日々の何気ない出来事を思いつくままに綴ってみました・・・

          

2月29日(火)晴れ 今日は高知県立中央病院会議室において平成12年度のへき地医療センター運営方針について話し合いがなされた。昨年までのへき地医療センターの実績と課題について前任のY井先生から説明があり、総合外来の今後の展望についても示された。へき地中核病院として必要なへき地診療所への代診や無医地区巡回診療、遠隔地画像診断支援、4月からの内科における外来業務の位置付けなどについての院長のお考えも聞くことができた。この他院内の自治医大研修医の指導・教育、職員検診のデータ管理やホームページなどによる広報業務、県や卒業生との意見調整、高知医大や看護学校への講義、ホームヘルパー講習その他諸々となかなか多岐多様にわたっている。実際の業務としては4月3日からということになろうが、それまでに前任のY井先生からしっかりと引き継ぎをしておく必要がありそうだ。

2月28日(月)晴れ 今月一杯をもって三豊総合病院での後期研修は終了となり、来月から高知県立中央病院へき地医療センターに身分が置かれ、研修先がこちらに変更となる。3月1日より高知県中のへき地医療センターに常勤医師不在となるため行政的に問題が生じてしまうという理由があるためである。しかしながら今回は特別な事情を考慮して頂き、3月になってからも三豊での内視鏡研修と在宅訪問診療研修は継続させて頂けることとなった。こういったいざこざもあり、病棟をもつとかえって混乱を招くことにもなりかねないことからS脇部長、A東内科医長とも相談して病棟業務から手を引く形となった。昨年4月から11ヶ月間で総受け持ち患者130名(うち剖検症例2例)、月平均11.8名というデータが出た。肝胆膵・消化器関連および在宅がらみの患者さんがやはり多かった。ミットとしてご指導頂いた医長はO原先生が最も多く、次いでA東先生という結果だった。この2人の先生をはじめとして各指導医の仕事ぶりには目を見張るものがあり、その後ろ姿を見て仕事ができたことは自分にとって貴重な経験であった。受け持ち患者さん達の引き継ぎを行い病棟のスタッフにも挨拶に廻った。何とも複雑な心持ちであった・・・・。

2月26日(土)晴れ 今日から一泊二日で医局旅行がある。行き先は何と高知市だ。皆で美味しいくえ鍋を頬張ろうというのが主たる目的なのだが現地集合現地解散というのが何とも三豊らしくて面白い。三豊OBである高知県同期のK村医師にも連絡をとり急遽参加してもらうこととなった。団長は高知県出身である麻酔科のK松先生であり、恐れ多くもH畑院長までもが来高されて大いに盛り上がりをみせた。2次会までしっかりと用意されていて、3次会でN津先生以下内科の若手医師同士で交流を深めた。ホテルに帰ったのはAM2時を過ぎていた・・・。

2月25日(金)晴れ 今日の夕方若手医師で集まって4月からの検査枠の希望調査を行った。やはり話題はM尾医師の後任についてである。後任医師の経験や専門性によって大きく左右されてしまうのだが、何とか現在の検査枠をベースにして若干の変更を加えた形でまとまりそうな印象はある。A東先生が研修医だった頃は入院の受け持ちが一人あたり24-25名もいて、検査も一通りこなされていたとか。そのことを思うと4月から病床が内科として約50床増え、外来ブースが1つ増えてもまだまだといった感はある。4月からは研修医のデューティの一つとして在宅訪問診療が追加されるようだ。複数で余裕をもった検査枠というのはなかなか難しいと思われるが皆それぞれがきっとその忙しい環境に適応していくのであろう。内科としては来年度は試練の年といっても過言ではあるまい。この荒波を乗り越えて今以上に充実した三豊総合病院内科に脱皮していって欲しいと願ってやまない。夜には内科若手の会が多度津の「海鮮うまいもんや」にて開かれた。皆で日頃の鬱憤を晴らそうというこの試みもはや3回目となる。OBのI川医師、内視鏡研修医のI井医師も参加して遅くまで歓談した。

2月24日(木)曇り 今日は高松で糖尿病のインスリン抵抗性改善薬Aトスの製品説明会に参加した。今までに遭ったことのない薬剤だけに興味もあってY井先生やI田先生らと出掛けた。難点とすればこの薬剤についても定期的な肝機能検査の必要性があり、患者さんによっては受け入れに難渋してしまうケースも出てくるかも知れない。しかしながら説明会で示されたデータはなかなかのものがあり、外来での糖尿病患者のコントロールに一助の効は与えてくれそうで楽しみである・・・。

