ゆれ
西間りん
私の実家には、ざしきわらしがいる。
宮城県の町外れにある古い家で、代々続いている旧家だ。
十二代前だか十三代前だかの当主の娘が、そのざしきわらしを視るようになったと言われている。
そして、なぜだか、男の子には視えず、女の子だけに視えるそうだ。それも、女ならどの子にでも視えるわけではなく、時々視える子が生まれるということだった。
だから、私の家では女の子が生まれると、そのざしきわらしがいるという部屋で育てられる。言葉を発するようになっても、視えている兆しがなければ、別の部屋に移される。
そういうことをずっとやってきた家だった。
私の場合も、習慣に習って、そのざしきわらしのいる部屋で育てられた。そして、私の場合は生まれたときから、ざしきわらしが視えていた。
母親でもなく、父親でもなく、兄でもなく、祖母でもなく、祖父でもない、この存在は誰だろう。
いつもただ、じっと私をみつめているこの存在はなんなんだろう。
そう思っていたのを、覚えている。
言葉が出るよりも早く、その存在がいるということを、私はしぐさで表したのだった。
その時の我が家の歓喜といったら、なんと言ったらよいのだろう。私の前に視ることの出来た人物は、私の曾祖母だった。だから視える人物が久ぶりだったしし、ざしきわらしを視ることの出来る女の子は、この家に福をもたらすと言い伝えられてきたのだったから。
実際に、その曾祖母も、その時代では本当に考えられないほどの良い縁談が持ち上がったそうだ。そのおかげで、曾祖母の父親はその頃傾きかけていた商売がうまくいったと聞かされている。
だから、この子も良い所にお嫁にいって、この家になんらかの福をもたらすであろうと、小さな頃から言われていた。周りのそんな期待を受けつつも、実は私の初恋の相手は、ざしきわらしだった。
ざしきわらしは、年のころでいうと十四、五歳ぐらいに視えた。
きっと世間一般で知られているざしきわらしは、もっと幼い感じなのだろうけど、実家にいるざしきわらしはそれぐらいに視えた。
それに、こういう言い方は変だろうけど、そのころ流行っていたバンドのボーカルに少し似た顔つきをしていて、幼い私は身近にいるざしきわらしを恋の対象にしてしまったのだった。
毎日、家に帰るといるざしきわらしに、私はその日あった全ての事を話す。淡々と表情を変えることなく、ただ私をみつめているざしきわらしに、私は言葉切れることなく全てを打ち明ける。
丁度、そんな頃からだったと思う。時折、寝ている私の体を、てろん、てろんっと触ってくるようになった。
でも、それは全然嫌な感じではなく、なんというか、魂をマッサージされているような心地よさがあった。
そのときのざしきわらしも、やはり無表情なのだが、私は勝手にその瞳のなかに愛情を視ていた。
私が、十七歳の時に他の人よりもかなり遅れて初潮を迎えた。
それきり、あんなにはっきりと視えていたざしきわらしが視界から消えた。しばらくは、探したり、ずっと話しかけたりしたけれど、そうなってしまうと、自分の中にあった恋心も現実の人間へと移っていった。
でも、どの人と付き合っても、ざしきわらしの事を話すと、こんな感じのことを言った。「へえ、それって、お前の家だから大切にされるだろうけど、もう今の時代じゃ気持ち悪がられて終わりだぜ」
その言葉を聞いて、私はそれまで好きだなと思っていた気持ちがすごい勢いで萎んでいくのを、いつも感じた。
「へえ。いいなあ。一緒にいつもいてくれたんだね」そういってくれた人は、家中が大賛成の、東北でも指折りのお金持ちの次男坊だった。どこで私を見て気に入ったのかわからないけれど、その次男坊のほうから是非にと持ち込まれたお見合いの席だった。
私はそのまま、結婚を決めた。
今日は、この家を出る日だ。花嫁衣裳を着て、私はあの部屋でざしきわらしに話しかけた。今までありがとう、と。もうこの家を出るけれど忘れない。ずっと、好きだった。泣くのをこらえて言葉を出した。
そして、玄関からいろんな人に見送られて出ようとしたその時、家がかなり揺れた。
物理的に揺れてるというよりは、ある空間が共鳴してその場にいる人間に揺れているという感覚を味わわせているような揺れ。
「ああ、お祝いしてくれている」「よかったね。ざしきわらしさまだね」皆が口々に言った。
この家の言い伝えのひとつだ。ざしきわらしを視る女の子が花嫁になって、家を出るときは、ざしきわらしがお祝いとして空間を揺らすと言われてきた。
でも、私は涙を流した。悲しくって、どうしようもなく泣いた。
お祝いなんかじゃなくて、寂しくて悲しくて孤独なざしきわらしの声なんじゃないかと思えた。
それは、代々そうなのではないかと。時折にしか自分を視てくれる人間がいなくって、でも、その子も結婚して離れていく。そのたびに、これからまた百年や二百年、一人きりであの部屋で過ごすのだ。
私は、家に、あの部屋に戻りたくって、たまらなくなった。
(終わり)
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