「ドメーヌ・エルヴェ・シゴー・シャンボール・ミュジニー」1997年
少しばかりワインを飲み慣れている人にとっての常識というものがあります。例えば、「ボルドーワインのボトルは怒り肩で、ブルゴーニュワインのボトルはなで肩である」ということ。他の地域なら、例えばイタリアのバローロあたりなら怒り肩もあればなで肩もあるわけで、それほど明確な使い分けがあるわけではないのですが、ことフランスワインにおいてはそうはいきません。特にボルドーとブルゴーニュは、その歴史的背景から使用品種、ワインに対する考え方までことごとく違うのです。濃厚なカベルネやメルローを適宜ブレンドし、イギリスへの輸出を前提にマーケティングを発展させ、一方でシャトーの独自性と格付けを頑なに守り続けるボルドーに対し、品種においては赤のピノ・ノワールと白のシャルドネの純粋性を追及し、修道院や公国・王国の庇護のもと名声を博しながら、分割相続によって一つの畑、一つの銘柄に何十もの生産者やネゴシアンが群がるブルゴーニュ。赤ワインの飲み方においても、ボルドーが10年以上の熟成を前提とし、多くの場合デカンテーションを必要とするのに対して、ブルゴーニュではその香りの繊細さを失うことを恐れてかあまりデカンテーションは奨励されないという話も。
というわけで、そう言う意味でもこのボトルを見てびっくりしたわけです。なんとブルゴーニュワインがボルドー瓶に入っている!
六本木「CASK」にてワインスカラ・TEAM2000のプチ忘年会。平日ということで当然集合時間には間に合わず、遅れていくと皆さんもう既に出来上がってらっしゃる。皆さん手にパンダの腕人形をはめて腹話術などなさってらっしゃるし(某緑茶のCMで松嶋菜々子がしていたもの。ちなみに空想小説ワークショップの忘年会でも隣の人が同じものをしてました。流行ってるのか……?)
。そんな中、グラスに入った一杯の赤ワインが目の前に。
「シニアワインアドバイザー合格おめでとうございます。さっそくブラインドで当てて頂きましょう!」
どわわわ〜! いきなりえらいことになってしまった。
店内は暗いので、ワインの色は濃い赤紫であることくらいしか分からない。香りはやや甘みを含んでいて、葡萄の皮っぽいニュアンスは強いが、どちらかというとムスク香は控えめで植物的な印象が強い。味わいも非常にソフトで優しい印象。おそらくメルロー主体だろうとアタリをつけて……。
「ポムロール……メルロー主体で、ビンテージは96年くらい……」
「全然はずれ〜!」
くそ〜面目まるつぶれ。
「ヒントは……ボルドーの王道銘柄で、畑は左岸で〜す」
メドックの格付けクラスで一番柔らかい印象というと……熟成したものなら、たとえば81年のコス・デストゥルネルあたりなら結構ソフトで甘い後味がしたような記憶が……。でもサン・テステフならもう少し濃厚かも。マルゴー村なら、非常にまろらかで優しい感じに仕上がりそう……。
「 マルゴーの三級クラス……ビンテージは92年」
「ビンテージだけ当たり〜!」
正解は「シャトー・レオヴィル・ラス・カーズ1992年」でした。ビンテージだけ当たってても……。でもまさかそんなものが六本木のお店で飲めるとは……。ちなみに手元の本によると、カベルネが65%でメルローが19%。サン・ジュリアンならもっと固いイメージがあったんですが、当てにならないものですね。
ちなみに名前の由来ともなったラス・カーズ侯爵は、ナポレオンに付き添ってセント・ヘレナへ行き、その自叙伝を書いた人物。現在のところサン・ジュリアン第二級のトップで、ポイヤックの一級「シャトー・ラトゥール」とは地続きの畑であります。
←Ch. Leoville Las Cases
1992.
さて、メインにブフ・ド・ブルギニヨンを注文、当然ながらそれに合うものとしてブルゴーニュの赤をということになり、登場したのが前述のボルドー瓶に入ったブルゴーニュのシャンボール・ミュジニー500mlボトル。
「なんでボルドー瓶に入ってるんですか……?」
シェフ・ソムリエの松岡氏曰く「なんでもたまたま手近なところに空瓶があったかららしいですよ」
ほ、本当か〜?
シャンボール・ミュジニーは文字通りきれいなピノ・ノワール。奇をてらわないまさに素直な酸味と甘味。ちょっとほっとする味。
ちなみにブフ・ド・ブルギニヨンは太めのパスタにあえた形で出てきました。パンを出さない代わりにあえてパスタを加えることによって、濃厚なソースをより楽しめるようにしてあるのだとか。成程、これは美味であります。さっそく今度やってみようっと。
三本目は私のリクエスト。ちょっと前に「ワイナート」の記事を読んだこともあって、「ローヌが飲みたい!」と松岡氏に注文。そこで推薦されたのがドメーヌ・ド・フェランの「シャトーヌフ・デュ・パプ2000年」であります。年間2,000本程度の生産量
で非常に希少なものだとか。
丁寧にデカンテーションされたワインを飲んで驚きました。スペインワインを思わせるような非常に特徴的な香り。何というか、普通
のグルナッシュとは異なるスパイシーでありながらどことなく果実的な甘い香りでした。ちょっと他に似たものが思いつかない……。酸味は控えめで、とても長い余韻があります。
←Chateauneuf
du Pape 2000.
ここで小ぶりの自家製カレーを食べました。ワインにあわせるということで、スパイシーなカレーとやや甘めのカレーの二色カレー。「カレーにワインとは……」と思う向きもこれなら納得かも。スパイシーさのあるローヌのワインは結構その意味ではふところが広いみたい。
締めくくりに白を、しかも「タイ・カレーが食べたい」という一部の無茶な要望に対し、松岡氏は頭を抱えながらもおもむろにプイイ・フィッセを取りだしたのでした。大丈夫かしらという不安の声もあったのですが、デカンテーションして出された白ワインはシャルドネとは思えない琥珀色。香りもオイリーで甘みがあり、それでいてその甘さはバニラや樽香の甘さとは違っています。その甘味のある香りと控えめな酸味はアルザスワインを思わせました。
←Domaine Cordier
Pere et Fils Pouilly Fuisse 2001
しかもタイカレーを口にした後で飲んでみると、逆にイチジクのようなとろみのある甘さが出てきて、意外な相乗効果
が楽しめます。スパイス系のものはとかくデリケートなワインとは合わせにくいものなのですが、これはちょっと意外でした。貴腐ワインのような強いボディのあるものならまだしも辛口のシャルドネですから。
普通なら軽い白から重い赤へと進むのが定番なのですが、今回はまったくその逆を行くという試み。ちょっとばかし分かったつもりになっていても、まだまだワインというのは奥が深いというわけでした。