日々の何気ない出来事を思いつくままに綴ってみました・・・

          

10月30日(金)曇り 院長は昨日から宮崎のシーガイヤで行われている全国国保地域医療学会に出張して不在である。今回は前梼原町長のN越氏がゲストコメンテーターとして梼原町の保健・医療・福祉への取り組みについて発表されるため、その顧問指導医として、また特別養護老人ホームでのターミナルケアに対する取り組みについて施設看護婦のT崎さんが発表する予定となっており、その共同演者として2つの立場で参加している。昨年は広島の平和記念講演で開かれ、私も参加させて頂いた。全国各地に散らばっている自治医大卒業生も結構多数参加して来る学会なので同級生と久し振りに会うなんてことも珍しくはない。地域では学会に出せる発表のネタが少なく全国に発信できるような取り組みや施策があればといつも思うのだがこれがなかなか難しいのである。T和村診療所に勤務されておられるI上先生は地域医療から得られた材料だけで博士号を取得され、現在でも海外の医学雑誌へ幾つも投稿を続けられている。こういった素晴らしい先輩を見習って・・・と行きたいところであるが、実際にI上先生のレベルには程遠いものがある。来年は岐阜で開催されるそうだが何かよいネタを探して病院で発表できるよう考えていかなければなるまい。

10月29日(木)曇り 今日は梼原町東区のお神祭だ。この日は各家庭が料理を用意していつもお世話になっている関係者や同僚を招いて自宅でご馳走をふるまう慣習がある。私も幾つかの家庭にお招き頂いたが今夜は県立中央病院の肝胆膵カンファがあり、2-3例相談したい症例もあったためにこちらの研修を優先させることにした。カンファにはH谷先生の車に便乗して行くことにした。症例検討も終わってさあ帰ろうとしていた矢先にH見副院長から声を掛けられた。須崎市の島津クリニックのF本先生が来られていて帰りに送って行って欲しいと依頼されたのだ。しかしながら私がドライバーでないことを知って「ちょっとだけ飲みに行こうや」ということになった。H谷先生が実家に用事で帰っている間、屋台に行ってビールやらおでん、ラーメン、ギョウザなどをご馳走して頂いた。1時間半位の時間だったが久しぶりにH見先生とゆっくり話ができて嬉しかった(H見先生ご馳走様でした)。やはり今夜は研修を選択して正解だった・・・。須崎までの帰り道ではF本先生に色々と興味深い話をして頂き、特にシンガポールでの海外での生活についての話なんかは驚きの連続だった。F本先生のクリニックでは現在30名近くの患者さんが透析を受けられており、梼原の患者さんはまだいないそうである。この出会いをきっかけに今後透析に関連して色々とお世話になることがあるかも知れないのでこの面からも今夜は大変得した気分で梼原に帰ることができた。

10月28日(水)曇り 今日院長から一枚のFAXを提示された。内容は日吉村診療所の年末当直の依頼であった。毎年「愛媛大学の方から来てもらっているのだが、今年は人員不足のために派遣が受けられず、できれば梼原病院から派遣頂きたい」という内容であった。当直費など条件的には問題なしなのだが、問題は我々が公務員であり、アルバイトが認められるのかどうかということだ。現在事務長と院長が色々と検討しているようだが日頃CT検査や骨塩定量などで患者さんを紹介して下さっているA雲先生との病診連携を深める意味では是非当直を手伝ってあげるべきだと思う。我々のような複数体制の施設と異なり一人しかいない診療所でしかも入院まで抱えているともなると、いくら年末年始とはいえ診療所を何日も不在にしておくことは事実上不可能であろう。行政側の判断を待つことにしよう。訃報であるが今日の午後松原近くのダムで行方不明となっていた息子さんが遺体となって発見された。松原診療所に出張診療で行っているY子先生が検死に立ち会ってくれたようである。わずかな望みをつないでいた家族にとっては大変辛い結果となってしまった。心よりご冥福を申し上げます・・・。

10月27日(火)雨のち曇り 今日は保育園で10月生まれのお友達を対象とするお誕生日会があり、嫁さんはその様子を見にビデオをもって参観に行っていた。というのもうちの優駿が10月生まれであるので以前から嫁さんはこの会をとても楽しみにしていた。昼休みに少しビデオを見せてもらったのだがみんなの前でしっかり挨拶したり、一緒に歌を歌ったり踊ったりしている様子を見てこの1年間の目覚ましい成長ぶりが感じられた。やはり保育園での横のつながりの影響力というか、親の力ではどうしようもない教育の部分を垣間見ることができた。本当に若草保育園の保母さん達には心からお礼を申し上げたい。夕方からは看護婦のM神さんが旦那さんの仕事の都合で高知市へと引っ越すことになり、その送別会が執り行われた。私が梼原に赴任して1ヶ月後に採用となり、当初はリハビリ室の看護婦さんとしての契約だったものが看護婦不足のために病棟勤務へと配置換えとなり、現在は外来勤務となっていた。非常勤扱いの採用であり決して条件はよいとはいえなかったが文句の一つも漏らさずによく頑張ってくれたと思う。とても明るくてさっぱりした看護婦さんだっただけにとても残念なのだが、こればかりは仕方のないことで拍手をもって送り出してあげる他はあるまい。旦那さんは梼原出身なのでまた何かの縁でこちらにくることもあろうかと思うのでその時はいつでも大歓迎させてもらいます。現在の看護婦さんは7月のS乃さんの寿退職と併せて定員-2名の勤務体制となっている。新婚さんが2名と11月に結婚予定が1名も含まれており近い将来はおめでたも当然あって婦長さんも頭を痛めていることだと思う。都市部でも看護婦さんの確保に苦労している状況であり、ここ梼原ではなおさらその確保には困難を極めている。看護ケアのレベルを落とさないように人員の充足の部分についてはしっかりと対応していく必要がある。

