「シャトー・ルミエール・光」85年(創業100周年記念醸造)
知人のE氏宅にて新年会。白ワインVS日本酒というテーマでやってみよう、ということになり、一応私が白ワインを選んで持っていくことに。あえて前回のアイテム(3000円均一ワインテイスティング)にあったシャルドネ種を避け、より日本酒的な、有機酸が控えめで香りに特長があるとされるものを選んでみました。
日本酒はワインと比べて酸味が低く、独特の発酵臭があり、よりフレッシュな物が好まれる傾向があります。ワインが長期熟成によって味わいが変わっていくのは、含まれている有機酸がゆるやかに変化していくからで、辛口のシャルドネ種が最も長期熟成に向いているとされるのはこの酸の成分によるところが多いようです。甘口のソーテルヌに使用されるセミヨン種も、貴腐ワインタイプの物ではシャルドネ以上に長期熟成が可能ですが、これは貴腐菌によって生成されるグルコン酸の影響があるようです。とはいえ、「モンラッシェ」も「シャトー・ディケム」も、そうおいそれと買える価格ではないので断念。日本酒と比較と言う点では、フランス物の変わり種、アルザスのピノ・グリやゲヴルツトラミネール、ローヌのヴィオニエなんかが逆に面
白いかも、と思ったのでした。いずれも花の様な独特の香りと、酸が落ち着いていて辛口なのに後味に若干甘味が残るような微妙な味わいがどことなく日本酒を思わせるのです。
私が持参したのは以下の三本でした。
1)CONDRIEU Robert NIERO 1999「コンドリュー・ロベール・ニエロ」フランス・ローヌのコンドリュー。ヴィオニエ種。
2)HERMITAGE "le Chevalier de Sterimberg" PAUL JABOULET AINE 1993「エルミタージュ・ル・シュヴァリエ・ドゥ・ステランベルグ」
フランス・ローヌのエルミタージュ。マルサンヌ種65%、ルーサンヌ種35%
3)LUMIERE S.A.「光」甲州 1985 創業100周年記念醸造 日本の「シャトー・ルミエール」の古酒。甲州種使用。
コンドリューはフランスのローヌ地方の北に位置する村で、ワインの生産量
はあまり多いとは言えません。ヴイオニエ種を使用し、繊細であんずのような香りの辛口の白ワインが作られています。酸味が控えめで白い花のような香りが特長的。ある意味日本酒っぽいキャラクターだと私は思ってます。
ロベール・ニエロ社は、「世界のワイン」(講談社)に紹介されているコンドリューのいくつかの生産者の中で、後述のポール・ジャブレ・エネや別
格とされるシャトー・グリエが「良」の評価にとどまっているのに対し、シャプティエ社と共に「秀逸」の評価を得ています。
エルミタージュはコンドリューの南に位置するローヌで最も有名なワインの生産地。主としてシラー種を使用した濃厚な赤が作られますが、コクのある白も作られます。白はハーブやミネラル、ナッツ、アカシアの花、桃、そして石や濡れたスレートのような成分を放つとされます。
ポール・ジャブレ・エネ社は七代にわたるローヌの名門。「エネ」は仏語で「長男」のことで、二代目のポール・ジャブレが双子の兄で長男だったことからこの名が付いています。エルミタージュに24ha、クローズ・エルミタージュに35haの畑を持ち、特に丘の頂上に13世紀に建てられた教会(シャペル)を望むエルミタージュの畑は、「ラ・シャペル」の名を持つ赤ワインを生み出します。一方白ワインは、エルミタージュの丘に教会を建てた十字軍の騎士(シュヴァリエ)に敬意を表して名付けられました。
「光」は、前回試飲した「シャトー・ルミエール」の作る甲州の古酒。甲州種は約1200年前にヨーロッパからシルクロードを経由して日本に伝えられたと言われます。新酒の試飲会ではよく見かける品種ですが、「古酒」は珍しいと思い衝動買いしてしまいました。このワインについては裏ラベルに詳しく記されていますが、その内容を抜粋すると……。
「甲州種を厳選使用、約14年間タンクで熟成させ、『シャトー・ディケム』のオーク樽で18ヶ月熟成。淡い黄色で、花の香りに満ち、あんずや桃を思わせるブーケがあり、柑橘類のアロマも感じられる。スタイルは昔のブルゴーニュ的であり、トカイやヴァン・ド・パイユの様でもある」……ちなみにトカイはハンガリーのフルミント種を使った貴腐ワインで、ヴァン・ド・パイユはエルミタージュでも作られる、ブドウを収穫後麦わらで乾燥させ糖分を濃縮させて作るワイン。
