身代わり
by 銀茄子

初出:1996年2月
掲載誌:Replicant Dream (Multiple-Cafe)

 掲載誌「Replicant Dream」の主題は「愛情の入れ物としての人形」です。

 そこで、「親に対する子の愛情表現」を書いてみました。「育ててくれてありがとう。僕たち、あとは自分でできるから心配しないでいいよ」って言うんです。親にしてみれば嬉しいような寂しいような・・・・・



 一〇〇年くらい昔の某月某日のことだったね。歴史の授業で習って誰でも事実だけ
は知ってると思うけど、あの日ヤブカラボウに現れた宇宙人たちが持ってきた提案は
当時の地球人を仰天させるものだったんだよ。

「あなたがたの交通システムはとてもとてもとても原始的どぇ〜す。年間何十万もの
 人間が交通事故や飛行機事故で死亡しているなんて、みなさんよく平気でいられま
 すね〜ぇ。」
「わぁたくしたちはぁ〜、事故死者を一挙にゼロにするだけでなぁく、効率もずっと
 いいい交通システムをみなさんにプレゼントしたいでぇ〜す。」
「まぁずはこれをごらんくださぁぁい!」

 世界中がこの贈り物の話題で持ちきりになったのはご存じの通り。これだけなら、
宇宙でよくある(のかもしれない)「先進文明による発展途上星の開発援助」のひと
つに過ぎなかったはずなんだ。たいして驚くことじゃあない。
 ほんとうに地球人の目を見張らせ・・・・・・じゃない、地球人の度肝を抜いたのはその
値段だったんだ。こっちの方は教科書には一切載ってない。

「つきましてはぁぁ、特許使用料として年間一万人のイキのいい人間をくださぁい。
 いまの交通事故死者数にくらべるとぉ、ずっっとずうぅっっっとおとくでございま
 すでしょう? 交通事故のけが人がゼロになることもお考えあわせてくださぁいね
 ぇぇ。さあ、およろしくぅ。」

 たぶん生物学的な違いのせいもあるんだろう。なんたって、連中の外観はどうみて
もサンゴというかホヤというかコケムシというか、宇宙船自体が彼らの群体の骨格に
エンジンをつけた物だったんだからね。
 地球人は言葉を失い、世論はすぐに冷めてしまった。交通事故より確率が低かろう
となんだろうと、わざわざ選ばれてイケニエにされるのは人間ならばだれだってすっ
ごくイヤなんだからあたりまえさ。この取引の話は白紙に戻しました! ってほとん
どの国が正式に宣言したもんだ。

 しかし・・・・・・商売にならないとみるや挨拶も無しに消えてしまった宇宙人がようや
く忘れられたころ、連中が売りつけようとしたものとそっっっくりのシステムが電機
メーカと自動車メーカの業界団体が出資する小さな会社から売り出されたんだ。保険
屋も株主に入ってたような気もするな。

 その「新交通システム」は今ではもう当たり前になってる。でもあのころはまだ適
当な言葉が無くて、その機能の通りに「個人用テレポーター」とか「ジャンピングブ
ーツ」とかと呼ばれてたんだよ。底にバネのついた冗談靴なんかとはレベルが違う。
ポケベルくらいの大きさのこの装置を靴底に仕込めば、だれもがいつでもどこでもど
こにでも光速で「飛べる」ようになるという優れモノ。単三乾電池一本でトータル三
〇〇キロメートル跳躍可能。
 たちまち地球平均の普及率が一人一台を越えて製造会社は世界のトップにおどりで
たね。この会社は一〇〇年たった今でも製造を独占してて、経営は天下り役人たちが
がっちり抑えてる。従業員の平均年収だってすごいもんさ。けど、嘱託社員は超安日
給。あ、僕のことだけどね。けっこう長く勤めてるんだけど・・・・・・ま、そういう面も
あるってだけのことだけどね。

 しかし、それはそれとしてもこれほどの新規の発明が技術史の流れを無視して突然
現れるのはだれの目にも真っ黒に見えるくらい異常だったんだよ。

「実は宇宙人たちと各国政府は極秘裏に契約していたんだ」
「某国の政治犯が『代金』にされるらしい」
「かなりの国がその国に大金を払ってんだってさ」「それでも交通事故のあとしまつ
 より安く上がるもんねぇ」
「『某国』では囚人不足に備えて『人間そっくりの人形』も開発してるみたいだ」
「米国が人権問題がらみでその開発を支援してるらしい」
「剣呑剣呑」「桑原桑原」「南無三南無三」

 いろんな噂がまことしやかにささやかれ、消えていった。大部分が芸能雑誌記者の
でっち上げだったんだけど、不思議なことにえてして噂ってぇものは一抹の真実を含
むことが多い。いま挙げた例に限って言えば実のところそのすべてが真っ赤なホント
だったんだな。なんで僕がそんなことを知ってるかって? あせるな。おいおいわか
るから。
 もちろん、表向きにはあくまでも「宇宙人との関係など皆無、よって『イケニエ』
の噂は事実無根」ということにされていたさ。

