日々の何気ない出来事を思いつくままに綴ってみました・・・
今日の出来事
2月28日(日)晴れ 今日は当直だったが普段の日曜日よりは少し忙しかった。頭部CTだけでも3件試行し、内訳は77歳女性の転倒による後頭部裂傷、4歳男児の3mの高さからの転落事故、72歳女性の頭が割れるように痛いという症例と普段の外来並みの内容であった。この他定期往診しているうっ血性心不全患者の症状悪化に伴う定期往診などもあり、結構充実していた。1歳女児の嘔吐・下痢に伴う脱水改善のため点滴が必要と考えられて糸のように細い血管へのルート確保などもありこれに関しては小児科のG保先生や後輩のY子先生がうまいのでお願いすることも考えたが母親がよく知っている方だったので許可を頂いてチャレンジし無事ルート確保ができてちょっと嬉しかった。今日も松原診療所からの紹介で一人入院となりまたまた満床となったが来週始めには除々に退院もあってベッドも少し空きが出てくる予定であるが確固たる保証はない。今日で2月も終わりで明日から3月に入る。内部情報では明日内示文書の発送があるようで人事異動や歓送迎会など色々と慌しい日々が続きそうだ。
2月27日(土)晴れ 今日は朝から突風の吹き荒れる大荒れの天気だが何といっても困るのはその強風によって撒き散らされるスギ花粉の嵐である。今日は当直のために何度か病院と家の間を行き来したのだが、ちょっと外に出るとくしゃみと鼻水が嵐のように出現し、眼球結膜も脹れあがり痒みがひどくなってくるのである。これはまさに花粉症であり、いよいよ悪夢の季節到来である。早速自分で処方した花粉症の特効薬を看護婦さんに筋肉注射してもらい、新薬のJテックを内服しIタール点眼を併用した。現時点ではまだまだインフルエンザの影に隠れているがこれから花粉症患者が急増してくることと予想される。高知日赤病院にて日本で最初の脳死判定から臓器移植に至る経過が進められ、日本中の注目が集まっている。今回のことで移植もいよいよ現実味を増し関心も高まってくることが予想される。ドナーとなった患者さん自身の崇高な意思とそれを決断した家族の勇気には頭が下がる思いである。是非全てがうまく運ぶよう祈ってやまない。そうそう梼原病院の受付窓口に置いてあった臓器移植用の意思表示カードが全てなくなっていた。これもその関心の高さを示す一つの現象でもあり喜ばしいことなのであろう。日本における移植医療の第一歩がいよいよ踏み出されたようだ・・・・。
2月26日(金)晴れ 今夜嫁さんが保育園のママさん友達らとの飲み会があるといって夜喜び勇んで出掛けて行った。日頃から運動会とか保育園のお祭りなどで一緒に仕事をした気の合う仲間のようでこれまで何度かお誘いを受けていたようだがこの度ようやく念願が叶ったという訳である。残された私は2人の子供の子守りということでビデオを見せたり本を読んだり風呂に入れたりとてんてこ舞いであった。お風呂では優駿のお尻を洗っているとうんちが付いていることに気づき、浴槽内を見ると優駿が小さなうんこをしていることが分かった。急きょお湯を入れ替えて入浴し直したり、外でうんちをさせたりと散々な夜であった。引きつった笑顔を作りながら2人の子供を必死で寝かせ、ようやく自分も床につくことができた。そうしている内に嫁さんが上機嫌で帰宅し、早速第2段の約束まで取り付けてきており、機嫌のよい表情を見ているとその後何も言えずに床についた。まあたまには嫁さんにも楽しい思いをさせてあげなければ・・・とちょっとした嫁さん孝行の一コマであった。
2月25日(木)晴れ 今日の午後少し時間があったので梼原病院電話応対マニュアルの作成にあたった。臨床検査技師のJ明さんと事務のT田さんらと協力して「ああでもない、こうでもない・・・」と苦心しながらその作成に努力した。まず面白かったのは我々医師に対してよく不動産関係から「税金対策で・・・市内にマンションなど・・・」というどうしようもない電話が時々かかってくるのであるが、如何にも自分はその先生と親しい友人もしくは知人であるかのごとくうまい口ぶりで電話をかけてくるのである。こういった怪しい電話に対する応対法や呼び出しの時のセリフなど苦心の作が出来上がった。院長のチェックを受けて各部署の電話機の前に貼り付けられることになった。最初に電話に出た時に「はい、梼原病院受付の・・・です。」というふうに言うようにしようと思ったのだが以前にこの試みがすでになされており、それに対する住民達のレスポンスがあまりにもひどすぎたようで中止されたようである。やはり田舎の方では何でも都会と同じようにという訳にはうまくいかないようである。田舎の人達はいくら「梼原病院の・・・」と前置きしても個人の名前を出すとどこかの民家に間違い電話してしまったものと錯覚する人が多かったようで、これはいかにも納得される現象なのである。今後このマニュアルがどのように有効に利用されるかこれから楽しみである。