昨年秋に試飲した 2002年のルミエール・ヌーボーは、甲州種の中ではしっかりしたボディのあるものでした。甲州の新酒なら他に中央葡萄酒(株)の「新酒・甲州」がわりと花香・吟醸香を持っていてまあまあの出来。基本的に甲州種はボディが弱いので、あまり味にインパクトが感じられないのが難点……と思っていたのですが……。
ちなみに、 甲州種のワインは和食とも合うと言われますが、それは有機酸の量と成分に理由があるようです。ワインの有機酸組成についてはこのページを参照のこと。実際、甲州種はドイツやフランスに比べて確かに有機酸量
が低いです。もっとも、日本酒はさらに低く、大体1.3〜2.0といったところ。前述のヴィオニエ種やマルサンヌ種については、詳しい酸の構成比は分からなかったのですが、総酸量
は海外のサイトでちらりと眺めたところ、ヴィオニエで6.5〜7.0、マルサンヌで5.8と一般
的な仏・独ワインに比べてやはり低めのようです。また、クエン酸量が高いことも甲州種が魚と相性が良い理由かも知れません。クエン酸は魚介臭の原因となるアミンをマスキングする効果
があることが知られており、魚料理にレモン汁やユズなどを使用するのはこのためです。
対する日本酒ですが、E氏宅にて用意されたのは以下の通り。
1)上喜元(山形・酒田酒造) 生酒
2)上喜元(山形・酒田酒造) 生酒(タンク貯蔵)
3)菊姫(石川・菊姫合弁会社)
4)〆張鶴 (新潟・宮尾酒造)
美味い日本酒をこよなく愛するE氏ならではの、ある意味定番となっているアイテム。今回用意されているのは皆新酒だけれど、既になじみになっている銘柄であります。フルーティさが特徴的な「上喜元」、やわらかでコクのある「菊姫」、流麗な香味の「〆張鶴」……。さて、お皿に大盛りのマグロとタイの刺身を前にして順に試飲していった結果
は……。
最初に注がれたのは「上喜元・生酒」。かすかに濁り、やや微発泡。香りも味も強い。う〜む、これはやはりというか、かなわないかも。
分析値上の酸度にこだわりすぎて、日本酒の高いアルコール度と生酒ならではの新鮮さを見落としていたかも知れない。何というか味が強いのであります。その後に「コンドリュー」を飲むと、確かに低い酸度と花的な香りで刺身のような生の魚が相手でもあまり生臭く感じたりはしないのだけれど、いかんせんパワーが足りない。日本酒の甘さの後に飲むとなんか薄く物足りなく感じてしまうのであります。水のように飲める吟醸タイプならまだしも、甘口のにごり酒が相手となると、ちと不利でした。
当初は日本酒とワインをかわりばんこに飲む予定だったのですが、急遽変更、先にワインだけ続けて飲むことに。本来ビンテージからいっても最後に回すべき「光」を先に空けたのは、前回の飲み会で日本産のワインのボディに少々不安があったため。甲州は確かに熟成させたものはシャルドネっぽいけれど、いかんせんボディが弱い、と思っていました。一方「エルミタージュ」の白は、若いタイプのものを飲んだことがあったけれど、なかなかにパワフルに感じたため。少なくとも2000年ビンテージを飲んだ限りでは、しっかりしたナッツ香が感じられたので。
しかし比較してみると、香りの華やかさでは「エルミタージュ」に分があるけれど、しっかりした味わいと余韻、という点では明らかに「光」の方が勝っている! これは私にとっても意外な発見。「フレッシュで軽やかな甲州」というイメージが頭から離れなかったので、熟成させて飲むものではないだろう、と思っていたのですが、熟成すべしとされる「エルミタージュ」よりもボディが出ているのです。93年の「エルミタージュ」と85年の「光」を単純比較はできないでしょうが、熟成した良質の白ワインにのみ見られる動物的なムスクのニュアンスがありながら、しつこくなく舌になじむ味……これはなかなかのものだと思います。
ただ、ある意味和食とも合う点はクリアしたものの、後からパワフルさのある「菊姫」とかを飲むと、和食の味付けをした魚はやはり日本酒に限るのだなあと思わずにはいられません。前述した有機酸の関係だけではなく、日本酒の持つ米由来の甘さや高いアルコールも影響しているのでしょう。なにしろ「さかな」はそもそもの語源が「酒菜」から来ているといいますし。(「魚」の本来の読み方は「ウオ」なのだそうです。)