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          ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン

          月 刊 ノ ベ ル

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           暑中お見舞い申し上げます。

 ほんとうに梅雨はあけるのだろうかと正直心配になりそうな関東地方の長梅雨ですが、
なんとか今週末には夏の青空が見られそうで、ほっとしてます。お変わりありませんか。
まじめな小説マガジン月刊ノベルの8月号をお届けします。

           特別企画「アンソロジー・月」

 月刊ノベルは6ヶ月連続で11名の歴代掲載作家による掌編集「月」を順次お届けして
います。今月は第5回配信としてつぎの2作品を掲載いたしました。

    月夜の晩に     by 伊勢 湊

    揺れ月       by 已岬佳泰

 いずれも2000字程度の読み切り掌編です。どうぞお楽しみください。

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       月刊ノベルは等幅フォントでお読みください。
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 月夜の晩に/伊勢 湊

 この街には夜通しやっている映画館もなければファミレスもない。夜の八時には闇を迎
え入れてしまうこの街で、けれども僕たちは月の明るさを知っている。儀式のために開け
放たれた中学校の教室の窓から時折吹き込んでくる、五月のまだ少し冷たさを残す風がふ
わりとカーテンを揺らす。教室の中に射し込むその青い月の光は、太陽のそれほど公明正
大でもなければ有無を言わせないほどの完璧なものでもないけれど、その今にも壊れそう
な脆弱さは、むしろ優しくて僕たちを安心させる。
「はじめようか」
 忍び込んだ教室の机の一つに用意してきた紙を広げる。鳥居と五十音の文字、それから
「はい」と「いいえ」などが書かれている。その上に武ちゃんが十円玉を置いた。僕たち
が準備する間も健ちゃんは一人下を向いていた。もちろん、こっくりさんが怖いわけでは
ない。噂が社会を形成していた小学校のときならいざ知らず、中学生の僕たちは自分たち
でもしらけてしまうくらい情報社会に精通してしまっていて、いろんなことを知りすぎて
いた。キスもしたことないのに避妊の仕方を知っていたり、アルバイトさえしたことない
のにリストラ後の見の振り方を考えた。こっくりさんで十円玉が動くのは無意識の願望が
筋肉を動かす不随意運動だということも知っているし、取り憑かれたみたいになるのは自
ら催眠状態に入ってしまうせいだ。この時代に僕たちが怖いと思うのはそんなことではな
い。僕たちが怖いのは理由なく暴力に訴えてくる危ない連中。暴走族や不良、少年マフィ
アに薬物ジャンキー、理解できない変質者たち。そして、脈絡もなしにそんなものにぶつ
かってしまうこともあるという事実だ。
「健ちゃん。さあ、やろうよ」
 僕は健ちゃんを促す。僕たちは十円玉に指を乗せる。でも、大切な質問のときだけは僕
は乗せた振りだけをする。それが武ちゃんと僕が考えた健ちゃんの心を確かめる方法だっ
た。
 
小学校に入る前からお互い近所だった僕たちはずっと一緒だった。友達という言葉にむし
ろ違和感を覚えるくらいに仲が良かった。そんな健ちゃんと、明日から長い間会えなくな
る。
 仕方がないことだったと思う。でも、それがあと三十分でも早ければ、あるいは部活の
帰りでバットを持ってさえいなければ結果は違っていたかもしれない。
 家に帰った健ちゃんは二階の妹の香純ちゃんの部屋から大きな物音がするのに気が付い
たという。直後に香純ちゃんの小さな悲鳴。階段を駆け上り部屋のドアを開けた健ちゃん
の目の前には顔にやたらとピアスをつけた二人の男の姿があった。片方はズボンを下ろし
て泣きじゃくる香純ちゃんの服を剥ぎ取っていて、片方はそれをにやにや見ながらバタフ
ライナイフを弄んでいた。健ちゃんが入ってきても男たちは止めるどころか「おまえも参
加する?」と言ってきた。そのあとのことは正確には覚えていないという。ナイフを持っ
た男は体中に八箇所の骨折とあばら骨で内臓を傷つけての重態。ズボンを下ろしていたほ
うは頭蓋骨骨折で死亡したという。
 健ちゃんが悪いとは誰も思わないだろう。でも理不尽だけど健ちゃんにも罰は降りか
かった。「相手も未青年だったんだって」健ちゃんはぽつりとそう言っていた。そしてい
ずれにしてもこの街には、もういられないとも。

 健ちゃんがどういう施設にどれだけの間いなければならなくなるのか分からない。香純
ちゃんはそのときのショックのせいで遠い街の病院で療養中だという。家族は明日、その
病院がある町へ越していく。僕に言わせればあまりに理不尽な仕打ちだ。
そして健ちゃんが受けた傷のこと。学校の帰りに健ちゃんの家に寄ったとき玄関から女の
人の叫び声が聞こえた。「どうして、どうして殺したんですか? 悪い息子だったかもし
れません。痛めつけてやっても良かった。でも、どうして殺す必要があったんですか?」
あまりの言い方に怒りに突き動かされて玄関へ向かおうとした僕の肘を武ちゃんが掴ん
だ。顎をしゃくるその先に二階の部屋の窓際で、もしその下に電車でも走っていれば今に
でも飛び込みそうな悲痛な顔をした健ちゃんがいた。