10月26日(月)晴れ 今日の私はのどが痛くて少し咳もあって少々風邪気味の状態だった。そのために外来もいつものような元気な声が出ず頻回に鼻をティッシュで拭きつつ外来を進めた。うちの家族みんなが同じ症状であり、今年は優駿が保育園に行き始めた影響もあってか最初にこの風邪をもらって来たようだ。子供達は2人とも発熱はないもののまっ黄色な鼻水とコンコンという乾性の咳が続いている。優美佳は鼻の下が鼻水を拭いた跡で真っ赤になって荒れている。嫁さんも家族の中では一番症状が軽い(さすがに運動しているだけある・・・)ものの少しのどが痛いといっていた。家族みんなでインフルエンザの予防接種をするなど風邪には注意を払っているにもかかわらずこのような結果で何とも情けないものである。何はともあれ子供達が食欲があって元気なことだけはラッキーだと考えるしかあるまい。話は変わって大変残念なことだが例の水難事故で行方不明となっていた息子さんの自治体関連機関による捜索は本日をもって打ち切られることとなったようである。今後は個人的な契約とつてを使った捜索が続けられるそうである。何とも哀しい話だがこれもまた現実の厳しさなのであろう・・・。

10月25日(日)晴れ 来月15日に保健福祉支援センターの一員として予土県境駅伝を走ることが決まった嫁さんが本番に走るコースの下見を兼ねて担当のコースを練習で走ってみることになった。私は当直ではなかったので子守りを頼まれたが、嫁さんの走りっぷりでも見学してみようという気になり、2人の子供を自転車に乗せて嫁さんに伴走して行くことにした。嫁さんの足取りは軽く結構楽そうに流していたがこれは本番結構いい記録が出るかも知れないという期待のもてる走りであった。私は自転車でついて行ったが2人の子供の体重分の負荷のために結構しんどかった。またもや私自身の運動不足を露呈する結果となった。今年の駅伝は梼原に来て初めて参加を遠慮させて頂いたが結果的にはこれで良かったとホッとしている次第である。嫁さんは当初飯母チームで出場する予定だったのがチームの都合で出場できない事態に陥り一時ショックを受けていた。そんな中支援センターの方から参加依頼を受けてこの駅伝に再び参加が決まった経緯もあって、彼女自身も四国カルストマラソン以上に楽しみにしていた大会だけに走れることが決まってとても嬉しそうだったのが印象的だった。子育ての合間をぬって練習している嫁さんには精一杯頑張って良い成績を残して欲しいと願っている。嫁さんも梼原病院男子チームもみんな頑張れ!!!

10月23日(金)雨 今朝病院へ行ってみると「右肩が挙がらん」とか「太ももが張って階段がつらい」などという訴えがあちこちから耳に入ってきた。勿論昨日のソフトボールで一生懸命やった人達のことである。私は呼び出しのお陰で日頃の運動不足を露呈することもなく、いつも通りの一日を迎えることができた。朝の肌寒さが日ごとに増すようで短かった秋の終わりを感じさせるのだが、水難事故で捜索されている息子さんは未だ発見に至っていない。捜索範囲は下流域である大正町の方まで拡げられ、川の水量も減ってきたことから潜水による捜索も加わったようだがその成果は残念ながら出ていない。気温が低くなりつつあるので一刻も早く発見されて欲しいものだ。夕方には病院の代表者会が開かれ各々が率直に意見交換を行った。こうやって膝を突き合わせて話し合うと見えなかった問題が色々と浮き出てきて、またそれについて議論がなされることは大変意味のあることである。我々医師の立場からは気付かない視点や考えが各部署、職種によってあるもので今回の話し合いでも改めてそう思った。職員皆が公平でバランスよく・・・ということはなかなか難しいことだが、そういうことを院長や事務長、婦長達と一緒に考えたり話し合ったりする場があるだけでも梼原病院は恵まれていると思う。もっともっと腹の内を暴露し合える信頼関係の上に成り立つ仲間でありたいと願う。

