はあるのだろうか?
 恨みを込めて見上げる先で、雲の隙間から月が冷たい光を降り注いでいた。

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  月刊ノベル・アンソロジー号のご案内

 1997年2月創刊のメルマガ「月刊ノベル」もおかげさまで6周年となりまし
た。当初はひとりのアマチュア作家の読み切り小説掲載というだけのものでしたが、
2000年8月から編集人ミヤザキがインターネット上で見つけた佳作を毎月紹介
するというコンセプトに変更し、以来、24名のネット作家に登場していただきま
した。そこで今回、歴代の月刊ノベル掲載ネット作家に呼び掛けて、アンソロジー
号を編集することとしました。幸いにも10名を超える差作家の賛同をいただき、
現在、執筆をお願いしているところです。今後も原稿が届き次第、メルマガにてお
届けしますので、どうぞご期待ください。

    アンソロジー号登場(予定)作家は次の方々(敬称略)です。

 青野岬、伊勢湊、神楽坂玉菊、佐野祭、ドルフィン、のぼりん、まあぷる、
 舞火、mojo、PAPA、やみさき

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   メルマガタイトル:テキスト版月刊ノベル
        発行日:平成15年5月8日
      総発行部数:1,100部 
      編集・発行:MiyazakiBookspace mbooks@dream.com
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