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          ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン

          月 刊 ノ ベ ル

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           特別企画「アンソロジー・月」

 歴代の月刊ノベル掲載作家による掌編集「月」を順次お届けしています。
 今月は第3回配信としてつぎの2作品をお届けします。

    アメリカの月           by のぼりん

    機械仕掛けの兎は上弦の月で跳ねる by mojo

 いずれも2000字程度の読み切り掌編です。どうぞお楽しみください。

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       月刊ノベルは等幅フォントでお読みください。
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●アメリカの月/のぼりん

 人間が夜を失って何世紀もの時代が過ぎた。
 その間に人間は地下に潜り、蟻の巣のような国家を作り上げていた。国家どうしは戦
争に明け暮れ、人々は、相変わらず戦うために奪い、奪うために戦い続けていた。
 だが、営々たるその活動は、常に太陽の光の下に限られていた。夜になれば、地上は
「魔」が支配する。人間は守るべき国家(かつてはそれをシェルターと呼んでいた)の
中に潜り、ひっそりと次の朝を待った。
 夜と昼を分け合うという、事の始まりを知っている者は、今では誰もいない。「人間」
は夜を放棄し、「魔」は昼を捨てた。互いが、それぞれの領域に干渉することは一度も
なかった。
 ある日、ある国家に大問題が発生した。
 ひとりの彷徨い人が一本のビデオテープと共に転がり込んできたのだ。彼は、そのテ
ープに「敵国の重要な情報」が記録されているといった。さらに「アメリカの夜」とい
うひと言を残したまま息絶えてしまったのである。だが、それがこの国にとって国論を
二分する未曾有の災難になった。
 指導者たちは、さっそくそのテープを再生した。田を耕し、猟をする、何の変哲もな
い人々の暮らし。ところが、そこに映っているのは、すべて「夜」の出来事だったので
ある。
 それは彼らにとって驚くべき映像だった。「魔」が支配しているはずの「夜」に人間
が活動しているとはどういうことだろうか。「魔」とは何か……誰もが忘れ、誰もが口
にしたこともない根源的な問題を突きつけられた指導者たちは、混乱せざるを得なかっ
た。
「この空を見よ」と、ひとりが興奮して言った。「この暗い空に浮かぶ丸い光が、伝え
聞く月に違いない」
 太陽しか知らない民は驚嘆した。
「太陽のようだ」
「大きさは同じだ。だが、明るさが違う」
「アメリカでは、人間は夜でも地上に出られるのか?」
「たとえそうだとしても、我々はアメリカまではいけない。途中で夜が来るからだ。そ
のとき潜むべき場所がなければ、たちまちのうちに『魔』に食い殺されてしまうだろう」
「いや、本当にそうでしょうか?」
 ふと、ひとりの行政官が疑問を提示した。「私たちはひとりとして、『魔』というも
のの本当の姿を知っている者はいないのですよ。これは、アメリカの出来事ではありま
せん。ひょっとしたら、『魔』はすでに地上から姿を消しているのかもしれませんぞ」
「夜の地上は、自由になっていると?」
「確かめた者もいないではないですか」
「もし、隣の敵国がそれをいち早く知っているとしたら、夜の地上をすでに占領し尽く
しているのかもしれない」
「とにかく確かめてみましょう」
 さっそくひとりの兵士が選ばれた。
 もしも、夜がこれまで恐れていたように「魔」が支配する世界だったとしたら、彼は
あっという間に「魔」に取り殺されてしまうことだろう。が、ハッチを開けて地上に出
た兵士は、しばらくして無事な姿で帰還した。
「何物もおりませんでした」
 と、兵士は報告した。昼間見るのと同じ大地、同じ風景がそこにあるのみだったと。
 国中がそのニュースを聞いて狂喜した。人々は先を争って、地上への出口に殺到した。
ハッチを開け、次から次に夜の地上へと踊り出た。
 が、ひとり目の兵士を無事に帰したのは「魔」の狡猾な罠であった。
 地上に出た人間はたちまちのうちに食い尽くされ、さらに開け放たれたハッチから
「魔」が蟻の巣のような国家になだれ込んできた。
 国家の隅々までが夜に満ちるのに、長い時間はかからなかった。その国の人々からは、
朝の光は永久に奪われてしまったのである。

 隣国の軍師は、策謀家として時代の中でも群を抜いていた。彼は、国を落とす方法は
武力だけではなく、知略こそが肝心だ、と常々側近に向かって教えていたのである。
「『アメリカの夜』は、もっとも効果的な戦略兵器だ」
 ある日、彼は作戦会議で驚くべき作戦を披露した。
「こんなビデオがですか?」
 が、会議の面々は、そこに映った夜の風景を見て驚愕した。
「夜だ! まさか……」
「慌てるな。実は、先日、古代図書館で、映像技術に関する注目すべき解読があった。
アメリカの夜とは、かつて、アメリカ映画が多用した技術のことだ。カメラに青色フィ
ルターを被せて露出を絞れば、簡単に擬似夜景を作ることが出来るんだよ」
「と言うことは……」
「このビデオに写っているのは、夜じゃなく昼間の風景なのさ」
 軍師はそういって、にやりと笑った。

(この掌編を書くに当たって、雑誌プレミア五月号の記事を参考にしました)


