日々の何気ない出来事を思いつくままに綴ってみました・・・
今日の出来事
8月28日(金)曇り 今日は月末最終金曜日ということで職員全体会が開かれた。9月のスケジュールや連絡事項、各種協議事項など様々な内容が盛り込まれる。この全体会の下準備として1週間前に病院名部署の代表者が集まって開かれる代表者会がある。このシステムは平成8年9月から発足し、当初の目的は診療所時代から比べて職員数が大幅に増員され、職員間の意思疎通を図ることであったが最近何とか軌道に乗ったようで病院の定例行事の一つとして皆に受け入れてもらえたようだ。出席率も高く休みの看護婦さんまでわざわざ出向いて来てくれる位ほとんどの職員の出席がある。医師、看護婦、事務、薬局、検査技師、理学療法士全ての職員を一度に集めてこのような会がもてるのも結構うちの病院くらいの規模が限界だと思うし、またその意味でもこういった意思疎通を図る機会があるだけでもラッキーなことだと思う。全体会の終了した後で医局会(医師だけのカンファ)が開かれた。ここでは外来スケジュール調整や医師間での約束ごと、意見交換などを行った.日頃多忙な仕事でコミュニケーションが取りづらいハンデをこうやって気軽にまた卒直に補い合っていける梼原病院の体制はまさに他院に誇れるものだと自負している。明日よりSSER(Shikoku Super Enduro-Rally)とというバイクのオフロードレースがここ梼原で開かれる。真夜中までひたすら走り続けるレースだHにケガ人が多くなることが予想され、整形のK川先生を当直に置き、放射線技師のY本さん、整形担当看護婦さんのY子さんを配置し、院長、私、Y子先生も自宅待機としている。前回は初心者対象のレースだったため万全たる我々の準備が空振りに終わってしまったが、今回はそれとは違って本格的なレースだ。K川先生の当直中予想される苦労をねぎらって医局会を終了した。
8月26日(水)曇り 今日はケアマネージャー試験に向けての2回目の職員勉強会を行った。前回の参加者のうち3人が欠席し逆に前回参加できなかった人が2人新しく参加して来ていた。皆自分の仕事だけでも色々と忙しい分野で活躍している人達ばかりの集まりであり、なかなか皆が顔を揃えるということは難しいと思われる。しかしながら婦長さんと参加者が2〜3人でも頑張って続けて行きましょうと約束しているので頑張って継続していきたいと思う。今夜は当直である。勉強会が終わって帰宅しようとすると早速患者さんがやって来た。溶接工従事者で「溶接時に発せられる光で目をやられて全然見えない」と訴えている。結局「眩しい光を直視したために目が眩んだ」ということらしい。眼内異物などであれば対応ができるのだがこういったケースは一体どうすればよいのか悩んでしまった。先輩のY野先生の奥さんが眼科医なので問い合わせてみようと一瞬考えたがその前に医学書でちょっと調べてみようということで医局に上がった。そうすると今回の症例についての記載があり、紫外線による眼組織の物理的損傷の項目に記載があった。一般的に電気眼炎(ophthalmia electica)と呼ばれ、紫外線照射後6〜10時間で発症するために夜中に来院することが多いと記載してあった。「う〜ん、なるほどその通りだ」と納得し、臨床症状も激しい異物感、羞明、流涙、開瞼困難、結膜充血、びらん性表層角膜炎などぴったしかんかん(古い・・・!)であった。予後は通常1〜2日で治癒し良好であると記載されていたためホッとした。治療も抗生剤点眼薬による感染の防止と眼の安静のみという保存的治療だけでよいとのことでその旨指導して帰ってもらった。我々は地域医療に従事する以上このような眼科のことまでお世話しなくてはならないのである。とにかく今すぐに専門医に紹介するべきかどうかを即座に決定することが何よりも大切であり、その判断を誤るとこのようなケースで失明に至らしめることにもなりかねないのである。我々はこのようなプレッシャーに日々苛まれて医師として成長させて頂いている。
8月25日(火)曇り 今日の午前中四万川診療所へと出張診療に行ったのだが午前中だけで45名も来院してパニック状態だった。処方のみの患者さんも18名おられて合計で63名も来院した計算となる。事務担当のE子さんの分析によると2週間処方の患者さんと3週間処方の患者さんがちょうど一緒になる週だったらしい。ということは2と3の最小公倍数である6週間毎にこの忙しい外来が廻ってくるという計算になる。先週旧診療所から畳のベッドを持ってきて4本の脚を短く削って待合用の椅子に持ってきたのだがこのベッド椅子までも埋まってしまう程患者さんで待合室がごったがえしていた。外来を始めようとして机に向かうとカルテの積まれた山を見て梼原病院に助けを求めようかと一瞬受話器に手がいきかかったが何とか我慢して外来を始めた。意識的に診察スピードを上げて結局終わったのがP.M.13:10過ぎであった。270分/45名で患者さん一人あたり平均6分の診察時間という計算である。こんなので本当によい診療ができているのか?と疑問に思うが、私はP.M.13:30から梼原病院の外来があるでどうしてもその時間に間に合うように帰らなければならない。