「シャトー・マルゴー」64年&67年
「マルゴー」はいわゆる五大シャトーの中でも逸話の多いワインです。ヘミングウェイがほれ込んで娘に同じ「マルゴー」の名を付けたとか、小説「失楽園」に登場したとか……。そういった逸話からか、どこか女性的なイメージもあります。(語感的にもそうなのかな。「王妃マルゴ」とかいう映画もあるくらいだし……)実際、現在のマルゴーを支えているのはオーナーのコリーヌ・メンツェロプーロスという女性で、1960年代末から1970年代にかけて評判を落としたマルゴーを見事に建て直し今日に至ります。
名前だけじゃなく、口当たりもどこか柔らかで優しい印象があります。サン・ジュリアンやポイヤックの北部の斜面
にある畑のワインが水はけが良く非常に凝集したワインを生み出すのに対し、AOCマルゴーのどちらかというと表土が薄く平坦な畑のワインはデリケートなものになりがちなのだそうで、19世紀中頃このマルゴーのスタイルが好まれたのも当時の人々の嗜好を反映しているからだと言われます。
現在のマルゴーの土地でのワイン作りは、既に700年前の記録にも登場するほどで、1855年の有名な格付けの際には、シャトー・ラフィットと筆頭一級の地位
を争いました。この格付けはそれ以前の取引価格が参照されました。ちなみに価格が上回った回数自体はマルゴーの方が高かったのですが、平均価格ではラフィットの方が上だったそうです。
しかし、経営的には今一つタイミングの悪いマルゴー。1844年から1853年までアポヌマン契約を結び、価格を固定。不良のビンテージでも売り上げを確保できるメリットを狙ったのに、あいにく良いビンテージが続く。1863年から1872年にまた同じ契約を結び同じ目に遭う。1868年のグレート・ビンテージの際には完全に取り残された状態。やっと契約が切れたと思ったら途端にベトカビ病とフィロキセラが畑を襲い販売不振の時代へ。ボルドーの有力なネゴシアンであったジネステ社がマルゴーの株を買い占め単独所有となった1949年以降、改良を重ね醸造ロットの選別
を行い50年代は素晴らしいワインができましたが、60年代に入ると財政上の問題から製品の質は低下、オイルショックとワインゲート事件によりボルドーワインが大暴落するとともにジネステ社はマルゴーを売却してしまいます。
1977年にこのマルゴーを買い取ったのが、ワイン販売チェーン店カーヴ・ニコラ社の筆頭株主だったアンドレ・メンツェロプーロス。2年間近く買い手のつかなかったマルゴーの敷地を訪れ、昼食を取ったすぐその後に一言「買います」。ただならぬ
霊感が訪れたのでしょうか。ギリシャ人だったアンドレはしかしむしろ批判の対象に。「訛りのある奴がシャトー・マルゴーだなんてふざけるな」という感じだったらしい。しかし排水設備の設置や醸造室の再整備などを積極的に推し進め、エミール・ペイノーをコンサルタントに迎えて状況は好転。80年にアンドレが死去した後は娘のコリーヌが後を継ぎ、エステート・ディレクターとして若干27才のポール・ポンタイエを迎え、82年、83年、86年、90年と五つ星クラスのビンテージが続くことになります。
ちなみに、城アラキの小説集「ワインの涙」には、珍しい84年のマルゴーについての逸話が……。通
常マルゴーはメルローを2割近く使い柔らかに仕上げるが 、84年は雨が多くメルローの出来が悪く、カベルネ・ソーヴィニヨン100%というマルゴーにしては珍しい固さのあるワインに仕上ったのだそうな。一概に「女性的」とは片付けにくいワインなのかも知れません。
さて、今回ワインスカラ主催のプレステージ・ランチのテーマは「シャトー・マルゴー」でした。90年代の新しいマルゴーと60年代のオールド・ビンテージを楽しもうというもの。場所は恵比寿のフレンチ「イレール」。店内を柔らかく明るいイエローでコーディネートした家庭的ながら上品なお店でした。テイスティングリストは以下の通
り。
1.Pavillon Blanc du Chateau Margaux 1999(白、Sauvignon Blanc 100%)
2.Pavillon Rouge du Chateau Margaux 1996(赤、セカンドワイン )
3.Chateau Margaux 1998
4.Chateau Margaux 1996
5.Chateau Margaux 1967
6.Chateau Margaux 1964
前菜はトマトの半切りにツナを載せたもの、フォアグラとトリュフのスープ、そしてメインは子牛のコンフィ。(ちょっと足りない……)
まずは1.のマルゴーの白。1910年頃からマルゴーは白を出していますが、現在のスタイルになったのはメンツェロプーロスが買い取った1977年以降のこと。はじめてこれを飲んだときは、こんなにコクのある白があるとはと驚いたものです。淡い黄色にやや緑の色調が重なり、香りは華やか、アップルのような香りあり。意外と酸味もしっかりあって、コクがあり長く余韻が残ります。
次に2.のマルゴーのセカンド。後で調べて分かったのですが、通常の選別除外品ではなく、畑も異なり醸造もステンレスタンク(グランヴァンはオーク樽で醸造)。というわけで厳密な意味でのセカンドではないという話も。そういう意味では少々疑問の残るワインではありますが、実際に飲んでみると濃い赤紫色に強いバニラ香、アタックも強く苦渋味もしっかりあってかなりボディを感じました。パヴィヨン・ルージュってこんなにしっかりしてたっけ……? なんでも96年はマルゴーに関してはボルドーの黄金ビンテージ95年を上回る出来なのだとか。パーカーポイントも満点。うーん。
3.の98年は待ちに待った真打ちの登場、のはずなんですが、まだ若すぎるのでしょうか、どうもアタックが弱く感じる……単純に比べると96年のセカンドの方が充実感があるような……。
4.の96年は、95年を超える五つ星ということもあって、まあ多分に先入観もあるのだけど、若干花香が加わりより華やかな印象、アタックも強く一方で味に膨らみを感じました。
さて、いよいよ60年代のビンテージに。ちなみに手元にあるボルドー・ワインセレクションによれば、62年から76年までのビンテージチャートは寂しいかぎり。64年で1つ星(パーカーポイント78点)、67年で2つ星(パーカーポイント67点)という有り様ですが……。
67年はレンガ色でかなり色調も落ちていました。ムスク香が特徴的で、アタックは弱い。64年はなぜか色調は67年よりも強くより若い印象。ムスク香は67年よりもさらに強くて獣っぽい印象。どこかクリーミーな印象で、熟したイチヂクのような後味が残ります。ブルゴーニュの古酒のイメージですね。60年代のブルゴーニュを以前試飲したことがあったけど、それに近い印象。というかオールド・ビンテージではボルドーとブルゴーニュの差はかなり縮まるのじゃないかしら。このムスク香はかなり好き嫌いが分かれそう。「ブドウの香りがこんなに変ってしまうなんて!」という驚きがある一方で「なんか生臭くないか?」という意見も。いずれにせよデリケートなワインで、かなりボディのしっかりした物の後に飲むとシャバシャバ感があるのも確かなので、飲む順番から言ったらこっちを先に飲むべきかも。
まあいずれにしてもこれだけマルゴーずくしだと非常に贅沢な感じ。少なくとも自分じゃできないもんなあ。マルゴーの60年代なんてどこで買えるんだ〜?