沈黙のフライ倍
by 銀茄子

初出:1999年4月21日
掲載誌:なし (銀茄子園にて初出)

 SFオンライン(http://www.so-net.ne.jp/SF-Online/)に掲載されている野尻抱介氏の有償オンラインSF小説「沈黙のフライバイ」に感動。もう何度読み返したでしょう。「傑作」などという尋常の言葉では済みません。すばらしいです。
 にもかかわらず・・・・なんどもなんども頭の中で反芻するうちにいつしか飽和状態になった私の脳内をその題名だけがさまよい、あげくの果てに語呂合わせサブルーチンが勝手に起動してこのような異形の結晶を析出してしまいました。

 というわけで、以下のお話の内容は「沈黙のフライバイ」のネタバレになっていないだけでなく、登場人物や世界設定も含めて一切無関係です。パロディですらありません。それでもよろしいというお方は、読んでから後悔してください・・・・・(^^;)




「ふふふふふ・・・・ふっふっふ、うわぁ〜〜はっはっはっはっはぁ!」
「博士、やりましたね!」
「ぐわははははは・・・・・はっはっは」
「ついに完成しましたね。すばらしいです!」
「はっはっはっはははぁはぁ・・・はぁ・・ぜいぜいぜい・・・おい。助手よ」
「は? なにか?」
「雷はどうした?」
「カミナリ・・・・ですか?」
「儂が発明を完成させたというのに肝心の雷鳴と稲妻と黒雲はどうしたのだ」
「ご・・・・御近所様発明完成告知用のエレキテルなら、たしか半年ほど前に銀行の
 かたがいらして赤い札を貼ってそのままお持ち帰りになったと記憶しておりますが」
「銀行か。そうか、そうだったかの。・・・・まあよい。世話になっとるしな。それ
 はともかくさっそく試運転だ。準備はよいか?」
「はい。博士! この日のための艱難辛苦の10年間、準備は万端です」
「よし、電源スタンバイ!」
「はい! 100ボルト単相50Hz20A電源プラグ挿入! 挿入しました」
「よおし。物質転送機、メインスイッチオン!」
「了解。メインスイッチオン! スタンバイモード電流値正常。スキャナ温度目標値
 マイナス1シグマ・・・・正常範囲です」
「転送サンプル挿入!」
「サンプル挿入・・・・あれ? 博士。サンプルはどこでしょうか?」
「なんだと? ・・・・おお! そうだったそうだった。栄光ある初転送になにを使
 うか、まだ決めておらんかったな」
「博士、どうでしょう。ここは無難にこの・・・・分銅でも使われては?」
「分銅だと? そんな同じものがいくらでもあるものを転送しても転送した証拠にな
 らんではないか」
「しかし、そういう証拠に向いた唯一無二のものとなるとちょっと難しいかと・・・
 ・・そうそう、このシリアルナンバー入りのZ80Aチップなんかはいかがでしょ
 う?」
「そんな小さいものじゃ社会的なインパクトが小さすぎるだろう。あとで新聞社も呼
 ぶんだ。せめてSH−3・・・・いや、V30にしたまえ」
「うちのメインフレームのCPUチップを抜くのは怖いですよ。もし失敗したら明日
 から計算時間を求めて夜な夜な裏山の大学の計算機センターに忍び込むことになり
 ます」
「それがどうした? 行くのは君だ」
「あそこの大学院生たちは夜行性で凶暴なんです。しかも肉食です」
「そうだったかのう」
「博士の耳も彼らに食われたんじゃありませんか」
「おお、そうだそうだ。そんなこともあったかもしれん。なに、かまわん。脳だけで
 も残ってれば残りは再生してやろう。儂の耳みたいにな」
「い・・・・いやです。再生してくださるったって、いつになることやらわからない
 じゃありませんか」
「ちっ! 気づかれたか。・・・・そうだ! 思いついたぞ。人間モデムというのは
 どうだろう?」
「人間モデム?」
「助手よ、たしか君は口笛が得意だったな」
「はい、何曲かレパートリーは常備しておりますが」
「300bpsくらいならなんとか行けないかね?」
「はぁ?」
「なに、むずかしいことではない。コンピュータのI/Oポート出力をちょっと昇圧
 して君の小脳と頭頂連合野にこうチクっとやって・・・・」
「電話をかけろとおっしゃるんですか? 残念ですが・・・・そのためにはまず電話
 を引かなければなりません」