現在院内業務のローテーションを自分なりに色々といじって考えているのだが、院長の作成した業務ローテーション以上の妙案が見つからない。さすがは院長が熟考した案だけに完璧過ぎるものだが、何とか火曜日の午後は外来を外して欲しいものだ。結局午後梼原病院へ帰ってから昼食抜きでP.M.17:40まで外来診療が続いた。最後の方では口が少しもつれてしまって口輪筋が疲労しているなということがよく分かった。その慰労会という訳ではなかったのだが、P.M.19:00より四万川診療所の職員と四万川区内の飲み屋さんで懇親会を行った。主たる目的は臨時の看護婦さんが私用で9月から来られなくなってしまい、新任でJ明さんという看護婦さんが手伝って下さることになったことでその挨拶を兼ねてのものだった。火曜日の午前中に交代でお手伝い頂いたT恵さん、Y利子さん本当にありがとうございました。本当にお2人の協力なくして今の診療所は有り得なかったと思います(7月からはお陰様で月別収支決済も赤字から黒字に転換することができました)。そしてこれからもJ明さんが急用で来られない時にはまた助けて下さいね。
8月24日(月)雨のち曇り 今日は院長不在であったために代って病棟回診を勤めた。回診して驚嘆したのは何と寝たきりで全介助を必要とするお年寄りが増えたことかということだった。現在28人の入院患者さんがいて、担送いわゆる寝たきりで全介助を必要とする患者さんが16名、護送いわゆる歩行が不安定でちよっとした介助を必要とする患者さんが3名、独歩いわゆる自立している患者さんが9名という内訳となっている。まさに特別養護老人ホーム状態いやそれ以上であろう。自分で栄養を摂れない患者さんが当然いる訳で人工栄養法としてIVH(中心静脈栄養)が6名、PEG(胃ろうからの栄養)が5名、経鼻胃管2名と合計13名も人工栄養が施されている。また排泄が自分で処理できないためにおむつを使用している患者さんが15名もいて30床のベッド数の病院では介護力としてもう限界域に達している。それでも本当にうちの病院の看護婦さんと看護助手さんはよくやってくれていると思う。この数の大変さはうちの病棟で1日仕事をして頂ければこの過酷さがお分かり頂けるものと思う。褥創患者さんも6名いて毎日処置を続けているがなかなかこれがまた手強いもので現在悩みの種となっている。結局回診だけで午後15:00から始めて午後17:30までかかってしまった。今月になって愛媛県の広見町に新設された老健施設「たんぽぽ」にも2人患者さんを引き取って頂いたばかりなのに早くもこの有り様である。う〜ん、考えてもどうしようもないということが結論のようだ。諦めよう・・・・。
8月22日(土)曇り 今日は今年度3回目になる胃精検が行われた。私はちょうどこの週末当直だったので外来を担当し、胃カメラには今回初めてY子先生が担当となった。院外からはT南病院からT岡先生とT橋先生が応援に来て頂いた。スムーズに胃精検も終了し外来の方も先週が嵐のような忙しさだったこともあってか重症例や救急車の来院がなく比較的静かな土曜日の当直であった。月曜日には7床空いていたベッドもすでにあと2床となってしまった。明日下痢の続く在宅寝たきり患者さんを入院予定としているため病棟もいつもの姿に戻り、予想通り病棟にとってつかの間の夏休みであった。院長は昨日午後から産業医研修最後の3クール目の講義を受けるために自治医大へ行っており火曜日まで不在である。このまま平穏無事な週末であって欲しいと願うばかりである。
8月21日(金)晴れ 今日の夕方に在宅で診ている患者さんの家族から電話があった。少しの間外出していて帰ってみると息を引き取っていたというのだ。急いで家へと駆け付けたがもはや帰らぬ人となっていた。これまでも何度か入退院を繰り返しており、体力的にも限界まで来ていてまさに「老衰」というにふさわしい位に天寿を全うされたのだ。この患者さんは私が梼原に赴任して来てまもなく脳梗塞を起こし食事摂取不能となり延命目的にPEG(内視鏡的胃ろう造設術)を施行した方で、高齢でもあったし寝たきりで日常生活全てにおいて全介助を必要とし、通常であれば入院や老健施設などで介護を受けても当然くらいの重度の方であったが、息子さん夫婦が約2年5ケ月ずっと自宅で介護を続けてこられた。勿論デイサービスやショートステイなどの福祉サービスは時々利用されてはいたが、この息子さんご夫婦の努力には頭が下がる思いである。経管栄養の意義についても色々と議論の別れるところであるが、少なくともこのご夫婦にとっては「お母さんはそばで生きているだけで価値があるのだ」と私に話してくれたことがあった。施設偏重のこの時代によくぞと称賛に値する家族であったと思う。お嫁さんはただひたすらこの患者さんのそばで泣き崩れていた。本当にずっとそばで世話をしていたのに今日に限ってお嫁さん自身が病院受診のため不在だった。たまたまそのわずかな不在期間の別れであっただっただけにそれだけは大変に悔やまれておられた。自分の永年住み慣れた家で家族に手厚く介護を受けながら天寿を全うされたこの患者さんは本当に幸せな方だったと思う。夜には職員研修会ということで自治医大2期生のT上先生が講師の先生と共に来梼された。この先生は我々のような臨床医とはまた違った分野で活躍をされておられる先生である。現在は高知県庁の健康対策課のブレインとして仕事を続けられており、我々第一線の医師と県とのパイプ役を長年努めてこられた。我々は県や市町村との結び付きが強く、この先生のような存在は他県には少なく貴重な存在といえる。T上先生、今後とも色々とご指導賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
