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          ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン

          月 刊 ノ ベ ル

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           特別企画「アンソロジー・月」

 歴代の月刊ノベル掲載作家による掌編集「月」を順次お届けしています。
 今月は第4回配信としてつぎの2作品をお届けします。

    月姫        by 神楽坂玉菊

    靉靆の月      by PAPA

 いずれも2000字程度の読み切り掌編です。どうぞお楽しみください。

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       月刊ノベルは等幅フォントでお読みください。
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 ●月姫/神楽坂 玉菊

 きみがいなくなって、この部屋は本当に広く感じるよ。
 ちょっと前までは、あのソファーで本を読んだり、むこうの台所で慣れない手つきで
野菜を刻んでいたり、このベッドで一緒に眠ったりしていたのにね。
 きみはいないけど、きみが残していったものはたくさんある。床に散らばったままの
服、プレゼントしたネックレス、よくつけていたバラの香りの香水・・・。
 あんなに好きだったのに、あんなに愛したのに。長い艶やかな髪に指をとおして、何
度も愛してるって囁いた。きみも、そう言ってたよね。
 優しくて、わがままで、甘え上手で、子供っぽくて。
 綺麗で、愛くるしくて、冷たくて、淫らで。
 大好きなきみ、この腕をすり抜けて・・・。
 あの月に帰ってしまったんだ。
 
 きみと出会ったのは、二人でたまに遊びに行っていた近所の川原。空虚に襲われて、
気晴らしに散歩に行ったときに偶然見つけた。きみは川原にうずくまっていた。ただ
黙って、川面に揺れる満月を眺めていたんだろう。こちらにあの黒髪をむけて・・・。
足音に気づいて、きみはゆっくりとこちらを向き、立ち上がった。
 視線が外せなかった。煌々と照る月の光の中、きみは息をのむほど美しく見えた。そ
れがきみ自身の美しさだったのか、気まぐれな月のみせる魔法だったのかはわからない。
どちらでもいい。一目で虜になってしまったのには変わりないから。
 きみはそれがすぐにわかったんだ。笑みを浮かべて、手招きをした。足が勝手にきみ
に吸い寄せられる。
「暇ならお話でもしない?」
 きみは親しげに、答えのわかりきった問いかけをしてきた。間近で見れば見るほど、
きみは綺麗だった。服は薄汚れてはいたが、白い小さな顔、黒い長い髪は少しも汚れて
はいないように見えた。きみの手が、ためらうことなく伸びる。赤い口唇がまた笑って
いた。

 草の上に寝転んで見る満月は、信じられないほど大きく見えた。半身を起こして隣を
見れば、きみが無表情に仰向けに寝ていた。
「きみはこの辺に住んでるの?どこから来たの?」
 ベルトを締めながら、初めて言葉を発した。
 きみは胸元をはだけさせたまま、月を指差した。
「月・・・?」
「そうよ。お月様」
 そうして微かに笑うきみが、なぜか嘘を言っているようには見えなかった。月光を浴
びるきみにはその言葉を納得させるだけの何かがあった。
 このこが「月から来た姫」であっても何の不思議はなかった。
 
 その夜から、きみとの暮らしが始まった。他人が聞いたらさぞ馬鹿な話だろう。それ
でもよかった。刺激が欲しかった、空虚を埋めたかったのかもしれない。きみと出会っ
たことで、ぼくの生活は一変した。刺激の溢れる、同時に今までにない安堵を感じる毎
日になった。きみは御伽噺のお姫様さながら、いろいろなものを欲しがった。でも与え
ればお釣りの来るほど、きみは形のない贈り物をくれた。
 きみを愛した、きみは愛してくれた。ずっとこんな毎日が続くと信じていた。眠る時、
きみをしっかり腕に抱いて、夢の中でも「愛している」と囁いた。きみも囁き返してく
れた。御伽噺のお姫様は月に帰ってしまったけれど、きみはこの腕から離さない・・・
そう願っていた。
 
 月は欠け、消え、満ちる。月が檸檬のような形になった頃、きみが背を向けて眠り始
めた。嫌な予感がした。そしてそれは的中した。
 満月の晩だった。きみが突然、荷造りを始めた。慌てて問いかけた。
「何で?どこへ行くの?」
「なんか飽きてきたから家に帰るの。まぁ、貰ったものを置きに行く・・・みたいな感
じだけどね」
「家って・・・だってきみは・・・」
 その続きを察知したのか、きみは馬鹿にしたように笑いながら、
「あーそうそう。月に帰るのよ」
 その顔が、ひどく醜く、歪んで見えた。
 きみも・・・ただの女なのか?
 そんな思いを振り切るように、きみの腕を掴む。きみは汚いものでも見るように冷た
い一瞥をくれ、掴まれた手を振り切った。そして旅行かばんを持って玄関に向かった。
「待って。なんでも言うことをきくから、出て行かないで」
 思いつく限りの、心を込めた愛の言葉で、きみを引きとめようとしたのに・・・。
「勘弁してよ、気持ち悪い! 何でこれ以上好きでもない男と一緒にいなきゃいけない
の。楽しかったでしょ、不相応な夢見れたじゃない?かぐや姫と寝たんだから」
 それから我にかえった時・・・きみは目の前で、腹から血を流して倒れていた。
 