10月22日(木)曇り 今日の午後CT室の画像伝送用コンピューターが使用できなくなってしまった。イーサーネットでつないでいる院内LANも駄目になってしまった。これは一大事ということで院長が懸命の復旧を試みていたがシステムの回復に至らずやむなくリース元の会社へ電話して担当者に来て頂くことになった。このパソコンは現在ではかなり型落ちしていてCPUもPowerPC80MHzでOSも漢字Talk7.5と購入当時の最高スペックたる面影が薄れ、そろそろ交換の時期なのかも知れない。今後の動向が気になるところだ。夕方から特別養護老人ホーム「ふじの家」とのスポーツ交流会が近くのグランドで行われた。今回の競技種目はソフトボールであった。試合はトーナメント方式で45分制限の2試合のみであり、私は2試合目のみの出場しかなく、1試合目を見学しながら出番を待っていた。やっと2試合目が始まって守備についた途端に病棟から電話があり、病棟の患者が具合が悪いので診に来て欲しいとのことであった。結局1回も打席に入ることなくその場を立ち去ってしまうことになり、病棟で処置を済ませて再びグランドに向かおうとしていると、皆は試合を終えて2次会の会場へと向かっていた。私は結局守備に5分くらい出場しただけの虚しい交流会となったが、代わりに応援に来ていた嫁さんが私の代打で快心のヒットを打ってくれたようである。私が不在であったお陰?でチームは優勝したと専らの噂が飛び交っていた(自慢ではないが私はソフトボールが本当に下手で絶対に空振り3振の結果となっていたに違いない・・・・)。しかしながら私は打ち上げの2次会にはしっかりと出席してビールだけはしっかり飲ませてもらった。年に2回こうしてスポーツを通して施設関係者と交流をもつことは大変意義深いものがあり、今後も末永く継続していって欲しいものである。

10月21日(水)曇り 今日病棟の入院患者を眺めてみると現在27床ベッドが埋まっている。この一週間で入院が9名、退院が8名と目まぐるしく入退院に動きが見られた。看護婦さんも夜勤明けで次の日勤では全く知らない患者さんの申し送りを複数聞かなくてはならないという嬉しい悲鳴が聞こえてくる。病床回転率も少し良くなってきたであろうか?つい2日前まで満床が3日間も続いていたのにこの期間には不思議と入院がなかった。あたかも患者さんが入院ベッドの空きを待って来院して来ているかのごとく非常に効率良くベッドが回転していて正直怖いくらいである。特に骨折や外傷を伴う整形外科の入院が多かった。K川先生はこのところ休む暇もない位多忙な毎日となっている。この忙しさのバイオリズムみたいなものが我々医師間には間違いなく存在するように思う。さて次のターゲットは一体誰?

10月20日(火)晴れ 今日になっても先日から行方不明の25歳の息子さんは発見されなかった。午前中四万川診療所の外来だったのだが、事務長は松原消防団の一員として捜索に参加しているため診療所には来ていなかった。事務長不在のため会計・投薬業務を中心にばたばたと忙しい外来であったが今はそんなことを言っている場合ではない。東津野だけでなく梼原の消防団も皆真剣に捜索を続けており、明日こそは何とか発見に至って欲しいものだ。今日京都大学の学生さんから1通のメールを受け取った。彼はへき地医療についての研究をされているようで実際の現場での状況や地域住民の反応を提示し、その問題点について考察を求められてしまった。とても熱心な気持ちがひしひしと伝わってきていい加減な回答はできないため自分なりに一生懸命考えて返信メールを出させてもらった。このような気概のある学生さんがまだまだこれから沢山社会に出て来てくれるのだということが分かって何だかとてもハッピーな気分になった。O下君、京都からは結構遠いですが是非ここ梼原町にも地域医療の現状を見に来て下さい。少しはプラスになることが幾つか見つかるかも知れません。是非多くのことを研究してもらって我々のように地域の第一線にいる臨床医に還元して頂きたいと願っております。

10月19日(月)晴れ 今日はH谷先生のインターネット接続の不具合を解消すべく従来まで使用していた56kFlex対応の外付けモデムを使用してInforyomaに接続を試みた。Inforyomaは56kFlexモデム対応のプロバイダーであり、H谷先生の最強パソコンに内臓されているモデムはこれとは異なる種類のモデムであったので、試しにと思って外付けモデムを認識させてPPPの設定を行ってみた。そうすると見事につながってくれて途中でデータのダウンロードが中断されるという現象はなくなってしまった。H谷先生宅の電話回線はトーン回線ではなくダイヤル回線なのでまだたまだ高速化を図る余地はありそうだが、H谷先生自身はこれまで使用していたMacに比べたら格段に速いといってこのスピードで結構満足しているようである。まぁ何はともあれせっかくの最強マシンだけにインターネットへの接続に不具合が出てしまうようではH谷先生にとってあんまりなのでとりあえずこの点が解消されただけでもよしとしなければならない。今夜はレントゲンの読影会の日なのだが院長は支援センターの関係で今夜も飲み会にお付き合いである。支援センター所長のお母さんが先日まで入院されていたのだが、退院の日に「息子さんの車で送ってもらうの?」と聞くと゛「あの子に頼んだら深夜の0時をまわってしまって大変です。」と鼻っからあてにはされていなかった。うちの院長も大したものだがこの所長も院長以上に付き合いの飲み会がひっきりなしに続いている。私は先日奥さんに今所長が倒れたら間違いなく労災だねと冗談まじりに言っていたのだが、最近は院長と所長の肝臓がはなはだ心配である。どうかお2人ともお身体にはくれぐれもご留意なさって頂きたいものである(お疲れ様でした・・・)。