2月24日(水)雨 今朝病院へ行くと転倒による脳挫傷のため急性硬膜下血腫を形成している患者さんがいた。後方病院脳外科にコンサルトすると直ちに搬送しなさいとの指示があり、急きょH谷先生が救急車に同乗していくことが決まった。今日は整形のK川先生が出張のため不在であり、残された我々でH谷先生担当分の仕事を処理しなくてはならず一瞬騒然となったが、大腸ファイバーが入っていなかったこともあり、残された医者だけで何とか午前中の仕事を無事こなすことができた。H谷先生は先日救急車に同乗した際に車酔いがひどかったことから今日は予防的にトラベルミンという制吐剤を服用していたようである。午後は越知面地区の往診を済ませ夕方より東津野村の保健婦さん達との情報交換会が開かれた。この会のお陰で東津野村の患者さんに関する検診データや検診レントゲン写真などの提示や貸し出しなどもスムーズに行われるようになり、気になる患者さん達の最近の状態や消息など詳しい情報も得られるため大変意義が大きい。今週には来年の人事についての内示があるはずなのだが今だその連絡が入っていない。明日なのだろうか・・・。
2月23日(火)晴れ 今日までの3週間で退院が17名、入院が20名とものすごい勢いで入退院が回っている。夜勤明けで2-3日休んでいた看護婦さんは申し送りを受けるのも大変である。当然ベッドは満床であり、毎日綱渡りのような日々を送っている。今日も84歳のお年寄りが「数日前に台所で倒れ込んでから歩けなくなってしまった」との家族の訴えで来院され、整形外科的には骨折は認められない。内科にまわって来たのでよくよく診察してみると何と38.4℃の発熱があるではないか。血液検査を施行してみても著しい炎症反応に加えて胸部レ線でも心不全傾向となっている。急きょ本日退院した患者の後に入院させることになった。これが昨日ならば入院ができなかった訳でベッドが空いているかどうかによって患者さんやその家族も町外の病院へ紹介入院ということになったりと大きな影響を受けることになってしまう。在宅にて往診による点滴治療を続けている症例も幾つかあり、まだまだ過酷な病棟ベッドの争奪戦がしばらく繰り広げられそうだ。病棟の看護婦さん達がキレることがないよう祈るばかりである。この毎日1名ペースの入院患者の多くはやはりインフルエンザがらみの症例が多く、その流行の恐ろしさをまざまざと再認識させられてしまう。
2月22日(月)晴れ 今日昼食を摂っていると「ガリッ」と歯に何か硬い物があたり「まずい・・・」と思いながら口の外に出してみると予想通り右上第一大臼歯の詰め物が外れていた。急いで隣りの歯科診療所に電話すると「取れた詰め物を持ってお出でて下さい」とのことだった。歯科から電話で呼び出しを受けて診療に行くと取れた詰め物を歯に合わせてみてT先生が「まだ何とか使えそうですね」と言って下さった。私自身最低3回くらいは診療に通わなくてはいけないのかと覚悟していただけにラッキーだった。詰め物がもう一回外れた場合には今度こそ作り直しが必要なんだそうだ。ついでに他の歯も一緒に診て頂いたが他には虫歯など加療を要する歯はないとのことでホッと一安心だった。歯科に治療に行ってたった一回でことが足りたのは初めての経験でとても得をした気分であった。歯は普段あまりに当たり前に使っているが歯の治療などを受けた日にはその有り難みを痛感してしまう。今夜は特に念入りに歯磨きしよ〜おっと。
