「ギガル・コート・ロティ・ラ・ムーリンヌ」1993年
「ソムリエ世界一の秘密」(朝日新聞社)によれば、1995年の第八回世界最優秀ソムリエコンクールの最終審査であるテイスティングで、選ばれた酒5種は次の通
り。
「オーストラリア マウントアダム1991年 シャルドネ」
「フランス コート・ロティ1986年 シラー」
「スペイン マルケス・デ・ムエリタ リオハ・グラン・レゼルバ1968年 テンプラニーリョ」
「スピリッツ ヴュー・ラム1948年樽詰め」
「リキュール フィンランド ラッカ クラウドベリー」
優勝候補のフランス代表プシェが3本目の赤を「リオハ・レゼルバ」と答えたところを、日本代表の田崎真也が「リオハ・グラン・レゼルバ」と答えて、見事第一位
を勝ち取ったことは有名。プシェはオーストラリアのシャルドネを、田崎はラムを外しているので、ある意味この3本目のワインが雌雄を決したと言えます。
ところで、二本目の「コート・ロティ」は、実は二人とも外していたりします。田崎は「キャンティ・クラシコ92年」、プシェは「15年経ったバルバレスコ」と、どちらもフランスではなくイタリアワインだと答えているところが面
白い。ドイツ代表のモネゴは「ネビオロ・ダルバ82年」、カナダ代表シャルティエは「アマローネ79年」と、他の決勝進出者も皆イタリアワインと判定しています。
シラーというのは結構特徴のある品種だと思っていたので、このくだりを読んだ時は少々意外に感じましたが、ローヌの最北の銘醸地「コート・ロティ」は、エルミタージュやサン・ジョセフとは違ったワインを作っているのかも……。
外したからという訳ではないのでしょうが、五年ほど前に深夜に放送していた「江口の食卓」最終回で、ゲストの田崎氏が紹介したのがこの「ギガル・コート・ロティ・ラ・ムーリンヌ」でした。かなり入手が困難なワインということをそこで知ったのですが、当時どちらかというとシラーという品種が苦手だった私は、成程と思いつつも特にそれ以上の関心も持たずにいたのでした。実際、ワインセミナーで出されるフランスのシラーは、酢酸っぽい味が付いて回っていて、特にサン・ジョセフなんかは「これ痛んでるんじゃ……」と思うほど強烈。決して飲みやすい品種ではなく、どちらかというとオーストラリアのシラーズの方が好きでしたね。ウルフ・ブラスのカベルネ・シラーズとかの方がずっとお勧めと思ってました。
いつかは飲んでみようと思っていた「コート・ロティ」、「季刊ワイナート18号」でローヌ特集を読んでからは特に気になってました。特集の冒頭を飾るのはローヌで圧倒的なシェアを誇るギガル社。ギガルのローヌワインは「やまや」をはじめとして結構あちこちで手に入れることができるので、どちらかというと量
産主義のメジャー企業というイメージがあったのですが、「ラ・ランドンヌ」「ラ・ムーリンヌ」「ラ・テュルク」といった銘柄は別
格で、入手困難のようです。年間600万本を生産し、コート・ロティの半分を支配する一方で、マニア垂涎のアイテムを隠し持っているというところがちょっと面
白い。
創業者エチエンヌ・ギガルは8才の時に里子に出されていたのですが、その後兄を頼ってローヌ最古のワイン商「ヴィダル・フルーリー」に勤めるようになります。その後1946年に独立。しかしエチエンヌは視力を失い、代わりに会社を支えたのが当時17才の息子マルセル。エチエンヌは嗅覚と味覚をフルに発揮してワインの品質向上に尽力したのでした。その最終ブレンド時、常に傑出していた畑があり、自社畑を持たないギガル社はこの畑を購入、1966年単一畑コート・ロティの先陣を切るワイン「ラ・ムーリンヌ」を作るのです。
シラー主体で、約1割のヴィオニエを含む。除梗は年によってまちまちで、1993年は0%。常に42ヶ月の長い樽熟期間を置く。ローヌの93年はあまり良いビンテージではないので、逆に入手できたということもあるのでしょうが、実際に飲んでみると確かにエルミタージュやサン・ジョセフ等の他の仏産シラーとは違う印象。一緒に飲んだメンバーの意見は「スペインワイン?」「ポルトガル?」等々、フランスワインという言葉は出てこなかったのでした。プロ中のプロがこぞってイタリアワインと判定したのも分かるような気が……。果
実味があり適度な酸も保持しているので圧倒的にまろやかなのですが、一方で南半球のワインの持つ甘ったるさはなく、香りはピノ・ノワールのベリー系の香りを持ちながら、それでいてどこか野性味が混じっています。言われてみればシラーならではの特徴を備えてはいるのですが、他の地域のローヌワインとは印象が確実に異なるので、やはり判定は難しそう。
創業当時1万本程度の生産量しかなかったギガル社は、その後発展を続け、ついにはヴィダル・フルーリー社をも買収してしまいます。土日も休まず働くというギガル一族が作りだす徹底的にこだわったワイン。どうやら一筋縄ではいかない銘柄のようです。