2月23日(水)晴れ 今日内科のM尾医師が私と同じ3月一杯をもって転勤になる?というショッキングな話題が病院を揺るがした。通常であれば今年の10月異動となるのだが、今回の人事には色々と深い事情もあるようだ。いずれにせよ、研修医の中心として活躍している医師だけに残される後輩医師をはじめ、医長先生方の動揺も隠せない。夕方からの内科カンファではその件も含め、4月からの外来体制の検討で紛糾の途をたどった。6診から7診にブースが増えることも紛糾の原因の一端を担っているようだ。まずこの外来枠を決めてその後に検査枠の振り分けが可能となる大切な決定事項である。外来のオーダリングのことも相俟って不安を募らせている先生が多かった・・・。

2月22日(火)晴れ 今日高知県立中央病院へと出掛けた。事情があってへき地医療センターY井先生が2月一杯で県職を退職されることとなり、何故かその後任に私が就くことなった。Y井先生在任中に院長以下県中のスタッフへ挨拶できるラストチャンスということで朝の病棟回診を済ませてから高知市へと出掛けた。火曜日は内科の新患カンファが行われることになっていて、その機会を利用してY光部長より内科スタッフにも紹介して頂いた。この病院は大学を卒業して初めての初期研修でお世話になった場所ということもあり、その当時からおられる先生も多くて三豊に後期研修の挨拶に行った時のような緊張感はなかったように思う。来月からはY井先生からの引き継ぎ研修も予定されている。スムーズに引き継ぎが行えるように頑張っていかなければならない。

2月21日(月)晴れ 今日厚生省から三豊総合病院に調査員が派遣されてきた。数年先に導入されようとしている臨床研修指定病院の指定を受けるに相応しいか否かを実地調査に来たというわけである。すでに最も重視される剖検数については100床増床後(520床)の必要剖検数でカウントされるため、クリア件数として年間52件というとてつもない課題を渡されていたのだが、それをいともあっさりとクリアしてしまうところがここ三豊総合病院のすごいところである。ちなみに後1ヶ月を残してすでに54件(H11.4-H12.2、月平均4.9件)の剖検数があるのだ。この他医局や病棟など院内の色々な部署の視察も行われた。このためもあってか医局に並べられていたビールケースなどは取り払われ、いつもは新聞やら雑誌、お菓子などでごったがえしている談話室の机がきれいに掃除されていて、医局内も院長命令によって入り口側の医師の机は見事に整理整頓されていた。心配せずとも明日になるといつもの状態にすぐ戻ってしまうのであろう。今のままいけばよほどのことでもない限りは臨床研修指定病院認定はまず間違いない模様である。よかった、よかった・・・。

2月19日(土)晴れ 今日は高知市内で平成12年度の地域医療派遣医師と県担当者との間での意見交換会が開かれた。毎年この時期に人事のことも含めて来年度に向けての色々なディスカッションが行われる会である。来年度派遣しようとしている自治体のことや平成16年4月に開院する高知県中と市民病院との統合新病院のこと、来年度に向けての豊富などについて話し合われた。時期的に例年よりは開催が遅れてしまったが、やはりこういった会を積極的に行っていかないと県と我々地域医療従事医師との間に距離ができてしまうことになり、どこまで意見の擦り合わせができるかは難しいところだが、今年はほぼ関連派遣医療機関のほとんど全てから参加者があり、今年の話題に対する卒業生の関心の高さが伺われた。今日の話し合いによって幾つかの論点が明確になったことから今後このことに関して卒業生間で意見を集約してお互いが納得できる形にもっていく必要がある。

2月18日(金)晴れ 今日は地域医療部の仕事の一環として午後から健康教室を行った。主題は「生活習慣病」について。医局秘書さんにお願いしてOHPをお借りしプレゼンテーションを行った。さすがにこういった健康教室に進んで来られる患者さん達は健康に関心が高いようで、講義が終わってからの質問(というよりも診察?)も多く、予定時間を約20分もオーバーしてしまった。この後状態のよくない在宅患者さんの往診が急に入ったことから結局大腸ファイバーの検査には入ることができなかった(I田先生申し訳ありませんでした・・・)。夕方にはS脇部長が座長を務める講演会が高松で開かれることからM尾医師、K野医師と一緒に出掛けていった。せっかく高松に出てきたのでそのまま呑みに行くこととなり、明日が休みということもあって結局2時30分頃迄盛り上がってしまった・・・。

