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         ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン

        月 刊 ノ ベ ル ・ 7 月 号

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  インターネット上にきら星のごとく散らばる創作サイトの中か
 ら、私(編集人)ミヤザキ、が独断と偏見(?)に基づき選抜し
 た小説を、作者の了解を得てから順次掲載してゆくメールマガジ
 ンが「月刊ノベル」です。

  コミカル、ミステリ、叙情、ラブロマンス、ファンタジーSF、
 などなどジャンルは多彩ですが、アダルトはありません。

  なお、本編終了後に簡単なアンケートがあります。今後の編集
 に役立てたいと思いますので、なにとぞご協力ください。

    
http://www2c.biglobe.ne.jp/~joshjosh/novel/

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      月刊ノベルは等幅フォントでお読みください。
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  今月の小説:情熱の泥だんご   作者:横丁当番
  ジャンル :現代小説      長さ:文庫本5頁  

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 小説には、読んで日が経つにつれ、ますます味わい深く感じるものが
あります。書いてあることはそれほどセンセーショナルでもないのに、
なぜか心のどこかにひっかかっていて、ときおり、ひょっこりと顔を出
すような。今回ご紹介する「情熱の泥だんご」も、そんな風な余韻を楽
しませてくれた1編でした。
 この掌編に初めて出会ってから、もう1年近くになります。もともと
は投稿サイト「ノベルストリート」主催の掌編コンテスト「ショートス
トーリーファイトクラブ」に投稿されたもので、作者の「横丁当番」さ
んは当時、この掌編での初参加でした。
 ところが結果的には、もっとも多くの投票を集めて初参加で金賞受賞。
その快挙は周囲を驚かせました(私には納得の結果でした)。
 ところで、この作品の紹介がここまで遅くなったのには理由がありま
す。掲載をお願いしようかな、というタイミングでちょうど、作者の横
丁当番さんがホームページを閉鎖されたのです。個人的に多忙になるの
で、という理由でした。ちょっと残念な思いをしておりましたところ、
願いが通じたのか、先日復活。早速の掲載お願いに快諾をいただきまし
た。
 じんわりと胸にしみる掌編です。どうぞお楽しみください。
 
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■情熱の泥だんご            横丁当番

「いいかげんに、地に足のついた仕事をしろ」
 父親に諭されて、奈緒美はようやくちっぽけな会社の事務の仕事を探
し出し、これを期に親元を離れてアパートに住むことになった。引越し
の準備をしていた奈緒美は、立てかけてあったイーゼルをまじまじと見
つめると、溜息をついて三百円の粗大ゴミシールをペタンと貼りつけた。
 奈緒美がこまごまとした画材道具をゴミ袋に入れていると母親が顔を
出した。
「どう? だいぶ進んだ?」
「うん、このゴミ、出しておいてくれる?」
 母親はゴミ袋とイーゼルを見回し、
「いいけど……。それじゃ、ついでに物入れに入れてある奈緒美の物を
整理して、処分する物は処分しちゃって」
と言った。
「え? 今から? 落ち着いたら帰ってきてやるよ」
「こういう機会に整理することに意味があるのよ」
「なんで?」
「やってみたら分かるわよ。さぁ、行って」
 奈緒美は渋々部屋を出て、階段下の物入れを覗きこんだ。安物の樟脳
の匂いがした。
 大小さまざまな箱に、「奈緒美・中学」「奈緒美・小学生」「奈緒美
・幼稚園」と書いてある。奈緒美はとりあえず、「奈緒美・小学生」の
箱を開けてみた。中には通知表、水彩画などの他に、教科書や使い古し
たノートまできっちり詰めこまれていた。底のほうには黄ばんだ体操服
まで入っている。
(何でもかんでも、取っておけばいいってもんじゃないじゃない)
 そうは思いながらもちょっと懐かしくなり、三年生の国語教科書を手
に取るとペラペラとめくってみた。
「うげ!」
 急に開かれてびっくりしたのか、「本の虫」がうようよ逃げ回った。
奈緒美は読書があんまり好きではない。本の虫がいるから嫌なんだと誰
かに話したことがある。そんなの変ないいわけだと笑われたが、本気で
嫌いなのだから仕方がない。
 教科書を箱に投げいれると、六年生の通知表を開いてみた。
 国語三、社会三、算数二、理科三、音楽四、図画工作五、体育三。
(昔から、得意なのって絵ぐらいしかなかったなぁ)
 後生大事に取っておくほど立派なもんじゃない。卒業アルバムだけを
出し、あとは箱ごと捨てようと思った。
次に中学の箱を開いてみた。
「うげ!」
 鍵つきの日記帳が一番上に乗っている。
「なんでここにあんの? 誰にも見られないように、ひきだしの奥の奥
に隠してたはずなのに……」
 かけ忘れることなど絶対なかったはずの鍵が開けられていた。

  心がこんなにも、チクチク痛いのは、聡くん、君のせいよ。
  私の心をさらったくせに、いつもそっけないのね。
  私がこんなにも、聡くんのことが好きなのに……。
  聡くんの目、聡くんの鼻、聡くんの……、口。
  聡くんの唇が、そっと私の唇に重ねあわされる……。
  そんなの、夢だよね。

