TRPGシステム博物館

第1回 『D&D(R)』



今回より始まりました、「TRPGシステム博物館」。毎回何かひとつ、テーブルトークRPGのシステムを取り上げて、システムの特徴やらその面白さやら自分の思い入れやらを徒然に書き綴っていこう、という趣旨のページです。そして、その記念すべき第1回目のお題は、TRPGの元祖とも云うべきゲーム史上の記念碑的作品、「D&D(R)」です。暫くおつきあい下さいませ。

まずはD&D(R)の簡単な歴史から紹介していきましょう。D&D(R)はよく「RPGの元祖」という形容がなされますが、そのD&D(R)にも原型となったゲームはありました。1970年代初頭にゲイリー・ガイギャックスとジェフ・ペレンとが作ったミニアチュール(人形)の兵隊を使う中世の騎兵戦闘ゲーム「チェインメイル」がそれです。つまりはヒストリック・ウォー・シミュレーションゲームがその生みの親という訳で、故に両者のコンセプトが近似値にあるのは当然とも云えます。「チェインメイル」はウォー・シミュレーションでしたが、ユニットを個人としたところに特徴がありました。やがてガイギャックスたちは、「チェインメイル」のユニットを使って城の地下や迷宮を探検するというシチュエーションのシナリオで遊び始めます。これが面白いということになり、独立したゲームにしてみようとガイギャックスとデーブ・アーンソンとでこの新しいゲームのルールが作られました。その過程で冒険世界は歴史のヨーロッパ中世から剣と魔法の世界へと変わり、こうして「ダンジョンズ&ドラゴンズ(R)」は誕生したのです。1974年のことでした。

D&D(R)は、目的が迷宮に潜って財宝を持ち帰るシチュエーションのルール化であったため、最初は野外冒険用のルールが存在していませんでした。しかしTRPGというゲームの分野が発展していくに従って、財宝獲得ではなく、別の人生シミュレーションにへとゲームの目的が変わっていき、それに伴ってルールは追加され、また改編されていきました。現在のD&D(R)は、対応レベルによって「ベーシック」「エキスパート」「コンパニオン」「マスター」「イモータル」の5セットに分かれています。

それでは次に、D&D(R)のシステムを紹介していきましょう。

まずは、TRPGの基本アイテム、サイコロ。D&D(R)で使用するサイコロは4面、6面、8面、10面、12面、20面の6種類です。いちばん使うのは、おそらく20面体でしょう。戦闘での命中判定からセービング・スロー(後述)、能力値チェックにまで幅広く使用されます。やはりこだわり派のプレイヤーでしたら、専用のダイスを用意したいですね。

次にキャラクターのルールですが、能力値は6つ。ストレングス(力強さ)、インテリジェンス(知識の豊かさ)、ウィズダム(常識や頭の回転の早さなど)、デクスタリティ(素早さや手先の器用さ)、コンスティテューション(身体の丈夫さ)、カリスマ(人間的魅力)がそれで、ほかにもヒットポイントやアーマークラス(鎧の等級)などがキャラクターの身体的特徴を表します。

身体的特徴以外で注目すべきはクラスとアライメントです。クラスはファイター(戦士)、クレリック(僧侶)、マジックユーザー(魔法使い)、シーフ(盗賊)、エルフ、ドワーフ、ハーフリングの7つが基本で、上級ルールで幾つか加わります。エルフやドワーフなどの種族が独立してクラスになっているのが特色で、ファンタジーの雰囲気を出し、なおかつルールを簡単にするという目的に叶った処理と云えるでしょう。クラスの内容については割愛しますが、スキル制のシステムと違ってD&D(R)のキャラクターは万能にはなりえませんので、キャラクター同士の協力は必要不可欠だということは強調しておきましょう。そのときに重要になるのがアライメントです。アライメントは「性格」などと意訳されていますが、「性向」と云ったほうが制作者の意図により近いでしょう。ローフル、カオティック、ニュートラルの3つの性格のうちどれかに決めて、その性格に沿ったプレイをすることを求められるのです。この3つの性格ですが、本当はもう少し複雑なのですが、大まかに「善」「悪」「中立」と把握していてよいと思います。このアライメントのルールが存在することで、D&D(R)が単なる「ごっこ遊び」ではない、「役割を演技する遊び」であるということが明確になり、それにより画期的な新しい発想のゲームであることが衆目に知らしめられたと云えるでしょう。

そのほかに重要なルールとしてはセービング・スローがあります。これは直訳すると「助かるためのサイコロ振り」とでもなるのでしょうか。字面の通り特殊攻撃に対する回避行為判定に関するルールです。クラスごとに一定の数値が決められており、20面ダイスでその数値以上を振れば、避けたり効果を半減させたりする事ができます。特殊攻撃にはドラゴンのブレスとか魔法の呪文、毒や石化攻撃などがあり、いずれも回避し損ねると致命的なものばかりです。数値的にも結構厳しいので、ゲームの最中は、このセービング・スローの判定はわりに盛り上がったりします。