2月17日(木)晴れ 今日の夕方から病院全体の医局会が開かれた。会議室の入り口で事務職員がNTTのロゴの入った青い箱を各医師に手渡している。何とPHSではないか!!!!!。前々から導入が噂されていた院内PHSシステムがいよいよ3月1日より開始される。医局会の最初にこのPHS説明が入ったことから会の前半は部屋のアチコチで電子音がピコピコと鳴り響いていた。すぐ隣りの医師に電話をかけてみたりと皆童心に返ったような大騒ぎであった。これで院内のポケベルともおさらばとなりダイレクトで医師との連絡が可能となる。但しその姿を患者さんが見た時に多少の違和感を覚えるのも無理はないのであろう。院内の携帯電話禁止の看板は最近どこの病院でも貼りめぐらされているし、そのことについての知識もかなり多くの人々に浸透してきている今日この頃だけに慣れて頂くのにも多少の時間がかかりそうだ。この私にも1機のPHSが支給されたのだが、3月末をもって高知へ帰るために残念ながらこのPHSを使用する機会は少なそうである。せめて自分の後任でもいればせっかく用意して頂いただけの価値もあったのに・・・。院長先生大変申し訳ありません・・・。

2月16日(水)晴れ 最近の内科の医局会の話題は4月3日から開始される外来のオーダリングシステムでもちきりである。何といってもまだ未知のシステムだけに色々な憶測を呼んで不安も大きくなってきている。特に外来の再診予約と外来採血のオーダーについて皆不安が隠せないようだ。F通とS友電工の2つのシステムが混在しているためになかなか相互のファイルリンクが難しいようである。来月からは4月以降の外来患者の再診予約を実際に各主治医が打ち込んでいかなくてはならないようだ。三豊の内科には外来の多い先生が大勢おられるため入力作業だけでもなかなか大変だろうと思われる。本当の意味で患者さんのためになるシステムであってくれることを心から祈るばかりである。

2月14日(月)晴れ 今日は発熱、嘔吐・下痢のために強い脱水を来たした若者と下血・血尿の自覚症状のある54歳の男性が入院となった。若者の方は電解質異常と腎不全兆候が見られていて迅速な輸液による補正が必要である。後者については緊急内視鏡を行い、下血の原因も明らかとなった。今後CTなど色々と精査を進めていくことになろう。そういえば今日はバレンタインデーでもあったようだ。各病棟と内科外来、内視鏡検査室などからそれぞれ有り難い義理チョコを頂戴した。家に帰ると嫁さんが靴下1足の中にKitKatチョコが一個入ったセットをくれた。まあ何もないよりはマシだと思わなくてはならない。そのうち優美佳が大きくなった時のことを期待しておくことにしよう。

2月13日(日)晴れ 今日用事があって高知市に帰省していた。日曜市の通りを通って実家に向かっていたのだが追手前高校の前で信号待ちをしていると前方で同じく信号待ちしていたクリーニング屋のカブに乗ったおじさんが突然痙攣を起こしてバイクごと道路にひっくり返ってしまった。周囲は騒然としてすぐに黒山の人だかりとなってしまった。私は何はともあれ近くに居合わせた関係上車から降りて人命救助へとあたった。すぐそばにいたタクシーの運転手さんが救急車の手配をしてくれて、自分自身は全身状態の把握に努めた。まず全身には間代性の痙攣が続いていて意識はない(300点)。瞳孔に左右差はなく嘔吐もないが呼吸は保たれている。うつ伏せに倒れていたため少し横を向けて起こしてみたところ出血がみられる。吐血か?と一瞬思ったがよくよく診てみると下顎部に裂傷があった。頭部はヘルメットをかぶっていて強打した所見はなさそうだ。どうやらてんかん発作で意識を失って倒れてその拍子に下顎に外傷を負ったようだ。入れ歯も外れていて骨折があるのかも知れない。気になるのは少しアルコール臭が漂っていたことだ。サイレンが遠くの方から聞こえてきたが何せ日曜市のど真ん中での出来事だけになかなか現場まではたどり着かない。セルシン注やアレビアチン注などの手持ちの薬剤もなくとにかくおじさんの意識が戻ってくれることを祈るばかりであった。そうこうしているうちにおじさんは意識を取り戻して自分が一体どうなっていたのかよく分からないといった感じだったが、冷静さを取り戻してそのまま救急車を待ってくれるものかと思っていたら逃げるようにバイクに乗ってその場を立ち去ろうとしはじめたのである。頭の検査や下顎の処置などもあり、病院への受診を勧めたのだが全く聞く耳を持たずといった状態だった。救急車のすぐ横をすり抜けるようにぶっ飛ばして逃げ去って行ってしまった・・・。周囲の人たちもあっけにとられた感じで到着した救急隊の方には私の方から事情を説明して納得して頂いた。おそらく高知駅前の電車通りあたりまで渋滞も連なっていたのではないだろうか。何とも人騒がせなおじさんもいるものだ。おそらく飲酒がバレるのが嫌だったのだろう。また数日後に高知市のどこかでこのカブに乗ったおじさんがひっくり返っているに違いない。何とも恐ろしい話だ・・・。