「なるほど。そんな困難な側面もあったんだな。奥が深い。よし、ではこうしよう。
 栄誉ある初転送は君がやりたまえ」
「ええ!? いきなり人間を転送するんですか?」
「そうだ。それなら大きさも充分だし、シリアルナンバーの問題もない」
「いやですよぉ。そんな試運転もまだのもの」
「なんだとぉ? それが科学を志すもののセリフか!」
「ごめんなさいごめんなさい! え? あれ、そんな・・・・博士! そんなご無体
 な・・・・やめてください・・・・」
「なにをいう。ふたりして誘拐してきた女の子たちに君だって似たようなことを散々
 やってきたではないか」
「やるのとやられるのでは全然違いますよぉ。彼女たちは科学のための尊い犠牲であ
 ってその精神は永遠に地下倉庫のホルマリン瓶の中に・・・・」
「君も同じだよ」
「そんなことはありません。失敗した場合の科学にとっての損失は私の方が桁違いに
 ・・・・そうそう、そうしましょうよ、博士。基本に忠実に、今回も女の子の誘拐
 から始めましょう」
「そんな時間があるものか。なに、気にすることはない。彼女たちと君の価値は3倍
 くらいしか違わん」
「ええ〜〜〜! 博士にとって私はそんなものでしかなかったんですか。く〜〜〜〜
 〜っ!。博士の助手生活25年、そんなふうに見られていたとは」
「3倍も役に立つと言ってやってるのになにが不満なんだかのぉ、いつまでたっても
 君はおもしろい。そうそう、転送されるときにはこれもいっしょに持っていてくれ
 たまえ」
「そんなこと言わずにほどいてくださいよぉ・・・・なんです? これは」
「和光純薬の試薬瓶を知らないのかね?」
「知ってますよ。なんで特級の塩化金溶液を持ってなきゃならんのです?」
「特級の方がたくさん金が入ってるからに決まっておろう」
「え・・・・試薬一級と特級の違いってそういうことだったんですか?」
「君、日本酒は飲まんのかね? エタノール濃度の伝統的表現方法のひとつじゃない
 か」
「すみません。頭脳の活動の妨げになるものには極力近づかないようにしております
 ので」
「つまらん人生だな。ま、とにかくじっと持っていてくれればよいのだ」
「博士〜〜〜、どうしても思いとどまってくれないんですか?」
「君もしつこいなあ。とにかく早く転送だけしてしまおう」
「待ってください! 転送はいいんですけど、この転送機はサンプルをどこに転送す
 るんですか?」
「どこに? だと?」
「そうです。転送するからには、どこかに目的地があるはずですよね」
「おお、いいところに気づいたなあ。そうだそうだ」
「で、どこに行くんです? 深海とか真空の宇宙とか地球の中心とかいうんじゃない
 でしょうね?」
「・・・・うーむ。よくわからんが、たぶん大丈夫だろう」
「そんな・・・・博士〜〜・・・クスン」
「これこれ、いい年した青少年・・・・中青年が人前で涙など見せてもだれも喜ばん
 ぞ。そもそもだ。もしも君に危害が加わるようなら儂がそれに気づくはずだ。そし
 て儂は気づいていない。だから大丈夫」
「・・・・グスグスグス、ひっくひっく」
「よし、ようやく納得してくれたようだな。ではいくぞ」
「あ、博士待って・・・」
「転送スイッチ、オン!」
「うぎゃがごげぎぐわぁ〜〜〜!!」
「こらこら、断りもなくベルトをぶちきって逃げ出すとはなんと非常識なサンプルだ。
 君の価値は科学のために素直に実験されてくれた女の子たちの半分だ! いや三分
 一だ!」
「は・・・は・・・・博士! は・・・・は・・・・蠅! 蠅です!」
「なにぉ? 儂が蠅だと?」
「ちがいますちがいますちがいます。博士がボタンを押される直前に、蠅が私の顔に
 止まって・・・・」
「たったそれだけの理由で馬鹿ぢからで高価なサンプル補定台を半壊させたというの
 かね?」
「博士! ご存じないんですか? 古来、転送実験に蠅はタブーなんですよ。特に人
 間といっしょに転送しようとすると必ず不幸な事件が起こるんです」
「なにをわけのわからんことを・・・・君の科学者としての適正を疑わなきゃならな
 くなるじゃないか」
「申し訳ありません。しかしこればかりはご勘弁を・・・・」
「まあ過ぎてしまったものはしかたがない。で、特級の金はどこだね?」
「え? あれ? どこにいったんでしょう?」
