「ラ・ターシュ」1992年
多くの人々が賛辞を寄せるブルゴーニュの銘酒です。例えばマット・クレイマー「ブルゴーニュワインがわかる」(白水社)には「白状すれば、そういう私にも、求愛の啼き声をあげたくなるワインがある……ラ・ターシュだ。あらゆるブルゴーニュの中でも無上の喜びをもたらしていくれる、それこそ生涯を共にしたい一本である」……ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(DRC)の単独所有にあり、ドメーヌ随一の安定性を誇るとされている逸品。開高健の「ロマネ・コンティ1935年」(文春文庫)という短編小説でも、主役となるロマネ・コンティの前に登場するのは「ラ・ターシュ1966年」。「いい酒だ。よく成熟している。肌理がこまかく、すべすべしていて、くちびるや舌に羽毛のように乗ってくれる。……若くて、どこもかしこも張りきって、溌剌としているのに、艶やかな豊満がある」……単純比較することはできないにしても、「ラ・ターシュ」はしばしば、王座にある「ロマネ・コンティ」以上の賞賛を受けています。「ロマネ・コンティ」は意外とばらつきがあり、物によっては力強さに乏しい……と書かれていることもあり、「ラ・ターシュ」や「リシュブール」よりも断然優れているとは限らないらしい……。あくまで書物の上での話ですが。なにしろ肝心の「ロマネ・コンティ」を飲んだことがないので。職場には悔しいことに経験者が何人かいるのですが、私は結局今に至るまでその機会に恵まれていません。とはいうものの、大型プラズマテレビが買えるようなお金で、750mlのお酒を買う気にはなれないのだな……。今の自分に味が分かるかどうか怪しいものだし。といっても、これから感覚がより鋭くなる保証もないのだけれど。
DRC物は「ラ・ターシュ」や「ロマネ・サン・ヴィヴァン」なら試飲したことがあります。手元のメモを見ると、「ロマネ・サン・ヴィヴァン94年」は、「重たい香り、ムスク香、明るい赤紫色で、滋味感あり云々」と、何か自分でも良く分からないコメントが……。「ラ・ターシュ」も同様なのですが、意外と熟成を感じさせない色調であるにも関わらず、どこか動物的な香りがあり、それでいてスイスイと飲めてしまう抵抗感のないワイン、という印象があります。葡萄の収穫・選別
に非常にこだわって作られたワインなのに、意外と濃厚には感じないという……。おそらく「濃いピノ・ノワール」なら他にもあるでしょうが、どうもそれだけを追及している訳ではないみたい。おそらくは本家「ロマネ・コンティ」も、同じような印象なのに違いない、と勝手に考えているのですが。羽仁進の「ぼくのワインストーリー」(徳間書店)には、荻昌弘氏がはじめて「ロマネ・コンティ」を飲んだときの感想が「ワイン以外の何物でもなかった」という、殆ど素っ気無いようなものだったと書かれています。
「ラ・ターシュ」とは「労役」「請負」の意。「請け負われた葡萄の樹」というのがその名の由来らしいのですが、その背景はよく分かりません。本来の「ラ・ターシュ」の畑は1.4haで、「ロマネ・コンティ」の畑(1.8ha)よりも狭かったそうですか、周辺の「レ・ゴーディショ」の畑も加わり約6haと拡張、年間生産量
も約2000ケースとまあ手に入らない量ではないのかなと。
というわけで、セラーにあった「ラ・ターシュ92年」、飲み仲間に見つかってしまい結局ノリで空けてしまったのでした。92年と94年はさすがのDRCでもオフビンテージ、90年や95年といった当たり年に比べれば評価は低い。ある意味今が飲み頃だろうと言うわけですが、それにしても後から考えるともう少し準備をしておきたかったところ。その日用意するはずだったフランスの鴨肉がなかったのはかえすがえすも残念。
空けた直後はやや酸味が強く、10年前にしては若い印象。例によって濃縮度はそれほど感じさせないものの、ムスクのニュアンスはブルゴーニュの銘酒ならではの特徴かしら。しばらくグラスに置いておくと味わいも穏やかになっていきました。こういうタイプのワインは、オフビンテージであっても時間をかけて飲まなくてはいかんのだなとあらためて思った次第。
さすがに物が物なのでワイン代は皆からしっかり集めたのですが、後から調べたら買った時の三倍以上の値段になっていてびっくり。せいぜい倍ちょっとかと踏んでいたのに……しかも今じゃオフビンテージ物は手に入らないので、もう一度買い足そうにもHD付きDVDレコーダーの上位
機種並の値段がついているし、それすらも入手困難ときている……。うう、どうしよう。セラーにDRCがないというのも悔しいし、一方でHD付きDVDレコーダーも欲しいしなあ……というわけで、段々金銭感覚はおかしくなり、DRCの小売価格はますます跳ね上がるのでした。