2月21日(日)曇り 今日はA.M.4:00に起床して大山にスキーに出掛けた。スキーに向けて2人の子供達は岡山の実家に預けて嫁さんと夫婦水入らずでの今シーズン初滑りとなった。今年は2月に入って雪が多く、積雪量も140cmと十分なコンディションであった。日曜日だというのにリフトは乗り放題くらいに空いており、天候も少し吹雪いたくらいで時折晴れ間ものぞくスキー日和にも恵まれた。岡山市から車でちょうど2時間と結構近場にあり、スキー場自体もなかなか大きくて驚いた。さすがに若い学生時代と違って滑りまくりなんてことは不可能で途中何度か休憩を入れながら正午過ぎには引き上げることにした。日頃からマラソンで身体を鍛えている嫁さんは体力的に余裕があってまだまだ滑りが足らないと不満がっていた・・・。一日券を購入していたのだが元も取って大満足で帰途につこうとしていたところ若い兄ちゃん達に呼び止められ「一日券を売ってくれませんか?」と頼まれた。嫁さんの分と2枚をそれぞれ1,000円ずつで譲ってあげてまたまた得した気分となった。スキーに行く時には昼過ぎ頃に早めに帰ろうとするスキーヤーを狙って一日券を安く譲ってもらうのもなかなかナイスな方法である。実家で仮眠をとって梼原まで約4時間を(体力を余した?)嫁さんが頑張ってほとんど運転して帰って来た。今回のスキーは嫁さんが先日スキーウェアを購入したことがきっかけとなっていて、何とか「今シーズン一回くらいはスキーに」という嫁さんの願望を叶えられてホッとしている。私自身も新しい板の滑り心地は上々で大満足であったが体力の衰退をまざまざと実感させられてちょっと哀しかった。今度はせめてスキーが終わった日には1泊くらいできるようなスケジュールにしなければ・・・と反省している。
2月20日(土)晴れ 今日は嫁さんの実家のある岡山に遊びに来ている。というのも明日スキーに行くためなのだ。今シーズン初滑りなので今からわくわくしているがもうそんなに若くもないので体力的なところが一番心配なところだ。5年前から使用している私の板を準備のために嫁さんがワックス掛けをしていたところエッジが錆ついているのに気が付き「家計費から出してあげるので新しい板を買いなさいよ」と言ってくれて、急きょ板を買いに町へと出掛けた。サロモン社製のニューモデルが手頃な値段で店頭販売されていたために購入することにした。ビンディングはもったいないので今までのものを使用することにした。ポールも学生時代から使用していたものでついでにカーボン製の軽量型ポールを嫁さんが買ってくれた。これで明日の準備は万全である。突然の嬉しいプレゼントとなり嫁さんには感謝しなければならない。今から明日がとても楽しみだ・・・。
2月18日(木)曇り 今日は朝から事務担当者の顔つきがこわばり、緊張の色が隠せなかった。というのも起債関係の審査が国の方から入り本日その起債がその適応に応じて条件を満たした使用法がなされているか色々と調査される訳である。例えば病院勤務医師の官舎など国からの起債の補助を受けて建てられそこに医師が住まう訳だが、ここに住宅難などの事情によって医師ではなく近くの小学校教諭が住んでいたりしていると起債額を全額変換しなければならない訳で、下手をすると数千万円という多額のお金が動く恐怖の調査らしい。P.M.4時頃に事務長やら次長が万歳をしながら「無事終わったーっ!!」と笑顔で事務室に入って来て事務職員達から「お疲れ様、今夜は打ち上げをせんといかんね」などと拍手で迎えられていた光景は印象的だった。次長は昨夜病院に泊まり込みで今日の準備をしていたとのことでその苦労も無事報われた訳である。いずれにせよ、ここ梼原病院ではそのような不正行為は一切なされていないために私自身どうしてそんなに冷や汗をかくような思いまでしなくてはならないのか少し疑問に感じる面もあったのだが、ちょっとしたことで多額のお金が動くこともあって相当なプレッシャーがあったのだろう。何はともあれ、事務担当者の皆さんお疲れ様でした・・・。今夜はK川先生の代わりに夜間の当直を担当することになった。院長とH谷先生は肝胆膵カンファで高知市へ、K川先生は手術の手伝いのため須崎市へ、Y子先生は松原診療所への出張診療ということで平日夜間に医師が私だけというめずらしい夜間当直となった。日頃は平日夜間の当直について大して不安はないもののこんな条件が重なるとついつい心配などしてしまう。病棟には現在ターミナル状態の受け持ち患者さんがおり、昨夜から尿がほとんど出なくなっている。外来も現時点で結局P.M.8時までにインフルエンザ2名、P.M.9時に肩関節脱臼1名、P.M.10時に総胆管結石による疼痛発作1名、深夜0時に在宅往診患者さんの尿道バルーン閉塞のため往診1件とほぼ1時間毎の結構忙しい当直であった。このまま無事朝を迎えて欲しいと心から願って止まない。最近平日夜間の当直もなかなか侮れないのである。