8月19日(水)晴れ 水曜日は午後往診ということになっている。今日は梼原町の豊原という山のてっぺんから東津野村までと範囲が広かったので帰院したのはP.M.16:40頃になってしまった。それでも私はこの定期往診は楽しみの一つなのである。緊急往診とは違って基本的には病状が安定しているにもかかわらず病院までの通院に何らかの支障があるお年寄りを対象としており、自分の祖父や祖母に会いに行く感じで仕事ができる点や町内の隅々まで詳しく地理感が得られる点、そして何よりも季節の移り変わりを感じられる点に魅力を感じている。我々のような病院内業務ばかりに従事しているとついつい季節の移り変わりに疎くなってしまいがちなのだが、これを解消してくれる有難い存在なのである。話は変わるが、介護支援専門員(ケアマネージャー)の資格取得のための試験が平成10年10月11日に行われる。試験申し込み受け付けも間もなく始まる。私自身も試験を受けようかどうか迷っているところであるが病院看護婦さんや、社会福祉協議会、支援センター、特別養護老人ホームの職員達から一体何から手をつけたらよいのか分からないという声をよく耳にしていたために簡単な内容でもよいから何か参考になるような勉強会でもやってみようということで今日から毎週水曜日のケアプラン会終了後約1-2時間を目標にこの試験に向けての勉強会を開くようになった。これから試験日までに水曜日はわずか7日間しか残っていないために学習内容は限られるが、テキストを要約した参考書を1冊選択してこれを基にキーワードを系統化する方法を採ることにした。今日の勉強会には10人が参加してくれたが今後も頑張って継続していきたいと考えている。
8月18日(火)晴れ 今日は四万川診療所への出張診療だった。外来の待合い室を覗いてみるといつもよりも患者さんが少ない。これもお盆の影響かな?と思っていたら今日は四万川地区の住民総合検診の日ということだった。健康診査に行っている患者さんが多くて診察が少なくなっているようだ。ということは今日はA.M.11:00までには外来が終わるかも知れない・・・と密かに喜んでいた。しかしA.M.10:30を越えた位の時間から徐々にカルテが増えてきた。よくよく聞いてみると住民検診で心電図や検尿検査などで異常を指摘された方が次から次へと診療所に来ているではないか!! おいおい、診療所受診は検診項目には入っていないはずだぞと私が言っても無駄なあがきである。検診は四万川小学校体育館で行われ、四万川のバス停までの間に診療所が設置されているのだ。来るなという方に問題がある。お陰で今日の午前中はいつも以上に外来が繁盛し、特に日頃少ない腹部エコー検査や検尿・採血検査が山のように施行された。検診医の先生、お急ぎの患者でなければ次回の検診からは日を改めて受診させるようご指導の程宜しくお願い致します。2日前に食事中優駿の前歯が突然抜けてしまった。乳歯なのでいずれは抜けるのだがこんなに早い時期に抜けるのはおかしいということで今日の午後に歯科診療所へ受診させた(歯科のT先生が夏期休暇だったため)。歯科の先生も首をかしげていたが、レントゲンを撮って過剰歯が確認された。この過剰歯のために前歯が押し出されて抜けてしまったようである。頻度は100児童に1-2例とのこと。前歯が抜けている分笑った時に目立つのがかわいそうなのだが、いずれ永久歯に置き換わるということなのでそれまでは辛抱してもらおう。この過剰歯の影響で歯並びが悪くならないようその時期になったら留意して下さいと指導された。歯科のT先生ご高診ありがとうございました。子育てというものは色々な出来事に遭遇するものである。
8月17日(月)晴れ 今日は金川先生と昨日いかだに一緒した放射線技師のY本さんの2人が夏季鍛錬ということで欠勤していた。午前中1診で外来だったのだが、今日の休診を知らずにやって来られた整形外科の患者さんが内科の方に回ってきて「膝に注射を」とか「腰が急に痛くなって」などという訴えの患者さんが多く混ざっていた。当然レントゲンも何人かオーダーせねばならずその時は自分で放射線技師に変身してレントゲン写真を撮ったりもした。梼原病院が開院した平成7年の当初は放射線技師がまだ採用されておらず毎日このような日々が続いていたようだ。その時の苦労を思えば今日一日くらいは我慢しなければ・・・ということで何とか今日一日を無事に終えることができた。やはりどこの職場でもあてはまることだがひとりひとりが大きな機械を稼動させる歯車のようなもので、どこか一つでもその歯車が停止していると全体の作業効率や仕事の流れに変化が出てきてしまう。今週の水曜日には臨床検査技師のJ明さんが休暇をとるようだ。