第一講 「河内」を知るおすすめBOOK

 

 「百聞は一見にしかず!」

 この言葉どおり、地域を知るには、何はさておき、その地を訪ね、自分の足で歩いてみることが一番。

 とはいえ、遠くにおられる方も、またお忙しくてなかなかお越しいただけない方ももいらっしゃることと
思います。

 そこで、まずは、“河内”を知っていただく、というか“河内”への何かしらのイメ−ジを持っていただく
ために、いくつかおすすすの書物をご紹介させていただきます。

 これらの本を読み通すことによって、あなたなりの河内像を描いてみてください。


緑の風の夢みるところ

□ 『河内望郷歌』 佐々木幹郎(ささき みきろう)/五柳書院 1994

    

 大阪・南河内(藤井寺市)育ちで、今は東京在住の詩人・評論家によるエツセイ集。
 実は、何を隠そう、私のホ−ムペ−ジのプロフィ−ルで使わせていただいているキ−ワ−ド「緑の風の夢みるところ」の出典なんです。

 河内望郷にはじまり、河内彷徨までの51テ−マ。テ−マのすべてが漢字四文字。

 融通無碍/二上落日/石上露子/歌姫伝説/河内木綿/音頭奇縁/百派千人/葡萄栽培/
 本葡萄酒/ 球場今昔/万歳一座/重文民家/古墳宇宙など、

そのキ−ワ−ドだけでも、南河内へのイメ−ジが、大いにかき立てられる感じです。

 「円墳の緑の塊の向こうに二上山が見える風景、これは古代から一直線につながってくる南河内の持つ大切な文化です。ところが郊外住宅が増えるにつれて、この風景がどんどん変化している。

 遺跡や文化財和保存し、博物館を建てるのも重要なことだが、この古墳と山と川が作り出す風景を守るのも非常に大事なことです。地方行政はこの風景や地形の保存に対して、もっとお金もエネルギ−も注いでほしい。」
と、ふるさと南河内への思いを、著者は熱っぽく語っています。

 


みやびな文化の厚み

□ 『河内幻視行』 川村二郎/トレヴィル 1994

     

 先の『河内望郷歌』が、遠くからふるさとを思う気持ちで書かれているのに対し、「他国からの旅行者があこがれ、心地の誘うままに道の土地を歩き巡り歩き、熱っぽい目の捉えたものを文章に定着しようとした試み」だと著者自ら語っています。

『悪名』とか『河内風土記』とか、今東光の小説がどの程度現実の河内の風土を映しているのか、この地に住んで間もない私には、よくわかりませんが、その幾つかを読んだ限りでは、いかにもえげつない。

 しかし、そこでは粗野なりに朗かで愛嬌のある人間が描かれていて、そういう人間たちが、ある意味ではこよなく愛すべき人間でもあると、この著者は受け止めています。

 加えて、「河内というところは、杖を曳いて逍遙するところ、行く先々に歴史の片鱗がころがっているのだ」という『河内風土記』の一節に注目し、新鮮な河内像を提示してくれるのです。

 「歴史の古層を秘めた風土ならば、たとえ猥雑粗野な生活の様相を風俗のうちに示すことがあろうと、根本的にみやびな文化の厚みを証明しているはずではなかろうか」という切り口は、新しい河内像を探ろうとする私たちの試みに、きっと貴重な手がかりを与えてくれることでしょう。

 


もう一つの飛鳥

□ 『明日香の皇子』 内田康夫 /角川文庫 1984

 

     「うつそみの 人にあるわれや 明日よりは

               二上山を 弟世とわが見む」

この万葉集の古歌に隠された意外な事実をめぐり、東京、奈良、飛鳥を舞台に、古代と現代をロマンの糸で結ぶミステリ−小説である。

 二上山は南河内のシンボルです。私のマンションの窓からも、高校野球と花火大会で知られるPLの塔の借景として眺めることができます。四季折々、そして朝夕の風情をさりげなく感じさせながら、私たち河内人の心を優しくなごませてくれるのです。

 少しストリ−を紹介しておきましょう。

 主人公であるある広告会社の社員(村久)は、同じ職場の清楚で慎み深い女性(恵津子)に憧れ、いつしか二人は恋仲になる。が、「気をつけてください」とい言葉を残して、彼女は彼の前から突然姿を消してしまう。