2月17日(水)晴れ 相変わらずベッドの満床が続いている。今月に入ってすでに15名の退院患者さんを出しているのだが今日現在ベッドは満床状態である。今朝何気なく病棟の点滴を用意している看護婦さんの手元を覗くと机の上が点滴の山でそれ以上載せる余地もないほどであった。ある看護婦さんから整形の患者さんは手術の前後は大変だけどその後は比較的手がかからずに済むのだけど内科の患者さんは高齢で寝たきりの患者さんが多く、点滴も多いので大変ですと漏らしていた。確かに愚痴の一つもこぼしたくなる位に今の病棟は忙しそうである。インフルエンザの時期も重なって泣きっ面に蜂といったところであろうか。今の病棟には整形外科の入院患者さんは大変貴重な存在となっているようである。30床全員が内科の患者となればこれまた大変なことになりそうだ。病棟の担当看護婦さんも現在やっと4名体制となっているのだが産休を控えている看護婦さんが2名もいてこれからちょっと心配なところもある。今後重症が入院させられないなんてことがないよう看護体制もしっかり図っていかなければならない。
2月16日(火)晴れ 今朝A.M.3:00過ぎに病棟の入院患者さんが亡くなられた。そのためまたもや深夜の寝不足で2日連続での眠い目をこすりながらの出勤となった。今日の午前中は四万川診療所への出張診療であった。今朝は氷点下の寒さで四万川につながる道路の路面は一部凍結し、往診車のタイヤを滑らせながら診療に向かった。診療所に到着すると室内がとても寒くて何とボイラーが凍りついてしまい、暖房が効かなくなっているとのことだった。セーターを着たまま白衣を着て上半身は何とか保温できるものの両足や患者さんに触れる両手があまりにも冷たくなっているのである。急きょ周辺の家庭から石油ファンヒーターや電気ストーブを借りて急場を凌ぐことになった。診察室では石油ファンヒーター2台をつけて暖房を図ったがそれでも結構寒くて患者さん達には大変迷惑をかけてしまった(ごめんなさい・・・)。P.M.11:00ごろに暖房が復活したがすでに太陽も照って除々に暖かくなってきていて時すでに遅しといった感もあった。午後には梼原病院に帰って外来をしたがやはり先週の影響があったためか午後だけで38名も患者さんが来院して来られた。P.M.5:00になってまだ8名の患者さんが残っていたために他の先生に初診の患者さんをお願いすることになってしまった。こうなると祝日休暇も考えものである。とにかく今日は一日寝不足と喋り徹しで疲労困憊となり、帰宅するや否や布団に倒れこんで意識不明となったのは言うまでもない・・・。
2月15日(月)晴れ 昨夜は当直ではなかったものの病棟の入院患者さんの容態が悪化し、午前1時と3時にそれぞれ病棟から呼び出しを受けた。お陰で少々睡眠不足の状態で眠い目をこすりながら仕事に向かった。今日は先週一杯降り続いた雪も上がり快晴の月曜日を迎えた。先週の木曜日は休日、金曜日は大雪ということで今日はさすがに外来は忙しかった。途中H谷先生の大腸ファイバーを手伝ったりもしていたので午後1:00過ぎまでかかってしまった。まだまだインフルエンザ様症状を主訴に来院される患者さんが後を絶たずまだまだ流行は続いているようである。昨日がバレンタインデーということもあり、今日は病院の女性職員や患者さん達(勿論お年を召された女性)から幾つか義理チョコを頂いた。嫁さんも私のためにチョコを買ってくれたようだが開けてみるとくまの形をした可愛らしいチョコレートであった。早速開けて食べようとすると「まあちゃんにもあげてよ」と言うのである。結局私に買った分も優駿が喜んで一緒に食べられるものにしていたようだ。まあ所詮そんなものではあるのだが、ちょっと寂しいような気もする。そんなこんなで年々バレンタインデーの価値も薄れつつある今日この頃なのである・・・。