2月11日(金)晴れ-建国記念日 今日は夕方からN津先生と一緒に高知県本山町にある嶺北中央病院を訪ねた。昨年改築されて近代的な設備になってからまだ見学に行く機会もなく、またこの病院には現在N津先生と同期のI東先生が勤務されていてその交流もあって一泊でお邪魔することになった。ゆったりと広いスペースで設計されていて外来も病棟ももはや昔の面影はうかがい知ることはできなかった。旧病院は取り壊されていて立派な駐車場に生まれ変わっていた。今度MRIも入る予定だそうだ。県からの補助金もなかなかのものである。あとはこれだけのハードをとり揃えての採算性に少し疑問が残ったが4月からは透析の10床も稼動するらしい。I東先生はその中心的な役割を果たすことになるようだ。当直をされておられたU口副院長にも久し振りにお会いできて近況報告ができた。夜は近くの居酒屋で3人で一緒に遅くまで楽しく情報交換しながら過ごした。

2月10日(木)晴れ 明日休日ということで今日の午後はO原先生の在宅患者の往診も併せて行った。胆道系癌の末期の患者、呼吸不全の患者、自宅でサブイレウスと喘息重積発作を患っているがどうしても自宅でというお年寄り、気管カニューレから痰が湧き出ている患者・・・など今自分が病棟で受け持っている患者よりもどう見ても重篤な患者がズラッと並んでいる。これはまさに三豊総合病院第2病棟といっても過言ではない。毎日ON CALL体制で地域医療部の医師は待機しているのである。在宅医療の表に出ないこういったしたたかな底力はO原先生をなくしては語れるものではない。往診から帰ると脳梗塞で寝たきりの患者さんが肺炎のため入院受け持ちとなった。在宅でのヘビーな患者を回診した後だっただけに何だかホッとしながら患者さんの診察にあたった。そういえば今夜は消化器談話会が高松で開かれる予定であり参加しようと思っていたのだが仕事を終えてふと時計を眺めるとすでに21時30分を回っていた。明日から連休ということで若手を集めて近くの居酒屋に呑みに行くことにした。今夜は何とU枝先生、N津先生も一緒に参加して下さった。AM1時過ぎまで大いに盛り上がりをみせた・・・。

2月9日(水)曇り 今日は18歳の受験生の男の子が受け持ち主治医となった。何でも早稲田の理工学部受験を前に1週間も食事が摂れず、嘔気や発熱も見られ今回受験を断念して治療に専念することのようだ。2月下旬には国立大の受験も控えているとか。何か何でもそれまでには病状を回復させてあげなければならない。ベッドサイドには受験用の参考書が山のように積まれていて何とも辛い決断だったのであろう。精査を進めていくにつれて病態が除々に解明されてきた。ミットは同世代の息子さんを持つS脇部長だ。初心で診られたこともあるが自分の息子のことのように心配なされておられた。タイムリミットは1週間・・・。全力で治療に臨まなければなるまい。