 気付けば、あの川原にきみを背負って来ていた。草の上にきみを抱いて座る。
 振り仰ぐと、あの夜と同じ満月。あの夜と同じ月明かり。でも照らされたきみの顔は、
あの夜よりも白くてもはかなげで美しかった。
 苦しそうにきみは息を吐く。服は胸まで赤くなっていた。それでも、なぜこんなにも
綺麗に見えるのだろう。きみは本当にこの世の人ではないようだった。
「私・・・死ぬの・・・? 死にたく・・・ない・・・」
「大丈夫だよ」
 子供のように不安そうに泣いているきみに、安心させるために優しく優しく微笑んで
みせる。
「ちゃんと帰してあげるから・・・月に」
「え・・・」
 そしてきみを抱き上げ、川辺にたった。川面に、ゆらゆら月が揺らめいている。
「じゃあね・・・」
「やだ・・・いや・・・やめて・・・!」
 川面に映る満月・・・どうかきみが無事にあの月に帰れますように・・・。

 ベッドに寝転ぶと、きみの香りがする。
 今朝、ニュースで、きみと同じ顔の女を見たよ。家出中に殺されて、海で発見された
んだって。ろくでもない女だったんだろう。
 今頃きみは、月の宮殿で、綺麗な着物を着て、大勢の家来にかしづかれているんだろ
うね。
 きみだと思って、枕を抱きしめる。
 優しくて、嘘つきのきみ・・・本当に愛していたんだよ、今までの誰とも比べること
なんてできないくらい。ずっと一緒にいられると信じてた。でもきみは月のお姫様だか
ら、ここにはいられなかったんだよね。嘘をついてまで、出て行かなくちゃいけなかっ
たんだよね。
 涙が溢れる。枕を強く強く抱きしめる。
 インターホンが鳴り響く。ドアを叩く音がする。何度も何度も。
 もう少しだけ待って・・・きみの香りを感じていたいから・・・。 
 
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 ●靉靆の月/PAPA

月が靉靆に隠れるとき、私の脳裏には、全裸になった彼女の姿が映し出される。
 記憶の中の彼女は、それとは違う。セーラー服をまとい、指先で机を叩き、モールス
信号を打っている。上手に解読できると、彼女は天上の笑みを惜しげもなく見せてくれ
る。

