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           ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン
 
           月 刊 ノ ベ ル 9 月 号

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             いやはや、ひどい夏でした。

 新聞に掲載された「夏休み中のお天気」によると、晴れた日が数日しかない(関東)で
はありませんか。連日の雨、雨、雨。と思えば、ヨーロッパのほうは暑すぎる夏だったよ
うで、旅慣れている某氏もフランスからの帰国後、ぐったり。

 こういう変な夏にはさっさと店じまいしていただいて、さわやかな秋よ早く来い、とつ
ぶやいている今日この頃です。さあ、9月になりました。

 月刊ノベルの9月号は6ヶ月にわたってお送りした特別企画「アンソロジー・月」の最
終配信です。佐野祭さんの掌編「大型演歌小説・月の雫」をお届けします。どうぞお楽し
みください。

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       月刊ノベルは等幅フォントでお読みください。
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 今月のコンテンツ

 ・アンソロジー「月」第6回配信 大型演歌小説「月の雫」 佐野祭

 ・カンソな書評 > 芥川賞作品「ハリガネムシ」(吉村萬壱)を読みました。
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 大型演歌小説  「月の雫」  佐野祭

「できたぞ弥三郎、新曲が」
 杉野森弥三郎のような売り出し中の歌手にとって、有名作曲家の松本喜三郎にかわいが
られるというのはそれだけでも幸運である。
 月の輝く夜、弥三郎はそそくさと喜三郎宅を訪れた。
「これだ」
 弥三郎は喜三郎に楽譜を渡された。

 「月の雫」
 作詞/作曲 松本喜三郎

 誰も降りない駅に立ち
 受け取る人を待っている
 青い唇かじかむ指
 モデムをくばろう

 答えは返らなくても
 便りはとぎれても
 何かはつながっているのか
 一つの空の下

 月の雫が宿る街
 始発列車のアナウンス
 いつかきっと心は届く
 モデムをくばろう

「つきのしも。いいタイトルですね」
「『しずく』だよバカ。ちょっと歌ってみろ」
 喜三郎がピアノを弾き、弥三郎が歌う。何度か繰り返したところで喜三郎が言った。
「どうした弥三郎。調子が出ないようじゃないか」
「はあ」
 弥三郎は首をひねった。
「どうも……なんていったらいいか、この歌の情景がよくわからなくて」
「そうか」
 喜三郎は遠い目をしてつぶやいた。
「無理もないな。この歌は俺の実体験に基づいたものだからな」
「そうなんですか」
「ああ、今から二十年ほど前の話になる。若いお前にわからなくても仕方ない」
 喜三郎は語り始めた。
「俺がまだ作曲家として売れる前のことだった。生活のために、俺はモデム配りのアルバ
イトをしていた」
「あの、よく駅前でただで配ってるやつですよね」
「そうだ」
「あれって、そんな頃からあったんですか」
「今みたいなADSLモデムじゃないぞ。まだ1200bpsだったころだ」
「そのころモデムなんて配ってたかな」
「今みたいな誰もがインターネットするなんて時代じゃない。当時はまだパソコン通信だ
った。そんなあちこちで配ってたわけじゃない」
「なるほど」
「ある日俺はとある地方の駅でモデム配りをしていた。といってもそんな大きい駅じゃな
い。降りる人の誰もいない駅で、俺はモデム配りをしていた」
「ちょっと待ってください」
「なんだ」
「なんでそんな誰もいない駅でモデムを配るんですか。どうせならもっと大きい駅で配れ
ばいいじゃないですか」
「当時はな、草の根BBSというのが流行っていた。中央からではなく、小さなところか
らコミュニケーションの輪を広げようという試みがあったんだよ」
「そうなんだ」
「俺は黙々とモデムを配っていた」
「黙々と……って、ふつう何か言いながら配るでしょう」
「誰もいないのにしゃべってもしょうがないじゃないか」
「えーっと……」
 弥三郎は何か考えていたが、考えがまとまらなかったようだ。
「すみません続けてください」
「ふと空を見上げると月が出ていた。そう」
 喜三郎はカーテンを開けて空を見上げた。
「今日のような満月だ。俺はふと、別れた女のことを思い出した。俺が作曲家を目指して
上京したころに知り合って、三年ほど一緒に暮らした女だ。考えてたよ、結婚も。真剣に。
だがまだ作曲家として芽が出ず、まともな収入なんざありゃしねえ。それどころか、情け
ない話だがな、博打で大きな借金をこさえちまった。いや、今にしてみればそんなに大し
た金額ではないよ。でも、当時の俺には大金だった」
 喜三郎はグラスに氷とウィスキーを入れた。
「ある日俺が仕事から帰ると、彼女が旅支度をしていた。父親から知らせがあって、母親
が倒れたらしい。彼女はとるものもとりあえず帰郷した。俺は彼女の帰りを待っていた。
だが、いつまでたっても彼女が帰ってくる気配はねえ。おそらく父親がもう彼女を行かせ
まいとしたんだろう。連絡さえもふっつりととぎれやがった」
 水道からグラスに直接水を注ぐと、二・三回かき混ぜて弥三郎に渡した。
 弥三郎は黙って受け取る。
「ほんとにおやじの差し金だったのかどうかはわからねえ。でも俺はそう思わずにはいら
れなかった。もしかしたらあいつ自身の考えだったんじゃないか、そもそも母親が倒れた
というのはほんとなのか、そういう思いが浮かんでくるのを俺は無理矢理押し殺していた」
 喜三郎は同じように自分の水割りを作りはじめる。
「俺は月を見ながらその女のことを思い出していた。月は誰をも同じように照らす。彼女
のふるさとからもこの月は同じように見えている。俺がいま見ているのと同じように。そ
んなことを考えているうち、俺は自分の未練がましさに腹が立って仕事に戻ろうとした。
でも、モデムを配ろうとしてまたいろいろ考えちまってね。このモデムは、人と人を結び
つける道具だ。間の距離なんて関係ない」
 喜三郎は一口だけグラスに口を付けた。
「なんか急に自分が半端もんに思えてな。月もモデムも、隔たりなく人と人とをつないで
いる。隔たりはどこにあるわけじゃない、人間の心の中にあるのよ」
「……」
「そんなことを考えていたら、始発列車のアナウンスが耳に入った。いつの間にか夜が明
けてたんだな」
「ちょっと待ってください」
「なんだ」
「夜中に配ってたんですか」
「ああ。借金を返すために昼は工事現場でアルバイトして、夜は徹夜でモデムを配ってた
のよ」
「そりゃ誰もいないでしょ。無茶ですよ」
「そりゃそうさ」弥三郎は煙草に火をつけた。
「若いからできたことだよな」