10月18日(日)快晴 今日は東津野村で親子の水難事故があった。51歳の母親が台風で増水した川に誤って軟落しその母親を助けようとした25歳の息子も一緒に濁流へとのみこまれてしまったのだ。母親は間もなく発見されたが水を大量に肺内に飲み込んでしまっており、消防からも蘇生は困難かも知れないと連絡を受け当院へと救急搬送されて来た。青ざめた顔をして旦那さんが付き添って来られ、「先生何とかお願いします」と悲痛な声で我々に訴えかけておられた。すでに瞳孔は散大しており、呼吸もしていない状態だったがとにかく我々としても最大限できる限リのことはと考えて気管内挿管をして酸麦投与及び人工呼吸を行い、モニター監視のもとボスミン心腔内投与後にカウンターショックまで施行してみたが薬石の効なく心電図上は平担な波形が続いていた。この時点で旦那さんも奥さんが帰らぬ人となったことをはっきりと理解したようでべッドサイドで大声で泣き崩れておられた。つい今朝まで元気だった奥さんとこのような形でお別れしなくてはならないのはあまりに辛い現実でありそばにいても慰める言葉も見つからなかった。その上未だ息子さんは発見されておらず梼原と東津野の消防団員が総動員されて捜索にあたっているようだがこの増水に阻まれて川の中には踏み込んで行くことができず皆もどかしさを隠せないままタ暮れとともに今日の捜索は打ち切られてしまった。明日も再び捜索が続けられるが何とか無事に発見されて欲しいと願ってやまない・・・・。

10月17日(土)台風10号 今日は優駿の4歳の誕生日である(まぁちゃんお誕生日おめでとう!!)。しかしながらあいにくの雨模様でしかも台風10号の接近に伴って若草保育園運動会は梼原小学校体育館で執り行われた。新築したばかりの地元産の木材をふんだんに使用した体育館で新木の香りが漂う中賑やかに行われた。自分の子供の運動会を見に行くのは生まれて初めての経験で何か不思議な感じがあったが、トラックを走る優駿の姿は大変印象深かった。トラックのラインを見ているのではなく先頭の友達の背中を追いかけているようだったが、5人の中で2番の位置に入った(嫁さんが諸手を挙げて大喜びしていた)。私自身も親子競技に幾つか参加させてもらってなかなか面白かった。都会の大きな幼稚園の運動会とは違って結構子供が競技に参加できるチャンスが多くてこの点についてはメリットが大きいと考えられる。普段押し入れで眠っているビデオカメラも久し振りに日の目を見たようで運動会で大活躍してもらった。今日は4歳になった優駿の成長を自分の目で確かめられるよい機会だったし、優駿にとっても最高のプレゼントになったことだと思う。嫁さんも一週間前から運動会の準備に一緒に参加させてもらって今日もスタートの場所で子供達の人数確認や整列の手伝いをしてかなり疲れていたようだった。私自身は優美佳の子守りをしていたので間接的に運動会のお手伝いをしたといえよう。運動会終了後には臨時の父兄会が開かれ今度保育園内に建てられるログハウスの建築予定などについての話し合いがもたれた。その後皆で後片付けをしてようやくお開きとなった。この後更に父兄で打ち上げの宴会が行われるとのことであったが、これにはさすがに参加できなかった。今日一日見るだけでも保母さん達の日頃の苦労が痛い程よく伝わってきた。この運動会を催行するだけでも相当な労力と時間を要しているのだということが分かった(園長先生を始め関係各位のご父兄の方々大変お疲れ様でした・・・)。今日の当直はK川先生でその内科控えは私だったので夕方病院に顔を出してみると2名の高齢患者さんがいずれも誤嚥性肺炎で入院となっていた。1名は酸素吸入が必要な位であり、色々と処置したり指示を書いているうちにあっという間に夜になってしまった。帰り際に家の前の梼原川を見下ろすと水位がかなり高くなってきている。暗闇が濁流の恐ろしさを助長し不安を募らせる。とりあえず車庫の車だけは病院の駐車場へと避難させることにした。何とかこのまま静かに台風が通り過ぎてくれることを祈るばかりである。念のため避難の準備だけはしておこう・・・・。