「おい。あのカタログに『時価』としか書かれてない特級塩化金溶液を、バブル景気
 の盛りに買って大損こいたあの金を、うちの研究所で唯一の金目のものを・・・・」
「そんな大事なものならどうして最初の転送実験なんかに使おうとされたんですか」
「う・・・・いやそれは・・・・お、これはなんだね?」
「え? これは・・・・蠅ですね」
「そんなことはわかっておる。なぜ君がいたはずのサンプル台の中央に金色の蠅が二
 匹もいるんだね?」
「そ・・・・そうです。これですこれです! 転送機にふたつの物体が入っていると、
 転送するときに融合してしまうんです」
「じゃあなにかな? 君と蠅と塩化金と、みっつ入っていれば本来うまくいったはず
 の転送が君が逃げ出してふたつになったために失敗して銀蠅・・・・じゃない、金
 蠅になってしまったわけだな」
「いやそういうわけでは・・・・」
「黙れ! やっぱり君の逃亡が原因ではないか」
「なんでそうなるんですか・・・・あ、そうそう、博士は気づかれましたか? 私が
 逃げ出した時には蠅は一匹しかいませんでした」
「なぜそうと言い切れる?」
「なぜって、そもそもこの実験室に蠅はみどりちゃん一匹しかいませんから」
「名前までつけておったのか」
「念のためにちゃんと頭にレーザで焼き印をつけておいたんですよ」
「きさま、儂の老眼に当てつけようというのだな」
「違います違います。単なる科学的思考と生まれつきの嗜好の自然な帰結じゃああり
 ませんか。博士、この虫眼鏡で見てください。ほらこの通り」
「二匹とも同じ印がついとるぞ」
「そう、どちらもみどりちゃんです・・・・え゛?」
「そうか。そうだったのか。君・・・・君ぃ! 成功だよ。実験は成功だよ。実験は
 成功だ。成功だぁ!」
「博士、どうされたんですか? どうして踊ってらっしゃるんですか? ああ・・・
 ・・取引銀行にも見放され、親族にも絶縁され、人知れず科学と発明と世界征服に
 没入するうちにとうとうこんなことに・・・・おいたわしや」
「なにをブツブツ言っておるんだ。いっしょに喜ばんか」
「だって博士、転送するかわりにコピーしちゃったんですよ」
「だから成功なんだ。こんなこともあろうかと、この転送機には『転送したふりをし
 ながらサンプルは手放さない』機能をつけておいたのだよ」
「こんなこともって・・・・博士、まさか・・・・」
「そうだ。サンプルの情報は先方に送る、受信側は早とちりして実体化させてしまう
 が、本体は一呼吸おいて取り戻されるのだ」
「これは! なんと! す・・・・すばらしいです!」
「だろう? 君さえ逃げ出さなければ、儂は優秀な助手をもう一人手に入れた上に暴
 落した金を増やして元を取れた、いや、借金をすべて返してもお釣りがくるくらい
 のことができるのだよ」
「博士、質問があります」
「なんなりと言うてみい」
「この、コピーされた方の物質はどこから来るんですか?」
「なんだと? そんなこともわからんのか」
「エネルギー/質量保存測が維持される範囲は・・・・」
「さっきもいったろう。早とちりだって」
「早とちり?」
「受信側の空間が早とちりして勝手に実体化させるんだ。儂には責任ないわい」
「責任云々の問題じゃなくてですねえ」
「こら! 今日はいやにつっかかるのぉ。儂の助手の仕事がそんなにいやだとういう
 のか? 推薦状ならいつでも書いてやるぞ。そうだな、ドクター○松のとこなんか
 どうだ? あやつならいかに優秀な助手をプレゼントしてやっても儂は安泰だ」
「いえいえそんな・・・・ごもっともです。博士に責任はございませんとも、勝手に
 早とちりする空間が悪いんです」
「やっと科学する心と発明のロマンってものがわかってきたようだな」
「禅ですね」
「そうとも言う。・・・・おい、この金蠅は生きているのか?」
「まさか。体中が金原子と置き換わっているんじゃないですか?」
「そうか。儂は生物学にはちと疎くてクローニングや組織再生やサイボーグ化手術く
 らいしかできんのだが、金でできた蠅は死んでいても動いたり増えたりするものな
 のかな?」
「動いたり増えたり・・・・? え゛? は・・・・博士、いつの間にか四匹になっ
 ていますよ。しかもあ・・・歩いてます歩いてますあああ歩いて歩いて歩いて」