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●機械仕掛けの兎は上弦の月で跳ねる/mojo

 月基地では削岩機で資源となる鉱物を掘り出していた。一昔前までは削岩機によるそ
れらの作業も人の手によるものがほとんどだったが、今では人工頭脳を搭載したロボッ
トが操作していた。
 マシンアームと呼ばれる作業ロボットが月面での労働を行っている間、自己増殖型A
I機能を搭載した管理事務ロボットがマシンアームの作業監督および月基地内の居住施
設や実験作業スペースの管理を担っていた。
 月面では今、惑星との交信を行なうための巨大なアンテナを建造している最中だった。
 このプロジェクトは今から約20年前に日本とアメリカの宇宙化学研究所が共同で起
こしたもので、北極星の横にある恒星近くの惑星から送られてきた知的生命体によるも
のと思われるメッセージを受信したのがきっかけだった。その惑星の名を学者達は「ゼ
ルダ」と名づけた。
 その当時、地球上に存在するアンテナではゼルダからのメッセージを受信することは
出来ても、こちらからゼルダにメッセージを送信することが出来ずにいた。そうして起
こったプロジェクトが今行なわれている惑星間電波送受信システムPODPSであった。

 ゼルダからのメッセージ。それは奇妙に歪んだ生物の描写であった。
 はじめそれは異なる長さの電子音でしかなかった。しかし、ある学者がそれらの電子
音が一定の長さの間隔で送信されているのを発見し、その電子音の発信源である惑星に
知的生命体が存在するのを確信するに到った。
 そのメッセージは連続する電子音と空白で成り立っており、一番最小の電子音を1と
して、それらの電子音、空白の長さをCP上のマス目に沿って埋めていく。するとあると
ころまで行くと、そのメッセージは同じ法則の電子音と空白の繰り返しという事に気が
付く。
 最大の長さの電子音よりも長く続く空白を文章の改行部分と考えると、メッセージは
24×24のマス目に歪んだ生物の姿を映し出す。
 それは4本の足に3本の腕、頭部と思われる部分には2本の触覚。胴にあたるであろ
う部分が垂直に立ち、そこから4本の足が真っ直ぐに伸びていることから、馬や牛など
の四足歩行生物よりはむしろ人間の様な生態に近いのではないかと推測されていた。
 昆虫の様なその姿態とは裏腹に、かなりの高度な知性があると受け取れる。ゼルダと
地球との距離を考えると、まだ地球上に生物が誕生する以前からこのメッセージを宇宙
に向けて発信していたということが伺えるからだ。しかし、このPODPSが上手くいったと
しても、こちらのメッセージがゼルダに届く迄には人類の歴史よりも長い時間がかかる
であろう。それでも人類は地球以外の知的文明を持った惑星の存在に希望を持たずには
いられなかった。

「ウィルキンソン博士のチームの作業は上手くいっているのかね?」
「はい所長。順調に進んでおります。このままのペースを保てれば、あと2〜3年で送
信段階までいけるでしょう」
「そうか」
 ディキシーは煙草の煙をくゆらせながら、窓の外を眺めた。
 基地の外、月面では作業車がマシンアームにより休むことなく活動していた。
「それでは、私はこれで」
「うん」
 秘書官が頭を下げて退出しようとしたところを、ディキシーは思い出したように呼び
止めた。
「そういえば地球からの支給品の中に私が頼んでおいたカルヴァトスがあったはずだ。
あれをウィルキンソン博士に届けてやってくれ。私からの差し入れだと」
「わかりました」
 秘書官が退出した後、ディキシーは再び窓の外を眺めた。あと3年か4年か、再び地
球の地を踏むことが出来るのは。
 ディキシーは煙草の煙を溜め息混じりに吐き出した。

 暗く冷たい冬の海の底から、遠く水面から降り落ちる月の光を見上げていた。
 穏やかに映る月の光が、ゆらゆらとたゆたいながら静かに降り落ちてくる。
 魚たちは眠っているのか、息を潜めている。
 水底から見上げる月は歪んだ光を投げかけながら、笑っている様にも泣いている様に
も見える。その泣き笑いの月を見上げながら、彼は大きく息を吸い込んだ。
 新鮮な海水が肺を一杯に満たす。ゆっくりと吸い込んだ海水を吐き出すと、海中にい
た微生物たちが泡を食った様に飛び散っていった。
 彼は月に向かって触手を伸ばしていった。
 だが、その手は月どころか、遠く水面へも届かない。それでも彼は精一杯、触手を伸
ばし、せめて月の光に触れようとする。
 彼の文明は既に絶えて久しい。
 長い年月の間に繁栄と衰退を繰り返し、今はもう彼の知る限り、この惑星上には彼以
外の文明の後継者はいなかった。
 彼がこの海に産声を上げてから、既に一千年近くの歳月が流れようとしていた。
 彼が生まれる以前、外の宇宙に向けて生命の存在を示すメッセージを送信する計画が
長く行なわれていた。
 あのメッセージは誰かの元に届いたのであろうか?
 この惑星上に築いた彼の文明の軌跡に。
 静かに瞳を閉じる。
 彼にとって人生とは、悠久よりも長い一瞬の夢物語なのだ。

 <了>
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  月刊ノベル・アンソロジー号のご案内

 1997年2月創刊のメルマガ「月刊ノベル」もおかげさまで6周年となりまし
た。当初はひとりのアマチュア作家の読み切り小説掲載というだけのものでしたが、
2000年8月から編集人ミヤザキがインターネット上で見つけた佳作を毎月紹介
するというコンセプトに変更し、以来、24名のネット作家に登場していただきま
した。そこで今回、歴代の月刊ノベル掲載ネット作家に呼び掛けて、アンソロジー
号を編集することとしました。幸いにも10名を超える差作家の賛同をいただき、
現在、執筆をお願いしているところです。今後も原稿が届き次第、メルマガにてお
届けしますので、どうぞご期待ください。

    アンソロジー号登場(予定)作家は次の方々(敬称略)です。

 青野岬、伊勢湊、神楽坂玉菊、佐野祭、ドルフィン、のぼりん、まあぷる、
 舞火、mojo、PAPA、やみさき

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