2月8日(火)曇り 今日は嫁さんのおばあちゃんが亡くなったためにS脇部長に許可を頂いて忌引き休暇を頂いて岡山の真備町へと家族揃って向かった。行く時にものすごい強風で瀬戸大橋では車が飛ばされてしまうのでは・・・と一瞬思うくらい激しい風に見舞われた。何とか無事真備の実家へと到着しおばあちゃんにお別れをすることができた。嫁さんが小さい頃色々と世話がってくれた方のようで思い出も沢山あったようだ。ご自宅の畳の上で息子さんご夫婦や孫達に見守られて安らかに天寿を全うされたとのことだった。享年92歳・・・。集まっていた親類家族にも泣き崩れる方はなく、皆彼女の生き様に満足されていた印象を受けた。その人間の評価は亡くなってから分かるとよく言われるが、誰からも好かれる立派な女性だったことを改めて再認識させられた。

2月6日(日)曇り 今日は午前中4班に分けてディスカッション形式で会が進められた。私自身も地域医療での経験を踏まえて少しは参加させて頂く機会も得られた。そんなこんなで無事会議も予定終了となり、午後は飛行機の出発が最終の17:30発だったので空いている時間をゆりかもめに乗ってお台場見学にあてた。噂には聞いていたが予想を遥かに上回る規模のエンターテイメント施設やショッピングモール、トヨタ自動車の大規模な展示場などがあって全然時間が足らなかった。また今度家族を連れてゆっくりと遊びに来ようと決めて余裕を持ってお台場をあとにした。高知空港まで嫁さんが迎えに来てくれていて帰りは運転してもらい意識を失ってしまっていた・・・。

2月5日(土)晴れ 今日は東京の都市センターホテルの会議室で都道府県立病院設置地域医療部等連絡会という会議が開かれた。何故そのような会議に参加したか・・・という理由はさておき参加メンバーもT久学長、I井副学長、K井地域医療学教授、厚生省健康政策局課長などそうそうたる面々が勢揃いしていた。何だか自分だけ場違い・・・のような感じだったがおとなしく会の進行を見守った。約20名ほどの卒業生も来ていて会の後に交流を深めた。明日も午前中この会の続きが待っている。精神的にも疲れたし早く寝て明日に備えよお〜っと。

2月4日(金)晴れ 今日は自分の受け持ち患者(不明熱)の経食道心エコーを施行した。何と感染性心内膜炎を示唆する所見が大動脈弁近傍に認められた。治療方針も固まりペニシリンG大量投与を行う手はずとなった。動脈の血培はすでに3回施行している。さて結果は如何に・・・。午後からはまたまた財田診療所の代診に向かった。午後ということで比較的のんびりとした外来であり、持参して行ったノートパソコンにて色々と作業する余裕があった。今夜は中央棟2Fの新年会だったが明日朝一番の便で東京へ出張予定のため高知へ移動しなくてはならず今回はさすがに遠慮させて頂くことにした。婦長さんごめんなさい・・・。

2月3日(木)晴れ 今日は老健施設入所中のお年寄りが朝突然意識消失および全身の間代性けいれんのために当科へ緊急入院となり受け持ちとなった。CTでは明らかな異常がなく、心電図や電解質、血糖も正常範囲内である。アレビアチンという抗けいれん剤により痙攣は落ち着き、今後精査を進めていく必要がある。昼過ぎには胸水、腹水の貯留した患者さんが受け持ちとなった。この患者さんは昨年4月にA東先生とミットで受け持ちになっていた患者さんであり、その精査と胸・腹水のコントロールが主目的である。午後の往診を済ませた後に胸水穿刺を行い培養や細胞診、性状検査などに提出した。穿刺液には混濁がありちょっと嫌な予感がした。

2月2日(水)晴れ 今日は午前中ICUの受け持ち患者を善通寺市内の病院へと搬送してきた。救急車の中はやはりいつ乗っても車酔いしそうで心地のよくないのは同じことである。午後には在宅往診している方でいつも誤嚥を繰り返している患者さんに対して在宅でマイクロトラックという細い吸痰用の気管カニューレを挿入することとなった。このカニューレは麻酔科がよく用いる緊急気道確保用のものであるが以前に一度呼吸不全のターミナルの患者さんに使用した経験があり在宅での使用を思いついたのである。これまでは頭を抑えて経鼻的に気管支内の喀痰を吸痰していたことから、これからは家族や保健婦さん達でも吸痰が可能となり、だらだらと続く微熱もこれで解消されるのではないかと祈っている。

2月1日(火)晴れ 今日から2月が始まった。2月は逃げるとよく言われているがその言葉通りあっという間に過ぎ去ってしまいそうな・・・毎年そんな印象を受ける月である。後期研修も残すところあとわずかとなってしまった。時間を無駄にしないように努めていかなくてはならない。