そうそう、魔法の呪文についても少し触れておきましょう。D&D(R)の呪文はコンピュータゲームの『ウィザードリィ』のシステムに近いものです(というより、『ウィザードリィ』がD&D(R)の真似をしたのですが)。違うのは、あらかじめ使う呪文を選んでおかなければならないことで、これがゲーム慣れしていない人間にとっては一苦労なんですよね。しかも呪文は、魔法使い用で108種類、僧侶用で56種類も用意されているので、どれを選ぶかもまた大変。でも、その分呪文でいろいろなことができるので、D&D(R)の魔法使いは万能に近いところまでいける可能性を秘めています。まあ、生き残って成長したらの話ですが。

某SWからTRPGを始めている人は、大抵がD&D(R)はキャラクターが死に易いと云います。筆者はそんなことはないと思っているのですが(むしろ某SWが死ななすぎると思っています)、確かに出てくる敵をばっさばっさと豪快に斬り伏せる、という展開にはなりにくいシステムではあります。でもそれは、プレイヤー各々がゲームに対して求めているものが違うことから生じる齟齬であり、そもそもD&D(R)は、シミュレーションゲームから生まれたにも拘らず、戦闘を副次的要素とした宝探しゲームとしてスタートしたシステムなのです。更には、少なくともエキスパートセット以降は、ストーリー重視のルールを指向し始めました。ベーシックセットではロールプレイよりもゲーム性に重点がおかれていたのが、エキスパートで野外冒険、コンパニオンで領地支配、マスターで世界規模の冒険を、そしてイモータルセットで神を目指すといったようにルールが拡張されるに従って宝探しゲームの色合いは薄くなり、D&D(R)はエピック・ファンタジー的なストーリーゲーム指向のシステムとして完成したのです。なるべく戦闘はするなとルールブックにも書いてあるほどで、これでは剣豪小説のようなゲーム展開は不可能と云っていいでしょう。

しかし一応は完成を見たD&D(R)のシステムですが、一方で大きな矛盾をもはらんでいたのです。D&D(R)は、何度も繰り返している通り宝探しゲームから出発しました。そして途中から、地下迷宮に潜るよりも地上の英雄になることを目指すゲームにと進化していったのです。つまり最初からストーリー重視のシステムであった訳ではなく、それ故キャラクターの成長のルールで破綻をきたしてしまったのです。D&D(R)の経験点は、そのほぼ全てが冒険で入手した金貨の総額で決まります。宝探しをやっていた頃はこれでよかったのですが、いざ地上へ飛び出してみると、冒険をしても経験点を手に入れにくいということが判ったのです。何しろシティ・アドベンチャーでさえ、DMが何万枚もの金貨を配置しないとキャラクターは経験点を得ることができないのですから、事態は深刻でした。金貨を出さなければ経験点は与えられず、かといってキャラクターに金貨を与えれば、今度は冒険に出発するモチベーションを失うというジレンマにDMは悩むことになります。ゲームデザイナーは領地を手に入れるには城を建てなければならず、それには莫大な金貨が必要であるなどとして多量の金貨が出回ることへの辻褄を合わせようとしましたが、それでも城を建ててしまうと再びキャラクターたちは金余りの状態に陥ってしまい、そこで今度は領地経営で経験値も稼げるようにルールを変え、更には領地からの実入りは大したことないので、黒字運営を目指すなら財宝を稼がせろ、というマスタリング方針を打ち出すのですが、これも所詮はお茶濁しでしかなく、それらを実践すると今度はきちんとしたストーリー重視のエピック・ファンタジーのシナリオが組めないことが判明して、完全に二律背反の袋小路にはまってしまったのでした。

ここに至って、D&D(R)のデザイナーたちはD&D(R)をストーリーゲームのシステムにする事を断念しました。そして新たに物語性と演技が何よりも優先されるシステム-AD&D(R)をデザインしたのです。D&D(R)をどっちつかずの中途半端な姿にしたまま……。

AD&D(R)の登場によって、D&D(R)のストーリーゲームとしての役割は終わってしまったと考えていいでしょう。それでは、D&D(R)はもはや過去の遺物であり、プレイするに値しないシステムとなってしまったのでしょうか?決してそのようなことはありません。D&D(R)にはほかのTRPGのシステムにはない魅力があります。それは、何しろ長く楽しめることです。D&D(R)のキャラクターレベルは36まであり、そこまで到達するには現実の時間でも数年が必要になります。しかもルールによって立身出世物語がフォローされているのは、おそらくD&D(R)だけでしょう。AD&D(R)をはじめとするストーリー指向のシステムが小説であるとするならば、D&D(R)は伝記です。若く貧乏な青年が功なり名を挙げ、一国の主として生涯を全うするまでをプレイできる-これがD&D(R)の魅力ではないでしょうか。何しろ長いので一貫したストーリー性やキャンペーンのテンポは失われますが、代わりに人ひとりの人生を最期まで見届けられる権利を得るのです。わくわくしてきませんか?

「TRPGは人生のシミュレーションである」とはよく云われる言葉ですが、D&D(R)はまさにその言葉を地でいくゲームです。あなたもD&D(R)でもうひとつの人生を歩んでみませんか?天寿を全うするなんて、なかなか経験できることではありませんよ。

文責:風森 蔚樹(人生をやり直したい男)