 新交通システムのおかげでわざわざ集まって住む必要がなくなって、人類は地球全
面をゆったりと使って生活するようになった。信じられるかい? あのころには、十
キロ四方に百万人以上がかたまって住んでる、なんて場所が地球上にはたくさんあっ
たんだぜ。
 「宇宙人」事件の数年後には、大型貨物用のテレポーテーション装置も開発されて、
物流の役割をも失った道路網は打ち捨てられてズタズタになった。水上運輸も観光以
外には稼げなくなった。
 それまで経済の首ねっこを抑えてた物流交通コストが消えちゃったんだからね。生
活が目に見えて楽になったせいで、みんなはこれが「異常な新規技術」であることか
ら目をそむけるようになり、そのうち忘れてしまったのさ。

 宇宙人が来てから何年後のことだったかなぁ。正確な日付はごく一部の人しか知ら
ないんだけど、ついに最初の「決算日」がやってきたんだ。某大陸の山奥の基地に
「代金」用の「人間そっくり人形」が計一万体×数年分、ひそかに集められた。僕は
そのうちの一体だったんだよ。おどろいたかい? 政治犯のイケニエは米国あたりが
国家の威信にかけてとか口走って阻止しちゃったらしい。おかげで『某国』はまる儲
けさ。
 ともかく、あれは地球代表にとっては緊張の瞬間だった。はたして、巨費を投じた
人形を宇宙人は仕様通りの「イキのいい人間」と思いこんでくれるだろうか・・・・・・っ
てね。

 結論から言っちゃうと、地球のバイオエンジニアリングの粋を集めて作られた僕た
ち「人間そっくり人形」は見破られちゃった・・・・・・のかどうだかそのときはわからな
かったんだ。「代金」授受の約束の場所に現れた宇宙人は僕たちには目もくれずに一
方的にしゃべりまくってね、そのまま消えちゃったんだよ。僕は今でもよっく憶えて
る。

「あぁぁ〜、お忙しいでしょうからこまかいことは結構ですぅ。わぁたしたちぃも、
 お忙ぁしいのですのですぐに失礼しますのん。翻訳これいいか?」
「あ〜はあぁ〜あの〜お代ですかぁ。信販会社扱いの振り込みの自動引き落としにし
 ときましたから、だいぢゃぶぅです。勝手に手続きしちゃってごめんなさいけど、
 その方が便利だから、いいっしょ?」
「いやいやお礼なんていいええですよぉ。あっは〜はぁ。ではこれにてしんづれいし
 ますですだよ。まいどありぃばいちゃ。」

 その日、それ以外には「宇宙人」がらみの事件はどこにも起こらなかった。翌日以
降にもね。それどころか、連中は二度と地球に現れなかったんだ。
 ・・・・・・ただ、各国の官公庁と軍ではいっせいに公用自動車が復活したんだな。なぜ
だかね。

 職場から自宅に「飛んだ」あとそのままどこにも現れなかったらどうしよう・・・・・・
ってな怪談話がはやり始めたのはさらに何年か後のことだったっけ。でもそれはいつ
までもいつまでもいつまでも単なる怪談話でしかなかった。地球の科学者や技術者は、
テレポーテーションの理論も装置の動作原理も正確に理解していたし、目的地に現れ
そこなうことなど原理的にあり得ないこともみんなが知っていたからさ。

 でもね、気を悪くしないで聞いてほしいんだけど、人間の社会ではいつの時代にも
失踪事件なんかいくらでも起こってきたでしょ? そのなかには犯罪がらみのものも
少しはあるけど、たいがいは本人が自分の意志で社会の地下にもぐっちゃうんだよね。
 で、宇宙人の最後の出現以降は、そういう失踪事件が年間一万件だけ増えたわけさ。
わずか一万件。「契約」を知る人々だけがその一万件の共通点に気づいていた。でも
その人たちは特になにか対策しようとは考えなかったんだな。なぜって「特に共通性
がない」っていう共通性は、大昔の交通事故の犠牲者に共通する性質以上に目立ちに
くかったし、受益者負担の公平性、って観点からするとこれほど完璧な社会システム
は他にはなかったからね。それに僕たち「身代わり人形」を活動させてたから、万が
一秘密が漏れても「我々は努力はしてました」って言えたしね。

 さて、どうして君にこんな話をするのか、そろそろ話しとかなきゃいけない。

 僕たちはさ、作られた時から人間の身代わりになるようにプログラムされてたんだ
よ。直接「支払い代金」に使われることには失敗した。だから、しばらくの間は来る
日も来る日も「飛び」続けて少しでも人間様が「当選する」可能性を低くするのが僕
たちの仕事になったんだ。ところが仲間うちでちゃんと「行方不明」者が出たのはは
じめの一年だけだった。つまり、わりと早くばれちゃったってことさ。翌年の請求は
かなりの割り増しだったよ。で、僕たちは次の手を考えて何十年かかけて準備し・・・・
・・・そしてきょう僕がここにきたわけさ。

 どうする? 午後はデートの約束があったんだろ? 彼女の家はここから150キ
ロくらいだったったね。歩いていけない距離じゃないよな。道さえあれば、だけど。
あははは。
 大丈夫、大丈夫。万一きみが子供を残せなくても・・・・・・実際ここ数年は人間の出生
率はほとんどゼロなんだけどね・・・・・・・・僕たちの数がもう充分増えて代わりをやって
るから地球は安泰さ。

 じゃ、ばいばい。毎日五〇人以上に説明して飛びまわってる僕もたいへんだけど、
君もがんばってね。

                              ■銀茄子■

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