いよいよ職員間での夏休みシーズンがやって来たようだが何とか人員の不足する部分を皆で補い合っていかなければならない。入院患者さんにも夏休みモードがあるとは思わないが、この土日の休み中に急性期で入院していた患者さん達がみな経過良好のために大勢退院して今日現在でベッドが30床のうち何と7床も空いている。これは私が梼原病院に来て以来の空きベッド数の新記録である。まぁ心配しなくてもあっという間に埋まってしまうのが目に見えているのだが、院長も日頃からお待ち頂いているPEG(内視鏡的胃ろう造設術)症例を抱えている葉山村診療所勤務のY崎先生に電話で「今ならPEGいけるよ」と連絡したりする珍しい光景も見られた。高幡地域にお住まいの方で入院の適応があるのに入院できない患者さんがもしおられましたら是非ご一報下さい。こんなチャンスは滅多にないことですから・・・。
8月16日(日)晴れ 今日は本山町で第15回吉野川いかだ下りレースが開かれた。私個人としたらすでに4回目の出場となるが、3ヶ所ある瀬(急流の場所)を越えていく際の迫力に取りつかれていて懲りずに今年も参加してしまった。元梼原病院院長(現吾川村大崎診療所長)のO先生とは3年連続で一緒のチームとして参加しているのだが、今年は事務次長のS元さんが都合で参加できなかったために放射線技師のY本さんを誘って参加した。お盆の帰省ラッシュも考慮して予定通りバイクでのツーリングで本山町まで往復した。参加チームは90チームという膨大な数で我々のいかだは80番目のスタートとなっていた。従ってA.M.11:00に最初のいかだがスタートして我々の順番がくるのはP.M.14:00過ぎだった。うだるような暑さの中で出艇を待つだけでもキツイものがあった。5kmに及ぶコースを完走し全身びしょ濡れになりながらレースを終えた。結果が出るまでにかなり時間がかかりそうだったのでY本さんとお先に失礼させてもらった(我々は参加することに意義を感じているので順位はあまり気にしていない・・・といいたい位トップとの差はあまりにも大きい)。嶺北中央病院で仮眠をとってから439号線という山あいを抜けて行く道を通って帰った。佐川町で美味しいと評判の焼肉屋に寄って夕食を摂り、帰宅したのはP.M.20:00になってしまった。今日一日子供と嫁さんを放ったらかしで自分だけ遊んできてしまった。こんな日は嫁さんのご機嫌が悪い・・・。食器洗いから汚れ物の洗濯、子供達のお風呂、お部屋の掃除など少しでも機嫌をとろうと思っていた矢先に当直のH谷先生から電話がかかってきた。呼ばれて行ってみると救急で搬送されてきたくも膜下出血の患者がいた。高知市からちょうど帰省されている方であったので高知日赤病院への搬送を家族が希望していた。搬送中に意識がなくなってしまうケースもあるため医師の同伴が必要である。同乗医師はH谷先生に決まった。梼原を出るのはP.M.22:00として帰って来るのはA.M.2:00過ぎとなるだろう。H谷先生は明日通常勤務が待っている。当直医の宿命とはいえなかなか厳しい現実だ。あれっ?待てよ・・・。今日はいかだレースが入ったので8月始めにH谷先生と当直を代わってもらったのは何を隠そうこの私ではないか。いかだがなかったら本来ならば私の患者さんだったかも知れないのだ。昨日今日と当直業務はお盆休みということも重なって救急車は何度も来るわ、外来患者は多いわ、自殺症例の検死があったわで無茶苦茶忙しい2日間だったようだ。H谷先生は日赤病院に行く直前に私に「当直を代わるとこんな目に遭う」と嘆いていた(H谷先生本当にお疲れ様でした)。帰宅してみると嫁さんは疲れきってすでに子供達と就寝していた。う〜ん、明日が恐ろしい・・・。
8月15日(土)晴れ 今日は高原祭りだ。予定通りよさこい鳴子踊りを踊るために家を出ようとすると優駿がどうしても「一緒にお祭りに行く」と言って騒いで聞かなかったために一緒に役場の更衣室へと連れていった。はじめは私が着替えた後に家に送り届けるつもりだったが、今度はよさこい踊り用のはっぴを私が着始めると「まぁちゃんも着る」と言い出した。役場のはっぴは全て大人用で子供のサイズがなく、Sサイズを何とか袖や裾をまくって着せるとなかなかのもので「よしこうなったら勢いで行こう」ということで鳴子踊りに急遽参加させることとした。全く踊りは知らないものの鳴子を持つと訳も分からずにカチャカチャと音を鳴らすことはできるようだ。役場の職員のところへ連れていくと皆歓迎してくれて飾りつけやはっぴをもっと上手に着せてくれたりして頂いた(役場の皆様本当にありがとうございました)。ということで優駿は3歳にして初めてよさこいを踊ることととなり嫁さんがしっかりとビデオに録画していた。私も練習不足のために踊りはとても見られたものではなく優駿に注目が集まる分で随分と助けられてしまった。踊りが終わって梼原小学校校庭には夜店が所狭しと並び、舞台では餅巻きや富くじ、五木ひろしのそっくりさんによるアトラクションやカラオケ大会などが行われた。優駿と優美佳は思う存分お菓子やかき氷を食べまくって満足そうに家路についた。家に帰るとP.M.21:00より家のすぐ裏で花火大会が始まった。15分間位のものだったが、家の中から涼しく見られただけ殿様気分でその価値は大きかった。高知市の鏡川まつり規模のものだと人混みにまみれて何をしに行ったのか分からなくなってしまうが、ここ梼原での高原祭りは本当に田舎故の暖かみと親しみのもてる楽しいお祭りとだ思う。夜店で買い物をしても知っている人がほとんどだし、店では並んで買うなんてことは有り得ないし・・・と色々述べたがここ梼原町で今回を併せて3度目の夏を迎えたのだとふと思った。「光陰矢のごとし」ということわざ通り月日の移り変わりの速さにはいつも驚かされる。来年の夏もまたここで優駿とよさこいを踊ることができるのだろうか?一寸先は闇・・・全く予測もつかない。高原祭りが終わると梼原ではまもなく秋の気配が感じられるようになる・・・。