10月16日(金)雨 今日はインフルエンザの予防接種があった。最近東津野村では流行性耳下腺炎(いわゆるおたふくかぜ)が流行っているみたいだが、ここ梼原ではインフルエンザらしき風邪をひいて来院してくる若い患者さんが少しずつ増えてきている。急に38-39℃近い発熱と悪寒、関節痛くらいの症状だけで、来院時は相当しんどそうである。そのためという訳ではないが私も家族を連れてインフルエンザの予防接種を行うことにした。まあ宝くじみたいなもので今日接種した種類のインフルエンザが流行るとは限らないのでこれで絶対大丈夫という訳にはいかないが一種の気休めみたいなものである。しかしながら接種を自分の子供にするのだけは以前から敬遠している。どうも自分の子供に対して注射をして妙な恐怖感を持たれたくないという変な考えがあって接種はY子先生に任せて事務室に逃げていた。しかしながら優駿はついさっきまでそばにいた私がいなくなって余計に泣き叫ぶようになり、嫁さんが私を探しに事務室にまでやってきて「傍で抑えといて」と怒られてしまった。やむなく泣き叫ぶ優駿を抱きかかえてY子先生に無事接種を済ませてもらった。しかしながらあと1回追加接種が残っているのでまだまだ気が重い。優美佳も1歳を越えたので接種させたかったが微熱があったので止めてくことにした。明日は優駿の通う若草保育園の運動会だ。台風の影響もあって雨らしいので体育館でやることになっている。屋内ということで少し残念ではあるが平日に順延されるよりはマシである。幾つか親子で出場する競技があるそうなので今から楽しみだ。夕方H谷先生の最強パソコンの起動に立ち会った。インターネットにも無事接続できたが、内線電話と外線電話が混線しているためかノイズをひろってしまいホームページをすべて開かないうちにフリーズしてしまう現象がおこってしまうのである。以前使用していたMacでも時々接続に不安があったようで、今後NTTにコンサルトしてみる必要があるかも知れない。とにかくパソコンは購入当初からサクサクとは稼動してくれないことは当たり前のことなのでああでもない、こうでもないと苦労して電話代もいっぱいかけてそれなりに動いてくれるようになってくるものなので、H谷先生にもこれでめげずに頑張って欲しいものである。

10月15日(木)雨 今日は院長が出張のため不在であったため午前中が結構忙しかった。私は外来1診に係りっきりであったが、H谷先生は外来2診、処方書き、病棟の褥創処置、デイサービス利用者の定期診察など大忙しであった。そんな時ふと事務室を覗くとの模様をした大きな箱が幾つか入り口に積み重ねられていた。とうとうH谷先生が注文していたGateway社製Pentium450MHz搭載マシンがやって来たのである。H谷先生はケアマネージャー試験が終了するまでは我慢すると言っていたので当初の予定通りに手にいれることができたようである。このマシンのスペックはパソコン玄人の院長とほぼ同等のものでCD-RWなども装備されているシロモノである。今夜はパソコンを設置するために部屋の掃除や配置の構想を練るとのこと。セッティングをお手伝いすることになっているので私自身もどの位の性能を有するのか今からとても楽しみである。H谷先生はこれまで純粋なMacユーザーであったが、放射線技師のY本さんもわずかこの1ヶ月足らずでWindowsをそれなりに使いこなせるようになっており、H谷先生も時間の問題であろう。こうなってくると自分もデスクトップの本格的なものを是非一台と思うが嫁さんの財布の紐は固く、次世代PCの登場を待つといったところであろうか。この世界だけはいつの時期も購入後に誰もが後悔する経験を持つものであり、次々に登場する新製品の魅力にも事欠かない。17日にはMacOS8.5が発売されるとのこと。iMacにも興味があるのだが、やはりこうやってあれこれ考えている時期が一番楽しい。

10月14日(水)曇り 今日は正午から梼原病院および保健福祉支援センター合同で消防避難訓練が執り行われた。外来や入院患者さんの避難も含めた初めての大規模な訓練であったが、私はあいにく今日に限って大腸ファイバーがうまく入らず延々とP.M.12:30過ぎまで検査に悪戦苦闘していたために参加できなかった。訓練でなければファイバーを途中で引き抜いて一緒に避難すべきなのであろうが、今日はさすがに妥協できなかった。結局どんな訓練がなされたのか全く分からないまま訓練は終了してしまった。やはり平日というのはきついものがある。夕方ケアカンファレンスが終了した後P.M18:00より近くの居酒屋でケアマネージャー勉強会に参加した人達が集まって慰労会を行った。何でも合否の発表の前の方がよいという意見に押されてのことだったらしいが、私は当直だったので20分程遅刻して会場に到着した。早速試験の反省でも・・・と一言喋ると「ペナルティー!!」という声のもと、メモ帳に私の名前が書き込まれていた。この慰労会では試験に関することを一言発する毎に罰金を取られるシステムになっていたらしい・・・・(し・しまった・・・)。一体何なんだと思いながらも、やはり試験の話題には触れないようにしようという雰囲気がひしひしと伝わってきた。婦長と私と院長が乾杯の挨拶となった訳だが、「例の、あの、あれ、それ」などと代名詞が飛び交いケアマネージャー試験の一部のように代名詞にその語彙を当てはめなければ理解に苦しむような何とも愉快な挨拶が続いた。私は挨拶の中で介護保険という言葉を使ってしまって2度目の罰金となってしまった。今夜は嫁さんが週末の若草保育園運動会の世話役をやっているためにP.M.22:00まで優美佳を連れて準備会に出席しなくてはならず、当直をしながら優駿の世話まで頼まれてしまった。従ってこの慰労会にも優駿を連れて行く始末となり、当直で途中一回呼び出しを受けた時も一緒に連れて行って事務室でテレビを見させている間に診察するなどなかなか忙しい夜となってしまった。しかしながらこうやって医療・福祉・保健・施設の各担当者がこうして皆仲良く冗談を言い合える和気あいあいとした雰囲気は梼原ならではの最大の長所である。今夜の院長の挨拶で「あれ(介護保健)に向けてのその(ケアマネージャーの)何(試験)は結果が大切ではなく、そのために努力した過程が大切なのだ」と言っていたがまさに正論であり、今夜も試験のことを皆がそれぞれの思いで心に留めての慰労会は大変心に残るものであった。皆さんお疲れ様でした・・・。