2月13日(土)晴れ 今日高知市にて来年の自治医大卒業生医師の勤務配置の概況報告会が開かれた。今月末には辞令も発令されようとしているこんな差し迫った時期に何故?と思ったがとにかく参加してみることにした。梼原は大雪で自分の車を動かすのにも雪かきをしなければならない状況だった。そのためH谷先生は高知行きを取り止め私一人梼原を代表して会に参加することとなった。県内のほとんどの派遣施設からの参加があり、熱いディスカッションが続けられた。県としての立場と我々第一線で働くものとしての立場と多少なりとも食い違う場面もあったが、こういう機会が与えられるだけでも他県から較べればラッキーなのかも知れない。県の方の考え方もよくわかったし、県の方にも我々の考え方や抱いている不安などについて多少なりとも理解を深めてもらえたのではなかろうか?誰もが納得し、満足のできる人事なんてものは存り得ない訳であり、何かとまた議論を醸し出すことになりそうだが、その人事発表(内示)もおそらく来週には発表となる見込みである。私自身のことも含めて後は結果を待つばかりである。それにしてもせっかく我々の意見も参考にしようというのであればもう少し前にこういった会が開かれてもよいのではないだろうか?毎年卒業生が送り出されているのにいつまでたっても医師不足は解消されない。医師過剰時代などといっていられるのは都市部だけであり、まだまだ我々の周囲にはドクタープールなど死語に近い印象がある。何故義務終了医師が我々の組織に残ろうとしないのか?この問題を解決できる見込みは今のところないようである。
2月12日(金)雪 今朝起きて外を見てみると一面の銀世界であった。昨夜まで全く普通の天気だったのにびっくりしてしまった。木曜日が休みで明日からは週末で病院も休みとなるために今日の院長の外来は結構忙しくなるだろうと思っていたのだがさすがに大雪には患者さん達の足も止まってしまう。どこにそのしわ寄せが来るのだろうと考えてみるとどうも月曜日らしい。ということは自分の外来である。な・何と・・・、と思っても木曜日に楽な思いをしているのでこれもまたやむを得ずといったところであろうか。そうそう優美佳も今日の昼過ぎには元気さを取り戻しその辺の食べ物をムシャムシャと食べあさっていた。寝込んでもたった一日とはさすがにこの娘だけはただものではないと少し驚いている。夕方からは毎月恒例の高齢者サービス調整会議があったが大雪のために時間を繰り上げて午後6までには終了した。保健婦さん達との連絡会についても延期ということになり、私がここに来て初めての出来事であった。この大雪の影響でY子先生は松原からこちらにやってくる際に180°のスピンをして側壁にぶつけて方向指示器を壊してしまったようだし、事務職員のM恵子さんも通勤途中で車をぶつけてしまったようである。こんな寒い日に限って四万川診療所では暖房が壊れてつかなかったようで出張診療に行っていたH谷先生はかなり寒い思いをしたらしい。皆様お気の毒さまでした・・・。
2月11日(木)雨-建国記念日- とうとう優美佳がインフルエンザにかかってしまった。昨夕から38-39℃の発熱がありぐったりとしていて元気がない。昨年暮れにインフルエンザの予防接種をさせようと思っていたら丁度みずぼうそうに罹患してしまってうちの家族では優美佳だけが予防摂取を受けていないのである。今日は祝日で休みということで家族で出掛ける予定にしていたのだが急遽取り止めとなり、優駿だけを連れて高知市の実家に隔離の意味も含めて遊びに連れて行った。というのも優駿と私がいると家の中が騒々しくなり優美佳の安静が保てないという理由である。優美佳はこれまで何度か熱発があったものの結構元気だけはあって食欲も落ちなかったのであるが今回のインフルエンザにはさすがにまいっているようだ。明日まで様子を見て食欲がなくぐったりとしているようだったら点滴でもしようかと考えている。早くよくなってね優ちゃん。