8月14日(金)曇り 今日はお盆の真っ最中ということで外来は閑散としていた。日頃自分の健康に関心の高いお年寄り達もさすがにこの週末に限っては久々に見る子供達や孫の接待で大忙しなのだろう。来週からの外来が恐ろしい・・・。町中も明日から高原祭りということで提灯や短冊などの飾り付けも準備万端で、普段見慣れない若い人達が増えていていつになく商店街も活気づいている。梼原町唯一のコンビニであるスパー梼原店もこの週末は午前2時まで営業すると掲示されていた(う〜ん都会的だ・・・)。明日は高原祭りで役場チームの一員としてよさこいを踊らなければならない。踊りの練習ができていないのだが今年でさすがに3回目となるため踊りも身体が覚えているだろうということで、まぁ何とかなるだろう。嫁さんも明日2人に着せる浴衣の準備に余念がない。最近優駿はお祭りが大好きで、高原祭りのメイン会場である梼原小学校で校庭一杯に並ぶ夜店で浴衣を着てはしゃぎ回る姿が目に浮かぶようだ。家のすぐ前の梼原川では花火大会も開かれる。実はうちは絶好の花火見物ポイントなのである。絶好の場所を確保しているのだが、残念なことは高知市内の花火大会のように1時間以上というような大きな規模ではなく、これがまた散り際のよい桜のごとく数分のうちに終わってしまうのである。まぁうちの子供達にはちょうどよい位なのでよしとしよう。今夜はまたも当直だが、気分はすっかりお祭りモードとなっているようだ。また8/16(日)にはサンヨー主催のJリーグオールスター戦がある。嫁さんはその中継が見られるものと思っていたらしいが、衛星放送やスカイパーフェクTVでは放映されず、テレビ朝日系列で放映されることが分かってショックを隠せない様子だった。先ほど東京在住のお姉さんから電話があって嫁さんからその中継をビデオに録画して郵送して欲しいとの連絡があったとのことだった。私の吉野川いかだ下りレース出場がなかったら岡山まで帰省する勢いであっただけに嫁さんのサッカー好きはどうやら私以上のようだ。中でもジュビロ磐田の名波選手の大ファンでサッカーマガジンやNumberなどの雑誌を定期的に購入して情報収集にあたっている。とにかくJリーグオールスター戦観戦についてはよい解決策があったので嫁さんも納得してくれてホッとしている(本当は生中継で観戦したかったのだろうけど・・・)。お姉さんありがとう・・・。
8月13日(木)晴れ 最近優美佳は睡眠のリズムが安定して夜はP.M.20:00にぴったりに眠ってしまう。夜中も起きることなくぐっすりと寝てくれるのだが、困ったことに毎朝午前5:00過ぎにはこれまたぴったりと目覚めてしまうのである。目覚めると大泣きする訳でもなく、私と嫁さんを起こしにくるのである。これまでは顔をバンバンと叩いたり、上に乗っかって遊んだりしていたが最近では知恵がついたのか嫁さんと私に枕元に置いてあるメガネをかけさせようとしてくるのである。さすがに嫁さんは大笑いして起きてしまうようだが私はメガネをかけたまま再び深い眠りについてしまう場合があって、起きてみるとメガネがグチャグチャになっていた・・・ということもありうるために今夜からはメガネを高いところへ置いて寝ることにしようと思っている。もうある程度はこちらの言っていることも分かっているようで、子供達の成長のスピードには驚かされてしまう。優駿は車やバイクなどタイヤのついている乗り物が大好きなのだが、優美佳はそんなものには全く興味を示さず、ミッキーやミニーちゃんのぬいぐるみや洋服に興味があるようでやっぱり女の子なんだなぁと妙に感心させられたりもする。これらの単純なエピソードで一喜一憂している私達なのだが子供達にはいつまでも今のような愛らしさを失わずに成長していって欲しいと願っている・・・。
