まえがき

 誰にでも、生涯の中で忘れ難い自然や季節との思い出があります。でも、これは思
い出といったものだけでは語れない「その人が大切にしてきたもの、これからも大切
にしていきたい宝物」なのではないでしょうか。
 昔のことを、そして自分の生まれ育った故郷を単に懐かしんでいるということでは
ないのです。きっと大切にしたい何かがそこにあるからと感じるからなのです。自分
の心の目で心地よいと感じ、大切にしたいと思っている価値観がそこにあるのかもし
れません。きっかけは、小さいころに出合った光景だったかもしれません。でも、そ
の時代、その場所に戻ることはできないし、その意味も違うのかもしれません。

 自分さがしの時代になってきた実感がします。その人がかけがえのない者として生
かされていることを素直に受け止め、自分らしさを大いに発見し、育て、表現するこ
とができる世の中にすることが、社会のそして自分自身の目標になってきているので
す。

 なんとなく好きという感性をもっと信じていたいし、そこには一人の人が科学者で
もあり、哲学者でもあり、芸術家でもあるということにもっともっと気づいて、その
人に与えられた人としての可能性と個性をもっと楽しむ生き方、それを支援する社会
になるように社会での役割を演じていけたらと、日々心と体を動かしています。

 「心の風景のデッサン」、これは宮沢賢治の「心象風景」に近い意味だろうと思っ
ています。自分の心の中に描かれている風景、どうしても忘れることのできない心の
中の風景、この心の風景を、絵でも写真でも詩でも歌でもいい、一つの表現を持ちた
いと思い今回の姿になりました。温泉人( おふろうど ) としての和夫と敏枝の合作
としてここに第1作目を完成することができました。大切にしていきたいことの原点
を、この作品作りを通して再認識したように思えてきました。

ここで、自然をどう捉えてきたのでしょう。「自然とは何ですか」の質問に、何も
考えずスッと出てくるのは“山、川、海”といった答えでしょうか。たしかに、自然
を感じる代表的な景色でしょう。だから旅行のポスターには、すぐにこれらの景色を
背景にしたものが圧倒的です。
しかし、このような捉え方では、自分が抱いている自然への思いと何か違っている
ことを感じていました。そこで、捉え方を変えてみようとしたのです。つまり、“自
然にそうなる”といった表現での“自然に”は、「自然(じねん:山形弁では“ずね
ん”)」といった発音をする、古くからあった自然の捉え方なのではないかというこ
となのです。“じねん:あるがまま”といった捉え方の原点に、もう一度立ち戻って
みたいと思うのです。
“あるがまま”であるとは、生き物がいっぱい生きていける空間であるということ
にまず気がつきます。あるがままの空間には、生き物の“気配”がいっぱいです。生
き物がバランス良く保たれているところに身を置くと、その気配でドキドキしてきま
す。このドキドキがうれしいのです。
自然のことについて、自然との付き合い方、自然の捉え方について、今あらためて
考えています。これまで、家族とともに各地の温泉や自然との関わりを楽しんできて
いますが、その基本は自然のあるがままの世界、それが持つ“気配”との出会いを求
めてきたと言えるのかもしれません。

 日本人が親しんできた自然観の底辺に、この自然に対する怖れ、つまり畏敬の念
があったことを、今気づかせてくれるのではないでしょうか。温泉人(オフロウド)も、
温泉に出かけていく目的は、これまでも多くの出会った人々に答えてきたように“気
配に出会いに行く”ことだったのですから。 温泉に出かける目的は、温泉に入るこ
とそのものではなく、出かける道すがらで出会った街道や、山間の景色にふと“気配
”を感じて、ゾクゾクしてくるからだったのです。日本人の自然観をよびもどすこと
だったのです。いわば、隠れ家探しをし続けているとでも言えるような気がしていま
す。

日本人の持っている自然観をいまこそ見つめ直すことによって、日本ならではの環
境保護のあり方を見つけていく必要がありそうです。ここに『日本人の自然観を生か
した日本の環境保護』を提案したいと強く思うのです。あるがままの大切さを、じっ
と見つめてそのことを宝物と感じる心、そしてそこに長い年月をかけて出来上がって
いる山里、海辺の景観の持つ意味を、ちょっと立ち止まりじっと見つめていきたいの
です。ここに私達が自然と仲良く暮らしてきた知恵がたくさん発見できるのではない
かと思うからです。

きっと、忘れることの出来ない「心の風景」を抱き続けることそのものが、日本の
、いや地球上に生きていく宝物として、これからも大切に守っていこうという力に繋
がるのではないでしょうか。

                                       温泉人(オフロウド)