10月13日(火)晴れ 今日の外来に優駿と同じ保育園の子供さんが2人外来にやってきた。いずれも風邪をひいたようで何とか週末の運動会までに間に合わせたいとのことであった。2人とも運動会を心待ちにしていたようで、いつもなら泣き叫んで嫌がる子供さんであっても今日に限ってはおとなしく診察に応じてくれて、帰り際には「ちゃんとお薬を飲んで運動会に出ようね」というと「うん、ちゃんと飲むよ」と元気に返事をしてくれた。子供達にとって運動会の存在は大変に大きいようである。私自身も父親として運動会に参加するのは初めてなのであるが、自分の子供が走る姿を想像するだけでついニヤニヤとしてしまう。いつかビデオを撮りまくっている親の姿を見て自分はどうなんだろうと思っていたらやはり同じことをしそうで少し恥ずかしい気分である。台風10号の動きが気になるところだが、何とか晴天のもとで楽しく運動会が開かれて欲しいものだ。今日来院した子供達も早く風邪を治してみんなと元気に運動会に参加できますように・・・・。走ることといえば来月毎年恒例の予土県境駅伝大会が開催されるのだが、今年もメンバーの選定にどこのチームも苦心しているようだ。今年は梼原病院男子チームは健脚揃いの強豪チームを結成し上位入賞を狙う位置にある。しかしながら残念なことに女性チームはメンバーが決まらず出場不可能となってしまった。うちの嫁さんは当初病院女子チームのメンバーとなる予定であったがこちらがボツになってしまったため代わりに梼原町飯母女子チームから参加依頼を受けた。このチームには足が速いことで有名な看護婦さんのN子さんもいるのだが、他のメンバーも結構皆速いらしくて嫁さんは自信なさそうにしていたが、同じ飯母に住むN子さんと同僚のC恵子さんからも強力にスカウトされてとうとう参加を決めたようである。7月の四国カルストマラソン以来健康のためにと時々走っていたのだが、今度はいよいよ本格的な競技への参加となるので是非とも頑張ってもらいたい。私は勿論マラソンは引退組で子供達の子守り役を仰せつかっている。嫁さんの走る姿もビデオに納めておくことにしよう。

10月11日(日)晴れ 結局今朝はA.M.7:30頃までぐっすりと眠りこけてしまい、試験開始までの数時間のみ何とかまとめの勉強をして試験本番に臨んだ。そんなこんなで何とかケアマネージャーの資格試験が終了した。正解の解答も示されず、問題用紙も回収されてしまったので特に自分が何問正解したのかということも不明のまま試験場をあとにした。ともかく自分なりにやれることはやったので後はその結果がどう出るのか判断を仰ぐのみである。合格発表は11月上旬ということだった。マークシート形式の解答形式なのに随分発表までに時間がかかるのだなと思ったが、厚生省の方にも色々と考慮すべき事項が色々とあるのだろうと推察する。ともかくやっと肩の荷がおりて随分気が楽になった。試験が終わってからは嫁さんが美容院に行きたいということで2人の子供の子守りを任されることとなった。優駿の大好きな比島の交通公園にゴーカートに乗りに連れて行ったりして時間をつぶした。その甲斐もあって梼原までの帰路は嫁さんが運転手を務めてくれて楽チンだった。この週末はあっという間に過ぎ去ってしまったが大変充実した週末となった。明日からはまた気分一新して仕事に励もう!!

10月10日(土)晴れ 今日は昨年まで梼原病院にて勤務されていた整形外科のT田先生の結婚式があり、その披露宴にお招き頂いた。病院からは院長と私、H谷先生、K川先生が招待された。T田先生は漫才が大好きでこちらに勤務なさっている時にも吉本新喜劇などをわざわざ遠くまで足を運んで見に行く程の本格派で、その影響を受けてか披露宴の司会者に漫才師を起用していた。余興の中でも大喜利を取り入れたり、現役水泳部員の海パン踊りなどT田先生ならではのこだわった企画で楽しませて頂いた。司会の漫才師の方との打ち合わせもばっちりだったようで、ギャグを飛ばすと寿ハリセンで新郎が一発叩かれるという場面もあり、叩かれた数だけ幸福がやってくるとの謳い文句が伝えられていた。飲み過ぎないようにと注意はしていたのだが何と生ビールの振る舞いまであり、たまらず3杯もおかわりをしてしまう有り様だった。現在T田先生は骨腫瘍について大学院で研究を続けておりその分野についての専門医を目指して勉強されているところだが、大変印象深かったのは奥さん(看護学生時代)との出会いのきっかけが一緒に受け持ちになった骨腫瘍の患者さんだったということだ。何か因縁深いものを感じ、T田先生の骨腫瘍に対する意気込みの真剣さがしみじみと伝わってきた。T田先生、ご結婚本当におめでとうございました。いつまでも末永くお幸せに・・・。ふと我にかえってみるとビールで酔っ払った自分があった。明日はケアマネージャー試験だというのに・・・。しかしながら「今更じたばたしても仕方がない」といつもながら変に自分を納得させて今夜は早く床について明日早起きすることに決めた。さぁ、明日は頑張るぞ!!