8月12日(水)晴れ 昨日院長の奥さんに家と車のマスターキーを家に届けてもらった。「えっ?」と思う方もいらっしゃるかも知れないが、家と院長宅の間にある中庭で草むしりをされていて発見されたとのこと。我が家ではここ2-3日この鍵を必死で探していたのだが発見できず、半分以上諦めかけていた矢先だっただけに嬉しさ以上に驚きの方が大きかった。原因はそう優美佳の仕業なのである。子供達の手の届くところに鍵を置いていた我々親の方に当然責任があるのだが、最近優美佳が家の玄関の戸を開けることができるようになって玄関には鍵をかけるようにしていたのだが、どうやらその前の仕業だったようだ。大体自分で失くしたらおおよその見当がつくのだが、この鍵については全く思い当たる節がなく優美佳にどこかへ持っていかれたのは大体予想がついていたのだが、まさか家の外だとは思わなかった。全くもって反省しきりである。現在VISAのクレジットカードも紛失しており、優美佳は財布と鍵で遊ぶのが大好きなだけにおそらくこちらも我々の目を盗んでどこかに放置されている疑いがある。当然カードは停止し、現在のところ不正な使用はなされていない。ともかく子供達には全く罪がない訳であり、これからは我々が十分注意を払うようにしなければと嫁さんと話し合ったところである。今日は4人も新入院があった。せっかく苦労して退院を増やして空けていたベッドもたった1日であっという間に埋まってしまった。院長は「病床回転率がよくなるので大歓迎」と言っていたが確かに今日の入院は急性疾患の患者ばかりで院長の期待には添えそうである。明日整形外科に予定入院があったが大丈夫かなぁ・・・? また、午後には昨年まで当院で院長として活躍されていたO先生から電話があった。今週日曜日に行われる「吉野川いかだ下りレース」の打ち合わせである。当院放射線技師のY本さんも一緒に参加するのだが、本山町への往復は結構キツそうである。お盆の帰省ラッシュにも重なるのでバイクでツーリングすることにした。朝7:00前には出発して休む間もなくいかだ下りをしてその後梼原まで日帰りで帰ってこなければならず、少し嶺北中央病院で仮眠をとって帰ろうなどと作戦も練っているところだ。P.M.17:30からP.M.22:10過ぎまで高齢者サービス調整会議、保健婦さん達との定例会が行われた。この会はいつもなら金曜日に開かれるのだが、今月だけは水曜日となってしまった。いつもは翌日が土曜日で休みなのでよいのだが明日は恐怖の外来が待っている。早く寝よ〜おっと。しかし今夜は私が当直だ。朝まで何もありませんように・・・。
8月11日(火)晴れ 今日の午前中に有給をとって午前10:30に高知地方検察庁須崎支部須崎区検察庁へ出頭した。午前中のDUTYである四万川診療所は院長が代診してくれた(ご迷惑をお掛けしました)。予定よりも約20分早く到着し、10分前に略式裁判に必要な書類作成のための事情聴取が始まった。職業と名前を聞かれ、運転免許証による身分照会が行われた。違反の場所・時間・速度などについて間違いのないことについて確認を求められ、意義がないことを申し立てて最後に印鑑を押した。罰金額は40,000円と告げられた。検察官から過去5年以内に私は前科がないためこの額に決定したと告げられた。ちなみに過去5年以内に前科があると20,000円が付加され、60,000円になるとのことだった。この記録は10年を経過すると検察庁のデータベースから抹消されるとのこと。以上をまとめるとこれから1年間無事故無違反を続けると行政処分とすれば前歴なしとなるが、刑事処分では今後5年間にわたって前科1犯として記録が残り、5年を過ぎると刑事処分としてもはじめて前歴なしとなるようだ。検察庁の記録には向後約10年間にわたって保存されるとのこと。事情聴取は約10分程度で簡単に終了した。今後本日の調書を裁判官が閲覧し、当人不在のまま書類上のみの簡易裁判が執り行われ、早くても約1ヶ月後に金融機関への振込み用紙が送付されてくるとのことだった。今回のことで交通法規について色々と勉強する機会をもてて自分としては収穫が大きかった。この悔しさをよい教訓にして道路交通法を遵守し安全運転に努めなければならないと今日改めて感じた。病院から検察庁までの往復に平均時速60km/hrを超えずに慎重な運転を心掛けたことはもはや言うまでもない・・・。
8月10日(月)晴れ 今日はお盆前ということもあって外来が混雑していた。患者さん達はお盆になると病院が休みになるものだと考えている方が結構多い。内科の1診だけで午前中の診察が47名もいた。2診を併せると約60名近い受診者数となる。処方だけの患者さんも結構多かったようでY子先生も大変だったようだ。整形外科のK川先生はP.M.14:00過ぎまで午前中の外来を続けられていて午後の回診では少しお疲れの様子だった。今週の水・木曜日辺りがピークと考えられる。う〜ん、考えただけで気が重くなってくる・・・。毎週月曜日にはP.M.17:30頃から病院職員(看護婦さん、薬剤師、事務担当者など)を集めて症例検討会を行い、その後で医師が持ち回りで勉強会を開いている。時々看護婦さんや薬剤師さんも担当する場合があるのだが、今日は私の担当日であった。主題は一体何にしようかと悩んでいたが、先日の免許関連のどたばたで色々と勉強させられた免許の点数制度や平成10年から改正された道路交通法の要約について講義することにした。日頃は何かと存在感の少ない免許証であるが、いざ停止や取り消しともなるとこれはまた話が全く異なってしまうのである。特に前歴がついた場合の点数規定や人身事故や悪質な違反に関する付加点数制度について強調して話をした。このように医学に関することただけでなく、一般常識的な勉強会もたまにはよいのではないかと思う。さて明日はいよいよ高知地方検察庁須崎支部須崎区検察庁にて簡易裁判の手続きを受け、刑事処分としての罰金額が決定される。さて結果は如何に??