「こっくりさん、こっくりさん…」
 伝統にのっとったやり方でこっくりさんを呼び出す。「なかなか雰囲気あるなぁ」と笑
う武ちゃんに健ちゃんもつられてわずかに笑う。
「こっくりさん、健ちゃんは将来何になりますか?」
 いしゃ。健ちゃんの望みか、あるいは僕の期待なのだろうか。様々な質問を僕たちは繰
り返していく。大学受験ストレートで受かるか。結婚する人の名前は。童貞喪失は何歳か。
三人の中で将来頭が禿げるのは誰か。あまり明るい遊びではないけれど、やはり三人でい
ると楽しい。でも、だからこそ大切な質問を聞くのが怖い。
 そのとき教室の黒板側からゆっくり影が射してきた。月に雲がかかったようだった。な
にか疲れた感じのする健ちゃんの横顔が青い月の光に照らされていた。それが影に沈んで
いく。今しかない。ふとかち合った武ちゃんの目もそう言っていた。
「僕たち、また会えるかな?」
 闇の中、僕はそっと十円玉から指を離した。緊張が生まれ、闇の中を漂う。もし十円玉
が動いてなかったら、もし「いいえ」の上にあったら。どうしたらいいのかの答えが出な
いまま黒板のほうから教室が月の明かりを取り戻す。そして再び十円玉が紙の上で青い光
を浴びた。
「はい」の上に十円玉があった。
 一瞬止まった時間が動き出し、僕は健ちゃんを見る。その顔はとても穏やかだった。
 僕は十円玉の上に指を戻すのを忘れていた。それを見て武ちゃんが、あちゃーという顔
をしてから言った。
「うわっ、いまなんかいたぞ。黒板のところ!」
 いるはずがない。分かっている。でも僕たちが「ほんとか?」とか「やべーよ」とか言
いながら、紙と十円玉を片付け、窓を閉め、机をきちんと並べてから、大急ぎで教室から
逃げ出した。校庭に出た頃には、なぜか三人ともこらえきれなくなって、青い月の下で声
を出して笑いながら、空に拳を突き出して走っていた。

(終わり)
 
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 揺れ月/已岬佳泰

 流れる音楽に合わせて指先でテーブルを叩いていた姫野が、急に背筋を伸ばした。ちょ
うどダンサーのチェンジがあって、新しい女が丸いステージに上がった時だ。薄暗いクラ
ブの灯りでは姫野の表情までは伺えない。しかし、それまで悠然とビールを飲みながらス
イングしていた男が、彫像のように動きを停めたのだ。私は飲みかけのマティーニをテー
ブルに戻し、彼の視線を追った。
 ステージではシルクのガウンをまとった女が天井から下がったバーに両手を伸ばし、そ
のくびれた腰をダイナミックにスウェイさせていた。体型はスリム、こぶりだが弾力のあ
りそうな胸も尻も、その前に出ていた白人女に決して引けは取らなかったが、髪の毛と目
の色が東洋系であることを告げていた。なにか軽口でも叩くかと思ったが、姫野は黙って
女を見ていた。

 M通りのクラブ・シャーレー。ワシントンDCでテーブルダンスと言えば私たちはいつ
もここだった。シェナンドアというDCから100マイルも西に走った田舎町を訪ねた帰
り。そのままオフィスのあるシカゴにとんぼ返りもできたが、私たちはそれほど仕事熱心
な日本人ではなかった。さんざん嫌味を言われながら、なんとか大型農機のリース契約を
断ってきたところだった。気分転換にDCで一夜を過ごしてから帰還しても、誰にも文句
は言わせない。

「知ってる顔か」
 私の問いに首を振りながら、しかし、姫野の視線は東洋系のダンサーから離れない。つ
いに立ち上がると珍しく紙幣を片手に歩き出した。クラブ・シャーレーはテーブルダンス
クラブ、日本で言うストリップ小屋である。ただ、日本と違ってえらく雰囲気は明るい。
イルミネーション式の照明とリズミカルな音楽、いやなによりも裸で踊る女たちに鬱屈の
影すら見えない。観客も総じて行儀良く、口笛と歓声くらいで盛り上がっている。
 姫野が立ち上がるといっせいに拍手が湧いた。姫野がぎこちなく手を挙げる。私は不思
議な気分で姫野の細い背中を見つめた。仕事のやり口は冷徹で強引だが、そこを離れると
闇にひっそりとうずくまっているような男だった。それがぎこちなくも衆視の中を歩いて
いる。ダンサーも姫野を認めてバーから手を離しひざまずいた。姫野が折り曲げた紙幣を
差し出す。ダンサーが軽く首を振る。ここではダンサーはチップを手で受け取ってはいけ
ないルールなのだ。彼女はむき出しの左太腿を姫野の方に突き出した。そこに巻かれた細
い黒いガーターベルトを指さしている。姫野がゆっくりとベルトに紙幣を挟み込む。ぎく
しゃくした姫野を応援するかのように、ひときわ口笛と歓声が高くなった。
 姫野がなにか喋り、ダンサーが「ちょっと待って」と言うように指を一本立てて見せた。