                                 [完]
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 佐野祭氏のホームページ

 →「佐野祭の大型小説」 http://matsuri.site.ne.jp/novels/

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                 カンソな書評

           ハリガネムシ 吉村萬壱 文藝春秋

 今年(第129回)の芥川賞受賞作。高校で倫理を教える教師中岡は、風俗店で出会っ
たサチコというタガの外れた女となぜか波長が合うようで、夏休みに四国へとドライブす
る。中岡が体内に抱えるハリガネムシのような得体の知れない衝動が、サチコとの交わり
で次第に露わになり、やがて制御不能となって暴走する。一方で、2人の子持ちであるこ
の女(サチコ)と凡庸な結婚も考えるが、実家に戻り冷や水を浴びてやめる。
 高校の同僚女教師柴田女史の性的な魅力に捕らわれながらも、高校では突き抜けること
が出来ない凡人としての中岡が、サチコといっしょときは次第にハリガネムシそのものに
なってゆく展開は恐ろしいくらいに迫力があり、気持ちが悪いくらいに暗い。
 ただし、中岡の思考や行動にはたしかに読み手の中に潜む何かを刺激するものがあり、
それがこの短編を際立った異質なものにしているような気はする。読み終わって、しばら
く「なんかすげーもの読んだなあ」という印象が持続する怪作である。(ミヤザキ)
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   アンソロジー「月」バックナンバー

 1997年2月創刊のメルマガ「月刊ノベル」もおかげさまで6周年となりました。
当初はひとりのアマチュア作家の読み切り小説掲載というだけのものでしたが、2000
年8月から編集人ミヤザキがインターネット上で見つけた佳作を毎月紹介するというコ
ンセプトに変更し、以来、24名のネット作家に登場していただきました。そこで今回、
歴代の月刊ノベル掲載ネット作家に呼び掛けて、アンソロジー号を編集する企画を立て
たところ、幸いにも11名の作家のご賛同をいただきました。アンソロジー「月」のバッ
クナンバーはホームページで紹介しております。

 第1号(4月配信) 海月(青野岬)、月(ドルフィン)
 第2号(5月配信) 月は金魚の夢を見る(まあぷる)、月の魔力(舞火)
 第3号(6月配信) アメリカの月(のぼりん)、
           機械仕掛けの兎は上弦の月で跳ねる(mojo)
 第4号(7月配信) 月姫(神楽坂玉菊)、靉靆の月(PAPA)
 第5号(8月配信) 月夜の晩に(伊勢湊)、揺れ月(已岬佳泰)
 第6号(9月配信) 大型演歌小説「月の雫」(佐野祭)

 月刊ノベルのホームページ

 → 「月刊ノベル9月号」 http://www2c.biglobe.ne.jp/~joshjosh/novel/

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       メルマガタイトル:テキスト版月刊ノベル
            発行日:平成15年9月1日
          総発行部数:1,100部 
          編集・発行:mbooks(文責:ミヤザキ)
            連絡先:mbooks@mail.goo.ne.jp
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