10月9日(金)晴れ 今朝はA.M.5:30に尿管結石の患者が救急車で搬送されて来て朝からバタバタとしていた。昼休みに何年ぶりかに近くの文房具屋さんに行ってHBの鉛筆を購入した。勿論あさって受験するケアマネージャー試験のマークシート用である。ここ数年シャープペンはおろか鉛筆など使ったことがなくて、家中捜索してやっと1本発見できたくらいのものである。久し振りの試験で気を遣ってしまい、芯が折れたらいけないのでと削りカスの回収可能な鉛筆削りや芯を保護するためのキャップなども一緒に購入した。何か小学生に戻ったような懐かしい気分になってしまったのだが、帰ってから筆箱に収納しようとすると新品の鉛筆が結構長くて収納できないことに気付いた。無論キャップなどもっての他という訳である。結局キャップは使用せずに大きめの筆箱を探してプラスティック消しゴムと一緒に用意した。不要とは思うが定規まで入れてしまった。すっかり遠足気分である。会場にはスリッパがないようでその準備や明日T田先生の結婚式もあってご祝儀のためのピン札やご祝儀袋、スーツや靴そして勉強道具など準備にいつも以上手がかかった。一番大切な受験票をカバンに入れたことを確認して準備は終わった。今晩は毎月恒例の高齢者サービス調整会議と梼原町保健婦さん達との情報交換会があり遅くなってしまった。朝も早かったのでもう眠たい・・・。これからの勉強はといっても明日の午前中くらいしかまともにできないと思われる。まだまだ諦めずに最後のあがきをしなくてはならない。

10月8日(木)晴れ 今日の午後風疹の予防接種のために梼原中学校と西川小学校に行った。予防接種というのは子供達にとってまさに日常とはあまりにかけ離れた現実であり、健康な身体に針を刺すという概念はまだまだ許容されるまでには至らない子供達が大勢いる。各クラス毎に接種していくのだがどのクラスでもまず必ず一人目の被接種者の表情や態度に注目が集まる。接種する我々としてはざわざわと騒々しかった周りが急にシーンと静まり返る心地よい一瞬である。その子が本当に痛い表情や態度を示すと周りの子供達はそれを敏感に察し取るのである。逆に笑顔を振り撒きながら「お〜っ、痛かった〜ぞうっ!!」といかにも嘘と分かる仕草を見せると周りはがぜん騒々しさを増してくる。私自身針はためらうことなくスパッと穿刺してあげると意外に痛みが少ないことを経験的に理解しているのでなるべくそのようにしているのだが、接種が終わると仲の良い友達同士で情報を交換し合って「針を刺す瞬間だけが痛かった」とか「いやいや針を抜く瞬間だけだよ」などと私のすぐ耳元で大声で意見し合っている。私自身もどのように反応してよいのやら苦笑いの連続だったが、基本的に痛みの受容のレベルには個人差があってその僅かな違いを子供達は楽しんでいるような印象を得た。お年寄りを中心とする医療に従事しているだけに子供達とのわずかな時間の触れ合いは心を洗われる思いがした。私もつくづく歳をとったなぁ・・・と、ふとため息一つ。

10月7日(水)曇りのち雨 今日はケアマネージャー試験対策で週一回続けていた勉強会もとうとう最後となった。最後ということで試験問題でも解いてみようということになり、1つの問題から色々と議論が発展して60問を解くのに2時間以上もかかってしまった。でも今日まで勉強会の場で色々と議論したことが本番で1つでも活かされたら勉強会としての意義は果たせたといえるのではないだろうか。ともかくこうやって多職種が入り混じって一緒に一つの目標に向って取り組む機会はそう多くはないし、今後介護保険が導入された際にも皆がこの流れをスムーズに受け入れられることにつながっていくことだと確信している。自分も含めて良い結果が出せるよう祈願する次第である。勉強会参加の皆さん大変お疲れ様でした・・・。