 一昔前、私は高校の卒業パーティーに出席した。場所は繁華街の裏路地にある居酒屋
で、「港」という屋号が目印だった。地元で揚げられたばかりの魚介類を使う郷土料理
や、刺身に蟹鍋、それにビールと、それらが料金に関係なく振る舞われたのは、経営者
の息子がクラスメートだったからに他ならない。
 居酒屋の跡取り息子は、「俺に感謝しろよ」と派手な半被を着て、酒を勧める。もっ
とも、酌をする相手は女の子だけだ。三年二組の二一人いる女子生徒の内、不在は一人。
テニスクラブの送別会と重なったため、遅れるという話だった。
 扉が開き、泡雪とともに、のれんを人がくぐる。店主の声につられて、客を目で追う。
三度、ため息がこぼれた。そのせいか四度目に小さなガッツポーズが出てしまった。
「遅いよ、真奈」と、誰かが口にする。私も反射的に頷いている。
 未妃真奈が顔を出したのは、午後八時を回っていて、私達はとうに酔いが回り、箸が
転がるだけで笑い声が渦を巻くような状態だった。普段は理路整然と演説を打つ委員長
も、呂律が回らず、名演説家という愛称が泣いていた。
 私の横に座る、今や迷演説家を脇に押しやり、真奈を誘う。彼女はコートの雪を払い、
小上がりにあがった。彼女の脱いだコートは、女たらしの――だが私の親友の跡取り息
子が、わざと大げさな身振りで受け取る。鼻を近づけ、布地の匂いを嗅ぐそぶりを見せ
る。彼女は、肩をすくめて、それを無視した。私の横に座り、掘り炬燵に足を投げ出す。
彼女はビールのジョッキに口を付けながら、足先で私のスネを軽く叩く。触れる時間が
長いのは線で、短いのは点になる。
「――・ ――― ―― ―・」
 符号表がないので、何を伝えたいのか、酔った頭では分からない。ただ曖昧に微笑ん
でみる。満足したのか、彼女も笑みを浮かべた。
 二次会、三次会と人は流れた。場所が移るに従い、人数が減っていく。四次会はさす
がに断った。明日、上京する私にしてみると、これ以上のつきあいは、負担になる。ス
ナックのカウンターで、短い別れの言葉を口にした。
「盆暮れには帰ってこいよ」
 親友の港琢馬は、後ろ姿だけを見せて、片手を振る。
「私も帰るわ。送ってくれる?」と、未妃真奈が私に視線を送った。思わず口角がゆる
む。
 外に出ると、電飾看板にもうっすらと雪が積もっていた。見上げても雲が靉靉とした
まま月を隠し、人工の明かり以外に彩りは見えなかった。
 最初は、真奈の家までタクシーで送ろうと考えたが、結局、歩くことに決めた。私は
大学に進学するが、この不況の中、彼女は地元に就職するしか選択肢がなかった。二人
でいられるのも、今日が最後かもしれない。彼女の手の甲に触れ、次いで指を絡める。
彼女が頬を私の肩に寄せる。
 繁華街を抜けると、立体橋の向こう側に寝静まった小学校のグラウンドがひろがる。
黒い窓ガラスを横切り、住宅街に進む。あと百メートルも歩けば、彼女の家だ。私の歩
みも遅くなっていく。角のコンビニで彼女が足を止めた。
「ねえ、飲み足りないわ。少しつきあってよ」
 そういって、彼女は私の手を引く。自動扉を二度抜けたとき、私は手に袋を提げてい
た。中には缶ビール、それとつまみの袋菓子が入っている。
 住宅街の手前に、公園があり、私はそこに導かれた。塀の手前にかまくらが作られて
いる。水銀灯の輝きの下、中に古ぼけた絨毯が敷かれているのが目にとまる。
「早く、早く」先に真奈が入り、つられて私も中に入った。立つことはできないが、大
人二人ぐらいなら楽に座れる。真奈が缶ビールのプルタブを空けて、口をつける。それ
から私に勧める。間接キスだなあ、などと頭の片隅に語句が浮かぶ。高校の想い出を肴
にした莫迦話に酒がすすむ。気がつけば、買った缶ビールを全て飲み干していた。
 真奈は「なんだか熱いなあ」と言いながら、コートを脱いだ。外は氷点下といえ、か
まくらの中はそれほど寒くはない。「熱い、熱い」と言葉を連呼して、セーターも脱い
でしまった。艶やかな肌の色、二の腕に一つだけあるほくろが妙に色づいて見える。上
だけとはいえ、下着姿の彼女を見るのは、今日が初めてだった。
 彼女が私に身体を預けてくる。私も無性に熱くなってきた。それに従い、頭の中で景
色が回り始めている。真奈とつきあって、半年になるが、一線は越えたことがない。
「ちょっと、待って」飲み過ぎたせいか、小用が近くなっていた。最悪のタイミングだ
と思いながら、かまくらを出る。近場で用をたそうと思っても、彼女が顔をのぞかせて
いるから、そうもいかない。ふらつく景色に頭を振りながら、私は公衆便所を求めた。
飲み過ぎたせいで、視界がかすむ。震える右手を伸ばして、取っ手を握り、扉を開けた。
ムッとした熱気が身体を包む。チャックを下げて放水した開放感は、快感となって渦を
巻き、しまいには、ぼうっとして何がなんだか分からなくなっていた。

 気がついたとき、夜が明けていた。私をたたき起こす声は、見知らぬ女性のもので、
見えるものも、見知らぬ家の玄関でしかなかった。呆然とした私は、頭を下げながら、
何かを忘れていることに気がついた。それが何かを思い出したとき、全ては終わりを告
げていた。

(了)

 靉靆(あいたい)=〔形動〕雲などが厚く空をおおっているさま。また、暗く陰気な
さま。(編集人付記)
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  月刊ノベル・アンソロジー号のご案内

 1997年2月創刊のメルマガ「月刊ノベル」もおかげさまで6周年となりました。
当初はひとりのアマチュア作家の読み切り小説掲載というだけのものでしたが、2000
年8月から編集人ミヤザキがインターネット上で見つけた佳作を毎月紹介するというコ
ンセプトに変更し、以来、24名のネット作家に登場していただきました。そこで今回、
歴代の月刊ノベル掲載ネット作家に呼び掛けて、アンソロジー号を編集する企画を立て
たところ、幸いにも11名の作家のご賛同をいただきました。
 すでに配信されたアンソロジー号とこれからの配信予定です。

 第1号(4月配信) 海月(青野岬)、月(ドルフィン)
 第2号(5月配信) 月は金魚の夢を見る(まあぷる)、月の魔力(舞火)
 第3号(6月配信) アメリカの月(のぼりん)、
           機械仕掛けの兎は上弦の月で跳ねる(mojo)
 第4号(7月配信) 月姫(神楽坂玉菊)、靉靆の月(PAPA)
 第5号(8月配信予定) 月夜の晩に(伊勢湊)、揺れ月(やみさき)
 第6号(9月配信予定) 大型演歌小説「月の雫」(佐野祭)+編集メモ(ミヤザキ)

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   メルマガタイトル:テキスト版月刊ノベル
        発行日:平成15年7月1日
      総発行部数:1,100部 
      編集・発行:MiyazakiBookspace mbooks@dream.com
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