「シヤトー・ブラネール・デュクリュ」90年



 ロアルド・ダールの短編「味」に出てくるワイン、ということで、実は以前日記にも紹介したことのあるワインです。この時あけたのは97年物でしたが、こちらはボルドーの黄金のビンテージ90年。一応ミステリー好きとワイン好きが珍しく揃ったということを祝って。なにしろシャトー・ラフィットやマルゴーをはじめとする五大シャトーの90年物は全て完売という状況ですから、この「ブラネール・デュクリュ」も97年物の2.5倍の値段がしました。
 実際、飲んでみるとそのバランスの良さに思わずうっとり。人を刺激するというよりはリラックスさせてくれるようなふところの深さを感じます。やっぱりボルドーって、10年くらい経ったものを飲むのが一番いいんじゃないかしら、と思えてきます。
 さて、ダールの「味」ですが、内容は一応はミステリーなのであまりネタばらしするわけにもいかないのだけど……「美食家を自認する客の一人が、食卓に出た珍しいワインの銘柄を判定できると言い出したのだ。賭け金はなんと邸宅と当主の令嬢……絶大な自信を持つ当主はその賭けに同意したが……」とはハヤカワ文庫「あなたに似た人」に収録された「味」の紹介文。実際、ワインに造詣の深かったダールは非常に細かくワインを描写 していきます。「それではと、メドックのどこの自治区の産か? これまた消去法により、そう苦労せずに判定できる。マルゴー? 違う、マルゴーではありえない。マルゴーのあの強烈な芳香なし。ポイヤック? ポイヤックでもない・ポイヤックにしては、感じが優しすぎるし、大人しくて、何か思いつめている。ポイヤックの酒だったら、もっと尊大な面 影があるはずだ……(中略)後味は、なかなか愛嬌があり、なぐさめてもくれるし、それに女性的で、サン・ジュリアン地区のぶどう酒だけを思わせる、あの愉しくて気持ちのいい性質がある。」この調子で、美食家はボルドー、メドック、サン・ジュリアン、第四級、1934年物と絞り込んでいくのでした。果 たして、美食家が勝って見事娘を手に入れたかどうかは……そりゃ、小説を読んで頂くしか……。
 それにしても、ワインの銘柄を当てたら娘をやろうなんて、危険な賭けに出たものです。当主は嫌がる娘をこう説き伏せます。「それぞれの地方には、いくつかの最小自治区や小さな州があり、それにどの州にも、数えきれないほど小さな葡萄園があるんだよ。だから、味と香りだけで、おのおののぶどう酒を見分けるなんてことは、まず不可能な話さ……」ダールは他にも、確か「ヒッチコック劇場」でドラマ化された「南から来た男」や、「海の中へ」といった短編で、賭けという行為の持つ独特の誘惑をうまく描いています。筋書きだけ聞いていると「どうしてそんな馬鹿な賭けに乗るかなあ」というような話でも、ダールの筆にかかると思わず納得して賭けに乗ってしまった主人公に同調してしまうのでした。この「味」にしても、私の様なシロウトでさえ、一度飲んでそれなりに印象に残っているものなら銘柄を当ててしまうこともあったので、やはり賭けに乗るのは危険と言えましょう。そりゃ、格付けされたボルドーのワインだけで60種類近くあって、それぞれにビンテージが存在することを思えば、見事当てられたら神業に近いでしょうけど。
 「ボルドー・ワイン・セレクション」の本にもこのワインが紹介されていますが、「大抵の人は、右側のシャトー・ベイシュヴェルの堂々とした正面 と、壮麗な庭園に目を惹かれるあまり、左側にある広いが地味な感じの奥まった葡萄園に気付かない。シャトー・ブラネールは、このように目立たない葡萄園だが、もともと品質と価格の適切な関係を持つ優れたシャトーなので、十分注目に値する。」とあります。なるほど、当主がブラインド・テイスティングに選んだだけのことはありますね。もっとも、「年によってはチョコレートのニュアンスが感じ取れるので、ブラインドテイストでも容易にみわけることができる」とも書いてあるのですが……。



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