2月10日(水)晴れ 昨晩から今朝にかけて夜間当直であった。いつもならば火曜日は院長の当直日なのだが、私の都合で今夜の当直と交替して頂いた。これまでの傾向として誰かから当直の交替を依頼されて代わった場合、さほど大した患者さんも来ずに楽勝のパターンが多いのであるが、今回のようにこちらからお願いして代わった場合には結構重症が来たり、難渋するケースがあったりと何かと当直が忙しいことが多い。昨夜もちょっと嫌な予感を持ちつつも当直に臨んだのであるがその悪い予感が的中して何と8名もの時間外急患の来院があった。深夜帯では午前1時頃と4:30頃に来院があり、まともに眠らせてはもらえなかった。1例深夜に電話で「血圧が高くて胸がしんどい」との訴えで来院する旨を看護婦さんに告げたものの約1時間後には「血圧も下がって症状が改善したので行くのをやめます」というケースもあった。こちらは深夜に電話で当直の看護婦さんに起こされて寒い中着替えを済ませて準備していたのにがっくりきてしまった。まあ患者さんが無事なことが救いではあるが・・・。そんなこんなでやはり私の場合当初の予定通りに当直をこなしていかなければこのように痛い目に遭うことが今回改めて思い知らされた。以後気をつけていこうっと。
2月8日(月)晴れ 今日外来に「最近みょうにふらふらしていかん」という訴えの患者さんが来院した。このような訴えは日常最も多く、ついつい「歳も歳だし・・・」とか「脳動脈硬化のため・・・」とか色々とかわすことが多い。しかしながら今日に限って何か普段と違うような何ともいえない印象があって「念のために頭部CTを撮っておきましょう」ということにした。誰かに連れられて来ている訳でもなく、嘔気や頭痛などもない。ただ単にふらふらするということだけのようだ。出来上がったCTを見て驚いた。左前頭葉に沿って血腫が形成されているではないか!!!これはまさしく慢性硬膜下血腫である。患者さんに「最近頭を打ったことはないか?」と尋ねると「1月2日にこんぴらさんに参拝した時にこけて右後頭部を強打した」と言うのである。病歴としても外傷後4週間ということでぴったし一致するのである。急遽くろしお病院脳外に紹介し、そのまま入院の運びとなった。開頭による血腫吸引術が施行されるようである。今日のような不定愁訴であっても見逃すことのないよう今後も注意していかなければならない。今日は本当に頭部CTを撮っておいて良かったとホッとしている。いつもならば「大丈夫、大丈夫」と適当にかわして後日他所の病院に受診して発見されるパターンであった・・・。ああ恐ろしや・・・
2月5日(金)晴れ 今日は有給休暇をもらって一日某総合病院での一日研修を受ける機会に恵まれた。自分の知っている先生について検査についたのだが、午前中だけで心エコー検査が7件あり、昼食を摂らないままに午後大腸ファイバーを5件あっという間に終わらせてしまった(いつもは10件ほど入っていて並列でこなしているようだ)。何か今の自分の視野の狭いことに気付かされた気がした。振り返ってみればここ3年間このような研修を受けていない。勿論機会があれば行きたいのだが、院長にしても私自身にしても現状ではY子先生を週に1回研修に行かせることがやっとなのである。エコーも大腸Fもせいぜい一日一件が手一杯であり、大腸検査も余計な被爆や自己流の弱みを再認識させられた。たまにはこういった機会もよい刺激となっていいと思うし、せっかく複数体制にある病院だけに何とか(月に一回程度でも)常勤医師の研修体制が可能なシステムについても今後検討すべき課題だと思う(実際はなかなか難しい・・・)。
2月4日(木)晴れ 今朝病院へ向かう道はどこもカチカチに凍っていて病院前の坂道もうちの職員が滑り転んでいた。何でもニュースによると梼原の気温は零下10度の発表があった。H谷先生とK川先生宅ではお湯が出なくなってしまったと悲鳴をあげていた。今日は残雪があったものの快晴だったこともあってか午前中1診の外来も30名そこそこの来院があった。雪だから今日はゆったりと仕事が・・・なんて思っていたら病棟の患者さんが脳塞栓を発症し、その対応に追われてバタバタとしていた。午後には幾つかの診断書作成のための診察が入っていたが雪のためにキャンセルされており、四万川診療所のレセプトがあったので空いている時間をこのチェックに回すことができた。年末に頑張ってカルテの書き換えをやってたお陰でほとんど修正する必要もなくスムーズにチェックが終了した。やはり「急がば回れ」ということわざ通り色々と予め準備や用事は頑張って終わらせておくと後で何かとメリットも多い。今日はそんなことでちょっと得した気分になった。
