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運転子に寄す − FIAT Tipo発表に際して −




 真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。かつては民より金を奪い去るために学芸が最も高き高級車のみに与えられたことがあった。今や合理と美とを特権階級の独占より奪いかえすことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。FIAT Tipoはこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは魅力ある不朽の車を少数者のガレージと博物館より解放して街頭にくまなく走らしめ民衆に伍せしめるであろう。


 近時大量生産大衆車の流行を見る。その広告宣伝の実体はしばらくおくも、後代にのこすと誇称する車がその設計に万全の用意をなしたるか。千古の先達の創意努力に敬虔の態度を欠かざりしか。吾人は天下の名誌の声に和してこれを推挙するに躊躇するものである。このときにあたって、FIAT社は自己の責務のいよいよ重大なるを思い、従来の方針の徹底を期するため、すでに数年以前より志してきた計画を慎重審議この際断然実行することとした。吾人は範をかのMINIにとり、いやしくも万人の必乗すべき真に普遍的価値ある車をきわめて簡易なる形式において逐次生産し、あらゆる人間に須要なる生活向上の道具・生活批判の原理を提供せんと欲する。


 この車は移動に便にして価格の低きを最主とするがゆえに、高級化を顧みざるも内容に至っては厳選最も力を尽くしたものの、従来のFIAT車の特色をますます発揮せしめたやもしれぬ。トラブルを愛し苦難を求むる士の自ら進んでこの挙に参加し、苦情と忠告を寄せられることは吾人の恐れるところである。当社の性質上経済的にも苦難多きこの事業にあえて当たらんとする吾人の志を諒として、その達成のため世の物好きとの麗しき共同を期待する。





 ・・・・冗談はさておき、ここは、FIAT Tipo という、たぐいまれなる資質を持ちながら日本では壊滅的に売れなかった車を愛する人による、Tipoへの鎮魂歌のページなのです(おいおい)。
 このコンテンツでは、私のTipoがいかにかわいいやつか、その一部を独断(資料を実家に置いてきたので)と、邪推でお伝えします。そして皆さんがTipoをほしい!と思われたあかつきには、「いまどき、Tipoの中古なんてないんじゃないの」といって歯ぎしりさせるのが私の夢なのです(こらこら)。


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