「生きてるなら歩いても当然だろうな。ならば、死んでるならもうすぐ飛ぶかもしれ
 んぞ」
「まさか、金って重いんですよ」
「きさま、儂をバカにしておるのか!?」
「はい・・・・いや、いえいえいえいえいえ、そうですよね。博士がおっしゃるんで
 すから、ほらこの通り、八匹になったって全然あたりまえですよね」
「なに? 八匹だと? 君、これも儂のせいだと言いたいのか? ほらみろまだ十六
 匹だ。あ、三匹飛んで逃げたぞ。残りは十三匹だ」
「いえそうですじゃなくてそのはい、蠅の形をしているにしろなんにしろ、金が増え
 ることはすばらしいことであります、はい」
「う〜〜〜む。助手よ、これには研究所の財政再建以上の大きな意味がかくされてい
 るとは思わんかね?」
「いえ、サンプル台の質量計の値は金蠅の数に合わせてなにひとつ隠すことなく順調
 に増えておりますが」
「そこだよ。研究所のブレーカは最初の転送、いやコピーの終了と同時に落ちている
 はずだ」
「なにしろ赤箱の15アンペア契約ですもんね」
「なのに金蠅はまだ増え続けている」
「はい、だいたい20秒ごとに増えているような気がします」
「『気がする』だと? あいまいなことを言ってはいかんよ、君」
「でも博士が禅の心とも言うって・・・・あああごめんなさいごめんなさい。あいま
 いなことを言った私が未熟でした」
「そうそう。さて、電気が切れたのに装置は動いているのだろうか?」
「いいえ、博士。消費電力はゼロのままです」
「ということは、だ。どう考える?」
「私が思うに・・・・博士の理論を演繹するとおそらく・・・・」
「おそらく?」
「空間の早とちりがこの付近の空間自体に刻印されてしまったのではないか・・・・
 ああ〜〜〜ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「なにを謝っているんだ。その通り。その通りだよ。喜びたまえ。君の熟考の結果は
 私の直感に一致したのだ」
「え? あいまいじゃなかったんですか?」
「はっはっは。助手よ、なにをバカなことを言っているんだ。空間自体に刻印された
 からこそ、早とちり性が早とちり性を再生産してエネルギーの供給なしに自立した
 に違いない」
「あ!? 今なにか音がしませんでしたか? ボゴ・・・・とか聞こえましたが」
「話を逸らすんじゃない。とにかく、この空間になにかを入れさえすれば、なにもせ
 ずとも20秒後には複製されるのだ。すばらしい! すばらしいぞ」
「あ・・・・はい! 博士! その通りですね! 助手生活25年、きょうこそ私は
 あなたについてきてよかったと心底思っています!」
「さあ、さっそく君もここにはいるのだ。助手のスペアがないと不便でしかたがない
 のでな」
「ええ〜〜? やっぱりそうなるんですか? 私のスペアなんか作ってどうなさるん
 です?」
「今日みたいなときに便利だろうが」
「い・・・・いやです。せめて『複製空間』の範囲がはっきりしてからでないと、内
 臓や脳だけが複製されたりしたらすっごくいやです」
「なあに、そういう場合もちゃんと用途はある。君も知っておろうが」
「えーと、えーと、えーと」
「そろそろ言い訳の種も尽きたようだな」
「ぐわ! 博士、あ、あ、あれ、あれ、あれ」
「なんだ? 天井など指さして。儂が目を逸らした隙に逃亡を謀ろうとでもいうの
 か?」
「蠅・・・・金蠅が・・・・」
「また蠅か。どれどれ・・・・おお! これはまたずいぶんと増えたのぉ」
「500匹はいます。しかも、飛んでます。壁も天井も何の抵抗もなくボコボコに穴
 をあけながら・・・・博士! これは大変です」
「なぜかな? 金は重いんだから、あれだけのスピードならガラスや薄い板くらい突
 き破って当然だろうが?」
「『複製空間』はサンプル台のところに固定してるんじゃないんですよ。さっき飛ん
 で逃げた金蠅の一匹一匹の空間が『早とちり』フェーズにあるんです!」
「おおそうか! それはめでたい。いちいちサンプル台に20秒間も固定する手間が
 はぶけるではないか」
「めでたい? 博士。20秒ごとに金蠅は2倍に増えるんですよ。ほんの数十分間で
 このあたりはすごいことに・・・・」