10月5日(月)晴れ 今日の午前中は1診で外来だった。途中入院患者さんがリハビリ室で倒れたということで呼び出しがあり、検査に立ち会ったりその結果を家族に説明したりと結構時間をとってしまったので午前中の外来が終わるのが大幅に遅れてしまった。これも病棟に入院をもつ我々のつらいところであるが、我々の仕事には患者さんの生命がかかっていて、どうしてもその優先順位がつきまとってくる。どんなに忙しい仕事や大切な会議があっても今にも死にそうな患者さんがいるとそちらを当然優先しなければならない。限られた時間を臨機応変な判断で凌いでいくのが我々の使命ともいえる。こんな時に外来患者さんを長時間待たせるのもつらいことではあるが、それ以上に我々にとってつらいことはついさっきまで目の当たりにしていた厳しい現実(例えば人の死や癌の告知、予後の厳しい患者さんの容態説明など)をぐっと噛み殺して外来を継続し終了させなければならないことである。引きつった怖い顔を笑顔に代えてまるで何事もなかったかのように外来を再開しなくてはならない時の自分は客観的に見て何か人間としての感情を疑ってしまうような困惑を感じる。外来患者さんになるべく悟られたりしないように妙に明るく喋ったりするのだが、どこか普段と違う雰囲気を外来の患者さん達も感じとるのかも知れない。何故か会話も続かないし、変に時間ばかりが過ぎていつものペースに乗れないもどかしさが出てくる。我々も普通の人間なのだからこれで当たり前なのだと思うが、やはりこんな時に医者としての仕事の難しさを痛感する。やはり気分的に沈んでいる時にはある程度気持ちが落ち着くまでは沈んでいたいし、哀しい時にはしばらく静かにしていたいし・・・。しかしながら現実はそうはいかない。やはり医師として人の生命を預かる以上はそれなりに気持ちの速やかな切り替えができ、かつ強い精神力を兼ね備えておくべきなのであろう。

10月4日(日)晴れ 今日は梼原中学校の運動会があった。まさに運動会日和といってよい雲一つない快晴であり、言いかえれば絶好の行楽日和でもあった。この快晴の青空を眺めながら今日は寂しく家にこもっていることとなった。そう来週の今頃はケアマネージャーの試験が終わっている訳である。日頃仕事でなかなか勉強する暇のない我々にしてみれば、この当直のない週末の休みを唯一勉強するチャンスとばかり狙っていた。ところが・・・である。やはり週末に私が家にいるともなれば子供達はどうしてもじゃれついて傍に寄ってくるのである。今日も嫁さんが何とかごまかしてくれて2階でこっそりと勉強していたのだが、「ハックショ〜ンッ!!」と大きなくしゃみをして優駿に気付かれてしまい、そのまま2階でしばらく遊んであげなくてはならないというエピソードもあった。結局今日一日を振り返ってみても大した成果は上がらずどうやらこのまま試験に突入してしまうパターンとなりそうである。「たかが資格試験、されど資格試験・・・」結構プレッシャーはそれなりにあるもので、マンネリ化した日々の生活にはある意味よい刺激剤になっているようである。やはり受験しないよりは受験するようにしていてよかったと今は考えている。さて結果は如何に??

10月2日(金)晴れ 今夜は毎月恒例のレセプトチェックの日である。院長は今月末に宮崎で開催される全国国保地域医療学会の準備のために別口の用事が入っていた。この用事というのがその学会にゲストコメンテーターとして参加される梼原前町長N越氏への講義なのである。全国規模の公の場で梼原町のこれまでの保健、福祉、医療に対する取り組みについて色々と発言をなされる訳で、その原稿を用意する事務担当者や教育係である院長にとってはこれまた一大事なのである。しかしながらN越氏は雄弁家としてよく知られる人物であり、1つの話題について講義を始めるとその話題が先日の高知市の大雨の話題にいつの間にか代わってしまっていたり、道路の話になっていたりとなかなか一つのことを伝えるのに何倍もの労力を要したようである。講義の終わった後慰労会まで院長はお付き合いということで、講義も含めて色々と大変な夜だったと推察される。院長は言うだろう、「レセプト作業の方がずっと楽だ」と・・・。(院長、お疲れ様でした)

10月1日(木)晴れ 今夜は高知県立中央病院で肝胆膵カンファがあり高知市へ向った。出掛ける前に院長と事務長から高知市内へは荒倉トンネルが土砂崩れのために通行できないので迂回路に気をつけるようにアドバイスを受けた。事務長の話によると日昼はどこの迂回路も渋滞でなかなか高知市へ入っていくことも容易ではないようである。幸い到着がP.M.19:00過ぎになるので渋滞にはかからなかった。結局ルートは春野運動公園から横浜ニュータウンへの県道を通り、六泉寺に抜ける高知桂浜道路を経て病院へと向った。いつもは通行料金100円を徴収されるのだが大雨被害のための迂回路としてしばらくは無料通行となっていた。カンファレンスは高知医大の学生さん達も臨床実習の一環として参加しておりいつも以上に賑わっていた。梼原病院から紹介した症例を含め幾つかの症例検討や学会発表の予行練習などを行いP.M.22:00頃に終了した。内科のT先生らに現在入院で受け持っている症例についての化学療法を幾つか文献も含めた内容で詳しくご教授頂いた。こういった小回りのよさがこのカンファレンスの大きな利点といえる。専門医の先生方が気軽に相談に乗ってくれて色々とアドバイスを受けられるので大変にありがたいと感じている。結局そのまま梼原へとトンボ帰りとなる訳だが、そんな苦労も今日目にした画像やディスカッションの内容、治療に対する助言などで一気に帳消しとなるのである。明日はまた仕事だ。月始めのレセプトが終わるといよいよケアマネージャー試験モードに突入となる。優駿の保育園の運動会や知人の結婚式など10月はおそらくあっという間に過ぎ去っていくことだろう。梼原の秋も次第に深まっていくようだ・・・。