FIAT
Tipoについて TipoはFIAT社がRitmoの後継車として1988年に発表したモデルです。全長4000mm×全幅1700mm程度の、VWゴルフを代表とするCセグメントに果敢に挑戦したモデルです。このクラスはVWゴルフをはじめ、オペルアストラ、シトロエンZX、プジョー309、ルノー19などそうそうたるメンバー(当時)が揃った激戦地ですが、FIAT社はここに、優れたスペースユーティリティと秀逸なエクステリアデザインを誇るTipoを投入しました。
Tipoのコンセプト、特にこのクラスの新しい標準となった優れたスペースユーティリティは高く評価され、1989年のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを授賞します。さらにエンジンバリエーションの追加や3ドアモデルの投入(1993年)を行なった結果、ライバル達と四つに組んで戦ったようです。もっとも、例によってクォリティの問題で評判を落とすようですが(笑)
ところで、FIAT社にはさらなる野望がありました。当時、経営不振に陥っていたLanciaを吸収合併し、AlfaRomeoの救済をも検討しなければならない状況であった上、オイルショックに来襲されたFIAT社は、この危機を打破するために開発・生産コストの削減をめざしていくつかのプロジェクトを立ち上げました。そして、生産コストの削減となるロボット組立技術の成果はまずUnoとして結実したのです。
続いてFIAT社は、車両の構造をユニット化し、基本となるシャーシにユニット化されたコンポーネントを組みつけることで、多様なバリエーションを低コストで開発するプロジェクトに着手しました。この計画はTipo2/3プロジェクトと呼ばれ、Tipoはその一番手として生を受けたのです。「Tipo」という、車の名前としてはへんてこな名前(英語のTypeと同じですから、本来この後に何か言葉がつかなければ意味をなしません)も、このプロジェクトの母体であるところからつけられたのではないでしょうか。
FIAT社はこのTipoのフロアをベースとして、多くの新型車を開発しました。Tipoの4ドアセダン版であるTempraは当然として、Coupe
FIAT、Lancia Dedra&Delta、AlfaRomeo 145&146、155らがTipoベースで開発され、またリアサスはリファインされましたが、AlfaRomeo
GTV&SpiderもTipoベースで開発された車種なのです。
このような大がかり、かつ重要なモデルのベースとなるべき使命をTipoは担っていたのです。当然FIAT社入魂の作品となったことは想像に難くありません。
Tipoのデザインは、当時新興著しいカロッツェリア「I・DE・A」に在籍したエルコーレ・スパーダによるものとされています。彼はこの、全高が高いだけでなく、エンジンフッドも妙に高い車を見事なデザインで包みこみました。
エンジンフッドのパーティングラインをボディサイドに設置し、グラスラインにつなげたサイドのラインはウェッジシェイプを高らかに主張します。また、リアクォータのウィンドウは、その存在を忘れていたデザイナーが、夜中に慌ててむりやりはめ込んだような独特のテイストを持ち、Tipoのチャームポイントとなっています。
じつはこのリアクォータウインドウは、明るい車内空間を得るための低いグラスラインと、十分な容量を確保するためのハイデッキなトランクを両立させるためのデザインなのです。
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さらに、タイヤをできるだけ四隅に追いやり、特にリアのオーバーハングを切りつめた結果、全長は4m以下でありながら100inch(2540mm)を越す長いホイールベースを得ています。この長いホイールベースが良好な居住性と乗り心地を生み出しているのです。また、ぎりぎりまで大きくとったリアのドアは80度を越える角度で開き、優れた乗降性を示します。 |

エクステリアもさることながら、イタリアンデザインの真骨頂はインテリアにあるといえるでしょう。決して高級ではなく、むしろ安っぽいのですが、快適で暖かい室内空間が形作られています。
Tipoのインテリアの最大の美点はそのスペースユーティリティにあります。特にフロントシートの足元空間などは寒々しいほど広く、また、リアシートのレッグルームも確保されています。天井は全高1435mmという高さから想像されるほどではないものの、必要な空間は確保されています。
シートは、やわらかいが腰があるタイプで、大柄なイタリア人に合わせたためかサイズ、調整量ともに十分確保されていますし、シートベルトはいくらでも出てきます(笑)。ただ、リアシートにヘッドレストがないことは減点です。リアシートは2:1分割のダブルフォールディング方式で、フラットで大きな収納スペースを作り出すことができます。
また、カラーコーディネイトもしゃれていて、外装色によりブルーとグレーの内装色が使い分けられています。
日本におけるFIATのディーラーシップはころころかわるのでこまったもんです。さらに、実際上同じ会社の製品であるLanciaの販売はまた別会社(まあ、Ferrariは別でよいと思いますが)なんですから、販売店舗数やスケールメリットの点で問題が多いと思うのですが.... それはともあれ、FIAT
Tipoが発表された当時の正規輸入代理店は住友商事が出資するサミットモータースでした。
サミットモータースはまず1989年に1.6DGTを輸入します。これは1600ccの5ドアモデルで、オールデジタルメータが特徴のポップなモデルでした。ところがこのエンジンが曲者で、ハイオク仕様1600ccDOHCのくせに90馬力しか出ないわ、レッドゾーンは6000rpmだわという、ホンダのエンジニアも裸足で逃げ出す(笑)ナイスなエンジンだったのです。伝聞によると、本国モデルに積まれていたエンジンは日本の排ガス規制をパスできず、既に本国ではモデル落ちしていた旧式エンジンを引っ張り出してきたらしいのです。この古い設計のエンジンが箱根命の人々には不評で、日本でのセールス不振の原因となったようです。また、1.6DGTにはマニュアルトランスミッションしかないことも同様に問題となったようです。
Panda、Unoくらいしか売れないことに業を煮やしたのか、サミットモータースは輸入権を返上、解散し、FIATのディーラーシップは宙に浮いてしまいます。その後しばらく、日本ではFIAT車は幻の車となりかけたのです。この状態を一気に打開するため、FIAT社は日本法人フィアット・アンド・アルファロメオ・モータース・ジャパン株式会社(FARM)を設立しました。
FARM社はTipoのカンフル剤として2000cc16バルブDOHCを搭載したホットハッチ「2.0 16V(SediciValvole)」を投入します。これは145馬力を誇る16Vエンジンを持ち、ワイドタイヤ、4輪ディスクブレーキとABSを備えたモデルで、雑誌などでは結構高く評価されたようです。さらに、事実上1.6DGTの後継であり、2000ccエンジンとATを備えた「2.0GT」も投入しますが、時すでに遅かったのか、はたまた2.0 16Vが319万円という高価格(1.6DGTの81万円高)であったためか人気回復はかなわず、ついに1993年にカタログ落ちしてしまいました。
日本では1993年頃にカタログ落ちしたTipoですが、本国では1995年まで製造され、それなりの数が出たようです。そして前述のように多くのFIATファミリーのフロアベースとなりました。1995年FIAT社はTipoの後継、「Bravo」「Brava」を発表します。これはかなりデザインテイストが異なり(社内デザインとされています)、スペースユーティリティ最優先といった雰囲気はなくなりました。
プロジェクト名に由来するネーミングであったことの他に、このコンセプトの変化が"Tipo"というネーミングが引き継がれなかった理由となったのかもしれません。