 彼女の秘密を伝えようと彼に近づいた正体不明の男も「アスカノミコ」という謎の言葉を残し殺される。
 果たして、彼女の出生の秘密は?。

 巨大開発企業にまつわる、大物政治家をも巻き込んだ黒い噂。そして謎の連続殺人事件−−。
事件を解く鍵は、彼女が殺された正体不明の男に託した一枚の絵に隠されていた古い写真。
それは、第二次世界大戦中の日本兵の残虐な光景を写したものである。

今一つの鍵は、「飛鳥」という地名。「近つ飛鳥」こと、南河内(羽曳野市)の「もうひとつの飛鳥」なんです。
これこそ、あまり知られていない意外な事実。
「飛鳥」は、何も奈良県の専売特許ではないんですよ。

 こんなワクワクドキドキするスト−リ−。
 どこかのテレビ局で、サスペンスドラマに取り上げてくれないかな。

 


 河内野に咲く一輪の白菊 永遠に輝け

□ 『石上露子集』 松村緑編 /中公文庫 1994(1959 刊)

□ 『菅野スガと石上露子』 大谷渡 /東方出版

□ 『露の舞−私の石上露子と織田作之助』 北沢紀味子 /千鳥社 1992

□ 『評伝 私の石上露子』 松本和男 /中央公論新社 2000

            

 南河内(富田林市)が生んだ女流歌人・石上露子(1882−1959)の作品や生き様を知る手掛かりとなるおすすめの四部作。

   ゆきずりのわが小板橋

   しらしらとひと枝のうばら

    いづこより流れかよりし。

   君待つと踏みし夕に

   いひしらず沁みて匂ひき。

     今はとて思ひ痛みて

     君が名も夢も捨てむと

     なげきつつ夕わたれば、

     あゝ うばら、あともとどめず

     小板橋ひとりゆらめく

 春は見渡す限り菜の花が咲き続く河内野。清き水が流れる石川は、「石川の夕千鳥」と歌われるように、千鳥の名所でもありました。
 その石川の河原に続く庵の庭。分流する流れに小板の橋がかかる。うばら(野バラか)の花が流れ着いている。 そこに一人泣き濡れる乙女がいる−−−。

 この一作の絶唱で文学史に名を残した石上露子。明治40年の「明星」に掲載された詩「小板橋」です。 この詩を絶賛した女流作家の長谷川時雨は、露子をこう紹介しています。
「明星の女流歌人の中でもっとも美しき人とうたわれ、その歌の風情と、姿の趣を合わせて、白菊の花にたとえられた」と。

 露子の本名は杉山タカ。富田林寺内町の旧家(造り酒屋の大地主)杉山家の長女として生まれ、経済的にも文化的にも豊かな環境で育ちました。その中で学びの機会を得た露子は、欧米の思想に共鳴し、地主と小作、女性への束縛、戦争など社会の矛盾に目覚めます。

   みいくさに こよひ誰が死ぬ さびしみと

               髪ふく風の 行方見まもる

 これは、日露戦争中に詠まれた一首ですが、同じ頃発表された「兵士」と題する小説には、女を狂わせ男を残酷な殺戮者にしてしまう戦争に対する、露子の激しい怒りが込められていると言われています。その小説が発表された5ヶ月後に、与謝野晶子(1876−1942)の「君死にたまうこと勿かれ」が発表されているのです。

 人間として生きることに目覚め、地主の家に生まれながら弱い立場のものに目を向け、思想的にも非常に進歩的な考えを持った女性だと、上記著者の一人である大谷氏は語っておられます。

 ところで、小学6年生のある国語の教科書で、堺市と関わらせながら与謝野晶子について紹介する文章が掲載されていました。自分たちの郷土の人や産業や伝説などについて、調査したり、話し合ったりして報告しあうというテ−マなのですが、そこで南河内地域の小学校の先生にお願いです。少なくとも、この教科書を使って授業される際には、ぜひ石上露子をも関連づけて取り上げてほしいと思います。

 与謝野晶子とともに活動した素晴らしい女性歌人が、この大阪・南河内の地から誕生したということ、同時に、南河内が豊かな詩情を育む地であることを、子供たちに伝えたいものです。

        (朝日新聞1996/6/6「風景ゆめうつつ(6)」、富田林市広報1992/9等を参照)


♪このペ−ジのBGMは、中田章(中田喜直さんの父)作曲の「早春賦」です♪
とよさんのMIDI BOX」から、転載させていただきました。