 そこまで読むと、勢いよく日記帳を閉じた。耳がほてり、冷や汗が出
てきた。
(お母さんめ、読みやがったな!)
「奈緒美・中学」もアルバム以外は箱ごと処分、速攻で決まった。
「奈緒美・幼稚園」の箱も、どうせたいした物は入っていないだろうと
思ったが、一応、見ておくことにした。自分で色づけしたマグカップや
お遊戯会の衣装が入っていた。
(あたしにも、こんな無邪気な時があったのねぇ)
 奈緒美は座りこんで、ちぎり絵やお父さんの顔を見ていった。折り紙
できれいに飾った菓子箱を見つけたとき、懐かしさで胸がいっぱいに
なった。そっと蓋を取ると、綿のざぶとんの上に置かれた泥だんごが四
個、にぶく輝いていた。

 奈緒美が年長さんのときに、泥だんご作りがフィーバーした。
粘土質の泥を両手でグリグリまわして、ゆがみのない球形を作る。球が
できるとハンカチでていねいに包み、下駄箱の中に寝かせる。次の自由
遊びの時間になると、生卵を持つよりも慎重に泥だんごを扱ったもの
だった。
 日陰になっているコンクリートの外階段に座りこむと、日に当たって
だんごが干からびないように、誰かに踏みつぶされないように、すみっ
こに置いた。吹きだまりにある粒の粗い砂を手ではたき落とし、残った
パウダー状の土ぼこりを必死でかき集めた。
 いよいよ泥だんごの再登場。包んだハンカチを、息をつめて、そっと
そっとミカンの皮をむくように開く。しっとりとした、高い和菓子屋の
ぼた餅のように美しい泥だんご。ハンカチを取りさると、左手にしっか
り乗せて、さっき集めた土ぼこりをサラサラ、サラサラとまんべんなく
振りかける。余分な土をはたいて、だんごを右手に持ちなおすとズボン
の内股でていねいに磨く。
 土をかけて、はたいて、磨く。土をかけて、はたいて、磨く。土をか
けて、はたいて、磨く。
自由時間の全部を、この作業に費やしたものだった。少しずつ、少しず
つ、泥だんごは硬くコーティングされ、ちょっとずつ、ちょっとずつ光
りはじめる。
 家に帰るときは、ハンカチに包んだ泥だんごをしっかり両手で持ち、
食事と風呂以外は肌身離さず持っていた。時々、ハンカチを開いては、
泥だんごが無事かどうか確認したりした。自分の作った泥だんごの、あ
まりのご立派さにうっとりし、またうやうやしく包んだ。寝るときは自
分の寝相の悪さで壊れないように、少し離れたところに置いた。朝起き
ると、いの一番に見るのは、泥だんごだった。
 そうやって何日も丹精こめて泥だんごを磨くうちに、つやつやと輝く
「玉(ぎょく)」になる。そのころの奈緒美にとって、「玉」より大事
なものは自分の命くらいだっただろう。
 毎度毎度、玉ができるわけじゃない。むしろ、玉になるほうが稀だっ
た。途中で亀裂が走ったり、欠けたり、どうしても光らなかったりする。
うまくできかけていたのに、不注意で落として割ってしまうこともあっ
た。
 割ってしまったときの悲しさは、たとえようがないほどつらかった。
なにか、かけがえのない物を失ったような、ひどくやるせない気持ちに
なり、オイオイと泣いた。大人たちは、「たかが泥だんごくらい」とか、
「また作ればいい」などといって慰めたが、奈緒美にとって泥だんごは、
言葉ではうまく表せない「宝」だった。ただの「塊(かたまり)」では
なく「魂(たましい)」だった。
 黒光りする玉に飽き足らなくなり、色のついた泥だんごも作ってみよ
うと思ったのは、三個目からだったかもしれない。白い泥だんごなんて
素敵だと思った奈緒美は、備品倉庫の出入り口に落ちている石灰を振り
かけてみた。石灰ではうまく固まらなくて失敗した。 なにか違う色は
ないかと探してみたけれど、なかなか見つからなかった。そんなとき、
ふと花壇の周りをぐるりと取り巻いているレンガに気がついた。奈緒美
はレンガを引っこぬき、ウザギ小屋の後ろに積まれているブロックをお
ろし器にして、ゴリゴリと擦って粉を作った。きめの粗い粉では光らな
いことは分かっていたので、さらに石でゴリゴリして、きめの細かい赤
い土ぼこりを作った。赤い玉は他の園児の度肝を抜いた。赤玉を披露し
たことで赤土の出どころが先生に知れ、しっぽり怒られたけれどかまい
はしなかった。泥だんご作りに関しては、どんな男の子にも負けない自
分が誇らしかった。
 奈緒美はもう一度、白い玉にチャレンジしようと思い、近所をウロウ
ロした。そして、見つけた。墓石屋の電気ソーの下に、白い粉が山と積
まれているのを。
 そうしてできた四個目の白玉。

 奈緒美は、黒い玉を光にかざした。初めてできた、あのときの感動を
思い出した。もう一つの黒い玉をなでた。自分のひたむきさを思い出し
た。赤い玉を手に取った。あのときほど自分が素晴らしいと思ったこと
はなかったかもしれない。白い玉を頬にあてた。どうして忘れてしまっ
たのだろうと思うと泣けてきた。
 イラストレーターのプロを目指して頑張ってきたものの鳴かず飛ばず
で、しばらくインドをうろついたこともあった。アルバイトのかたわら
ネット上に素材屋を開き、何とか世にでようとしたものの、才能のなさ
を思い知ることも多かった。
(お母さん、ありがと……)
 奈緒美は、大事に玉を収めると、菓子箱をしっかり胸に抱いて自分の
部屋に駆け戻った。そして、イーゼルに貼った粗大ゴミシールを、勢い
よくはがした。
                                
 (終わり)

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