 5分後。出番を終えたくだんの女が私たちのところへやってきた。近くで見ると顔つき
は彫りが深く東洋系ではないようにも思える。勧めもしないのに私たちのテーブルに腰を
落ち着け、キャシーと名乗った。私は20ドル紙幣を彼女の前に置いた。キャシーが、
にっと笑う。
「さっきの質問だけど」
 自分の赤い飲み物を手にするとキャシーは姫野にそう言った。
「ここでは毎週木曜日がアマチュアナイトなの。素人でも誰でもステージに上がって踊れ
て、ちょっとした小遣い稼ぎが出来るわけ」
 姫野が頷く。
「もう2週間くらい前かな。そこに東洋人がひとり来てた。可愛い子だったわよ。ジャパ
ニーズかどうかは知らないけど、英語もイマイチでね、でも客にはうけてたわ」
 私はマティーニのお代わりを頼んだ。キャシーが大声で黒服の大男に合図する。すると
彼は左手にマティーニを乗せたトレイ、右手に小さな丸い台を持ってやってきた。
「その子がね、ペインティングをしていたの。とってもナイスだったんで、私も真似して
みたってわけ」
 赤い飲み物に口をちょっとだけつけるとキャシーは立ち上がり、大男が運んできた丸い
台に靴を脱ぎ、私たちのテーブルに上がった。
「20ドル分のダンスをお見せしなくっちゃね」
 形の良い脚を私たちは少し見上げる感じになった、その時。
 私の目に意外なものが飛び込んできた。

 赤い月。
 向かい合う双子の赤い三日月がキャシーの内股にあったのだ。

 姫野はそれに気づいていた。おそらくキャシーがステージに上がったときだろう。それ
で姫野は、慣れないチップを持ってステージまで行く気になった。自分の見たものを間近
で確かめるためにだ。
 努めて目を背けていた現実に、ふいに横殴りされた気分だった。
 姫野はまだ未練たっぷりだった……2週間前に突然出奔した彼の妻に。 

 キャシーの大胆なテーブルダンスを楽しむ気持ちは失せていた。それよりも、虚ろに見
上げている姫野の気持ちを思った。妻、蓉子の失踪後、狂ったように電話をかけまくって
いた姫野。それでも行方がつかめず「あきらめたよ」とつい3日ほど前、あっさりと私に
告げた姫野。伝えるべきだろうか。2週間前に一度慎重に検討した命題を、私はDCの薄
闇で再び吟味していた。
 家を出ます。
 あの夜、あわただしいモテルの逢瀬で、蓉子は太腿の赤い月を私に見せてそう告げたの
だ。夫の痕跡をカムフラージュするために描かれた双子の赤い月。無惨な歯形はそれでも
よく見ればそれと分かった。彼女はあの後すぐにシカゴを離れ、ヨーロッパ経由で日本に
帰国している……はずだったのだが。
 アマチュアナイトの女が同じようなペインティングをしているとキャシーは言う。
 それが蓉子である確率は極めて低い。自分の傷をわざわざ露出するような真似を、気位
の高い蓉子がするはずはない。しかし、あんなところに赤い月を描く女もそうざらにはい
ないだろう……。

 キャシーのダンスは続く。
 見上げると、気だるい空間に赤い月がゆらゆらと動いている。
 マティーニのグラス越しに姫野も揺れ、私の気持ちもざわざわと揺れていた。

(終わり)
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  月刊ノベル・アンソロジー号のご案内

 1997年2月創刊のメルマガ「月刊ノベル」もおかげさまで6周年となりました。
当初はひとりのアマチュア作家の読み切り小説掲載というだけのものでしたが、2000
年8月から編集人ミヤザキがインターネット上で見つけた佳作を毎月紹介するというコ
ンセプトに変更し、以来、24名のネット作家に登場していただきました。そこで今回、
歴代の月刊ノベル掲載ネット作家に呼び掛けて、アンソロジー号を編集する企画を立て
たところ、幸いにも11名の作家のご賛同をいただきました。
 すでに配信されたアンソロジー号とこれからの配信予定です。

 第1号(4月配信) 海月(青野岬)、月(ドルフィン)
 第2号(5月配信) 月は金魚の夢を見る(まあぷる)、月の魔力(舞火)
 第3号(6月配信) アメリカの月(のぼりん)、
           機械仕掛けの兎は上弦の月で跳ねる(mojo)
 第4号(7月配信) 月姫(神楽坂玉菊)、靉靆の月(PAPA)
 第5号(8月配信) 月夜の晩に(伊勢湊)、揺れ月(已岬佳泰)
 第6号(9月配信予定) 大型演歌小説「月の雫」(佐野祭)+編集メモ(ミヤザキ)

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   メルマガタイトル:テキスト版月刊ノベル
        発行日:平成15年8月1日
      総発行部数:1,100部 
      編集・発行:MiyazakiBookspace mbooks@dream.com
    お申込みと解除:http://www2c.biglobe.ne.jp/~joshjosh/novel/
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