2月3日(水)雪 今日ようやくここ梼原に大雪が降った。降積雪量15cm程度のものだがやっと冬が到来したなという感じである。いつもは水曜日の外来ともなると院長の外来やら眼科の外来で患者さんも多いのだが、さすがに今日は閑散として外来も早々に終了していた。そんなのんびりとした空気の中、いつも往診に行っているお年寄りの容態が急変し救急搬送されてくることになった。何でも朝食までは普段と何も変わったことなく食事もしていたのにA.M.10:00頃から急に反応がなくなり、家族が通報してきたようだ。診察してみると確かに意識障害(III-300)があり、血圧も触診程度となっている。体温も計測できない程に低下しておりいわゆるショック状態であった。色々と検査を進めて行くうちに低血糖ということが判明し、ブドウ糖静注によって少しずつ反応が出始めてきた。今年は低血糖発作が流行?しているのか・・・。血圧低下についても昇圧剤などによって除々にモニター上で感知されるまでに回復してきた。脳CTやレントゲン、電解質などには特に異常はなかったものの、心電図変化や肝機能障害などがあり、心臓疾患の関連も否定できないが、CPKは正常で心筋梗塞ではなさそうだ。いずれにしても今後精査が必要である。在宅での療養生活も昨年の12月上旬に退院してから約2ヶ月の間順調に経過していたものの今回は残念ながら入院が必要となってしまった。病棟は相も変わらず満床状態が続いており、本日退院となる方と入れ替わりで運良く入院の運びとなった。雪は明日も続きそうで外来はのんびりとできそうだ。
2月2日(火)晴れ 今日は外付けのハードディスク(HD)の取り付けを初めて試みた。MOなどを取り付ける感覚でSCSIに取り付けたものの全くHDを認識してくれない。院長に相談したところ「MS-DOSのFDISKで認識させてフォーマットさせなきゃだめだよ」とあっさり言われてしまった。如何にもコンピューターの玄人の言葉である。MS-DOS????これは名前だけは聞いたことがあるのだが、その実態はよく分からない。しかもフォーマットにも論理的と物理的の2種類があるとのこと・・・。これはもう絶望か?と諦めていた矢先にパソコンの電源を切ろうとしたところ「MS-DOSモードで再起動する」という項目があるではないか。もうこうなったら何でもありだとシステムを再インストールする覚悟で立ち上げてみた。そうすると真っ黒い画面が出てWindows>というコマンドの入力画面が出現した。FDISKと入力すると説明書に記載されている画面と同じであった。もう天国にでも上ったような感じでその通りに進めて行くとうまく認識させてフォーマットも無事終了できた。院長の言う2種類のフォーマットの意味も理解できた。少しコンピューターの奥を覗き見た気がしてすごく嬉しかった。しかしながら説明書にこのMS-DOSの画面の出し方を記載してくれていなかった。もっと私のような素人でもわかるような説明をしてくれないと・・・。MS-DOSプロンプトなどの訳のわからないアプリレーションを立ち上げたり何回も再起動させたり、HDのSCSI-IDを変えてみたりと苦労の連続だった。いずれにせよ、院長の言葉がなければエレパの兄ちゃんの所に持って行って3000円程度の余計な出費が増えていたに違いない・・・。
2月1日(月)曇りのち晴れ 今日病棟の総回診で特2号室を見てみると2歳の子供さんがインフルエンザで入院していた。この部屋は家族室という6畳の和室がベッドのある部屋の隣に併設されていて、お風呂や台所、洗面台も備わっており、ちょっとしたビジネスホテルのような入院部屋である。その和室には何と他の3人兄弟も一緒になって寝ていて次から次にインフルエンザが感染しているとのことだった。一番下の子供さん(2ケ月)だけはお母さんの免疫のお陰か何とか今の所インフルエンザをもらわず元気とのことだった。お母さんもさすがに4人の子供さんを抱えての入院ともなると気が引けてなかなか入院の話にもって行きづらいのだが、当院の家族室付き特別室を気に入ってもらい入院を決めたとのことだった。お母さんから「こんな形で他の子供達の面倒も見ながら看病ができるとこは何よりも有難いことです。」とお礼まで言われてしまった。元々この部屋はターミナル患者さんとその家族を念頭に設計された部屋だが、改めてこの部屋のもつ意義の大きさに感心させられてしまった。一日も早くこの子達の風邪が良くなることを祈っている。それよりもお母さんの方がほとんど眠れていないようでこのお母さんの方が体調を崩さないかと心配しているのだが・・・。