8月9日(日)晴れ 今日の午前中にまたまた伊野町の免許センターへ行った。私の誕生日は9月なのでその1ヶ月前ということで運転免許の更新が今回の目的なのである。何と先月の速度違反のためにみすみすあと2ヶ月というところでゴールドカードを逃してしまった(く・悔しい・・・!)。という訳で今日もらった免許は平成13年の誕生日までが有効と記載され、よく見慣れたブルーの帯がついたものとなった。少し変化があったのはクレジットカードサイズの免許証に変わったこと位である。これなら財布にも容易に入るし携帯性に優れるように思う。ともかくこれでこれからの3年間はこの免許センターのお世話になることがないよう気を引き締めて運転に臨まなければならない。昨日から朝倉の実家に家族揃って泊まらせてもらっているのだが、今夜P.M.19:30よりよさこい祭りの前夜祭として行われる鏡川花火大会が開かれるということで優駿を連れて見物に行ってきた。例年平日に行われることが多く、なかなか見物に行くチャンスがなかったのだが、今年は運が良かった。少し小雨がパラパラとしたが何とか天気ももってくれて優駿も初めての勇壮な花火の嵐に興奮して大喜びしていた。よさこい祭りも明日から始まるんだなぁ・・・。いよいよ夏本番といったところだ。
8月7日(金)晴れ 毎週金曜日は何かと病院や保健福祉支援センターの定例会などで予定が詰まっていることが多いのだが、今夜は何も予定が入ってなかった。本来ならば今夜は高齢者サービス調整会議の日なのだが、都合で来週水曜日に延期された。ぽっかりと予定が空くと何をしてよいやらと贅沢な悩みが出てくるもので、「さぁそれなら雲の上温泉にでも家族でつかりに行ってくるか・・・」と思いきや、ふと当直表を見ると今夜は私が当直医だった。しかし嫁さんや優駿にはすでに温泉に行くと伝えており、ここで撤回すると残念がられてしまうし・・・。しかしこの8月から梼原は何と携帯電話サービスが開始されたのである。何故このような山間地域で利用できるようになったのかはよく分からないが、とにかく自分の携帯電話を見てみると受信感度は3本線が立っている。こうなれば当直もこの近代化の波を利用しない手はない。早速当直の看護婦さんに連絡を入れて温泉へと向かうことができた。梼原も便利になったものである。運よく入浴後に帰宅しようとしていた矢先に携帯での呼び出しがあったのでゆったりと温泉につかることもできた。この手はこれからも家族サービスのために時々使えそうだ(ラッキー!!)。
8月6日(木)晴れ 今日の午前中の外来が終わってくつろいでいると院長が小さな包みを私のところまで持ってきてくれた。インターネットで知り合いになったブラジルのサントス市に住んでおられる小藤さん(梼原出身)から頂いたお土産だとのこと。袋を開けて中身を見てみるとブラジル製のペン立てとメモ置きだった。丁度今ここ梼原に帰省されていおられるようだ。院長は直接お会いして少し話もできたようだか、私は外来中で残念ながらご挨拶できなかった(小藤さんお土産をどうもありがとうございました。大切に使わせて頂きます・・・)。ブラジルといえば日本からだと全く地球の裏側に位置しており、日本まで帰省するだけでも大変な労力がかかるのだろう。しばらくこちらに滞在されるようなら是非色々とお話を聞かせて頂きたいと思う。今夜は肝胆膵カンファレンスがあるのてP.M.17:00過ぎに帰宅し、用意を済ませてさあ出掛けようと車のエンジンをかけてみると、何とセルが「プスッ」と鳴ったかと思った瞬間、静寂な空間へと移行してしまったのだ。これは俗に言う「バッテリーあがり」というやつだ。車を買ってから3年と9ヶ月になり、この間バッテリーは交換はおろか充電もしていない。ワンボックスカーなのでバッテリーは大きなタイプが搭載されているのだが、一般車に較べて消費電力もかなり大きい。エアコンも常時使用しているのが現状である。「これはや・ば・い・・・」と思って手持ちのケーブルを別の車につないでセルをまわしてみようと試みたが、全くエンジンが始動せず、近くの自動車修理工場へと駆け込んだ。入り口には何と「JAF加盟店」という看板が掲げており、その時の私にはその看板が輝いて目に映った。中に入って事情を話すとすぐにJAF専用車を家まで持ってきてくれた。私の持っているケーブルは1500ccクラスの車であればセルスタートできるが、私の車(3000cc)はとてもエンジンはかからないと教えてもらった。トラックの荷台から3倍位の太さがあるケーブルを出してきて、専用の配電盤につないで「どうぞエンジンをかけてみて下さい」と言われ、キーを回すと一発でエンジンがスタートした。そのまま工場まで車で行き、新品のバッテリーに交換して頂いた。私はJAFの会員ではないし、時間も夕方だったので相当な額を請求されることを覚悟していたが、バッテリー料金の22,500円(定価35,000円)のみの請求額であった。何でも以前に私がこのご主人が大やけどをして時間外に診察して治療したことがあったそうで、私はよく覚えていなかったが、お言葉に甘えさせて頂くことにした。やはり仕事は誰に世話になるかもしれないので精一杯誠意をつくさなければならないとつくづく感じた。また改めてお礼に伺おうと思う。約1時間半遅れて出発し、県立中央病院に到着したのがP.M.20:00を過ぎていた。講堂に行ってみると部屋は真っ暗で、すでにカンファレンスは終了していたのだ。「オーマイガーッ!!」・・・・。最近私は車関係によくよくツキがない。今度お祓いでも受けてみることにしよう・・・。