「なるほど。金価格が下がったらせっかくの儂の和光純薬特級塩化金の価値が・・・」
「そういう問題じゃなくってですねぇ・・・・うわあ! もう1000匹を越えてま
 す、ぜったい」
「なにを慌てておるんだね。さて、どうやら金蠅もキログラム単位になったことだろ
 うし、そろそろ空間の誤解を解いてやろうかの」
「は・・・・ははは、ははは博士、できるんですか? そんなことが」
「あたりまえだろう。早とちりには根気良い説得を、儂が以前発明した空間説得加速
 装置を使えば簡単なことだ」
「あ、あぶない博士! 伏せて!」
「おわっと・・・・なかなか凶暴な蠅よのう」
「質量が大きすぎて障害物を避けきれないんですよ」
「よし! 空間説得加速装置スタンバイ! 助手よ、電源プラグ挿入!」
「はい。電源プラグ挿入! おわ! また金蠅が・・・・挿入しましたぁ!」
「電源スイッチオン!」
「はい。電源スイッチオン! ・・・・博士、だめです。オールレッド。電源が供給
 されません。ぐわはぁ!」
「しまった! ブレーカが落ちたままだったか。おい、大丈夫か?」
「ええ、ちょっと肋骨を蠅に強打されまして・・・・折れてはいませんが、ヒビがは
 いったようです」
「しかたがない。ブレーカは私に任せたまえ」
「しかしあの付近はすでに金蠅が乱舞していて、極めて危険です!」
「いいか、儂はこれから脚立を立てかけ、ブレーカをオンにする。君はそれを見極め
 てから説得装置を作動させるのだ」
「しかし博士・・・・」
「儂のことはかまうな。蠅の数はまだ10万を越えておらん。たのんだぞ」
「は・・・・博士ぇぇぇ」
「泣いているヒマはない。このままでは儂の金の価値が・・・・じゃない、儂等が征
 服すべきこの世界が金の蠅だけになってしまうのだ」
「は・・・・はい。うるうるうる。博士、肝心の時にお役にたてなくて、申し訳あり
 ません」
「いざ、行かん!」
「あ、だめですぅ! かっこつけていきなり金蠅のただなかに立ち上がったりしたら」
「お・・・おおおうぉぉ!? うげっ、ごわっ、ぶごっ、げべべべべべ・・・」
「あ! 博士、博士ぇ! だ・・・・大丈夫ですかぁ?」
「ふぐぁ! げふ! ごぼっ!」
「あああああ、博士の肺と心臓が蠅に貫通されて鮮血の噴水に〜〜〜・・・腸が腸が
 腸間膜が金蠅に引きずられてうねうねにょろにょろうねうねべろべろ・・・・・」
「げっげっげっげっはうはうはうはうはう〜〜〜」
「あああああ、人類の至宝の頭脳が金蠅の十字貫通でまたたく間に卵豆腐の赤味噌和
 えに〜〜〜〜〜あ、博士、せっかく立ち上がったのにやっぱりもう倒れてしまわれ
 るんですね」
「ばたん」
「げっ。く・・・・苦しい」
「ごぼわ。ごぷごぷごぷごぷ」
「ごめんなさいごめんなさい。そんな脳漿と脊髄液なんかいりませんから、お・・・
 ・・重いです重いです。あ、重いのは博士だけじゃなくて食い込んでる金蠅のせい
 ですね。気づくのが遅れて申し訳ありません」
「ぷるぷるぷるぷる」
「く・・・・くすぐったいくすぐったい。お願いですから痙攣しないでください」
「ぷるぷるぷるぷる」
「・・・・博士、眼窩からなにやら音がしてますが」
「ぶんぶんぶんぶん」
「おおっ! なんたる成長の速さ。頭蓋から金蛆が金蛆がぁ〜〜〜お、お、重い重い
 重い。うわ、すごく重いと思ったらいつのまにか研究室に金が充満しているではあ
 りませんか」
「ぶんぶんぶんぶん」
「ぐえ、もう耐えられません。博士、わ、わ、私は、私は・・・・博士の助手ができ
 て、し、し、幸せ・・・で・・・したぁ〜〜〜〜!」
「ぶんぶんぶんぶん」
「・・・・・・・・」

ブチッ!

 ・・・・・・
 ・・・・・・

 ・・・・・銀河の片隅で、悠久の時の流れの中ではほんの一瞬とも言える間にひと
つの惑星が滅びました。その表面は滅亡の間際に金色に輝くおびただしい数の小動物
に厚く覆われたらしいのですが詳細を知る者はありません。過大な質量を得て、その
惑星はほどなくブラックホールと化してしまったからです。沈黙の内に20秒毎に倍
増し続ける純粋な質量だけを残して。

                           ■銀茄子■

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