8月4日(火)晴れ 午前中四万川診療所で外来をしていると高知市民病院循環器科のN村先生から電話がかかってきた。入院治療の適応についてコンサルトしていた症例に関することだったが、明日8月4日に早速入院のためのベッドを空けて頂いた。市民病院のような高次医療期間にこのようにスムーズに紹介入院ができるのは我々のような地域医療に従事する医師にとってこれ以上心強いものはない。紹介した段階では果たして入院の適応になるのだろうかと心配していたが、N村先生からの電話を聞いてホッと胸を撫で下ろした。早速本人と家族を呼んで午後に入院治療についての説明と同意を得るべくムンテラした。患者さん自身は勿論のこと家族も大変喜んでくれた。この患者さんや家族にはこれから治療に向かって乗り越えていかなければならない幾つかの壁があると思うが、私のような田舎医者だけではなくN村先生達のような専門医の先生方の知識や技術までも動員して治療に臨む体制が整ったわけであり、是非ともこれら全ての壁を乗り越えて梼原病院へと元気に帰ってきて欲しいものである。そして何よりもN村先生ありがとうございました。何卒今後のご高診・ご加療の程宜しくお願い申し上げます。さて話題は変わって、今日の昼休みに家に帰ってみると高知地方検察庁須崎支部須崎区検察庁の検察官から先日の違反について出頭のお呼び出しの手紙が届いていた。期日は平成10年8月11日(火)A.M.10:30である。この日はH谷先生は夏休みで不在、Y子先生は中村市の西南病院へと研修に行く日だし・・・・一体どうしよう???私のその日の日程は午前中四万川診療所への出張診療で、午後が梼原病院の1診となっている。呼び出し場所は高知市ではなく須崎市内であったため午後の外来には何とか間に合いそうだが、午前中は院長しかいない・・・。四万川の診察はどうなるのか???ひょっとして県立中央病院のへき地医療センターに代診をお願いしてみたら・・・と思ってY井先生に電話してみるとちょうどその日はY井先生が夏休みをとられるとのこと。これは絶望か・・・と思っていたが、院長からY子先生にその日は研修を休んでもらって火曜日の午前中の梼原病院外来をお願いすることにして、四万川には何と院長自身が代診して下さるという案が提示された。これで何とかなる・・・嬉しい!!!しかしながら全ては私自身の不注意によるもので他の先生方には大変ご迷惑をおかけ致します。お許し下さい・・・。また検察庁内での簡易裁判の内容と罰金額については自分への戒めも込めてこのホームページで公開したいと考えている。乞うご期待あれ。
8月3日(月)晴れ 今日は月始めの月曜日でレセプトの時期だったので朝から気合を入れて病院に行ったのだが、この土日の2日間で院長が一人でレセプトチェックをすでに終わらせてしまっていた。土日は院長が当直だったので国保分のレセプト位は済んでいるだろうとH谷先生と話していたら何と社会保険や生活保護、施設分など全てチェックが終了していた。この仕事にかける情熱というかひたむきさはちょっと私達にはとても真似のできるものではない。・・・ということで今日はP.M.19:00過ぎには帰宅可能となってしまった。これもひとえに院長のお陰である((本当にお疲れ様でした)。今日はH谷先生が人間ドックのために高知市内の検診クリニックに検診に行って夕方まで不在だった。帰って来てから胃の調子がよくないと言うので何故かと聞くとどうやら胃のバリウム造影検査がこたえたようである。こうやってたまには患者さんの身になって検査の苦しみを味わってみることも大切な経験であろう。何を隠そう私自身も研修医の時代に大腸ファイバーの検査を受けたことがあるのだ。これは大腸ファイバーの権威といわれる先生が病院に来て手技のデモを大勢の医師の前で披露する機会があったのだが、病変のある患者さんの検査だけでは物足りないということで健常者代表として私が駆り出された訳である(大体こういう役は一番下っ端の研修医がやることになっている・・・)。以後この大腸ファイバー検査だけは患者さんが痛まぬよう、苦しまぬよう自分なりに精一杯努力しているのである。しかしながら私はまだ胃カメラを飲んだことがない。30歳は越えていることだし一度はやってみなければならないだろうが、やはり最初はH谷先生と同様でバリウム透視からだろう(何と弱気な・・・)。院長は研修医の訓練だということで某医師(現在は立派に臨床で頑張っている)に胃カメラをしてもらったそうだが「死ぬかと思った」そうである。私はそんな勇気がないので今もし胃カメラをやるのなら院長にやってもらおう。とにかくいずれ検診で私の順番もやってくるだろうと思われるのでその結果でまた考えるつもりだ。H谷先生がもし胃で引っ掛かったら私が胃カメラをやってあげよう。果たして承諾してもらえるだろうか?これで日頃の信頼度が分かるというものだ。是非異常がありませんように・・・。
8月1日(土)晴れ 今日は「映画の日」ということで久し振りに映画鑑賞を堪能した。勿論私に許された自由時間は子供達2人が寝静まった真夜中だけである。嫁さんの機嫌をとってからP.M.21:00過ぎに家を出た。土曜日であったのでオールナイトで放映しており、しかも料金は大人1,000円と格安だった(ラッキー!!!)。P.M.21:50からGODZILLAを皮切りにA.M.0:20からリーサルウェポン4を、そして帰ろうと思って上映時間を調べてみるとA.M.2:45から何とディープインパクトがグッドタイミングで上映されるということで「え〜い、この際ついでだ、見てしまえ!!」ということで勢いで3本も連続で見てしまった。流石に夏休み用の人気映画だっただけにいずれの映画もすごく面白かった。でも途中数分ずつ位意識不明になっていたようにも思う。帰宅したのはA.M.5:00をまわっていた・・・。3つの映画ではあえて一つを推薦するとすれば最後に見たディープインパクトだ。彗星の地球衝突のために人類滅亡の危機に見舞われる人々の様々な人間模様が描かれるがこういった極限状態の時にこそその人間の本性が現れてしまうもので、自分自身にも置き換えてみたりしてなかなかはまってしまった。やっぱりスティーブンスピルバーグ監督の映画は期待を裏切らない素晴らしさがあるといつもながらに感心してしまった。今日はたったの3,000円でものすごく楽しませてもらった。しかしながらこうやって無理しないと自分の趣味の映画鑑賞もできないというのも少し寂しい気がした。さて8月にもなったことだし、また気持ちを新たにして仕事に励もう!!!明日はゆっくり昼寝でもしよ〜おっと。